見知った仲間と集まるのは嫌いではない。だが、喧騒はやはり苦手だ。それぞれ思うように移動し始めたのを見て、ミュラーは壁際に立った。ホールの中央は今ダンスフロアになっている。楽団が陽気な曲を流していた。そこを、レオタードと燕尾服に、シルクハット、ステッキという姿の女性が通りかかる。ハイヒールは慣れていないのか、少し歩きにくそうにしているところで壁際の男と目が合った。苦笑し、そのまま立ち去る。長い銅色の髪が後ろで束ねられており、それが揺らぐ。
「!?」
 何か強烈な違和感を感じた。慌てて振り向き、声をかけた。
「そこの!」
 振り返った女は何事かと首をかしげた。
「いや……間違っていれば大変失礼だが……どこかで、会ったことはないか?」
 自分で何を言っているのかよくわからない。女は黙っていたが、しばらくすると肩を震わせて笑い出した。
「?」
 眉を顰めると、女は自分の口に人差し指を当て、そのままテラスへ出る戸を指した。そしてそちらに向かって歩き出す。ミュラーも、よくわからないなりに付いていった。
 テラスは広く、数組の先客がいた。その中で一番人が少ないところへ行く。
「やはり、貴方には気が付かれてしまいましたね」
「まさか」
「はい。お久しぶりです、ミュラー殿」
「……ユリア」
 自分の思い人だ。
「驚かれたようですね」
「まったくだ」
「軍装では興が醒めるとのことで、警備の人間も仮装を行います。この杖も仕込み杖なんですよ。同じような格好の女性は警備と考えてください」
「その、髪は?」
「鬘です。気が付かれないようにする為なんですが。さすがにいつものままではすぐに私と気が付かれてしまう。……恥ずかしいんです」
 頬を染めながら足を隠すように立つ。
「誰の趣味なんだ」
「さあ。これを着ろと上から言われたので仕方なくです。案外に、殿下かもしれません」
 なかなか冗談がお好きな方なので。小さく付け足す。
「鬘を被って堂々としていると他の方は気が付きませんでしたが、貴方の目はごまかせなかったようです。参りました」
「俺に声をかけずに行く気だったのか?」
 数ヶ月ぶりにリベールまできた。会いたくてたまらなかった。
「機会があれば声はかけようと思っていましたが……今は任務中なので、申し訳ありません」
 頭を下げるユリア。任務中の一言を聞いてミュラーの心は少し凪いだ。が、それで納得したといえばそうでもない。
「警備、か」
「ええ」
「クローディア殿もこんな日ぐらい、貴女を警備に駆り出すことはなかろうに。他の親衛隊の面々はパーティーに参加していたではないか……。そういえばもう、体はいいのか?」
「警備は私の仕事ですので、自分から志願したのです。殿下は普通にパーティーに参加するよう仰りましたけど……。こういう催しは苦手なので……」
「俺だって苦手だ。なのに貴女一人抜け出すとは」
 わざと意地悪に言ってみるとユリアは目を丸くした。そして再び頭を下げる。
「はい、ごめんなさい。…………体のほうは……そうですね。新人兵の打ち込みぐらいなら軽く返せる程度には、戻りました。貴方と共に戦うまでには至っていませんが」
「驚異的だな」
「お褒めに預かり、光栄です」
 微笑む女。ユリアだが、ユリアではないような錯覚。
「ううむ……悪戯好きは相変わらず、か」
「何か仰いましたか?」
「いや……」
「……では、私は警備に戻りますね。失礼します」
「ちょっと待ってくれ。今、ホールではダンスをしている。せっかくだ、俺と、踊らないか?」
 手を差し出す。
「え?でも」
「少々は構わんだろう。踊っては、くれないか? 一曲だけでいい」
「……」
 どうしようかと悩む。が、差し出された手を結局取った。

 偶々オリビエはホールに戻ってくるミュラーを見かけた。声をかけようとしたが、続いて女が入ってきたことに気が付く。
「おや……あれはもしかして」
 会場内で何度か見かけた女性だ。他にも似た格好の女はいるが脚線美に目が行き、印象に残っていた。
「女性は、化けるものだなぁ」
 正直なところはっきりと誰かはわからなかったが、ミュラーが手を引いてダンスをはじめたということは、おそらくあれはユリアなのだろう。性格的に幼馴染が見ず知らずの女と踊れないのは知っている。
「そうだ」
 ふと思い至って、ヨシュアと踊っていたクローゼのところに行く。
「どうかいたしましたか?」
「すまないね、邪魔をしてしまって。照明を、少し落としてはどうかな、と思って」
「照明、ですか?」
「ああ。あれだ」
 耳打ちされ、言われた方をみると踊るミュラーとユリア。
「なるほど」
 得たり、と近くの給仕に声をかける。しばらくののち、照明が暗くなった。音楽もゆったりとしたテンポのものへ変わる。
 踊っていた二人は急に暗くなった照明に少し驚くが、すぐに割り切ると口付けを交わす。会えない期間、遠い距離を埋めるかのように。わかっている。今のままでは添い遂げることはできない。三国の微妙なバランスを崩すことに繋がりかねないからだ。唇を離し、ユリアは男の肩に頭を預ける。ミュラーは女の腰に手をまわし、音楽に合わせてゆっくりとステップを踏む。
「……本当は、とても、お会いしとうございました。すぐに、声をかけたかった……」
「俺もだ」
 大きな祝福はない。だが、それはそれでいいのではないか。
「この姿なら、貴女を連れ去っても誰も文句はいわないだろうな」
「……」
「いや……一人、いるか。貴女自身が、文句を言いそうだ」
「……さすが、おわかりですね」
「何、自分に置き換えただけだ」
 音楽が終わるまでの薄闇。共に普段ではない姿。それぞれの国の将校である己を忘れ、ただ音に身を任せた。

「ケビン神父、ちょっといいかな」
「オリビエさんか?」
 エステルと踊っていたが疲れたので端で休んでいたケビンに、オリビエが後ろから肩に手を乗せた。
「祝福の儀、ってヤツ、して欲しいんだな。格好としてはボクがしたいところだけれど、さすがに無理があるだろう」
「祝福て……」
 飲んでいたカクテルを噴出しそうになった。
「誰と誰。ってか、そんなもん普通に教会でやってや。……まあできへんことはないけど」
「いやね、公にできないカップルがいるのだよ」
 哀しそうな顔を作るオリビエ。が、それまでがそれまでの為、あまり深刻そうな気はしない。
「今のご時世、そんなんおるんか?」
「いるんだな、これが」
 頭を掻きながら少し考えてみる。が、思いつかない。
「降参。わからへんわ。誰?」
「ミュラーとユリア君だ」
「!?」
 今度こそ本気でカクテルを噴出した。テーブルの上のナプキンで飛んだしずくを拭きながらオリビエに向かい合う。
「マジ?」
「マジだ」
 オリビエが真面目な顔をしている。うわ、冗談キツイわ、と思うものの、その様子を見れば本当だと思わざるを得ない。
「わかるだろう?」
「はぁ……。そりゃ確かに国際情勢にメッチャ影響でるな……」
「だからコッソリだ」
「それにしてもダンナ、いつのまに……。堅物やとばっかりおもてた。オレですらいい人おれへんのに」
「言わなかったかな、彼はああ見えてかなり熱いんだ」
「そういや昔聞いたような」
 腕を組み、しばらく考える。
「本人さんたちの気持ちは?」
「とっくに通じ合ってる。障害は一つ、ユリア君が王国人で、ミュラーが帝国人だということ」
「ほいほい。なら問題なし。いっちょハデに祝福したろ。けど、そんなやったらオレと皇子さん以外の祝福は得られへんな」
「そうでもない。クローゼ君は大賛成だ。まだ他のメンバーには言っていないけれど、エステル君やシェラ君たちなら賛成してくれるだろう。……まあ、それ以外には言えないが」
「……よっしゃわかった。まかしとき」

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