帝国が内乱になって一年とちょっと。
 はっきりとはわからないけれど、一時落ち着いたはずの帝都がまた内乱になったりだとか、住民の蜂起一歩手前になっただとか、いろいろ。ジークでさえも飛ぶことを許されなかった帝国の空の下は、どうしようもないほど荒れたのだと言う。オリビエさんはそれを覚悟していたけれど、そう聞くと同じ民を率いるべき人間として、酷く辛くなる。
 そう、その間に、私にもいろいろなことがあった。そういった事態に対して少しは対応していけるだけのことを潜り抜けられたと、信じたい位には。


「おう兄さん。どうだい乗りごこちは」
 早朝、小鳥が鳴き朝露が消えかかる頃にのんびりと進む馬車。御者ものんびりと声をかける。
「悪くない。すまんな、無理を言って」
「なぁに、構わないさ。ハーケンはすぐそこだ。まあ、この時間だとまだ門は開かないからのんびりいかせてもらうぞ」
「ああ」
「あんた、どこまでだ?」
「……グランセル城まで」
「城だと、今日中にはたどり着けないかもなぁ。途中で泊まればいい。ロレントあたりがちょうどいいと思うが」
 付近で畑仕事をしている御者は時々出かける異国のことを思い出しながら提案をしてみるが、男はあまり乗り気ではない。
「ありがたい申し出だが……」
「なんだ? 城に伝令かい?」
 幌の中で、自身の野良道具に混じって座っている男を眺める。帝都のほうから来たこの男。髭も髪も伸び放題、服も、辛うじて帝国軍だとわかる程度。死体からはいできたといわれても仕方がない。
 だが、御者は男の目が澄んでいることに気がついた。だからこそリベール国境まで行きたいといった男の力になりたいと思った。
「火急の用件を伝える特使かなにかとか」
「ああ…………いや、逢いたい人がいるのだ」
「……ほう。まるで『ブラウ・リーベ』のようだ」
「ブラウ・リーベ?」
「ああ、以前に流行ってた小説。ウチのカミさんが熱狂的ファンでな。敵国同士だったか……、とにかく兵たちの恋愛小説」
「……」
 幌の中の男は一瞬何か言いたそうにするがすぐに黙った。そのまま何事かを考える。その合間に御者は『ブラウ・リーベ』のあらましをかたる。男はそれをほとんど聞き流していたが、声のトーンが変わったので顔を向けた。
「ただなぁ……佳境! って段になって、新刊が全然でないんだよな。俺も結構楽しみにしてるだけに、これが残念なことだ」
 空を仰ぎながら呟く。手元がおろそかになっているが馬たちはのんびりとマイペースに歩みを進める。男はしばらくの間考えていたが、
「……作者は?」
 と小さく聞いた。
「誰だったかなぁ。……うーん……それにしても兄さん、『ブラウ・リーベ』を知らないだなんて、一体どこから来たんだ」
「……」
 黙りこんでしまった男に失言と気付かされた。
「っと、すまんな。帝都の方から来たんだから、帝都の方にいたんだろう。少しは落ち着いたんだろうかね」
「あんたは、どう思う?」
「さあねえ。でもな、宰相は俺らにはなんの慈悲もなかった」
 意外な言葉にうつむいていた頭を上げる。宰相は民衆には人気だったはずだ。
「鉄道を敷くのはいいが、伝来の土地をかなり酷い方法で取り上げられたよ。後々のフォローも特にない。領主様が力がなくなって、宰相に全権委ねたらそんなことになってな……別に宰相じゃなくて貴族だからいいって訳じゃなくて、当然末席皇子さんがいいって訳でもない。ただあの皇子さんは、最下層には結構人気者さ」
 そこまで言って幌の中を覗き込んだ。男が思ったより真剣な面持ちで言葉を聞いている。
「兄さんは脱走兵に見えないから、そろそろ落ち着いたんだろうな」
「……俺が宰相派だったらどうするつもりだ?」
「さあ、どうしたろうなぁ。でも兄さん、どっちがどっちだろうと、こんな辺境のくそジジイをどうこうするほどあんたは暇じゃないだろ?」
「……まあな。よくもそこまで見ているもんだ」
「年の功というヤツさ」
 高らかに笑いながら馬を操る。のんびりと変わる風景に、大きな壁が見え始めた。
「そろそろだな。門もじきに開くだろう」
「ありがとう……」
「なに、気にすんな。あ、そうそう、『ブラウ・リーベ』の作者、確かボンハイムだかレンハイムだか言ったと思うぞ」
 ポンと手を打った御者に降りながら目をやる。作者の名を聞き、納得がいったというように頷く。
「……そうか。なら、そろそろ新しい刊がでるかもしれないぞ」
「へえー。作者、帝都にいたのか。そりゃうれしいことだ。カミさんにも教えておくよ。いい情報のお礼って訳じゃないが、兄さんが、兄さんのいい人に会えるよう、俺が祈ってやるよ。がんばれな。機会があったら俺のうちにそのいい人連れてきてみてくれ。さっき教えただろう?」
「……ああ、努力するよ。本当にありがとう」


 その間にはいろいろなことがあって、そんなことがあったということをすっかり忘れていた。
 なにより彼女は何も言わなかった。
 本当につらいのは彼女なのだということ。


 女王宮でクローゼの今後の予定を確認していると、伝令が飛び込んできた。
「何事だ! 殿下の御前だぞ!」
「申し訳ありません!」
「ユリアさん、構いません。どうかしましたか?」
 クローゼが声を荒げるユリアを制して伝令にそっと聞く。
「は! 城前に不審な人物が現れ、中に入れろとわめいております」
「……なんだって?」
 眉を顰めて伝令を見ると神妙な面持ちで頷く。
「殿下、申し訳ありません、確認して参ります」
「はい。ではまた後で、和平交渉の話を詰めましょう」
「かしこまりました」
 敬礼をして庭園に出る。庭の端には数人兵がたって城門を眺めていた。
「……」
 自分も駆け寄り下をみれば、警備兵に押さえ込まれている男。中途半端に伸びた髪と傷だらけの腕。一瞥した程度では何者なのかさっぱり分からない。が。
「……どちらかの国の、脱走兵でしょうかね?」
 傍らの部下が呟くがユリアは答えられなかった。庭園の低い壁に昇り、躊躇せず来訪者へ向かって飛び降りた。ざわめく周囲の兵たちの様子に男は顔を上げ、真っ直ぐに降りてくるユリアに向かって手を伸ばす。
 ユリアは男の首に手をかけしがみつく。男は女を受け止め、よろよろしつつも体を抱き寄せる。ギャラリーはなにがどうなっているのかさっばりわからない。よもや上司がこんな行動に出るとは思っていなかったろう、そろって呆然としていた。
「あ……あ……」
 声が出てこない。代わりに涙が溢れる。
「泣かないでくれ。俺は昔から貴女の涙には弱いのだ」
 帝国が内乱状態になって約一年。連絡が取れなくなり、全くの音信不通になっていた恋人。生死不明のまま確かめる術もなく過ぎた時間。しかるべき時でなければほのめかすことすらできない関係であるにも関わらず、いろんな想いが噴出し、それにすべて流されたユリアは、ただミュラーに抱きつき、泣いていた。


 本当につらいのはユリアさん。
 何も言わずに、本当は心が擦り切れそうなくらい、彼女の愛した人を思っていた。
 それを思い知らされた気がする。


「そうですか。本当に、よかった……」
「陛下、これから忙しくなりますね。とまっていた帝国との貿易が再開するでしょうし、旅行者たちのために帝都便を再開しなくては」
 アリシアとクローゼに簡単にあらましを伝え、いずれ正式に使いがくることを付け加える。
「あら……貴方は正式な使いじゃなかったのね? わたくしはてっきりそうだと思っていたのですが……」
 アリシアが首をかしげる。が、すぐに何かに思い立ったのだろう、にこりと笑う。
「しばらく滞在できるのですか? できるのなら、部屋を用意させますが」
「大変恐縮です。ですが、自分はまたすぐに戻らなくてはならない」
 残念そうに、そう、と呟く女王の代わりにクローゼが聞いた。
「オリビエさんは、健勝ですか?」
「はい。長丁場の戦に少々疲れ気味ですが、あの口は相変わらずです、クローディア殿」
「よかった……あのおしゃべりがないオリビエさんは、オリビエさんじゃない気がします」
「では送らせましょう。状態が状態である以上、申し訳ないですが帝都まではお送りできないけれども。……クローディア、アルセイユを」
「はい陛下、かしこまりました」
 しばらく部屋で待っていてください、すぐに連絡をしますとクローゼが礼をし、アリシアもにこりと笑う。
「城門前のこと……きいておりますよ。そうですか、貴方だったのですか」
「あっ、いや、自分は」
「ふふふ。あれだけの人間の前で抱擁をされたのです。もう少しどんと構えていて下さらないと、この王城から無事出ることができませんよ」
「……やはり、まずいことでしたね」
「いいえ。帝国はもう落ち着く。ならば帝国は脅威ではない。それに、リベールは帝国にも共和国にも属すつもりはありませんが、それは個人レベルでのつながりを消す、ということではない。実際に、共和国の高官がうちの副侍従長と一緒になった、という例もあるのですから。クローディアもわたくしに相談してくれればよかったのに」
「……もったいないお言葉です」
 アリシアの言葉にミュラーは頭を垂れる。
「そういうことではなくて、この城でのユリアさんの心酔者は大変に多いのです。だから、帰りに果たし状くらいは覚悟しておいてくださいね? あとは、メイドさんたちを全員敵にまわしたと思ってくださいな」
「……」
 本気とも冗談ともつかないアリシアの言葉にどう返せばいいのかわからない。そこへクローゼが、ユリアを従えて戻ってきた。
「ミュラーさん、話は通してあります。空港に後二十分もすればアルセイユが降りてくるでしょう。ユリアさん、ハーケンまでお願いします」
「あ、か、かしこまりました」
 まだ泣いた跡が残っている。目は赤く、それでも笑っていた。その様子を見て、本来の自分の用事を伝えなければとアリシアに向き直った。
「女王陛下。ならびにクローディア王太女殿下。卑属の身ですが直答をお願いいたしてもよろしいでしょうか」
「どうぞ、そんなに硬くならずに」
「はい、なんなりと」
 アリシアとクローゼはなんだろうと互いに目配せし、そろってミュラーの前に立つ。男はそれに負けじと背筋を伸ばした。そして、半ば傍観していたユリアの手を取り引き寄せる。
「!!」
 驚いたユリアは簡単にミュラーの腕に収まった。
「この人を、自分の妻と認めてほしい」
「えっ、あの!」
 突然のことにユリアは混乱しきってしまっている。
「しっかりしてくれユリア。涙を流すのは勘弁だ。それでは嫌で泣いているように見えるじゃないか」
「し、しかし、陛下と殿下の前で、いきなりそんな……」
 ミュラーの放った言葉を理解したユリアはうれしさと驚きが混じってまた泣いている。それを泣くなと諭すのは難しいだろう。
「……」
「……」
 一連の様子を眺めていたアリシアはクローゼに向かって頷く。それを受けたクローゼが口を開いた。
「私たちはユリアさんの心を縛ることはできません。ユリアさんが幸せであるならば、なんであろうと私たちは祝福いたします。……そこから先は、ユリアさん本人に聞いてくださいね? その様子では、どうやら寝耳に水のようですから」
 言い終わってくすくす笑う。言われて確かにそうだとユリアに向き直る。
「ユリア。今すぐにとはいえない俺を許してくれ。……いままた待たすのは本意ではないが、今を逃せば今度はいつこちらにこられるかわからない」
 いったん言葉を切り、深呼吸をする。ユリアは時折体を震わせ、あふれようとする涙を抑える。そんな二人を少しはなれて見守るアリシアとクローゼ。
「だが俺は貴女を想っている。それだけは、わかってくれるな?」
「もちろんです! 私も……貴方のことを……ずっと、ずっと!」
「ありがとう」
 一旦言葉を切ってミュラーはユリアを見た。不安そうに、けれどその奥に喜びを伴って見つめ返してくるのに満足しそうになるが、それを振り払うように深呼吸をした。まだここで満足しきる気はないのだ。
「貴女の、女王陛下や王太女殿下への忠誠心はよくわかっているつもりだ。けれど、それを知った上で俺は問う。俺とともに、帝国で暮らしてくれないか?」
「……」
 自身に負けないほどの忠誠心。それを理解した上であえて自分のところへきてほしいと告げる。内乱中、幾度も強襲にあい、その度に死線をくぐりぬけた。その度に、ユリアに告げられていればと後悔した。今、ようやくそれを告げる。
「即答は無理なのはわかっている。無理を通そうとしているのは俺だから。……今は帰るが、いつかきっと俺は同じことを貴女に問う。そのときは、答えを聞かせてくれ」
 ユリアの腰を抱き寄せて、涙を止めようと必死な女の額に自分の額をつけた。
「顔を上げてくれ。一年ぶりの貴女だ。もっと、その顔を、俺に刻ませてくれ……」
「し、しかし……」
 ちらりと自分の君主の方をみれば、二人とも背を向けて談笑しているではないか。それをわかってか、男が唇を重ねてくる。最初こそ戸惑ったものの力は抜けていく。やがてその肩に頭を預けた。
「……ここでこんなことまでしたら、俺は無傷ではこの城をでられんかもしれんな」
「え……」
「それも試練。貴女を手に入れられるなら、たいしたことではない」
 やさしく笑い、ユリアを腕から開放する。女は何のことを言っているのかはよくわかっていないが、自分に関することだというのはわかるので複雑な顔だ。
「……もう、構いませんか?」
「!」
「見苦しいところをお見せしました……」
 クローゼが遠慮がちに声をかけて、ユリアは硬直、ミュラーは頭を掻きながら同意を返す。
「いえ。約一年ぶりですもの。うふふ。ユリアさんがあんなに可憐になるのもなかなかないですから」
「で、殿下……」
「本当に。これはわたくしも、貴方のライバルにならなくてはなりませんわね」
「陛下まで」
 半泣きで真っ赤になったユリアは、己の主たちが朗らかに笑うのを眺めるしかない。
「アルセイユ、到着しました!」
「あら、もう来てしまいましたの? 早いのはいいですが、少し勿体無いですね」
 アリシアが残念そうに言う。その様子は本当に残念そうだ。
「ではユリアさん、ハーケンまでお願いします。あとは……この城から、無事に出て行けるように祈っています」
 後半はミュラーへ向けた言葉。
「身に余る光栄です、殿下」
 少しおどけて返すのだった。

 多分、まだお二人の道は重ならない。
 まだまだ時間がかかる。
 けれど、私はあの時決意したんじゃなかったのか。
 私の大好きな、とても大切なお姉さんだから。
 どうあっても、幸せになってもらいたい。
 
「おい艦長は?」
 ユリアから発進の通信があるはずなのになく、代わりにテニエスが指示をしてアルセイユは空に舞った。疑問に思い通信で問い掛けても歯切れが悪いので艦橋までやってきたが見当たらない。
「……恋は、本当に周りが見えなくなるのね」
「は?」
 いきなりのエコーの言葉にコールが頓狂な顔をする。ルクスは死んだように操舵管を握っている。他の面々も似たり寄ったりだ。
「何だってんだ」
「乗り込んできた人、みた!? 機関長!」
 ディアナが半泣きでコールに噛み付いてくるので少し足を引く。
「ああ……むさっくるしい野郎だった」
「帝国の少佐だよ。昔あったことがある……」
 砲手を押さえながらリオンが後を取った。
「へ? そうなのか?」
 言われて見ればと頭を振り、かつてあったことがある帝国の少佐を、そんな人間はミュラーしかいなかったのだが、その人を思い出す。
「艦長の恋人だそうだ」
 テニエスが艦橋の空気に若干辟易して肩を竦めている。
「……ははあ、それでここがこんな状態なのか。しかし我らが麗しの艦長を射止めるたぁすげぇ野郎だ」
「……それはそうね。いたでしょ、帝国の末席皇子さま。あの人の手綱を取れる人」
「それは大物だ」
 アルセイユの中でオリビエは伝説になってしまっている。コールも整備の邪魔をしに来ていたことを思い出した。
「帝国は内乱中だろ? 生きてたんだな」
「そうなるな。本当に運のいい男なのだろうかね」
「少なくとも一年は続いてる。……一年ぶりか。死線をくぐりぬけた……」
 コールは目を閉じてしばらく考え込んでいたが、やがてテニエスに向き直った。
「よし副長、たった今からエンジンの調子が悪くなった。フル稼働なんてもってのほか、非常用導力かましてようやく飛べるくらいの速さで。あと、乱気流あり、迂回進路だ」
「それでいい。ルクス、頼む」
「……オレは……」
「艦長が好きなのはわかってらぁ。だが、好きな相手の幸せを願うのも、道だぞ。なぁルクス」
「……」
 返事はないが出力が落ちた。
「よしよし。俺だって艦長をあんなむさくるしい帝国のヤツになんか獲られたくねぇさ。だから今回だけだ。せっかくあえたんだしな、何より艦長の気持ちが第一種優先指定だ」
「……賛成」
 低くエコーが呟き、他の面々も無言で頷くのだった。


 ふとユリアが顔を上げる。
「出力が落ちた……?」
 普段と振動が違う。何か悪いことがあったのかと思うが、今はどうでもよかった。
「機関長がどうにかするだろう」
「悪い艦長だ」
「なら艦橋に戻りますよ?」
「……機関長がどうにかするだろう」
 肩を寄せ、頭を寄せ、医務官を追い出したそこで二人は寄り添う。それ以上する気になれないほど、ただそばに居たかった。ずっと泣きつづけていたユリアは目が腫れ上手く開かなくなってきた。目を閉じていると、普段の疲れもあってそのまま眠りに引き込まれそうになる。
 必死で眠気と戦っているユリアに気が付き、ミュラーは大きく息を吸い込んだ。そのまま優しい声で歌を歌いだす。知らない歌だがそのテンポ、その内容が表すのは幼子を眠りに誘う子守唄。静かな医務室に響く。先ほどまで聞こえていたはずのエンジン音より子守唄がよく通った。
「……あ……覚えて……?」
 いつか戯れで自分が言った。女のつぶやきを聞いて歌を止め微笑みかける。
「覚えてはいたが約束は守れなかった。貴女をもらう時だったはずだが、もう先にもらってしまっているしな」
「……」
 何のことか思い当たり、少し顔が熱くなる。
「この一年、俺には想像できないほど辛い思いをさせたと思う。今後、償うから。今後、一生かけてそれを癒すから。今だけは……一年で辛く悲しかったこと、忘れて、眠れ。何、起きたらいなくなっている、なんてことはない。起きるまで傍にいる」
 じっと見上げるユリアの額に口付けをしてきた。伸びたままの髭が少し刺激を持っている。
「……うん」
 ただこのときだけは子どもに還る。ただ一つ求めた温もりの中で心は安らぐ。
 二つの国の愛国者たちは不器用で、自分の道を歩くことしか出来ない。どちらかの道に偏ることが出来ない。だからこそ、だからこそその道を寄り添わせるのだろう。
 優しい声のまどろみに遊びながらユリアは思う。どうかこれからも、寄り添っていけるようにと。

die Ende


 ようやっと、ページの最後に「Ende」と打てました。『Von Vandar』から以降後書きがないのはただ単純に話が終わってないからですはい。
 ほぼSC終了直後からダラダラと書き綴ってきていた少大なはずのお話『Patriots』、とりあえず終わりです。そういや『Patriots』ってシリーズタイトルも最初決まってなくて、生まれて初めてコピー本を出すということでそのときに決めたんでしたっけ。そのままオフラインの本の名前も使うことになりました。
 いやはや、途中で本気で頓挫するかと思いましたよ。3rdインパクトは思ったより大ダメージだったようで、3rd出なければ2007年中に終わると思ってたんですがね。わからないもんです。そんななのに2006年から追いつづけてくださった方、長い間お付き合い本当にありがとうございました。声援を頂きつづけて本当に嬉しかったです。
 はっきり言ってしまうとこの話、世界とキャラだけ借りたオリジナルといっても過言じゃないというかその見本市のようなものですが、私が一番書きやすいスタイルにして思う存分書けたかなーと。自在に彼らを生きて動かせたかどうかはちょっと不安ですが、その辺は読んで頂いた方に判断を委ねます。わざと説明せずにおいている部分も多々あります。読み手の方それぞれでいろんな想像をしていただければ幸いです。少なくとも私自身は、書いていてとても楽しかった。書けてよかった。この二人が大好き。大して『Patriots』じゃCP話っぽくないけど。
 多分書いてる途中では後書きでこういうこと書こうと思ってたと思うんですが、今もうどうでもいいというか、そんなものまで全部お話に塗りこめてしまったようです。ただ一つだけ、最後の「子守唄」だけは相当に初期から終わりのかたちとして全体が見えておりました。少佐はあんな性格だから、ユリアさんが納得してないのに掻っ攫うことが出来ないんじゃないかなーと思ったら、本当にすんなりとこのかたちに収まったというか。ちゃんと筋は通さないとね。本気で落ち着くところに落ち着くにはまだまだ障害がたくさんあるままな少佐とユリアさんですが、また押さえられなくなったら書き始めるかもしれません。月光で始まったお話は子守唄で終わり。
 それでは、長い長い旅路の果ての呟きまでお付き合い、本当にありがとうございました。久しぶりに長く書いたけど、私は「小説」を書けるようになったかな。まだ自分ではお話としか呼べないかな。ま、いっか。

 この話を読んでくださった方の心の中に、ほんの僅かでも残ることができますように。

 

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