なんでよりにもよってこんなところに出てくるのだ。そうは思うが出てきてしまった物は仕方がない。レウムドラゴンを前に内心怖気を感じつつ得物を構える。
「大丈夫。きっと。私たちなら」
 傍らにいたステラが同じようにドラゴンを見据えながらつぶやいていた。まるで暗示をかけるように。
「……あなたでも、そんなつぶやきが必要なんですね」
「あ、ひどい。私をなんだと思ってます? 臆病な小娘ですよ」
「とてもそうには見えない……」
「……メル直伝のサブミッション行きますよ!」
「す、すいません、つい……」
「つい……ってよけいに悪いじゃないですか! 普段思ってるって事でしょう?」
「……」
 もう余計なことは言うまい。そんなことを思いながらドラゴンをもう一度見据えると、向こうも若干あきれているような雰囲気だ。まさかとは思うが、自分たちの言葉がわかったのだろうか? エミリオはそんなことを考えてしまう。
「じゃ、いつものように行きましょうか」
「そうですね。いつものように」
 ステラが駆ける。全身をバネのようにしてドラゴンの頭の高さまで舞い上がる。
「いつも思うけど、あれは本当にすごい」
 一度だけ槍の演舞のような姿を見たことがあるが、それを思うとさもありなんと思うが。あのときも槍を舞い上げ、自身も高く高く飛んでいた。
「っと!」
 目の前に前鉤爪が迫っている。咄嗟に双剣を目の前で交差させて盾代わり。強烈な加重に骨が一瞬きしむ。いくつもの命を屠ってきたであろう爪先がエミリオの眼前ぎりぎりで止まった。このままでは押し負ける。ただ、ステラが別のところで翻弄しているのだろう、こちらは時折力が抜けることがある。
「……あれは、パターンだ」
 彼女の動きを見ていると一定の法則で動いていて、それに気づかないドラゴンがやはり一定の法則でエミリオを押す力を抜いている。
「……」
 ステラの動きに会わせこちらも下半身に力を込める。ドラゴンの力が抜けるその一瞬前、力が抜ける前の反動で力が掛かるその瞬間に、刃を押しつけるように爪を押し返した。
「やった!」
 一本爪が飛び、他にも指から外れ掛かっているものがある。
「よく研いだ甲斐があった!」
 道具屋の女将に「鬼気迫りすぎて怖い」とよく言われるがそのおかげで今は助かった。同時にステラが傍に降りてくる。
「翼一個落としてきました」
「さすがだ」
「けどまだまだ」
 言いながら得物を構えてドラゴンを見据えている。
「……多分この剣なら跳ね落とせるはず。落としに行ってきます、尻尾から走りますから陽動お願いします」
「首、ですか?」
 男を振り返らずに頷いた。
「専門家の相棒手ずから手入れしてくれてますからね、それくらいいけるはず」
「ははは。ええ、いけるはず!」
 一瞬エミリオを振り返って片目を閉じ、またステラは走る。エミリオもその場から離脱、わざと双剣を大仰に振り音を立てながらドラゴンの気を引く。ちらりと、ステラがサークレットに挟んである真っ白の羽根が見えた。かつて神話で語られた戦女神は、羽根飾りの付いた兜を身につけていたという。それを踏襲したといっていた。
「似合うんだよなぁ。あの姿。こんな、退治依頼の時しかしないから余計に珍しくて」
 片方の翼を失ったドラゴンはエミリオもステラも追いきれずバランスを取るのに精一杯といった様相。完全に翻弄されて、二人に致命傷を負わせようとしては逆に傷を増やして行っている。
「はあっっ!」
 巨体の向こう側でステラの裂帛の気合いが聞こえてきた。ドラゴンが文字通り身を削られ苦悶の叫びをあげる。めちゃくちゃに突き出される腕や足。だが全く注意は払われていない。
「これなら!」
 双剣を振りかぶり同時に足に向かって叩きつける。骨に若干引っかかりを感じるものの堅い堅いと思っていた鱗と皮膚は易々と切り裂いた。吹き出した返り血をよけながらもう少し力を入れて骨も切り落とせば後はもう簡単、一気に切り落とした。
「もう一本も!」
 間髪入れずにもう一本の手も同様に。勢いよく吹き出す返り血を今度は少し浴びてしまったけれど、それでも自由を奪ったのだ。それが一番。
「グオオォォ!!」
 淀み始めた双眸がエミリオをみた。口を大きく開け、そこにある人には無い器官が動き始める。何度もじゃまをしてくるブレスだ。あれを食らえばひとたまりもない。けれど。
「させない!!」
 ステラがドラゴンの背に立っているのが見えていた。剣を大きく横薙に払った。勢い余って背から転げ落ちそうになってはいたが。とにかくドラゴンは首を根本から切断されていた。
「……やっぱり、そうしてくれると思った」
 打ち合わせと言うほどの打ち合わせはしていない。基本的に実戦で打ち合わせどおり行くことはない。けれど、ここのところこういう風に何も言わずともなんとか息を会わせてやっていけていた。
「やった! ありがとうエミリオさん!」
 満面の笑みを浮かべながらステラさんがドラゴンの巨躯から駆け下りてきてエミリオのところへ。
「こちらこそ! なんとかやりましたね!」
 喜んでエミリオも応じる。そこに、悪足掻きをしたドラゴンの首がブレスを吐きかけた。
 瞬間、二人同時に動く。同じように手を動かし、同じ言葉をドラゴンに投げつけた。
『ティア!』
 相乗した魔力が大きく辺りを覆う。まぶしくて目を開けていられないが熱くはない。その光が収まったとき、幾つかの肉片を残してレウムドラゴンは消滅していた。
「……ふっひゃー。なんだろ今の……」
「さあ……一ついえるのは、今度こそ終わりって事ですよ」
「そうですね! あーよかった!」
「はい! では僕はちょっと……」
 そういって男はアストラムの方へ駆けだしていった。その背を見ながらステラは唇を引き結ぶ。
「……あとは、その剣にかけるしか」
 ポリアスとエウロス双方に伝播する伝承で正確な位置もわかっている。ならば必ず存在するはずなのだ。ただ、それがどういう剣なのか。ステラが想像するものならば、きっと彼の迷いはすべてはれるはず。
「お願い、剣の神様。エミリオさんのお師匠様。どうか、どうか。エミリオさんを助けて」
 自分がなにを言っても通じないのはわかっている。自分自身でたどり着かなければどうしようもないことはある。どんなに伝えても耳を貸さず、目の前に広げても視野を広げない、そんな彼は見ていたくない。きっと、もっとこの人は先にいけるはずなのだ。
 ステラがエミリオを追えずにいるうちに男の動きが止まっていた。
「……これ、は」
「……」
 おそるおそるステラはエミリオに近寄る。背に手を伸ばそうとして止める。唐突に笑い出した男を見て。
「エミリオさん……」
「あ、ああ、ステラさん、すいません。いや、ちょっと、突然無性に笑いたくなっちゃって。……とりあえず、帰りながら話しませんか? ここはやはり寒い。いや、嫌いではないんですが、予備があるとはいえ眼鏡が凍ってもちょっと困りますし、返り血もすごいですし」
 ステラの方を困ったように笑ってみるエミリオ。
「あー。大物相手だとこうなっちゃいますね。帰ったらお風呂ですお風呂。水浴びでもいいや」
「ははは、そうしましょう。とりあえず動きましょう」
 説明しなくてもわかるよ。はれたね。ステラは口には出さず笑って頷いた。

 道々話をしながら帰って、英雄像前まで。ステラは口を差し挟むことなくエミリオの話を聞き、よかった、と頷く。
「……あ、宿題の答え……もしかして」
 不意にエミリオが思い出した、と相棒の方を向く。ステラは笑って警句を口ずさむ。
「「武器に罪はない。罪は己にある」。この警句だけで、今のエミリオさんなら理解できると思いますよ」
「……使い手次第でどうとでもなりますね。確かに」
 罪も、伝説も、誰かが使った結果のものという意味では同じだ。では、ステラは、彼が気づけなかった師匠の真の意図を見抜いていたのだろうか。直接会ったことなどないはずなのに、エミリオの話からしか師匠のことは知り得ないはずなのに。
「……あなたはすごいです。やっぱり僕はダメだ。ずっと、ダメな眼鏡のままだ……」
「昔、誰かにそう、揶揄されたんですか?」
「……」
「でも、エミリオさんにダメだ、っていわれたら私なんかどうなるんですか」
「え? ステラさんは何でも出来るじゃないですか。僕は、その道だと決めた刀匠の本質すらわかってなかったのに」
「……何でも出来る? それは違う。何でも出来るって事は、何一つ、極め、成し得ることが出来ないって事ですよ?」
 彼女には珍しいことに、語気も荒くエミリオに食ってかかった。
「私は何も出来ないからここに来て開拓してます。開拓が出来なくなったらまた何も出来ないまま流れなければならない、そんな存在なんです。「何でも出来る」は、何か一つでもいい、自分が寝食を忘れて打ち込めるものをもった人が言うべきではない言葉です!」
「……ステラさん?」
「だいたいあなたがそんな消極的だったら、そんなあなたが直してくれた武器に助けられてきた私はどうなるんですか! 見込んで仕事場を貸してくれてる親父さんはどうなるんですか! あなたのためにと、持てる技をあなたに教えた、お師匠様はどうなるんですか!」
「……」
「……だから、誇って下さい。あなたの、その技術を。あなたに、その技術が今ある現実を! その力をもつ、あなた自身を!」
「……僕は」
 ステラに両腕を捕まれ揺さぶられるまま。言っている意味は分かる。正論だ。確かにその通りなのだ。だが、己自身を卑屈にみる事に慣れた男には沁みない。技術は師匠からのもの。だからこれは誇りだ。けれど自分自身は。
「エミリオさん! 私の目を、目を見て下さい! 反らしたってなにもないんだから!」
「……」
 怖い。泣きながら、自分を叱るステラが怖い。逃げていた部分を的確に指摘して、それでも引き上げようとしてくれている彼女が、怖い。
「っ! もういいです!」
 どうしても目を合わせない男に短く息を吐いて腕を放し背を向けた。そのまま自宅へ走っていってしまう。
「ステラさん……」
 捕まえようと手を上げかけ、そのまま止まった。捕まえる意味が今はない。
「……誇って下さい……現実を、僕自身を……か」
「派手にやったじゃないか」
「あ、レインヴァルトさんとマスター……」
「外がにぎやかなのでな。少し様子を見に来たが、おまえらだったのか。ステラがあそこまで怒るのも見たことがないな」
 ギルド長が髭をいじりながらつぶやいている。
「痴話喧嘩かと思ったが内容を聞いていればそうでもない。ああ、立ち聞きしていたわけではなく聞こえてきただけだ」
 まあ、本質的には痴話喧嘩かもしれんな、とレインヴァルトはこっそり思う。
「お二方とも人が悪い……」
「否定も肯定もしないで置こう」
 レインヴァルトが軽く肩をすくめた。
「誇りは信頼の証だ。絶大な信頼を受けて初めてそれが誇りとなる。ステラは、おまえに「おまえ自身を誇れ」と言った。それは、あいつからの信頼を認めろということだぞ」
「ステラさんが、僕を「信頼」……?」
「そうだな。依頼の話をするときでもおまえの話が出てくる。「何て凄いんだろう、魔法の手だ、剣が生き返るんですよ!」とな。なんとも輝いた表情で言うものだから一度おまえが手入れした後の剣をみせて貰ったことがある。鍛冶屋の親父とはまた違っているがそれは当然だろう。が、良い出来だった」
「……」
「ステラには相棒が多い。まあ、あいつはお人好しが集団でかかっても適わないお人好しだからだが……が、おまえと依頼にでる回数が一番多いのは、理解しているだろう? それがステラの答えだ。相棒として、職人として、おまえ自身に対する底抜けの信頼だ。口に出さずともあいつは全身で、おまえに対する信頼を発しているぞ」
「……気づかなかった」
 ギルド長の言葉に奥歯をかみしめる。
「おっと……これは重症だな。部外者の私でも彼女の様子を見ていればよくわかるが……ならば、これを」
 レインヴァルトが携えていた剣をエミリオに放り投げる。
「えっ!?」
「ちょうど私も依頼から戻ったところだ。親父さんにお願いしようと思っていたが君でもいい。ギルド長とステラさんのお墨付きだからな」
「……」
 受け取った剣をおそるおそる鞘から引き抜く。その銘をみて思わずへたり込んでしまった。
「こ、こ、これ……キルケニア最高峰の……!」
「そうだ。伝手があって手に入れることが出来た」
「いやっ! そのっ! 噂には、知ってましたが……」
「では頼んだ。一週間ほどしてからまた受け取りに行く。親父さんはそれくらいでやってくれていたからな」
「え? あ、は、はい……」
 剣を抱えて地面に座り込むエミリオに苦笑いをしながらレインヴァルトはギルドへ戻っていく。
「それが、積み重ねた信頼だ。ステラからの信頼が、俺を認めさせ、レインヴァルトが剣を預ける。いずれはもっと広がるかもしれんし、そうでないかもしれん。……が、おまえ自身がそんな調子では、そういったことはないし、なによりステラ自身の信頼も疵がつく。おまえだけが疵つく時期はもう過ぎた」
「……そう、ですね……」
「まあ、あとはおまえが考えろ。俺も仕事に戻る」
 と、ギルド長も戻っていった。残されたエミリオはしばらく剣を抱えていたがやがて立ち上がる。
「僕自身に対する、信頼。それも、絶大な」
 そんな身に余るものを受けていいのか。けれど。
「それに値するって、ステラさんは思ってくれてる。……ああ、考え込んでるとわからなくなってきた」
 仕方がないので鍛冶屋に戻ることにした。いつまでもここにいてもなにもできない。
「ただいま……」
 お帰りエミリオ、と女将が笑いかける。それに曖昧に笑いながら頷き、主人の方に顔を向けた。仕事が一段落したところに声をかける。
「親父さん、相談があるんですが」
「レインヴァルトの剣は初めてさわる奴には身に余る。俺も手伝う」
「……親父さん?」
「あのさぁエミリオ。あんた、どこでステラちゃんと喧嘩してたかわかってるの? よーく聞こえてきたわよ、窓開けてるんだし」
「……あ、す、すいません……」
 女将の指摘に恥じいる。穴があるなら入りたい。
「たまにはそんなこともあるわよ。相棒っていったってここにくる前は全く違う所に居て違う育ち方して違う生き方してたんだから。仲良くなってきたら必ず何回かはやりあうもんよ。そこでお互いすりあわせるわけよ。それが出来ないなら別れる。夫婦も一緒なのよねこれ。あたしらもよーくやったわ」
 ねえ、と主人に声をかける女将。主人は黙ったままだが若干鎚を振るう速度が速くなったような気もしないでもない。
「とりあえずあなたとステラちゃんの仲もそれなりに深くなってきたって事ね」
「なんだかそれは違う意味に取られそうですが……」
「いいのよぉ、相棒も恋人も夫婦も呼び方違うだけなの。あたしはそう思うんだから!」
「……エミリオ、あまりまじめに受け取るな。とりあえず剣をよこせ。それからおまえは荷物をおいてこい」
「あ、はい」
 今もって抱えたままだったレインヴァルトの剣を鍛冶屋の主人に渡し自分は借りている部屋へ。
「……」
 装備を解く手がふと止まる。いったい、自分はどうして自分自身をここまで卑下するようになったのだろう?
「やはり、あの出来事だ」
 工房がなくなり追われるように師匠と一緒に旅に出たあの日。他の職人達はあれほど世話になった師匠に、我関せずを決め込んでいた。生きることに必死で、他人の蔑みもほとんど耳に入らなかった日々。けれど本当は。
「本当は……それなりに、ダメージは負ってたんだな」
 人から信頼して貰えるということがどういうことか、忘れてしまう程度には時間がたったのだ。
「むしろそんなこと考えてなかった。師匠の無念を晴らすことしか考えてなかった」
 それだけしか思っていなかった。無念が晴らせるなら自分のことなどどうでも良かった。しかし、それこそが一番ダメなこと。
「……こうやって振り返ってみるって、痛いなぁ……」
 過去の所行を思い返し、本当に使い手のことを考えていたのか、と自問。しばらくして、頭を振る。
「僕は、ステラさんのことを信頼してなかったんだな」
 あんなにまっすぐで、明らかに裏切るより裏切られる人間側なのに、いつかは彼女も自分を見捨てて行くのだとどこか頭で思っていた。
「だから、あの人のことを見てなかった。他の人が気づいた信頼も僕にはわからなかった」
 それでは何もできない。
「エミリオ、そろそろ休憩終わったか?」
「あ、はい! 今行きます!」
 主人が声をかけてきたので慌てて装備を置いて愛用の鎚と前掛けを持ち出す。とりあえず、当面はレインヴァルトの剣に集中しよう。そうしたら、なにか見えるかもしれないから。

TO BE CONTINUED


 リオさん絡みで、何気に一番書きたかったんです。喧嘩別れ。というか、彼の自己評価の低さはどこから来るの? って思ってたらこうなった感じ。ようやく息が合いだしたころならそういう行き違いもあるでしょう。何も持ってない(と自分で思ってるけどほんとは人をよく見る眼っていう、一番大事なの持ってる)お嬢と、持ってるのにいろいろあって自信なくなってるリオさん。それじゃおっしょさん、浮かばれないと思うの。すべて叩き込んだ弟子の目が曇ってたら。
2013.8.7

 

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