「久しぶりやな、スチャラカ皇子さんに仏頂面のダンナ」
 独特のイントネーションで呼びかけてくる声。振り向かなくても誰かわかる。滅茶苦茶な呼ばれ方だが全く気にならない。
「おお、ケビン神父ではないか。半年振りだねぇ」
「そやな。お達者でなによりや」
「ボクはいつでも元気さ」
「他のメンツには会うた?」
「いや、ボク達は今ここについたばかりだよ。キミは?」
「オレも今さっき着替え終わったとこや。あ、でもあれアガット君とティータちゃんちゃう?」
 言われて視線を向けると確かにそうだ。手を振る。二人も手を振り、寄って来た。
「こんにちは、ケビン神父に、オリビエさんに、ミュラーさん」
 にこりと笑うティータ。半年経って少し大人になったが、基本は変わっていない。ぺこりと礼をする。
「あんたらか。どうだい、ちったぁ帝国、マシになったか?」
「いやぁなかなか。日々日日、襲撃におびえるばかりなのだよ。つい三ヶ月ほど前にも襲撃があったばかりでね。あの時にはもう駄目かと思ったのさ」
 アガットの問いかけに芝居がかった口調で答えるオリビエ。相変わらずだとばかりに手を振るアガット。
「そういえばキミたちは何だね?」
「これか?ジンの旦那がいうところの、東方の貴族と用心棒、だとさ」
「えへへ。ちょっと重いんですけど、いつもと違った気分になれて面白いです」
 アガットは東方のキモノという服をまとっている。腰のあたりで幅広の布で縛っているだけの簡素な服で少しだらしなく着ているが、それが相変わらず不機嫌そうな顔をしているアガットとあっていた。ティータは、アガットが着ているものと同じキモノなのだが、アガットが一枚だけなのに対し、何枚も重ね着をしている。長い髪は二つに分けて結い上げられており、それぞれについた飾りがしゃらしゃらと音を立てた。
「オリビエは……妙に似合うな……およそ似つかわしくないが」
「ボクは何を着ても似合うのさ」
「いってろや」
 オリビエは神父の服装だ。アガットの呟きどおり、決しておかしくはない。
「この人やったら務めれそうやけどな。そういやダンナは何のカッコ?」
「飛行船乗り」
「はへ?」
 バーテンダーの格好のケビンが虚を付かれた顔をする。ややあって、納得した。
「あ、そうか。そういや前からいてるな、自分で飛行船所持してる酔狂な人ら。最近エンジンが量産されるようになったてことで、前よりそんな人ら増えてるてきいたわ」
「本意ではない。他がろくなものがないので、一番ましだと思える服をきたらそうなっただけだ」
「相変わらずやな……」
 いいつつもケビンも思い出す。基本的に衣装は持込だが、飛び入り参加も可能なので、そういう人間の為に衣装をだす。だが、メイド服であったり踊り子衣装であったりと、どこかずれているものが出ていた。天候とオリビエの関係で王都到着が遅れたのだが、それがこんなところで響くとはミュラーも思わなかった。
「出席する意思などなかったが、この男がグダグダいうから俺もここにいる」
「まあいいんじゃないか?結局、今回はあの庭園にいた人間が参加するみたいだし。ま、こんなことになったのは誰の趣味なんだか……」
 アガットが両手をあげるとティータが不思議そうに見上げる。なんでもない、というように頭をなでてやると、満面の笑顔を振り撒いた。
「いいなぁ、アガット君。ボクもティータちゃんをなでなでしたい……」
「そのカッコで不穏なこと言わんといてや。神父に対するイメージがメチャ悪なるやん」
 しまりのない顔でティータを眺めるオリビエの肩を、ケビンが呆れたように叩いた。

 エルベ離宮で仮装パーティーを開く。そんな手紙が各所にとどいた。アガットの言うとおり、あの庭園を生き抜いた人間達がここにいる。
「じゃ、エステルちゃんとヨシュア君も来てるんかな。たしか、ハーメル行く言うてた気がするけど」
「あの二人にはさっき会ったぜ。たまたま家に帰ったところに手紙が届いてたらしい。シェラザードもいたぞ。あとは、元空賊のお嬢ちゃんか」
「どんな格好だった?」
「セイラー二人に……女神、お姫様って触れ込みだったぞ。セイラーとお姫様はともかく、女神というか、酒の神、か?」
「あーらアガット、言ってくれるじゃない?」
 一同の死角から艶のある声がかかった。
「すでに出来上がってりゃ酒の神としか言いようがないだろうよ」
「おおう」
 オリビエの鼻の下がすぅっと伸びる。もともとシェラザードの露出度は高いが、今日は特に高い。薄い布を体に巻きつけただけの姿だ。しかも、それが厭味でないところが恐ろしい。
「あーっ、ひさしぶりーっ」
「ご無沙汰しています」
 船員姿のエステルとヨシュアもやってきた。相変わらず元気なエステルにその場が和む。ケビンは一瞬複雑な顔をしたが、笑うエステルにつられて笑った。その後ろには、こちらを気にするドレス姿のジョゼット。
「みんな、イメージ変わるね。オリビエはなんか、似合ってるんだけど、なんか裏で胡散臭いことやってそうな感じするわ」
「ぷっ」
 アガットとケビンが笑い出した。言われたオリビエは心外そうな顔をする。
「あとは、ジンさんとクローゼかな。どこだろ」
「あ、その二人なら向こうでちょっと話してたみたいよ」
「ふぅん?」
 通りかかる給仕からグラスを受け取りながらシェラザードが思い出した。
「噂をすれば、よ」
「ご無沙汰です、エステルさん、ヨシュアさん」
「あんたたちも元気そうだな」
 中央工房の技術者の格好をしたクローゼと、山人の格好をしたジン。
「クローゼ!」
 エステルが抱きつく。クローゼもエステルを抱き返した。
「久しぶり! 元気してた? 無茶してない? 変なこと巻き込まれてない?」
 矢継ぎ早のエステルの質問に、にこりと笑って返す。
「はい、大丈夫です。私はこれでも、頑丈なんですよ?」
「うーん、でもあたしよりは弱そうだもん。クローゼ、なにかやなことあったら、絶対言ってね? 一人でどうにかしようとしたら、絶対許さないんだから!」
「わかってますよ、エステルさん」
 真剣な顔でエステルがクローゼに詰め寄っている間に、ヨシュアはジンに、クローゼと何を話していたのかを聞く。
「ヴァルターのことだ。消息はつかめてないかと」
「ああ……」
「共和国側に何回かギルド通じて聞いてみたんだが、消息はわからんそうだ。ルシオラや、レンや、ブルブランに関してもダメだった」
「姉さんに関してはあたしも独自に追ってみてたけど、何にも噂はないわね。……死体が流れ着いたって話も含めて」
「そっちではどうだ?」
「帝国にもないようだよ。一応、手配はしているけれどね。シェラ君と同じだ」
「申し訳ないです、王室でも彼らの行方はわからないままです」
 エステルから開放されたクローゼがそっと付け加えた。
「……」
「……」
 いまだ行方知れず。空気が重くなる。
「あ、あの……きっと、きっとまた会えますよ。信じてたら、きっと」
 おずおずとティータが口を開いた。
「そうだよ! この子の言うとおりだよ。ボクたちだって、もう絶対あえないと思ってた昔の友人とかに会えたこと、あるんだから! 暗い顔してたら、友人とか、逃げていってしまうぞ!」
 ジョゼットが耐えられないとばかりに声を荒げる。現在彼女は兄たちと共に運送屋をして稼いでいる。いつか家を再興させたいと思いながら。そんな折、音信不通になっていた友人との偶然の再会。彼女達の生活は良い方向へ変わろうとしていた。
「やれやれ、俺たちがこんなガキどもに慰められててどうするんだ。いつか、会えるさ。生きてりゃ。信じてりゃ」
「そそ。とりあえず今日は湿っぽいのなしで行きましょ。悩むのは、何か起きてからの方がよろしわ」
 アガットとケビンの明るい声につられ、再び和やかな雰囲気が戻ってきた。おのおの飲み物を持ち、乾杯をする。
「そういえばクローゼ君。ユリア君たち親衛隊の面々とラッセル博士は?」
 ふと思いついたようにオリビエが問い掛けた。あの時の最功労者が集まるにしては、まだ人数が足りない。目の端でミュラーを見ると、興味なさそうな顔をして耳をそばだてている。
「おじいちゃんはまた何か思いついたみたいで、家から出られなくなってるんです。だから、私が代理も兼ねてここにいます」
 ティータが胸を張る。
「親衛隊の方々もいますよ。ただユリアさんは……多分この離宮のどこかにいると思うのですが……。何せ、警備をすると言って……」
「警備? 見たところ、それらしい人はいないようだけど?」
「ええ。仮装パーティーの際は警備の人たちも仮装をしてもらっています。もちろん、兵以外に。だいぶん以前に、興ざめしてお帰りになられてしまった方がいらっしゃったので」
 クローゼの言うとおり王国兵の姿は見えない。
「うーん。じゃあ、仕方ないかな」
 残念そうにオリビエが呟いた。

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