「ひえぇぇっ」
 少々緊張感のない声が部屋からこぼれてくる。あけようとしたが鍵がかかっているようだ。やむを得ず剣を振るい、扉を叩き壊す。対峙するは四人の黒装束。
「オリビエっ! 無事か!!」
「なんとか健在。だが、動力銃は弾を抜かれていたから、ボクの身を守るのはコレだけ」
 言いながら、懐中時計サイズの機械を持ち上げる。リベールにいた頃手に入れた最新型オーブメントだ。
「ついでに言うと、もうエネルギーが切れる」
「馬鹿が! 悠長に説明などしている場合か!」
 飛び掛ってきた黒装束をなぎ倒しオリビエのそばへいく。
「ミュラー、彼らは変だ。手ごたえがない」
「こちらもか。下で、似たような連中とやりあった」
 効いていないわけではない。オリビエに何度かアーツを喰らったのだろう、動きは下で戦った者に比べれば鈍い。
「あとどれぐらい使える?」
「そうだね。ヘルゲート一回、ってところかな」
「そうか。……俺が奴らを一箇所にまとめる。合図をするから、躊躇うな」
「ボクはその間どうやって身を守ればいい?」
「自分で考えろ、子どもじゃあるまいし!」
 吐き捨て、執務室を駈ける。剣を振るうだけではなく、立てかけられていた軍旗や固定されていない棚を蹴り倒していく。本棚を横から蹴り、振動で本が落ちる。巻き込まれまいと避ける黒装束だが、思わぬところに散らばったものがあり上手く動けない。
「さすがだね」
 やたらのんきに構えていたところ、背後に気配が生まれる。咄嗟に、机の上に置いてあった銀耀石製の重石を持ち上げ、顔面と思われるところに投げつけた。見事に命中し、そのまま沈黙する。これで残り二人。
「オリビエ、今だ!」
 体勢を整えようと動きが鈍くなっている。間髪いれず、黒い波動が生まれた。そしてその波動が消える頃、残った二人も沈黙していた。
「なんとか、この部屋は片付いたかな」
「おそらく。しかし」
 装束をはぐ。生気のない眼。そのときミュラーは直感した。まだ終わっていない。
「オリビエ、ここから出るぞ!!」
「えっ?」
「いいから!」
 飛び出した直後に爆発音。階段を文字通り転がり落ち、踊り場でようやく止まる。
「うーん……」
「どけ、オリビエ……」
 節々が痛むが、死んではいないようだ。二人ともボロボロの姿だが、なんとか生き延びたことに安堵した。
「あれは、以前にヨシュア君とアガット君から聞いたことがある。操り人形、だ」
「……結社か?」
「さあ、わからない。だが、この黒幕は宰相殿だろうけれど、そのあたりも疑うべきなんだろうねぇ」
「だろうな」
 自分たちの選んだ道だが、険しいことを再度実感しただけのような気がする。
「そういえばミュラー、妙に血まみれじゃないか。どこか怪我でもしたかい」
「……いや」
 ユリアの穏やかな笑顔が思い出される。痛む体に鞭打ち立ち上がる。足元がすこし覚束ないが走れないことはない。階段を駆け下りると、そこにもひどい爆発の痕跡。
「ま……さか」
「あっ、少佐殿!」
 オットーと呼ばれた兵が駆け寄ってきた。
「大尉殿は近くの部屋で医師の看護を受けています! とりあえず、現時点では生きておられます!」
「……そうか……」
「ですが予断は許せません。医師の判断によると、今晩を乗り越えればどうにか助かるだろうと」
「……どこだ?」
「こちらです」
 案内を受け、近くの部屋に入っていくミュラー。その様子を見て、オリビエはそっと呟く。
「当初とは思いっきり予定が狂ったけど、目的は、果たせそうかな」
 だがそれには、ユリアが死んでしまっては困る。
「あとは、彼女の生きたいという心か」

 どうにか静まった城内から、綺麗な布と水がかき集めてこられた。誰も一言も発さない。医者も淡々と血まみれの布と新しい布を取り替えている。弾は貫通しているとのこと。とくに酷く内臓をいためているわけではない、というのが見解だった。ただ、酷い熱を出している。
「……俺は、城内の指揮をしに行く。また、様子を見にくる」
 苦しそうなユリアの表情をみていることができない。それに、現在城に残っている人間で、オリビエを除いて兵に指揮できるのは自分だ。他の上官たちは、皇族以外手を出さないはずの襲撃者の手にかかるか、その様子をみて逃げ出してしまっているようだった。
「いや、それはボクがする。キミはユリア君についていてあげるといい」
「しかし」
「いいかいミュラー。キミは、ユリア君の生きたいという心そのものだ。……いい加減、気が付いているだろう? そして、彼女を死なせるわけにはいかない」
「……」
 黙った親友を見、それから出て行く。医師も、オリビエに他の場所の応援を頼むと言われたので、熱以外安定していることを確かめてから部屋をでた。後には横たわるユリアと、それを見つめるミュラーが残った。寝台のそばの椅子にすわり、荒い息を吐く女を眺めた。
「……俺は……」
 まだ、剣舞も物にしていない。本のお礼もきちんとしたい。なにより、彼女自身のことを、もっと知りたい。自分はまだ、リベールの親衛隊中隊長ということしか知らないことに気が付いた。
 夜がふける。あれから医者が数度、布を取替えにきたが、他に変わったことはない。城内は騒がしいようだが、今いる部屋までには喧騒はとどかなかった。月明かりが強く、ユリアをそっと照らしていた。城内の動力が落ちたか、オーブメントの明かりがつかないのでランプを使って明かりを灯している。が、それより月明かりが明るい。
「昨晩は、白い光と思ったが、今日は青い……」
 青い軍装をまとい、空中庭園で舞っていたユリアを思い出す。今日、彼の部下たちが彼女の舞に魅了されたように、彼自身はもうとっくの昔に魅了されていたのだ。
「こんな、失いかかった時に気が付くとは。全く俺というやつは」
 自虐的な笑みを浮かべる。昨夜、腕の中に抱きとめ、彼女の言葉を理解した時に、返事ができていれば。黙って抱きしめるだけではなく、何か一言告げていられれば。まだ今ほど狂おしい気持ちになることはなかっただろう。だが、後悔してももう遅い。今はただ、回復を祈るばかりだ。
「エイドスよ……どうか、まだこの人を連れて行ってくれるな……」
 空の女神に祈る。知らず、涙がこぼれてきた。

 ふと意識を取り戻した時、部屋の中が青いと思った。ぼやけた思考がはっきりとしてくるにつれ、月の明かりだということに気が付いた。横に視線をおくれば、祈りの格好で涙を流している男が見える。
「……ミュラー、殿」
「!」
 か細い声だった。自分にも聞こえるか聞こえないかの声だったが、隣の男はすぐさま顔を上げた。
「泣かれても、今は自分が、貴殿のハンカチを、持ったまま、です」
「……」
「だから、どうか……」
 これを、と自分の胸元を探る。
「ああ、すいません。今は、もって、いないよう、です……」
「ユリア……」
「そんな顔、なさらずに」
 貴殿には、にあわないから。優しく笑うユリア。
「もう少し、眠ります、ね」
「必ず、起きてくれ。俺がそばにいる。起きたら、伝えたいことがある」
「はい、わかり、ました」
 そのまま規則正しい寝息に変わる。先ほどまでの苦しさが抜けている。念のため医者に診てもらおうと立ち上がりかけたが、できなかった。ユリアの手が、ミュラーの服の端を掴んでいた。だから彼は、もう一度座りなおし、医者がくるまで待つことにした。

「ごめんなさいユリアさん、ごめんなさい!」
 部屋にクローゼが飛び込んできて、驚くユリアに飛びついた。
「で、殿下!?」
「本当に、ごめんなさい!」
 泣きながら謝る理由がわからないが、それ以上に何故ここにクローゼがいるのだろう。開けていた窓からジークが飛び込んできた。
「……ジーク?」
「ボクが、とりあえず連絡をしたんだ。ジーク君を貸してもらっていたから」
「……?」
 よくわからないが、とりあえず泣いているクローゼをどうにかしなくてはならない。
「殿下、落ち着いてください。そう簡単に、国を背負う方が感情を乱してはいけません。トップが揺れれば、国も揺れるのですから」
 背中をなでながら諭す。
「自分は大丈夫です。しばらくは剣ももてないでしょうが、また元のとおり、殿下をお守りできるでしょう」
「ユリアさん……本当に、ごめんなさい。ただ、幸せになってもらいたいと思っていたのに……」
 泣きながら顔を上げるクローゼ。
「ずいぶん以前からオリビエさんと相談をして、今回ようやく機会ができたので実行にうつしたのですが……こんなことになるなんて」
「?」
「今回のことはボクが宰相殿の動きを読みきれていなかったせいだ。今のところ城内はボク派が多数を占めているようだから、しばらくは何事も起こらないだろうけれど」
「し、少々お待ちくださいお二方。自分には理解できないのですが」
「……あー」
「ええと……」
 二人は少し困った顔をするが、結局クローゼが口を開いた。
「怒らないで、くださいね? ……ユリアさんの恋を、成就させてあげたいと、思ったんです」
「なっ……えっ……」
 見る間にユリアが真っ赤になる。オリビエとクローゼを交互に見、何故か両手をバタバタさせた。そのままうつむいてしまう。
「……あの……ご存知、だったのですか?」
「気が付かないのはあの朴念仁君だけだよ。ま、さすがの彼でも意識をしていたようだから、ボクからクローゼ君に話を持ちかけたのだよ」
「ユリアさんは私の姉のような人です。ただ、幸せになってもらいたかった……」
 うつむくクローゼをそっと抱きしめた。
「ありがとうございます、殿下。それに、オリビエ殿も、ご迷惑お掛けいたしました」
「いやいや。美しい女性が困っているのを助けるのも、紳士の義務というヤツさ」
 そこにフライハイトが花束を抱えて入ってきた。
「またお花が届きましたよ、シュバルツ様。これで何人目でしょうかね?」
 くすくすと笑うフライハイト。部屋の中は花でいっぱいである。
「そういえばこの花は何故?」
「シュバルツ様の舞に魅せられた兵たちや給仕たちが、無事と回復を祈って届けてくれているようですね。女性からのお花の方が多いでしょうか」
「おやおや、城内の女性を虜にしたのはボクを差し置いてユリア君か」
 オリビエが茶化して言うのを、困った表情でユリアは聞き流す。生死の境を彷徨って数日、痛みも耐えられないということはなくなってきた。
「左……また、左、か」
「そうですね。あの時も、左でしたね」
 ユリアとクローゼが何かを思い出しているところに、城内の様子を見てきていたミュラーが戻ってきた。フライハイトは持ってきた花瓶に花を生けその場を辞す。
「何が、左なんだい?」
「十年前。殿下を守ったことがありまして。その時、焼夷弾の破片が、今と同じ場所に当たりました」
「……百日戦役」
 オリビエとミュラーは居心地が悪くなる。帝国の人間にとっても、百日戦役は消えない影を残した争いだ。
「まだ士官学校に在籍していた頃でしょうか。自分が行ってもどうにもならないのに、どうしようもなく心が騒いで、自分は戦場を駈けていました。何も出来ないのに、無茶なことをしたと今でも思います」
「でも、そのおかげで私はユリアさんに出会えました。命を助けられました。感謝してもしたりません」
「殿下、自分は殿下に剣をささげました。今も残るあのときの痕を見るたび、自分は誇りを感じます」
「ユリアさん……」
 クローゼから視線を上げると、申し訳なさそうな顔で立っているミュラーを見つけた。にこりと笑う。
「今回の傷も残るでしょうが、自分の誇りになるでしょう」
 ミュラーから目を離し、晴れている空を見上げる。
「エイドスは、自分がまだ大切な人たちを守るようにと、この地上に戻したのでしょうかね?」
 クローゼはそっと立ち上がり、ジークを肩にとまらせたまま男二人が立っている方へ歩む。オリビエを手招きし、ミュラーに一礼をするとそのまま部屋を出て行った。オリビエは親友にニヤニヤと笑いかけ、嫌そうな顔をするのを確認してからクローゼに続いて部屋を出る。
「……そうかも、しれないな」
 部屋に二人残され、どうしようかと考えたが結局ユリアに返事をした。
「俺も、願った。貴女を、連れて行かないでくれ、と」
「では、その願いがかなったのでしょうね。ありがとうございます」
 外を見たままユリアは礼を言った。
「礼を言うべきは俺の方だ。正直なところ、貴女が西翼は囮だといったとき……」
「ええ、気が付いていました。当然です。私も、そうでしょうから」
「……」
「お気になさらず。自分のしたいように動いただけです」
「ユリア」
 驚いて外の景色から視線を向ける。
「えっ、あの」
「起きたら、伝えたいことがあると言ったこと。覚えているか?」
「……夢うつつに、記憶があります」
 そういえば、その時も名だけ呼ばれたような気がする。
「俺は、貴女のことを知らない。リベールの親衛隊に属している大尉で、高速巡洋艦アルセイユの艦長で。剣舞の達人で、頑固で、まっすぐで。……いとも簡単に、俺の心に入り込んだ」
 少し照れながら続ける。
「それぐらいしか貴女のことを知らない。だから、もっと、貴女と話をしたい。……貴女を、知りたい」
「……ふふふ。それだけ知っていてくれれば十分だと思いますよ。特に、変わったことをしているわけではないです。ただ……頑固、というのはいただけませんが」
 悪戯っぽく微笑む。
「……不機嫌そうで、幼馴染に振り回されて、それでも共に歩んで。質実剛健を絵に描いたような、帝国軍少佐。それが、私が知っている貴殿ですが、いかがでしょう?」
「……及第、だが十分、とはいえないか」
「そうですか?」
 ああ、と頷きユリアと目線の高さをあわせる。興味深そうに見る瞳は、空より明るい青。頬に手を添えると、何かを予感したのかユリアはそっと目を閉じた。と。
「ホルスト・ヴァイス上等兵以下三名! ユリア・シュバルツ大尉殿のお見舞いに参りました!! 入室してよろしいでしょうか!!」
 ドアの外から頓狂なくらい大声。あまりのタイミングにユリアは笑う。ミュラーは部下の間の悪さを嘆くも、笑って許可を出そうとしたユリアを止め、一瞬だけ唇を合わせた。
「十分とはいえないから、また話をしよう。……構わないか?」
「……喜んで」
 しばし呆然とした後、頬を赤くしながらしっかりと答えた。
 
 ミュラーが扉を開けると、三名のはずが大量に兵たちがなだれ込んできた。おのおの手に花などのお見舞いの品を持っており、それほど広くない部屋は狭くなる。自分の上官に気づかず、まっすぐにユリアを目指す兵たちには辟易したが、それもいいだろうと頭を振る。廊下に目をやると、オリビエとクローゼが謝るように手を合わせて立っていた。どうやら止めてくれていたらしい。が、兵たちの勢いに負けたのだろう。一礼し、部屋の中へ戻った。そして息を吸う。
「貴様らっ! 城内の救援はどうしたっ!!」
 怒号が飛ぶ。が、兵たちが飛び込んだのを皮切りに給仕たちも部屋にひっきりなしにやってくる。
 結局、誰かはユリアの部屋にいることになり、帰国日まで二人きりではなすことはできなかったという。帰国日も、兵たちより女性給仕たちが寂しがり、空港は大騒ぎになったと、その日のオリビエの日記には残っている。

Ende

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あいはい、久しぶりにちょいと長めです。んで、ここまで読んでもらわなくてもわかるでしょうけれど、エレボニアのお家騒動の皮を被った壮大なミュラユリです(バカヤロウ)。うーん、大好きさ。
 ユリアさんもて過ぎです(笑)。女って多少なりとも百合な部分持ってると思うのですが(でなきゃ宝塚なんか即刻つぶれてると思う)、城内の給仕さんたちのそんな部分を刺激してしまった模様。あ、メイド、って書くのが苦手なので「給仕」にしてあります。男性の給仕をどう表現すればわからなかったので。ミュラーさんライバル多すぎです。がんばれ無骨少佐殿(誉めてない)。
 タイトルは『月光』、章題は色。それぞれ、白、黒、赤、青です。黒だけ対応の色は出してませんが、奇しくもユリアさんの苗字なので、ユリアさん自身を指すとでも思っといてください。作者なーんにも考えてません。
 ミュラーさんにお兄さんがいるだとか、ユリアさんの百日戦役時代だとかは私の完全な創作なので気にしないでください。公式設定は冗談抜きでしりません。もし違ってても、この話だけのパラレルと思っていただければ。というか、この話自体本編の後なので、単なる妄想の産物ですね(苦笑)。
 では、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。また、書けるなら書きたいこのカップル。

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