気配


『Schwestern』の続きな感じです。



 ユリアにしては困ったことに、「動力のない日」は、大門の閉まる時間が極端に遅くなる。城から抜け出してしまったクローゼを探してはいるが、まさか周遊道まで出かけてはいないだろうと思い、それでも開いているのを見てしまうと気になってしまう。
「間違いなく王都にいらっしゃるとは思うのですが……」
 隣で同じように扉を見上げているミュラーを伺う。
「そうだろうな。貴女も時間がないだろうし、どうする?」
「……」
 やめておこうと声を出そうとした瞬間、視界の端で何かが動いていった。2、3の黒い塊は人の大きさのようにも見えた。
「む」
 ミュラーも気が付いたようで顎でそちらをしゃくってみせる。迷ったのは一瞬、合図も出さず同時に後を追い始めた。
 見失わないように追いかけてきたのは湖のほとり。漣の音が響く闇。普段なら明かりがあるが今日はない。幾つか気配がうごめいているのがわかる。風で茂みが動くのか、それとも何かが在るから動くのか。最大限に警戒しながら剣を同時に抜いた。
「……何もそこまで同時にしなくても」
「知らんぞ」
 さすがに警戒は解かない。が、何の合図もせずにここまで同じ行動を取ると、何か妙なものに憑かれているのではないかと思ってしまう。心の中で少しだけ肩をすくめて夜のほとりに神経を張り巡らせる。
 真の闇ではないがこれといった明かりも空にない。とはいえユリアはこの周辺は庭のようなもので、目を閉じていても行きたいところに行ける自信があった。だがミュラーはどうだろう。
「この辺りまでこられたことは?」
「片手以下だ。それも通り過ぎた程度」
「なるべく離れないでください。この辺り、不意の段差が多い」
「把握した」
 頷く気配を感じた瞬間に付近の地面に何かが撃ちこまれた。かと思えば全く遠いところに向かって撃ってくる。狙いは定まらず、むしろその為に下手に動くことをできなくしていた。
「規則正しく狙ってくれれば対処もしやすいが」
「そうは言っても段々近づいてきています。複数方向から狙われている」
「ああ。大体の位置はわかるが」
 言いながらその場から避ける。ユリアも合わせて避けた。大分狙いをつけることに慣れてきたのか先程よりは正確な射撃。
「今なら!」
 ミュラーが短く息を吐いて跳躍。先ほどから見極めていた方向に向かって黒剣を振り下ろした。残念ながらたいした手ごたえはなかったが、突然の行動に動揺してか射撃が途絶えた。すかさずユリアが向かい肩付近に一撃。ガラガラと何かを落とす音がした。
「……何者だ?」
「さあ」
 引きずり出した黒装束を見るが二人とも覚えがない。が、それに考え込むにはまだ早すぎる。

 早く決着をつけなければならない。人気がない方が良いという人間たちが来てもおかしくないのだ。むしろ、ここに誘い込まれた時に誰もいなかったのが不思議なほど。数は少なくなるが深夜でなければ誰かがいる場所なのに。
「街灯がなければ途端に薄気味悪くなる場所だからか?」
 ヴァレリアの一部ではあるが、位置的にどこの明かりも湖面に映らない場所だ。星の明かりも頼りにならないような今日は、湖から別の世界が広がっているような気分にすらなる。明かりの存在はなんと偉大なものだろうと、ユリアは剣を振るいながらも思った。手数は多いが腕はそんなにない集団だからこそできる思考で、すぐに気を引き締めなおして次の狙撃元を狙った。
「そんなのないよーっ!」
 ユリアの向けた切っ先に情けない声が飛び出してきた。眉をひそめて覗き込むとどこかで見たような気がする。
「……なんだそれは」
「……さあ」
 商売女もかくやとばかりにしなを作り、剣先に怯えている男がいる。どうもそれで最後らしく、狙撃は終わり黒装束たちはまとめて気を失っていた。
「さあとはなんだ、さあとは!」
「しかし、俺は貴様などしらん」
「すまんが自分も覚えがない」
「……」
 じろりと男がユリアを見る。その卑屈そうな視線はどこかで見たような、記憶の琴線に引っかかった。
「つれて運んだ本人がそんな態度って、そりゃないぞ!」
「……つれて運んだ?」
 なんとなく記憶があるようなないような。思わず剣を下げて考え込む。それを見計らってミュラーが剣を突きつけたので男にとってはなんの僥倖にもならなかったが。
 どこかでつれて運んだのだろう。この視線は覚えがある。不快なほうに分類できる。
「ルーアン! これで思い出すだろう!」
「……ああ、なんだ」
 激昂する男に対してユリアの反応は薄かった。思い出した。確かに運んだ。元市長と共に。
「あの時の元秘書か。何を血迷ってこんなところにいる? 牢に戻りたくて来た、わけでもないようだが」
「当たり前だ! ただただ僕は自分にできる最大限で仕返しをしに来ただけだ!」
「……斬ってもいいか?」
 頬をひくつかせながらミュラーが低く問う。その声を聞いてギルバートは震え上がった。
「貴様は何をしに来たのだ……?」
 典型的小物。できることはたかが知れているが、念のため聞いておくことにした。
「聞いて驚け! 今夜は人が多いし出店も多い! そして薄暗い!」
「食い逃げか」
「食い逃げ?」
 口上が呆れたハーモニーに遮られた。聞くんじゃなかったとユリアは頭を振る。頭痛がしてきた。
「警備兵に追われることぐらいは想定していたさ! 今日は警備も多いだろうからね! だが話が違う! なんであんたらみたいな化け物クラスが追いかけてくるんだ! せっかくここから逃げようと思ったのに……」
 ぶつぶつと何かを呟いている。それを理解する気もないミュラーは、先に拘束した黒装束たちを引き摺って主道へ。ユリアはこの男をどうしたものかと溜息。拘束してもなぜか逃げるのだけは上手い。放って置いてもたいしたことにはならないのは確実だろう。が、これだけは聞いておかなければならない。
「今、物騒なおもちゃは持っていないだろうな?」
 いつのまにか結社の一員として名を連ねるようになった。ということは、またぞろ妙な人形兵器を持ち出してくる可能性はある。
「持っていたって言うもんか!」
「真理だな」
 この男が制御をしているうちはいい。どうせ全て失敗に終る。だが制御できない、過ぎたおもちゃを持たされていた場合は。
 大きな水の音。振り返ったユリアが見たのは湖面に立つ大きな水柱。水が切れた中からは、パテル=マテルとまでは行かないが、普通の人間よりは大きな人型の機械だ。
「持っているではないか」
「しし、知らない知らない、こんなの知らない! 僕が持っていたのは脱出用の小型挺だけだ!」
 わめき倒すギルバートに手刀をいれて無理矢理黙らせ、水の上に佇む兵器に向き直った。
「どうでてくるか。とりあえずは先手!」
 剣を構えなおしてオーブメントの安全装置を外す。付近は保全区域になるので本来なら禁じられているが、今はそうも言っていられない。主道に行ったミュラーはまだ戻ってこない。
 人形兵器と闘うのは人間相手に闘うのとは勝手が違う。片腕を喪ってもアーツを放とうとしてくるのは人間にはありえないことだ。
 浅瀬だが水に足を取られて上手く動けない。それをアーツでカバーしながら導力を伝えている要を探す。必ずどこかにあるはずだ。ここかと思う場所に繰り出しては失敗をし、辛うじて反撃を受けないギリギリでかわす。どこかに明滅する部位でもあればいいのだがそれすら見つからない。一体なんなんだと焦りがでてきた。
「何事だ!」
 戻る途中で異変を感じたミュラーは剣を片手にほとりへ。その瞬間、辺りが白く染め上げられた。嫌な予感がした女は身を翻していたので目を潰されることはなかった。その代わりに人形兵器に体ごと掴み挙げられてしまった。男は突然の閃光で目をやられたのか、見当違いの方向に向かっていこうとしている。締められる手から逃れようとする視界にかすかに映っていた。
「っ……!」
 光を放ったところがユリアの目の前でゆっくりと閉まっていく。他に外部と接触できそうなところもないこの兵器、もしかしたらここをつけばどうにかなるかもしれない。気が付いたが体を動かすことができず、なお締め上げてくるばかり。
「……ミュラー!」
 声をあげる。視界を奪われた恋人がどこまで対応してくれるか。それでもありったけの声を出してただ一言。ここにいる。ここを討て。
「ぉおおおっ!」
 咆哮を聞いた。何とか顔を動かすと、剣を上段に構えたミュラーが跳躍しながら飛び込んでくるではないか。先ほど閃光を発した場所へ、一部の狂い無く剣を突き立てた。巨体がバランスを崩し、ユリアはようやく締め付けから開放。湖面に投げ出されたそのままの体勢でオーブメントを起動、強烈な炎で燃やしにかかった。
 反撃の意思がなくなるまで攻撃を加え、ようやく動かなくなったのを見てほっと息を吐く。そしてミュラーを探した。探し回るほどのことでもなく、先ほどギルバートを昏倒させたところに座っている。ギルバートは逃げてしまってすでにいなかった。
「大丈夫ですか?」
「正直なところ、まだ目が見えていない。まともに見てしまった」
「ゆっくりしていてください。もう動きませんので。……ありがとうございます」
 何か薬はないかと嚢を探りながら隣に座る。
「さすがです。よく知らない地形の上にあの距離、そして視界を奪われているのに一瞬で……」
 見習いたいものですと笑う。
「それは少し違う。貴女の気配はよくわかる。どんなに離れていてもな。そちらが頼りだ」
「……またご冗談を」
 薬を探す手が止まる。顔が熱い。
「褒め言葉だぞ。真っ直ぐで凛とした気配を出す女性は早々滅多にいない」
 目元を抑えながら続けてくる。どういう返答をしていいのか困ったので黙っておくことにした。しばらく薬を探しつづけたが結局見つからなかった。
「構わない。大分ましになってきた」
 そっとユリアの肩に手が回される。少しだけ体を震わせ、そのまま体を預けることにした。
「すぐ警備兵がきそうだがな。来るまでの間、こうさせてくれ」
「……諒解、サー」
 短い間だが、それでも二人は満足だった。そしてユリアはなんとなく思うのだった。今日の、人気が無いほうところを求めてここに来る人間は自分なのかもしれない、と。

Ende.


 どこにいても、例え目で見えなくても存在を感じるような。なんだかんだでユリアさんも少佐の気配をわかってる。だから、少佐の安否を目で確認する手間を取らずに敵を殲滅させる方を選べる。凄く理想。


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