爆発音と続いて部屋が揺れた。本や置物などが床に落ちていく中、二人は僅かにもその場から動かなかった。しばらく爆発は繰り返したがやがて収まる。
「……どこで花火を上げていたんだろうね」
「中庭あたりで、浮かれた奴らが上げたのだろう」
 どうせ上げるなら綺麗な花火がいいのにと思い、手元の報告に目を落とした。各所で繰り広げられている戦いの断片がそこにある。先に想像したとおり、拘束されている海軍大佐を解放しに来たと見られた。ただどうやらそれとは別の一派がいるようにも思えた。陽動である振りをして確実に本館へ攻撃を仕掛けているグループが。
「こっちが第四皇子グループとして、生け捕り出来たら一番いいんだけどね」
 おそらく第四皇子本人も近くにいる。そういう風に自分たちは教育されてきた。皇族の一員でありつづけるため、自分たちは戦地に赴かなければならない。自分の城に閉じこもっているような皇族は皇族とみなされない。
「今の爆発で一つオーブメントの調子が狂ったようだ。アーツが張られる間隔が長くなっている」
「本当だ……調整、できるかな」
 今だに窓に向かっての攻撃は続いている。窓そのものはもう一つつけてあるオーブメントが稼動しているので問題はないものの、壁に対する防護が柔になってしまった。一応主要と思われる部分には、窓も壁も扉も関係なく防護できるようにはしていたが。
「ここを捨てる覚悟はしておく方がいいかな」
 言いつつ引出しの中から予備の弾や薬、EPチャージを引っ張り出す。なんとなくミュラーはそれを眺めていたが、いつまでたっても引出しから出てくるものが止まらない。オリビエの表情も少し焦りだし、結局執務机いっぱい山盛りになって備蓄が出てきた。
「……これ、どれもって出たらいいと思う?」
「知らん」
 いくら用心に越したことはないとはいえ限度と言うものがあるだろう。そもそもどうやってあの小さな引出しにこれだけのものが入っていたのだ?
「……ん?」
 備蓄の一つが酷く古ぼけている箱。あけてみると中には銃弾が入っていた。箱にびっちりと入っている為それまで一度も使われたことがないということだろうか。それにしても箱の古び方はどうしたことだ。
「あ、ほらミュラー、こっちもだ。これも相当古いね。今この銃弾、製造されていないから」
「そうなのか」
 オリビエが持つ箱の中には若干大きめの銃弾。彼が愛用している護身銃では使えない。
「これは、ここに座ってきた人間が過去から今までにかけて集めてきたんだ。いつからそれが始まったかはわからないけれど、少なくともボクの曾祖父の時代までは遡れそうだね。ずっとずっと奥へ奥へと押し込まれて」
 それだけ不安なのだ。この国の全てをつかさどる、この椅子と机に座るということは。
 また大きく本館がゆれた。オーブメントは変わらず起動、けれど建物自体の古さだけはどうしようもなかった。しかし、古いが大きく度重なる天災にも持ちこたえてきた皇城がゆれる。どれほどの爆薬を投入しているのか。おそらくこちらが護りのアーツで完全防御に入ることは予想していただろう。どんなことがあっても途切れることなく防御結界を張りつづける、そこを突破せざるを得ないとき、自分であればどうするか。さほど考え込まずにミュラーは答えを見つけた。
 建物に対し防御結界を張るなら、建物のどこかにオーブメントを設置する必要がある。ならば建物を揺さぶればいい。戦術オーブメントはそれなりの衝撃が与えられてもまともに使えるようには出来ている。けれど狂いかねない程度の衝撃が断続的に与えられたならばどうか。アーツを維持しつづけると言うことは常にメンテナンスがされているものを使用して初めてできることで、続く振動で微妙に狂い始めたオーブメントでは心許ない。
「どこからこんなに爆薬を集めてきたんだか。この城ごと俺たちを沈めるつもりか。……オリビエ、本気で捨てざるを得ないかもしれん」
「……うん」
 歯切れの悪い声にいらだった。
「さっさとしろ!」
「わかってるよ!」
 剣幕に瞬間息が詰まった。ミュラーを睨みつけるその深紫の瞳には強い哀しみ。けれど彼をここで犬死させるわけにはいかない。
「わかっているならその山から持っていくものを選べ! でなければ貴様の旅はここで終わりだ!」
「……」
 不承不承オリビエは備蓄から何がしかをより分け始める。そこへ諭すように続けた。
「この襲撃が終われば、貴様が目指したもの全てが終わるのか? 終わると言うならここにいればいい。だが違うだろう。貴様には無様に生き延びてでもやってもらわないといけないことが山ほどある」
 自分も使えそうなものを手にとりポケットに突っ込む。
「何より、貴様が最も愛した帝都の民。死んで、彼らのなんになろう。ここ一連の流れで一番彼らが迷惑をしている。貴様が、彼らに迷惑をかけたまま逝けるはずがない。後悔を身にまとい、生者の傍をさまようしかない悪霊にでもなる気か」
「言ってくれるね……でもそのとおりだ。向こうがどう思っているかわからないけど、ボクは彼らが大好きなんだ」
 生き恥を曝そうと、無様に敗走しようと、まだ生きていなくてはいけない。元通り以上の暮らしを彼らに戻したいからね。そうやって片目を閉じる様は普段ほど明るくはないが、今はそれでいいと思った。
「とりあえず移動しようか。一階まで降りたらルート、あるよね」
「ああ」
「うん、じゃちょっとだけ待って」
 ドアに向かうミュラーに声をかけ、古い弾丸のフタをこじ開け始めた。何をしているのかと思うが何がしかの考えがあることなのだろうと思い、廊下の様子を窺う。外に立っている見張りはじっと己の仕事をしていた。彼らも下の様子は気になるだろう。階段の下から聞こえてくる音は物騒で仕方がない。
「この後すぐここから移動をする。お前たちもついて来い」
「諒解」
 短いやりとりをするうちにオリビエがミュラーの背を押した。もういいのかと聞くと軽く頷いた。
「一体何をしていたのだ?」
「使わなければいいな、と思うこと」
「……」
 深くは問わない。とりあえずは生き延びる為に移動をするだけだ。ずっと微細な振動は続いて、古い建物のあちこちから瓦礫が少しずつ降って来ている。オーブメントが狂い切るのが先か、建物が崩壊するのが先か。もっとも、建物が崩壊したならそれに設置されているオーブメントなどひとたまりもない。
 一気に下まで駆け降りると伝令係とぶつかりそうになった。明らかに色を失っている伝令はミュラーの姿を見るとすがり付いてくる。
「少佐殿、少佐殿!」
「少し落ち着かんか! 何があった!」
「ち、地下牢が占拠されました! 元遊撃部隊どもが反攻に転じてきています! 今は近衛と自分たちで抑えておりますが時間の問題……っ!」
 突然声を途切れさせた伝令はそのままミュラーに寄りかかった。背に短剣が深々と刺さり、視線を上げた先にはごろつき同然の兵がいる。しばらく牢に押し込めていたせいか、スラムの住人といっても差し支えないほどの風体だ。付近にいた味方勢も気付き、各々得物を構える。
 さっと視線を走らせてオリビエがいないことを確認した。降りたらすぐに安全な通路へ逃げ込めと言ってあったのが功を奏したようで、心の中で安心した。もちろんこんなところで自分も倒れるつもりはない。だが、オリビエを死なせ、ミュラーが生き残ると言うことだけはあってはならない。その逆はあったとしても。
「団体さんご到着ってところだな、少佐」
 近衛長が緊張した声で冗談をいう。それに乗れるほど自分の余裕がなくなっていることに気付かされた。
「皇子さんは俺が信頼してる部下がついてる。あんたにゃ腕はおよばねぇがそれなりにそれなりな腕だ。ここさえ守りきれば無事だろう」
「そう思うから俺も今ここにいる。……近衛長と一緒に戦うのは、初めてかもな」
「そういやそうだ。俺はもう前線から離れて久しい」
 時代がかったサーベルを鞘から抜き放つ。今風ではない装飾だが新品と言われても違和感はない。
「先代皇帝直々に拝領したシロモノだ。手入れだけはしてるから使えないことはないだろ」
 笑い、それを構える姿は堂に入ったもの。がっしりとした体躯を見ていると次第に落ち着いてきた。城内警備を全て賄う近衛という立場の長。その名に恥じない立ち居振舞い。いつか自分もこうありたいと願い、目を遊撃兵に向けた。
 ざっと見たところ数だけではこちらが勝っている。だが第四皇子の一派も来る可能性を考えれば数だけではどうなるかわからない。今は互いの力量を見計らっているのかどちらも誰も手を出そうとはしない。ミュラーは傷ついた伝令を救護班に連れて行くよういい、ふと気付いた。

 結局、ここなのか。

 その場にいることになったのはただの偶然だろう。けれどその偶然は、ミュラー個人にとって偶然とは思えない。なぜならそこは、かつてユリアが、他ならぬミュラーを庇って生死の境をさまようことになったあの場所なのだから。


 がらがらと大きな音が背後から聞こえてきた。壁のどこかに穴でも開いたのかもしれないが今はそれどころではない。蒼い幻影が視界の端で舞い、敵をなぎ倒す。そうだ、あの時も多勢に無勢。味方は二人きりで人形の合間を駆け抜けていった。あの時彼女はどうしただろうか。レイピアと言う、最も乱戦に弱い得物を得意とする彼女は、あの時違う方法を取った。
 色々ありすぎて記憶が薄らいできているが、彼女が取った方法が自分の剣を振り回すより利に敵っていたことだけは覚えている。思い出せ。
「来るぞ、少佐!」
 近衛長の声に自分の大剣を構えなおした。次々と飛び込んでくる遊撃兵たちは訓練は受けていても元々ごろつきをかき集めてきたような集団で、正規に訓練を受けていれば考えられないような方法でこちらに攻撃を加えてくる。自分自身だけが生き残ることに躊躇がない。
「卑怯な方法には卑怯な方法で対抗だ。少佐殿、お目こぼし頼みますよ!」
 部下の数人は武人であれば目をそむけたくなるような戦い方に切り替えていた。気になるが今はそんなことをとやかく言うつもりはないし、今後落ち着いても言わないだろうなと、ミュラーは思った。自分自身も言われたら困るほど、えげつない急所狙いをしているのだから。
 幸いにして拘留されていたということもあり、遊撃兵たちはたいした武器を持っていない。タイミング的に他の組と合流して武器のやりとりをしたとは考えにくい。それに賭けたいという希望もあった。
「思い出せ、思い出せ……」
 呪文のように唱えて剣を振るうが心のどこかは焦っているのだろう、何を使ったのか思い出せない。その合間を縫って相手は攻撃を繰り出してくる。
 乱戦の視界、その端でまたひらめく蒼。無意識にそれを追う。不思議なことに、その進路を遮るものは敵味方含めて誰もいない。忘れえぬ微笑みが消えたそこには、誰もが忘れてしまうほど古い英雄をかたどった甲冑。
「……そうだ、あの時ユリアは……」
 こうやって、この甲冑が持つ槍を引き抜いて。

 
 足は、虚と実を意識して常に重心を動かしつづけます。

 型どおりでありながら型に嵌りきらないように。常に流れを意識して体を動かすこと。そうだ、思い出した。まさにこの甲冑の槍を持ち、舞うように人形たちを叩きのめしていった。定石に拘りきらない、いや定石を極めたからこその自由さでもって。ひそかに羨望を持って眺めていたことまで思い出した。
「巻き込まれても知らんぞ!」
 槍の長さと重さを最大限に生かし中距離から敵をなぎ払う。気配を察した近衛や部下たちはミュラーの周囲から離れた。誰かが彼に防御結界をかけたらしく、多少反撃を食らっても何も感じない。これの存在に関してはどちらかと言えば否定的なミュラーだが、今は心底からありがたいと思う。

 心は、赴くままに。何の為に自分は舞うのか、ただひたすらにそれを思います。

 かつてユリアから直接教えてもらった、彼女の舞に対する言葉が浮かんでくる。不思議なほど戦いにも通じるそれにミュラーはすぐなじんだ。心のままに戦えば自然と全てがすんなりといく。普段扱わない槍という得物を持ってもすぐに力のかけ方を覚えた。そればかりか、どうすれば効果的に人数を巻き込めるかのコツもすぐ掴んだ。
「少佐! 結構それでもサマになってるぜ!」
「褒めてるのか! だとしても何も出んぞ!」
 背中合わせになった近衛長に軽口を返せるほどに余裕が出た。どうやら第四皇子の別働隊が合流してきたようで、あたりは正真正銘の乱戦状態。だがそれも苦にならない。今なら多分、終わらせることができる。
 たまに銃を持つ遊撃兵がいたが目ざとくそれを見つけたミュラーやその部下たちが叩き落していった。あの時の二の舞にはもうならない。なってたまるものか。
「俺には、二の舞になれない理由がある!」
 咆哮を上げて軽々と、みるからに重い鉄槍を振り回す男と、それに感化されたかのような兵たち。おされ気味だった遊撃兵の一人は、正門側から中庭にきた人間を見てほっとした。
「ボスだ!」
 その場の全員が指した方向を見る。オリビエに似た面差しの、もう少し年を食った男と。
「……オリビエ」
 遊撃兵たちは目に見えて落胆した。逆にミュラー達はほっと一息をつく。よく見れば第四皇子は近衛兵に拘束されており、その後ろから銃を突きつけつつオリビエが歩いてきていた。
「双方共に武器を納めよ。この場は私が預かる」
 よく通る声がして全員が武器を下ろす。
「近衛長、彼らも拘束をお願いする」
「御意に」
 重々しく頷くと同時に近衛兵が動いた。各々遊撃兵を拘束していく。もはや抵抗する気もないものがおおいが、たまに抵抗するものは容赦なく黙らせていった。
「逃げたのでは、なかったのか?」
「そう見せかけて戻ってくる。よくある話だよ。なんか怪しい集団を見つけて、後ろから火薬に火をつけてみたら大慌てで。そこを捕まえてみた」
「……」
 ミュラーの問いかけに打って変わって普段の様相で応えるオリビエ。
「火薬などどこで手に入れたのだ……武器庫に寄る暇はなかっただろう?」
「あるところにはあるのさ。というか、古い弾丸の中から穿り返してみたんだ。使えないものもあったけど結構な量が集まったから、地下道埋めるくらいにはできるなと思って持ってた」
「執務室で何がしかやっていた、あれか?」
「そう。だから、ボクはボクのご先祖様に助けられた」
 結局皇族のことは皇族にしか解決できないのかもしれないね、と笑う。すすけた顔は汚れていてあまり表情は読めないが、それでもそんなに心配するようなことでもないなとミュラーも肩の力を抜いた。
「次は兄上からいろんな話をきかなきゃいけない」
「それより先にすることがある」
「……ああ、そうだね」
 指摘され、まいったなと頭を掻いた。そう、事態の収束を宣言しなければならない。今もおそらく、火の手が上がり大きな音がする皇城を見上げている、愛しき民のために。
「くっ……そぉ……!」
「!」
「あっ!」
 そのとき。第四皇子は近衛の手を振り払い、その武器を奪ってオリビエに飛び掛ってきた。とっさにその前に出ようとするミュラーを制したのは他ならぬオリビエ自身。手にもったままだった銃を慌てることなく狙い定めて一発二発。
 狙いは正確無比、見事に武器と、利き手の動きを封じた。もちろん命に別状はない。
「皇族に手を上げるなんて重さ、キミに渡したくないから。活躍の場を奪ってゴメンね」
「……馬鹿が」
 それでは何の為に自分がいるのかわからない。けれどこれでこそオリビエなのだ。
「ところで……先ほど俺に防御結界をかけてくれたのは……」
 礼を言おうと周りを見回したが誰もそれらしい人間はいない。近衛に聞いてもそんなことはしていないという。
「……?」
 誰も覚えのない防御結界と、あの時常にそばにあったユリアの幻影。それを信じるほど自分は子どもではない。
「まさかな」
 肩を竦めて槍を甲冑に返す。そこで初めて実感した。まだ、彼は五体満足に生きているのだ。
「どうしたミュラー?」
「いや……なんでもない」
「そう」
 顔を見れば何かを言いたそうにしている。だがミュラーの顔を見て、この場所で生き抜くことが出来たという意味を知ったオリビエは結局何も言わなかった。
「今やっと、俺の時間が動き出したようなそんな錯覚を覚える」
 紅に染まったユリアがここにいた。それでも生き残り、そして自分も再びここで生き残った。こんな偶然、滅多にあるものではない。
 また貴女に会えたら、今度は自慢できるだろうか。ようやく舞を自分のものにできたと。長く時間がかかったが、貴女に認めてもらえるほどになったかもしれない、と。

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