重なる表情

 

 セリスがケフカと消え、残された我々はシドと名乗った博士に事情を聞くことにした。もっとも、すぐに衛兵どもがやってくるだろうから時間はあまりない。
「こちらへ」
 招きに応じ、リフトに乗る。古いリフトだ。そして、長い。多分、この研究所の最下層まで続いているのだろう。
「……私は間違っていた」
「何をいまさら!」
 マッシュがいきまく。それを無言で制し、私はシド博士がその重い口を開くのを待った。
「……今更。確かにそうだ。けれども、それでも私は償いたい…」
 研究さえ出来ればほかの事は関係なかった若い頃。けれど、老いてみて、自分がしてきたことの血生臭さに恐怖を感じた。
 …。話を聞いていると、シド博士は悪い人間ではない。帝国の掃溜めの中にレオ将軍がいるように、この人もいるのだ。ただ悲しいかな、彼は何よりもまず研究者だった。どうしても、自分の理論を確認し、実践してみたい。純粋なゆえに、時に刃より鋭く他を切りつけてしまう。
「……ん。すまん…」
 マッシュが持つ魔石に、涙を流して謝り続ける博士。自分の過ちを認め、こうやって頭を下げることは大切なことだ。けれども、少しばかり遅すぎた。
「……」
 下がっていくリフトに逆らうようにじっと上を見続けるロック。多分、セリスのことを。
「…首が痛くはならないか」
「いや…」
「そうか」
 この男も泣いている。信じてくれと叫び消えたセリスを信じられなかったから。下から吹いてくる強い風に吹き飛ばされてしまってはいるが、かすかに瞳が潤んでいるのが分かる。もっとも、私は何も言わない。ロック自身がけりをつけないといけない問題だ。
 世の中の女性がどう思っているかは知らないが、男だって泣くのだ。どんなに気丈で男丈夫であろうと、いや、そういう人間であればあるほど、知らないところで泣いている。声には出さないかも知れぬ。涙は流れないかも知れぬ。けれども、己の非を呪いながら泣くのだ。
「…ロックも、変わったか」
 レイチェルと呼ばれた女性のことが心にずっと残っている事はしっていた。いつぞや、もうかなり昔に酒の席で聞いた。彼の生まれた村での様子では、まだ心にしっかりと残っていることがよく分かった。ただ…。セリスの存在が、ロックを少し変えたこともわかった。
 レイチェルに似ている。セリスに会ったときそう思った、と彼はいった。似ているから、どうしても感情移入してしまう。そのときに、私は忠告した。
「他人のイメージを重ねることは、その人に対する侮辱でしかない」
 と。ロックは一言、分かっているさと呟いただけだった。
 多分、スパイだとケフカに言い放たれたとき、即座に違うといえなかったのは、自分の心の整理がついていなかったのだろう。まだ、レイチェルという女性の亡霊がロックに付きまとっている。傍から見ればロックとセリスは惹き合っているのがよくわかる。けれども、多分男の方が、その気持ちに自信がもてないのだろう。
「ついたようだな」
 リフトはぎしぎしと音を立てて止まった。最下層には荷物搬出用のトロッコがいくつかある。
「これを使いなさい…。外まで続いている。少々乗り心地が悪いが、ここから出るには一番早い」
「ありがたい」
「シド博士、あんたは?」
「わしは…」
 マッシュの問いかけに一瞬考える。
「ここに残る。残って、皇帝を説得してみせる」
「危なくは、ないのですか?」
「…分からぬ。しかし、それが出来るのは、私だけだ」
 今にも倒れそうな老人の瞳は、異様に輝いていた。そして、固い決意がはっきりと伺える。
「!!」
 どこからともなく聞こえてきたケフカの笑い声。多分、この上に戻ってきているのだろう。
「いかん!早く、早く乗りなさい!」
 私たちをトロッコの方に押しやり、自分はスイッチの隣りに走る。
「かたじけない、シド博士!」
「…お互い、またまみえる事を願って!」
「さあ、行け…っ!」
 博士がスイッチを下におろすのが見えた。とたんにトロッコが振動をはじめ、ゆっくりと動き始める。次第にスピードを増し、立っていることが出来なくなるほど早くなった。
「…これは一体どういう原理で動いているのか」
 電気を使っているのは分かる。しかし、仕組みがどうもよく分からない。
「帝国には帝国独自の機構が存在している、ということか。この仕組みが分かれば、城に導入したいところだが」
 シド博士なら知っているかもしれない。何もかも終わったとき、あの博士とはいろいろなことを話し合うことが出来そうだ。
「兄貴!何感傷に浸ってるんだ!」
 愛すべき弟の声にあたりを見回す。と、後方に何かが動いていた。
「何だあれは?」
「しらねぇよ!」
 もっともな答えだ。「それ」は猛スピードで動く私たちに追いつきトロッコの端を掴もうとする。
「何だなんだ!?」
 伸ばされてきた手にロックが短剣をつきたてた。一瞬躊躇したものの、しつこく手を伸ばしてくる。
「マグナローダーズだ!」
「まぐ…なんだって?」
 ロックの声にマッシュが眉間に皺を寄せる。
「ほんの時折ナルシェの奥深くで見かけたことがある。…速さを追求し、それに溺れ…その結果、自分よりも早い物を認めない。よく見ろよ」
 薄暗い線路の上ではよく分からなかったが、非常灯の明かりを頼りに足元を見る。それの足元は、車輪と化していた。
「うむ……ぅ」
「もっと早くならねぇか兄貴!」
「無理を言うな。私がこれを作ったならともかく、今回乗るのが初めてなのだ!」
 もう少し落ち着いた状況で乗れたならばこの機構の多少なりとも理解できたやも知れぬが。
「とにかくこんなスピードでこんな化けもんにつかまれたら、俺たちあの世まで超特急だ!」
「言われなくてもわかってらい!」
 狭いトロッコの中で私たちはわめいた。傍から見れば相当見苦しかっただろうが、本人達は必死なのだ。そのうち、マグナローダーズは数体に増え、執拗に私たちを追ってくる。
「どうしろと…」
 ボウガンの矢はもう残り少ない。そのとき。背後から明かりが差してきた。
「外だ!」
 助かった。なぜかそう思った。けれどもそれは早計だったらしく、トロッコの行く手には帝国兵がバリケードを作っている。
「…どうする?」
「どうするって、…突っ込むしか…」
「だな。だいたいこのトロッコにブレーキなんかついてないし」
 覚悟を決めた。どうせ後ろにも戻れないのだ。車輪の化け物は今だについてきている。私たち三人はお互いに目配せをし、体を出来るだけ守るように座った。来るべき衝撃に備えて。
「止まれぇっ!!」
 帝国兵が慌てふためいている。もちろん、後ろからついてくるマグナローダーズのほうも気がついていることだろう。が、止まれといわれて止まれるほど余裕はない。第一、止める方法は一つしかないのだ。
 気がついた時にはものすごい状態だった。身を起こし、目を回しているロックとマッシュを揺さぶる。
「…大丈夫か」
「うひー…ししょぉ…また仕掛け勝手に増やしたでしょう…」
「……俺は無実だぁ……あの家に入ったのは五年前だぁ…今更…」
「……」
 どうやら無事のようだ。周りはひどい破壊のあと。トロッコはなんとかその形を保ってはいたものの、もう使えないだろう。もちろんバリケードは粉砕され、近くに積み上げられていた木箱にもその被害が出ている。
 私たちを追いかけていたマグナローダーズといえば、散らばった破片とともにあちこちでひっくり返っていた。多分、私たちがバリケードに突入した後を追うように突入したはずだ。こっちにはトロッコという入れ物があったが、奴らにはない。その様子を見て、どれだけのスピードで突入したのか想像できる。
「加速度とは恐ろしいものだな…」
「感傷に浸ってるとこ悪いが、さっさとこの場から逃げた方が得だと思うぜ俺は」
「セッツァー。来ていたのか」
「ああ。あんたらがやたらと遅いからな。気になって…」
 この賭博師はなかなか面倒見のよいところがある。
「おら、お前らさっさと起きろ!」
「いってぇーっ」
 文句を言いつつ二人が起き上がるのを確認して、ふと気がついたように呟いた。
「セリスは…?」
「……」
 黙り込んでしまったロックから何か感じたのだろう。一瞬嫌な表情を見せたがすぐ取り直した。
「とにかくさっさと出るに限る。用事は終わったんだろ!?」
「ああ、ここに!」
 ちらりと魔石を輝かせて見せる。
「ならこっちだ。すぐ近くに船止めてある!」
 彼の先導について走った。背後からなにやら大きな機械の音がするのは気になったが、今はとにかくこの街にいたくなかった。全速力で走り、飛空艇にたどり着く。
「しっかりつかまってな!全推力を出すぞ!」
 舵に取り付いたセッツァーが叫び、私たちは傾ぐ甲板に膝をつく。
「…おい。あれは何だ…?」
 浮かび上がったブラックジャックから見える、異様な二本の鉄塔。
「クレーンか!」
 それは船を捕まえようと力強く伸びてきた。
「あんなデカブツ…つかまったらたまったもんじゃない!俺の生活もかかってるんだ!!」
 必死で舵を回すセッツァーに協力しながら私はロックとマッシュに叫んだ。
「雷を!」
「分かってる兄貴!」
「今度こそぶっ壊してやる!」
 二人分の気が集まっていく。揺れ続ける甲板の上にスパークが飛び始める。皮膚から感じる気配がぴりぴりし始めた。
「セッツァー、くるぞ!」
「俺の船に落とすなよ!」
 私とセッツァーは、今までにないほどの気の高まりを感じて警戒する。そう、その気配は、雷の幻獣ラムウを呼び出した時の様に痛さを伴っていた。
『おととい、…きやがれっ!!』
 二人の声と同時に、体全体からスパークが発せられた。それは少々船縁を焦げ付かせつつも、まっすぐにクレーンに向かって飛ぶ。
「あーっ、焦がしやがったなっ!」
 セッツァーがわめくが、そのわめき方は驚きの方が強い。私自身もその威力にどきりとしたのだ。
「すさまじい…魔法…」
「魔法だって?あ、あんたら魔法使えるのか!?」
「話せば長くなるが…」
 驚いて賭博師にみつめられ、どう答えていいのかを迷っているとロックが舵に取り付いた。
「一体何やってんだよ!あのデカブツ動かなくなった今がチャンスだろーがっ!」
「そうだな!その件についてはおいおい聞かせてもらうことにするぜ!」
 セッツァーはそう言って舵に向き直り舵輪を軽快にまわす。飛空艇は見事な軌跡を描いて帝国首都ベクタから遠ざかっていった。
「……これで、ティナの元に戻れる」
「そうだな」
 私の呟きにロックが相槌を打つ。けれども彼の眼はベクタに向けられたままだった。

TO BE CONTINUED


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