端末に目を落とすとまだかろうじて赤い部分が少なかった。被弾は主に右舷側、時折回りこまれそうになるが、致命傷というものは負っていない。このままではそれも時間の問題だろうが。
「三番砲座被弾、使用不可!」
 声を聞くより先にコンソールの自装備項目が消えたことに気がついていた。肘掛に寄りかかり、頬杖をつく。
「……次の予測は?」
「敵艦機銃弾幕と夕暮れで目視不可、けれど集中反応が三点観測されています!」
 エコーの報告を聞きながら傍らの男に目をやる。男は、任せます、と頷いた。
「導力障壁展開」
「導力障壁展開!」
 復唱したエコーに付け足す。
「四重だ」
 え、と呆けた表情を返してくる。無表情のまま視線を向けるとすぐコンソールに向き直った。
「よ、四重展開!」
 傍らの男が首をかしげる。四重展開は出来ないことはないが、下手に張ると障壁そのものが相互干渉を起こして消えかねない。
「四重、ですか。集中反応は三点だったかと」
「保険だ。確かに三点見えるが……」
 ユリアは自分の端末画面を指す。
「反応距離が近すぎてな……」
「確かに。それで保険ですか」
 頷いた瞬間に艦橋の明かりが明滅。弾幕をぬって高密度導力弾が射出されてきた。
「一番障壁相殺!」
「操舵士、軌道変更。進路は任せる」
「軌道変更」
 男が復唱し船体がゆれる。先程まで尾翼があった位置に導力弾が炸裂した。
「二番障壁、出力35パーセント低下! ……相殺消滅確認!」
「威嚇射撃、撃ち方始め。主砲も同時に充填」
 ようやく怪我が治った本来の砲術士がそこに座っている。ユリアの脳裏に一人の男がよぎったがほんの僅かの合間だけ。
 傍らの男が、再度導力障壁を展開できるよう準備しろと指示を出している。それを聞きながら、じっとモニタを眺めた。こちらの射撃があたり光点が少しずつ消えていく。
「三番障壁相殺!」
「……前方艦隊の上方へ」
 エンジン音が大きくなった。手元の端末では出力が上がり、高度を示す数字が大きくなり始める。すぐさま最高高度へと到達した。
「四番来るぞ」
 大まかな光点が消えた後にまだ残った一つ。予感は的中だ。肩を竦め隣の男と舌を出し合う。
「そうですね。砲手、主砲充填率は?」
「68パーセントです!」
「機関室、出力を上げろ」
(諒解ーっ!)
 砲手の数字に一瞬考え、開かれたままの回線を通じて機関室に通信を送る。戦況を理解しているようで、すぐ意図を汲んでくれた。
「……80パーセントを超えたら発射準備に入れ」
 その間にまた被弾したようだ。また右側である。被弾率を示す赤い光が増えていた。
「四番障壁に被弾確認! 船体までは届いておりませんが出力が13パーセント低下!」
「さて、どうしたものか」
 頭をひねっていると男が口をはさむ。
「そうですね……次の導力障壁再展開までは今の障壁が消えてから36秒の空白がある。その合間にもう一撃来るか、こないか……」
「おそらく来るだろう。向こうはまだ二隻残っている」
「ならばその空白時間に決戦に持ち込んだほうがいいですね」
「……確かに」
 幸い、向こうは足が遅く変わらずアルセイユが上を飛んでいた。
「第四戦速まで加速、敵艦隊に針路変更。威嚇射撃を実効射撃へ、始め」
 主砲を露出させ、周りに配された機銃が火を噴く。同時に向こうも四番目の導力弾を放った、と警告が明滅。船体が傾いた。
「!?」
 とっさに操舵士を見るが何をやっているかは理解しているようだ。そのままの状態で直撃をかわす。
「四番障壁相殺! 船体下部に多少ダメージあり、おそらく装甲版剥落!」
「そのまま方向マル・ロク・サンへ転換」
 丁度二隻が重なる位置。モニタ上で二点に輝いていた光が一点に。近づく距離を見た。
「……主砲撃ち方始め」
「撃ち方始め」
 ほぼ同時に復唱が入り、砲手はそれを受けて主砲を解放。そしてその力強い光の束は敵艦を破壊……しなかった。
「……」
「……」
 艦橋が静まり返る。何を言おうか悩んでいるのか、静かに艦橋は平衡を取り戻す。
(あー、あーっ、こちらレイストン管制塔。アルセイユーっ、聞こえますかーっ?)
 ノイズ交じりの通信だ。
「こちら艦橋、管制官、聞こえている」
 リオンが応答する様子に、深く椅子に座りなおすユリア。
 現在はヴァレリア上空、リベール空軍で模擬戦を行っていた。各艦の武器出力は調整され、実際に当たったとしてもたいした被害にはなっていない。端末上では本来の出力で計算が行われていたので、被弾率、消耗率は実戦並である。
「お疲れ様でした、艦長」
 にこりと隣の男が笑いかけてきた。
「今回はなかなか上手く行ったようだなテニエス副長」
 最初はどうなることかと思ったが。小さく口の中で呟く。
 ユリアがミュラーと王国半周をした頃、怪我で療養中だった副長と砲術士が同時に復帰してきた。初めて訓練を行った際にはそれはもう酷い状態で、これで本当にやっていけるのだろうかと嘆いたものだ。それを考えると、あの事件の間だけでもこの艦橋にいたミュラーが、よくもまあ統制を乱さず混じっていたなと思う。
「艦長は理想が高いのですよ」
「そうか? それほど高いとは思っていないが」
 テニエスは王国陸軍から選抜されていた。奇抜な作戦を立てる中隊長として有名だったのが軍上層まで届き、アルセイユに出向することになった。ユリアより年上であり、思うところも多々あっただろう。それを全て飲み込んで今艦橋に立っているのか、としげしげと見る。
「その理想は気持ちがいい。だから、自分もここに立っているのですよ」
 笑うと目元に年が見えるな、と場違いなことを考える。それから艦橋を見渡す。相変わらず管制官とやり取りをしているリオン以外は緊張の糸が切れたか、伸びなどをしていた。一つ一つの席を見、砲術士の席に目をやる。不意に別の人間の姿が重なった。
「……」
 その幻がゆっくり消えるのを見守り目を閉じる。まぶたの裏にはまだ残っている残像。静かに細く息を吐いて、その呼吸に合わせて目を開けばいつもの自分の場所。落ち着け、落ち着けと言い聞かせ、管制官からの通信を受ける。
(さすがアルセイユだ、戦績は一番だな。本日1900時から報告会なので、それまでに資料をまとめておくように)
「諒解した」
(あ、あと悪いんだが、今各部隊が一気に降下してきてるんだ。現在まだ空にいるヤツらには頼んでいるんだが、もうちょっと降りてくるのを待ってくれ。大渋滞中だ)
「……確かにそのようだな。上からでも一杯になっているのがわかる」
 大モニタに投影された基地発着場は大混雑だ。どこかの艦が斜めに突っ込んだようで、他の艦もそれに合わせているから余計におかしなことになっている。
(ありがとう。しばらく空の旅を楽しんでくれ。以上通信終わり)
 管制官の冗談に肩を竦めて立ち上がる。
「皆、ご苦労だった。現在時刻をもって交戦モードを解除する。……聞いたように現在レイストンの発着場は混雑している。ヴァレリアを一周する頃にはおそらくあいているだろうが……地上監視も含め周遊開始。自分は作戦室にいる。副長、指揮権は譲る」
「諒解いたしました。あとで自分の所見をまとめてお渡しいたします」
「ああ、ありがとう。……そうだルクス」
 呼ばれた男は真っ赤になって立ち上がる。
「お前は右を敵方に向ける癖がある。被弾率が右側に多い。気をつけるように」
「申し訳ありません……」
「……だが、最後の四番砲撃のかわし方は上手かった。今後も精進してくれ」
 沈んでいたルクスの顔が明るくなる。はい、と敬礼し返答をしてきた部下に満足し、ユリアは艦橋を出た。

 扉が閉まると艦橋が弛緩した。思い思いに体を伸ばしている。
「艦長がいないとなるとこれか。どこも同じだな」
「あれ副長、経験アリですか?」
 まあな、と片目を閉じるテニエス。それがおかしかったのか、エコーが肩を振るわせた。
「だから、諸君が気を抜いても何もいわんだろう?」
「確かに」
 リオンが妙に納得した。
「それにしてもさ」
 砲術士ティアナがぼんやりとしている。
「艦長って前から綺麗だったけど、なんか最近怖いくらい美人じゃない? はぁー……あんなになってみたいわ」
 もともと彼女はユリアにかなり心酔していたところがある。怪我で搭乗出来なくなった時の嘆き様は親衛隊士のなかで伝説になっていた。
「うーん、そうかもしれない。あの人の視線が俺のところだと真後ろだろ? もうなんか意識しまくって大変だよ」
 蛇輪を握りながらルクスが割り込んでくる。気を取られたか艦体が少し傾き、慌てて元に戻す。
「長考などで目を閉じている時は私でもどきりとするな」
「おっと副長、一番近くにいるからそりゃ役得ですね」
 リオンのからかいにテニエスも笑う。
「……抜け駆けは駄目ですよ」
 エコーにまで言われ肩を竦める副長。一体諸君は私をどのように見ているのだ、と頭を掻いた。
「いきなり綺麗になっちゃった気がするよね。それってさー……やっぱアレかな、アレ」
「……そうかも」
 女性陣が納得して頷いているが男性陣は見当がつかない。
「でもさ? 誰?」
「……そこなのよね」
「ちょっと待てよ。一体なんだってんだ?」
「秘密ー」
 リオンにつかまれた肩を払いながらティアナはエコーと頷きあう。残り三人は三者三様にあきれたポーズをとった。
 考えればこれほど判りやすいことはないのに。エコーは思う。でも本当にそうだったら相手探しで軍の中が大変なことになりそうね。
 そのときの様子を想像すると自然と笑みがこぼれる。上から下までが大騒ぎだろうから。
「平和な軍隊ね……ん?」
 想像をかき消すように手元のソナーに反応。日が暮れかかる薄闇、そろそろもう外を目視できない。
「……?」
 船舶から出ている信号を補足してみるもはっきりとはわからない。
「……副長、これ」
「どうした」
 覗き込むテニエスに何も言わず端末を指し示す。ただ、船籍不明と示す画面を。

 エレボニアの帝都に封鎖令がでてもう一月半。ユリアが持ち帰った所属不明のオーブメント解析はとっくに終わっているが、結局どこの工房製なのかがはっきり判らなかった。
『独自の生産ラインがあるのだろう。案外に自分たちの足元かもしれない』
 モルガンが渋面で会議机を叩いたのが、解析完了後の最初の会議だった。
『三つもあって一つも明確なルートがわからず、か。報告どおり性能は明らかにリベール製だ。帝国製も協和国製もここまでの反応は返してこないし……中央工房に頼んで見てもらったが、各部品の削り方もリベール風、だと報告がある。確定はできないが』
 ユリアが持ち込んだものが一つ。そして、全く別のタイミングで、リベール国内で見つかったものが二つ。
『准将、こういうこと考えられませんか? 誰かが、何かが、リベール風を装っているとは』
『恐れながら王太女殿下、現在の我々の技術水準ではそれ以上は確定できないのです。結社の技術力は我々以上、そして、我々の技術を装うことも可能でしょう。だからこそ、それ以上は判らないのです』
 会議室が静まり返る。重い重い沈黙の果てに口を開いたのは、持ち込んだ張本人だった。
『実はラッセル博士に頼んで、オーブメントに反応する検知器を作っていただいています。まだ試作ですが、これをとりあえず空港を含む国際港と国境に配置することは可能でしょうか?』
 ユリアの意見にシードが頷いた。
『国内で二個見つかっている時点で、不法に流通していることは確かです。国内流通分だけでも外に出さないようにしなければ』
『普通に国境超えではなく山越えか、貨物に乗せて大量に出している可能性もあるな……』
 その後三回行われた会議で報告を行うが、進捗はほとんどない。逆に国境越えをする遊撃士たちから不満の声があがってきてしまった。
「……こんなことをしている場合ではないのに」
 作戦室で一人報告書を書きながらユリアはため息をついた。何らの進捗がないオーブメントの件。だが、自分ひとりが必死になっている姿を見せるわけにはいかない。こうやって今、一文字を書く間にもリベールから運び出された正体不明の兵器に誰かが、ミュラーが、傷ついているかもしれない。
「頼むと言われたのに」
 何も出来ずあがきながら日々を過ごしている。隣で剣を取れない自分ができることは。
「……っ!」
 己の肩を抱く。離れていてこそできることもある、そう言い聞かせながら。
 共に同じ道を行くことだけが方法ではない。違うからこそ、そこから波紋が共鳴しあい、緩やかながらも確実に広がるものなのだ。だからユリアはここで一石を投じ続けなければならない。いつか、ミュラーの投げた意志と響きあう為。
(艦長! 緊急事態発生です!)
「!」
 突然の通信に顔を上げた。伝声管に飛びつく。
「何事だ!?」
(船籍不明の船が航行中! 再三の停船勧告に従わず、何がしかの攻撃を受けました! 今そちらのモニタに出します!)
 言うなり作戦室のモニタに電源が入り大きく船らしきものが投影される。後部甲板には上空を狙う砲座が見えていた。
「……あのサイズの砲座? 見たことがない……」
 船自体はどこにでもある、ありふれた船だった。画面の下の方に出ているスケールから判断すると、外洋では航行できない大きさだ。だがそのサイズに合わせた砲座は知らない。リベール軍部の技術力では作ることは難しいのが判るぐらいだ。
「今ブリッジに戻る! 管制官に連絡をし、発砲の許可をもらえ! 許可が下り次第導力障壁展開、また付近を航行中の友軍に応援を頼め!」
(諒解!)
 伝声管からすぐに離れ艦橋へ上がる。やけにその階段が長く感じられた。
「状況は!?」
「いまだ逃走中です。管制官からの応答は無し、友軍艦一隻通信のみ確保、といったところですね」
「管制官から? 何故だ?」
 ようやくたどり着いた艦橋でとんでもないことを聞かされた気がする。
「このあたり一帯に妨害導力波がでているようです。これのお陰で少し距離が離れると通信が届かない」
「有効時間は?」
「おそらくW-30型……ならば36秒」
「……聞いたことのある数字だ」
 導力障壁が消えてから再展開するまでの間ですよ、とテニエスに言われた。
「空白の36秒か。ちっ」
 リオンが悪態をつくのを聞き、すぐ決断した。
「そんなに長い間待っていたら逃げられてしまう。自分が許可する。発砲準備開始。ただ今より艦橋は交戦モードに入る!」
 呼応し、部下たちはそれぞれの仕事に戻った。自席に戻り機関室と連絡を取り合う。艦内のほかの隊士たちにも武装を呼びかけ、突入の可能性を示唆した。
 今もって逃げつづける船と、それを追うアルセイユ。どうやら相手よりはスピードが速いらしくすぐ追いついた。
「どうする副長?」
「……ぶつけますか、この船体を。障壁を三重まで確保していればこのスピードでもこちらにそれほど被害は出ないでしょうから。ただ……その衝撃がどこまであの船に跳ね返るかが問題ですがね」
「湖上におりて追った方がいいか?」
「それは最後、相手の前に回りこむときに」
「ふむ、ではその案を行こう」
「先程も言いましたがどれだけ相手に跳ね返るかわかりません。最悪の場合は、生け捕りはないものと」
「判っている。この先にずっと進まれたらこの艦では追えなくなる支流に入られてしまう。行こう!」
 湖面すれすれの高さを飛ぶ。盛大な水しぶきを上げながらどんどんと追いついていく。向こうの砲座から打ち出されてくる攻撃を紙一重でかわす。
「砲手、向こうの攻撃手段を封じろ。できるな?」
「はい!」
 嬉々としてパネルに手を滑らせるティアナ。少しだけ肩を竦めながらも手馴れた指さばきに頷いた。しばらくのブランクがあるとは言え、彼女も名砲手だったのだ。
 解放された機銃が容赦ない弾の雨を降らせ、後部甲板の人間たちを踊らせている。
「遊ぶなよティアナ!」
 ルクスのため息に、わかってるよ、とにこりと応じる。雨が落ちる場所は少しずつ砲座に近づいていき。次の瞬間には見事破壊されていた。
「敵攻撃手段破壊確認!」
「導力障壁展開、念の為四重だ」
 復唱も待たずに展開の合図が飛んでいた。スピードはますます上がり加速で体が椅子に押さえつけられてくる。
「完全補足! いつでもやれます!」
「操舵士、回り込め」
 返事を聞く間もなく船体が傾く。と思えばモニタに映る外の様子がめまぐるしく変わった。
 次いで何処からか轟音が聞こえてきた。体中に響く音。自分の意志とは言え、家にも等しいこの船を傷つけるのはやはりつらかった。歯を噛み締めてそんな不安を外に出さないようにする。
 やがてモニタを流れる風景が静止。リオンが映し出した衝突部を見るとどちらの船にもそれほど影響はないように見えた。
「歩兵部隊行動開始。乗務員を拘束せよ。発砲は基本禁止、二人一組でいけ」
 待機場所へ命令を下し、モニタを眺める。部下たちがどんどんとなだれ込んでいき、一人、また二人と拘束していく様が見えた。
「俺たちに発砲するなんてな。そのあたりだけでもいろいろ聞きたいもんだ」
 ルクスがやれやれと操舵輪に寄りかかった。
(ブリッジ、応答してくれ。なんか妙なオーブメント見つけた)
「!」
 モニタを眺めていたユリアがリオンの方を向く。
「妙? どんな風に」
(どんな風にって言われても……オーブメントはオーブメントなんだが、シリアルがねぇんだ。箱に山ほど入ってるけどぜんっぜんねぇ)
「リオン、友軍に連絡を取って解析班をまわしてもらうよう伝えろ。できればラッセル博士並の人間がいい、ともな」
 言いながらユリアは感じていた。互いに作り出した波紋が今、ようやく重なり始めたのだと。

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