「何回も言うようだけど、やっぱりキミはこの争いから手を引いたほうがいいと思うんだ」
 導力銃に弾丸を込めながら傍らのミュラーに話し掛けた。
「何をまた」
 短剣の血糊を拭き、オリビエを見ようともせずランプにかざす。
「そりゃいろいろ理由はある。けど一番はだね、ボク、ユリア君に恨まれるのは嫌だよ」
 手入れの手を止めて幼馴染を見る男。ランプの炎のせいで照れているのかは判別できない。しばしの間を置いて口を開いた。
「……ではこちらも何度も繰り返すが、もしここで貴様を置いていったことが判れば、俺はユリアに手ひどく怒られる」
 いやにまじめな声。
「……むー」
 互いに顔を見合わせて一呼吸。そして同時に笑い出す。
「あっはっはっは! なんだよ、結局二人してユリア君が怖いんじゃないか!」
「全くだ!」
「ミュラー、キミは絶対に尻にしかれるよ、確信をもって言えるね」
「どういう意味だそれは。しかし、しばらくは頭が上がりそうにないな」
「そういうのを「尻にしかれる」っていうんだよ。いやはや、そんなキミを早く見てみたいものだ」
 笑いすぎて涙が出る。ユリアがそうと知って尻にしくことはないだろうが、少しの言動に反応して甲斐甲斐しく何かをするミュラーが想像できた。
 なんだかんだでこの男は優しいのだ。そして厳しいけれど強い。だからずっと共にいられる。自分は弱いから。自分と全く違うこの男とならば、どこまでもいけると信じている。誰が味方か誰が敵か、判別のつかない世界にあって、ミュラーの存在は灯り。灯りの元で休み、自分も灯りをともして歩いていくことを決意させてくれる灯り。こうやってランプの火に照らされている姿を見るとしみじみと思う。
「そういえばついに名前だけで呼ぶようになったね。今更だけど。観念した?」
「……そうかもな。あんな場面を見られたら、俺も貴様らと話すときに『殿』をつけるのが馬鹿馬鹿しくなった」
「そりゃそうだよー。ボクはもうビックリしたね。あんな熱烈な別れをキミたちがするだなんてねぇ……ボクでもできないな。過小評価してたよ、すまないミュラー、謝ろう」
「若干その謝罪に何がしかが含まれている気がしないでもないが?」
「ヤダねぇもう。気にしちゃイヤン」
「……」
 長い溜息をつくとまた手入れに戻る。
「貴様も予備の手入れくらいしたらどうだ? 戦術オーブメントの方はどうなんだ? とっさに使えなかったときに俺は守ってやらんぞ」
「うん。さっきからやってる。ただそろそろチャージの在庫が底を尽きそうだから、無駄撃ちはできない。無駄撃ちに関してはこっちもそうだけどね」
 銃を振りながら溜息。
「俺に割り当てられているチャージを使え。俺はこっちがあれば特にオーブメントは使わん」
「それは最後の手段にする。キミにだって必要なものだ。それにキミのはユリア君が渡してくれた分じゃないか。そんなの使えるはずがない」
 大仰に天を仰いで芝居がかった口調で言ってみる。チラリと横目でミュラーを見れば今度は明らかに照れているようだ。わざと大きな動作で手入れを続けていた。
「だからそういう瑣末なことは置いておけ! あまり言うと本当に危機の時、使わせんぞ!」
「ミュラーさんコワイー」
「お前らいい加減にしてくれよ」
 ずっと黙って見張りをしていたディーターがついに呆れた。
「大笑いはやってくれるわ惚気は聞かされるわ……危機感ないだろ?」
「そんなことはないよ。キミが見張りをしてくれているからこその安心を謳歌しているわけであってだね」
「素人に見張りなんかさせんな」
「もっともだ、代わろう」
 ミュラーが立ちあがり、入り口の傍で外を見据えているディーターのところへ行く。いつのまにか外は雨だった。


 なんとか召集した私兵だが、数が半分程度に減ってしまっていた。現在の戦局を見ればそれは仕方がないことだとオリビエは思っている。むしろ半分残っていたことに驚いた。最悪、三分の一にはなるだろうと思っていたので僥倖である。
 減った理由は様々だが、一番は宰相派の工作だ。まるまる一中隊残っていた部隊長に聞いてみると、彼らのところにも噂として流れてきたとか。
「何故? あっちの方が賃金も高いし、戦局からすれば宰相殿のほうが強いよ?」
「皇子さんよ、確かにオレらは端金で誰の仲間にでもなるけどよ、一旦雇われて契約交わしたならあんたが雇い主なんだ。雇い主が死んでもないのにコロコロ移動するようじゃ誰も信用しねぇだろ?」
 この商売も結局は信用なんだと、珍しい煙管で煙をふかしながら笑った。
「オレは昔からそれでやってきたし、オレの手下どももそれで良しとしてるヤツラばっかりだ。その点だけは信頼してくれていい」
「すまないね、では頼んだよ」
 以降、帝都内の各所にある隠れ処を転々としながら、皇城から来る兵士たちと散発的に戦闘をしている。隠れ処のいくつかは既に筒抜けで、溜め込んであった予備弾層も簡易食も薬も回収された挙句に待ち伏せに合ったことも数度。その度に致命傷を負うことなく切り抜けてきている。今もそんな戦闘をしてきたばかりだ。少し休もうと倉庫にクリアリングを施してから時はさほど経っていない。
「なんか編成がガタガタだったな、今日は」
 持っていた銃を構えるまねをしつつディーターがオリビエのほうに歩いてきた。
「そりゃ、今までも大していい部隊だったとはいえないが……どうなってるんだ、ヤツらは。俺ですら簡単にひっくり返せたって……」
 つい先程相対した二個小隊程度の遊撃部隊。各々が好き勝手に攻撃を仕掛けてきたのだが、場所は狭い狭い路地。無鉄砲に飛び込もうとして自滅した兵が何人もいた。そこをミュラーの部下や傭兵たちが叩き、ほとんどこちらには被害がでていない。
 そしてディーター。それなりに長い間帝都で飲食店をやっている彼は、酔っ払いや暴れる客を適度にあしらう技術を持つ。オリビエやミュラーと真っ当に喧嘩をすることもあってか、腕っ節もそれなりにあるほうだった。不測の事態には慣れており、三々五々仕掛けてくる遊撃兵をからかいながら一撃を叩き込む様はミュラーの部下たちの羨望の的となりつつあった。せっかく鍛えている途中なのにと上司がいつにもまして苦い顔をするのを確認しつつも、ディーターは喧嘩の心得などをこっそりと説いたりしている。
「遊撃部隊の錬度が足りないのだろう。まともに訓練していた記憶がない」
 ミュラーが足元に落ちていた武器を拾いながらはき捨てていた。確かに、とオリビエも思う。城内の練武場では近衛と一般兵しか見かけなかった。
「宰相殿はどこで訓練させていたことやら」
「さあな」
 武器の安全装置を作動させて部下の一人に放り投げる。なんとなくオリビエはそれを渡してもらった。最新鋭の導力銃。自分が持つ護身に特化した銃ではなく、明らかに能動的に人を傷つける為のものだった。一発ずつではなく連続で撃てるようになっている。
 どこで作られているのかはっきりとはしないが、しばらく前からこういう武器を押収してくる時はあった。
「こんなものを作って、どうしてケモノにも劣るようなことを人はするんだろうね」
「……」
 親友は答えない。彼の部下も傭兵たちも、ディーターも。答えられるはずはなかった。自虐的に笑いながらオリビエは周りを見回す。
 壊れた出入り口。
 割れて散乱する窓ガラス。
 明らかに戦いのせいで石造りの壁に刻まれた痕。
 燃えかけた並木。
 はがされ、地面が露出している舗装道。
「……こんなはずじゃなかったんだけど」
 声にはしない。けれど悔恨。こういう可能性も考えなかったわけではないのだが、考えているだけと実際なってみるのとは違う。皇族や貴族の都合で市井人を振り回すのは大嫌いだ。
「なのに、いまボクはここで彼らの生活を壊している」
 軟禁中の父皇帝から秘密裏に玉璽が届けられた時点から。ずっとずっと悩みつづけていた。リベールへ自分で出向き、剣聖と対話することでもう少し強くなれるのではないかと思った。もっとも、剣聖よりも共に戦い抜いた友に影響された感はある。
「友達って、すごいね」
「なんだよいきなり」
 こわばった体を伸ばしていたディーターがオリビエの呟きを聞きつけた。大丈夫かとでも問うように、若干眉根が寄せられていた。
「うん、ちょっと思い出してたんだ、リベールのこと」
「なんだ、あいつの恋人のことか?」
「ううん。あ、いや彼女のことも忘れがたいけど、他にも忘れがたい友達がいるんだ。リベールにも、共和国にも」
「へぇ。その辺の話はあんまり聞いたことがないな」
 寄った皺が消え柔らかく笑う。
「また酒の肴にでも話すよ。これが終わったら」
「楽しみにしてる」
 新しく出来た友と、古くからいる友。それを繋ぐ自分。欠ける訳にはいかない。
「最初は何のために継承権放棄したかわからないと思っていたけれど」
 胸元の隠しにある印鑑の固さを思う。どの息子に譲ろうとこの事態は起きた。時間稼ぎを含めてオリビエに渡された国家の全ての権力。
「時々さ、思うよ。父上も含めてボクたちは宰相殿の手の上で転がされてて。そして、みんないなくなった後に宰相殿が出てくるんじゃないかって」
 皇族たちが自らを喰いあい、もはや立ち上がれない時に宰相が出てくるのではないだろうか。実際、現在の敵対相手は名目上第四皇子である。封鎖令の発令者も第四皇子。が、その手足が遊撃兵である以上、宰相も一枚どころか三枚ぐらい噛んでいるのはわかりきっていることだ。
「どうだろうなぁ。あの人は……やりそうだけどな」
 遠慮がちに付け足された言葉の言い方がおかしくて、思わず軽く笑ってしまった。
 宰相もこの国が、この街が嫌いなわけではないはずだ。彼は彼なりに貴族を嫌悪しているところが見える。その意味で、宰相とオリビエは似ていた。あまりに似すぎているからこそ、違う方法をとったことが許せない。同族嫌悪なのはわかっている。
 貴族でありながら貴族を嫌悪し、かといって市井には決してなれず。国は貴族や皇族のものではなく、何十万人の市井と呼ばれる人々のものであることを理解しながらも、肥大化しすぎた国では自浄作用が働かず、荒療治を施す過程で本当の持ち主たちを傷つけてしまう。それを良しとするか否とするかは。
「ま、そんなのは後が決めるだろ? 俺らは貴族は嫌いだけど宰相のやり方も気にくわねぇんだ。だから闘いたい。それだけだ」
 戦場に迷いは禁物。考える時間は後でたっぷりある。
「へぇディーター、兵士の基本中の基本じゃないか。実は隠れて傭兵やってなかった?」
「そんなヒマあるか。俺は健全な料理人なの。退役したじいさんが酔っ払うと口癖みたいに言ってたけどな」
 肩をすくめ、最近包丁を握っていないと悲観に満ちた声を上げる。ディーターさん緊張感がない、と誰かが笑った。
「じゃあ、今日は本拠地へ帰ろうか。そろそろあっちの様子も気になるし、物資も滞ってきた」
 昔馴染みが経営するホテルを本拠と定め、前線をじわりじわりと城へ向けて押し進んだ数週間。まだ奪還には至らないが、その目処が少しは立ってきた。現状の帝都掌握率はこちらが勝っている。元々地の利に長けた人間がホテルに集まっているのだ。どこをどう行けば一番早いか、一番効率がいいか。時々は家の中を通らせてもらいながらその時々の最善を尽くしてきた、と思う。
 そしてつれている兵たちは疲れを見せ始めている。ころあいだ。
「うん、じゃあそっちにバリケード組んで。そうそう」
 見張りと伝令を決めるよう指示を出し、ずっと外を見ているミュラーのところへ。並んで雨を追った。
「……何か見える?」
「いや」
 目を細めて短く答えた。
「ならいいや。キミも疲れただろう。今日はホテルで少し休もう」
「それはいいが……」
「だからさ、休む時は休まないと。ユリア君も同じことを言うと思うけど」
「あの人の名をなぜ出す」
「一番言うこと聞いてくれそうだから」
「……そういうことは思っても口に出していわないものだぞ?」
「あっ、そうか」
 失敗したなぁと頭を掻いているとミュラーの表情が呆れたものへ。
「この緊張感のなさが命取りになるか、それとも余裕になるのか……」
「もちろん余裕だよ」
 それだけは自信があった。

 雨の中ホテルに戻ってきた一行は、飛行艇らしき金属の塊が残骸となって墜落しているのに気がついた。
「何事だこりゃ」
「おお、戻ってきたか。そっちの戦果は?」
 鍛冶のアドルフが手を振る。
「まあまあ。半分くらいはいろいろ回収できたかな。もう持ち込んでるだろ?」
「ああ。結構あるな。節約すれば一年くらいはいけそうだ」
「そんなにかからないことを祈りたいけどね。ところであれは」
 オリビエの指差した残骸をみて、アドルフが待ってましたとばかりに説明をはじめた。
「空襲があったんだよ」
「あー、多分そうだろうと思った」
「どうやって回避した?」
 ミュラーの問いに頷く。
「ちょうどな、回収してきた武器の中にアレがあったんだ」
「……導力砲か」
「それをいくつかまとめて発射したら大穴開いて落ちたのがあっちだ」
 パイロット他数名は生きており、ホテルの一室で捕虜として捕らえている。
「ありゃま。帝国製の数少ない空を飛べる飛行艇だったのに、もったいない」
 どっちの味方なんだと頭を軽く殴られたオリビエ。
「他にも来たのではないのか?」
 来たのは来たらしい。が、一機落ちたのをみて慌てて帰ったとのこと。
「次に来てもまた落としてやるさ。まだまだ弾はあるし、一回やってコツを覚えた」
「さすがアドルフだ。荒事には慣れてるなぁ相変わらず」
 ディーターの言葉にてめぇには負けると返し、あらためてオリビエに向き直った。
「そんなわけでここの守りは案外に堅牢。他の部隊からもそんなに悲壮な情報は届いてないな、今のところは」
「ありがとう。すまないね、そんな役割をさせてしまって」
「こっちには武器をとって前線駆け抜ける根性がないからな。攻められないなら守るさ」
「お願いする。……それにしても、空襲だなんて。この街自体まで破壊し尽くす気なんだろうか」
 第四皇子の思慮は知らないし、宰相が何を思って指示したかもわからない。けれど、全てが終わった時廃墟しか残っていなければ、もはや何を守るというのだ?
「あまり深くかんがえなさんな。ほれ、みんな待ってるよ皇子さん」
 力強く背を叩かれてふらついたがなんとか足を踏ん張り、体裁を崩すことなくホテルに凱旋。ロビーで何がしかの作戦を立てていた兵士たちが数人、敬礼を返してきた。しばし互いにもつ情報を交換する。
「……へぇ……思ったより上々だ」
 オリビエが報告を聞いている間にディーターは厨房へ。久々に腕を振るえると喜んでいる。その様子を見送ってミュラーは部下たちに指示をする。三時間ごとに各前線との交代をするため、部隊を編成しなおさなくてはならない。オリビエにされる報告を一緒に聞きながら、どこにあらためて配置をするべきかを地図で検討。オリビエの言葉どおり、思っていたよりも早く帝都掌握が進んでいる。だが、見落としてしまうかもしれない場所が増えているということでもある。
「早めに詰所を奪還した方がいいね。そこを取り返せばあとは上から降りてくるだけになる」
「ああ」
 皇城から降りてくる道と、帝都との境界とでもいう場所に巡回班の詰所がある。かつてユリアも訪れた場所で、帝都警備の中心地だ。
「他に潜伏場所がないことを祈りたいけどさ」
 おどける様子がやはり緊張感をそぐ。少しだけ空気が弛緩したところに。
「あの……すこし、宜しいでしょうか」
「……なんだ?」
 部下のホルストだ。なにか思いつめたような、それでいてどこか放心したような表情。
「……」
 嫌な予感。なにがどういう理由なのかは関係ない。ただそう思った。
「どうしたんだい、ええと、ホルスト・ヴァイス君だっけ」
「! ……はい」
 フルネームを言われたことに驚きの表情をみせる。まさか自分みたいな上等兵の名を覚えているとは思っていなかっただろう。が、オリビエとはそういう人間だ。
「あ、その……」
 動揺が顔に現れ、すぐまた消えた。傍にいた別の部下が怪訝そうにホルストの肩を掴む。手荒くそれを振り払った時、一度に物事が起こった。
 振り払ったホルストの手には護身のナイフが握られていた。とっさにオリビエを放すように突き飛ばしたミュラー。乱心に気がついた他の部下もホルストに飛び掛る。オリビエに向かうだろうと思ったナイフの切っ先が仲間に及ぶのを見て、そうはさせぬとミュラーが割って入る。
「あんたが……いなければ……あの人はきっと」
 低く呟かれた言葉はミュラーにしか届いていない。すぐさま返された刃は上官へ向かう。
 
 狙いは俺か。
 
 甘さを呪い、視線で胸元を裂く凶器の軌跡を辿り。その視線の先には、悲しそうに笑うユリアがいた。

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