Trust me, please

 

 どこまでも続くパイプの束。無限に作り出されていく部品たち。自然とは無縁のこの場所で、魔導戦士としての私は生まれたのだ。そして、魔導アーマーという不恰好な機械の塊も。
(反対です!そんな機械の力など…)
 レオ将軍の声が聞こえた。まだ私が将軍などではなく、一介の兵士だった頃。皇帝は機械を戦争に取り入れると判断を下した。当時すでに将軍職について久しいレオが会議場で反対をしていた。ちょうど私が会議場の警備をしていたのでよく覚えている。
 けれど、レオ将軍の言うことは問答無用で却下され、この魔導研究所が作られたのだ。その後のことは…もうわかりきっていることだ。
「うっひゃー。まるで迷路だな」
 ロックがあたりを見ながらぼやいた。
「まるで、ではなくてまさに迷路。ここは帝国にとってとても重要なところだから、そう簡単に侵入者を奥に進ませないようになってる」
「道理だ。城の機関室も同様な理由でかなり複雑な構造になっている」
 興味深そうにエドガーが後をとった。
「もっとも…フィガロはこんなに雑然とはしていないがな」
「うんうん」
 パイプを殴りつけるまねをしながらマッシュが同意した。ちょうど彼が殴りつけようとしたあたりが蒸気噴出口で、手を引いた直後に蒸気が噴出しもう少しで火傷をしそうになっているのが見えた。
「で…幻獣が捕らえられているのは、やっぱり奥なんだろ?」
「トップシークレットだから…そう考えるのが道理…でしょうね」
 最近、どうも口調が女らしくなってきている。ロックの過去を聞いた頃からだろうか。そんなどうでもいいことを頭から振り払いながら一歩一歩進んだ。
 縦横無尽にコンベアがあり、油断すると足をとられてしまう。現に、年に数十人はこれに巻き込まれ、廃材置き場に無理矢理連れて行かれてそのまま命を落としているのだ。が、奥に進むにはこれを利用しないといけないのもまた事実。正しい道順を知るものだけが、奥へとたどり着けるのだ。
「本当にあってんのかぁ?」
 疑い深そうな視線をこちらに向けるロック。
「そう思うなら自分でいく?」
 そう返すと慌てて顔を横に振った。さすがにこの男でも、廃材置き場に連れて行かれるのは嫌なようだ。ま、私も嫌だが。
「まあ、私を信じなさい」
 自信満々に言ったのとは裏腹に、少しだけ不安だった。私が知る頃より知らない機械が増えているのだ。だから、無事に次の作業場に着いたときには心の中で安堵のため息をついた。
「でセリス。今度はどこに?」
「ああ、それは…」
 いいかかったとたんに機械音。油の切れ掛かった軋み音が響いてきた。そちらを見ると、機械仕掛けの人形が群を成して私たちを囲んでいる。
「まずいんじゃないかい?」
「まずいんだよ、兄貴!」
 いささかのんきな掛け合いが背後で聞こえた。
「機械の弱点は電気だ!むちゃな電流流したらショートしちまうから、さっさと片付けちまおう!」
 勢い込んでロックが雷を落とそうとするが、私とエドガーが同時にとめた。エドガーに口を抑えられ、私に蹴り飛ばされた彼はなんとも情けない声を出している。
「馬鹿者。こんなところでいつもみたいに雷を落とせば、周りの機械にも被害がいくに決まっているだろう!」
 厳しく叱咤する声が聞こえてきたが、それどころではない。機械仕掛けの人形はおのおののサイズにあわせた剣を構えている。もちろん本物なので、切りつけられたらひとたまりもない。それが大挙して私たちを囲んでいるのだ。推して知るべし。
「かってぇーっ!」
 殴りかかったマッシュの悲鳴。エドガーも、得意のボウガンがはじき返されているようだ。私の剣もなんの威嚇にもなっていない。
 機械人間を威嚇しようとしていること自身が間違いなのだ。こうなったら魔法を使うしか手はない。しかし、ここでは禁じ手。雷は問題外だが、急速な冷気も機械を止めてしまう。恐らく、私の魔力だとこの部屋全ての機械を。そうなったら行き場のなくなった動力がたまり、間違いなく大惨事を引き起こす。…ベクタを吹っ飛ばして諸悪の根源をなくしてしまうのも一つの手だとは思うが、今回私たちがここに来た理由は帝国の崩壊ではなく、仲間を助けるためなのだ。
「万事休す、か!?」
 その時、声が聞こえてきた。
 私を呼べ、と。
 四人が四人とも聞いたようで、お互いに顔を見合わせる。また聞こえた。
 私を呼べ、さすれば道を示そうぞ。
「この声…」
「…もしかして」
 同時に叫んだ。
『ラムウ!』
 慌てて荷物からラムウの魔石を引っ張り出す。と、それは淡く碧に輝いていた。
「久しぶりじゃな」
 魔石は勝手に宙に浮かび、そこから力の波動が生まれてきた。急速にあつまる粒子たちはやがて老人の姿をとる。
「命なき生命。汝はあるべき者ではない。今、我が裁きのいかづちを!」
 私たちが操れるような魔力の比ではない。まばゆい閃光があたりを満たし、ラムウの持った古めかしい杖から無数の閃光が放たれた。それは寸分たがわず機械人形だけを打つ。
「これが…幻獣の力…」
 畏れ、恐怖した。帝国は、こんな力をおもちゃのように扱ってきたのだ。いずれ、相応のしっぺ返しは喰らうだろう。意思のある魔力生命体。そう呼べばいいのだろうか。私の理解能力を超えてしまっている。
「すげー…」
 気がつけば、周りの機会には一筋の傷がつかず、機械人形だけが黒焦げになってその機能を停止していた。ラムウはまた魔石の中に戻ったのか、あたりにその魔力はうかがえない。
「…」
 魔法を使う。ここで魔法戦士として生まれ、当たり前のようになっていて、気にもしていなかった。少々使い勝手が悪いときもあるが、自分の身を守る手段として活用してきた。けれども。
 今、真実の魔法をみて、自分にその力のかけらが存在していることに恐怖を覚えた。知らず、足が震えてくる。
「どうした?セリス」
 黙って立ったままの私にロックが声をかけたが答えられない。自分の中に抱え込んでいる危険のことで頭がいっぱいだった。と、黙って手をとられた。
「…俺は、お前が魔法を使えるってんで、すげぇ感謝してる。何度も助けられたからな。だから、そんなに怯えるもんじゃない。いつぞや誰かが言ってた。力を抑えるには、力を恐れるなってよ」
「…すまない」
 どうして私の考えていることが分かったのだろう。そんなことを思いながら目の前の男を見た。
「おい、まだなんか聞こえるぞ」
 勘のいいマッシュが警戒を発した。
「…確かに。…これは、声?」
 耳を澄ませてきいてみると、私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。いや、正確には先ほど敵を一掃したラムウを呼んでいるのだ。
「ラムウを呼んでるってことは…幻獣なのか?」
「わからん。とにかく行ってみるべきだろう」
「そうだな」
 声を辿るうち、魔力が強くなってきたのが分かる。やはり幻獣なのだ。ティナを直すことができるという幻獣なのだろうか。
「お前達…から懐かしい波動」
「…ねえ、ラムウは?」
 目の前に現れた異形の存在。一つは燃え立つような炎を身にまとい、一つは全てを凍りつかせる冷気をまとっている。
「え…?」
「そんなに驚かないで…私の力を宿したヒト」
 冷気をまとった存在が私を悲しそうに見た。私の力は氷の魔女シヴァに由来したといわれた。ということは。
「シヴァ?」
 薄く笑った。
「ラムウ…ラムウはどこだ?」
 炎の存在が問い掛けてくる。エドガーが無言で魔石を差し出した。それに見入って動かない二つの存在。
「おお…」
「ラムウ、我ら三兄弟の一翼よ…」
「そなたは…魔石となりこのものたちに運命をゆだねるか…」
「あの、一体なにが?」
 ロックが二人に向かって声をかけた。怖いもの知らずというかなんというか…。
「我々も、幻獣。ラムウとともに炎、氷、雷の三属性を司るイフリート、そしてシヴァ」
「私たちはもはや、この姿を保っていられぬ。それゆえ、ここに放置され続けていた…」
「じゃ、まだ幻獣たちが?」
 黙って奥の扉を指す。そして、エドガーの持つ魔石をいとおしそうに撫でる。
「やっとそろうのだ、兄弟が…お前が魔石となったのなら」
「ならば…同じ兄弟である我らも…」
 ちからを、貸そう。
 声があたりに響いた。一瞬だけ蒼と紅の光が支配し、後にはラムウのものと同じような魔石。
「…なんだったんだ?展開が速すぎてわけわからん」
 場違いな声のマッシュだったが、私も同感だ。が、せっかく魔石として私たちに力を貸してくれるのだ。落ちているそれらを手にとる。他の仲間も連れて行ってくれ、意識が流れ込んできた。
「行こう。あの扉の奥だ」
 私の声に他のメンバーも力強く頷いた。

 林立するガラス管の中には得体の知れない液体があふれている。そして、その中には異形の存在が。魔導研究所の中枢に来たのは間違いない。
「一体どれがティナを助けられるんだよ」
「俺に聞くな、俺に」
 掛け合いをするロックとマッシュをよそに、エドガーが興味深そうにガラス管を見ていた。
「こうやって、幻獣から魔力を抽出しているのか」
「そう。そしてそれはあの管を通って、別の部屋にプールされる。必要に応じて我々のような魔導戦士を作り出すんだ」
「…」
「こうしてこの現場を見るのは初めてだが。……気分が悪い」
 今すぐガラス管を叩き割りたくなってきた。けれど、そんなことをすれば中の幻獣もひとたまりもないだろう。この管は、力を抽出して弱ってきている幻獣の、生命維持の役割も果たしているはず。
(ティナ、といったか)
 目の前のガラス管の幻獣が意識を送ってきた。見上げればどことなく朱鷺色のティナと似ている。
「私たちの、仲間です…」
(そうか。…)
「でも今は、ずっと目覚めぬまま…」
(…)
 優しい目をした幻獣だった。だから、ティナと何か関係があるとすぐわかった。その瞳は彼女と同じだったから。
(連れて行っては、くれまいか)
 魔石となり、力を与える代わりに。私をティナのところへ。
 だまって私は頷いた。瞬間管が割れる。破片が目に入らないよう、とっさにかばった。同様にあちこちで割れる音が聞こえてきた。静かになって見てみれば、私たちの周りを魔石が舞っている。そして、音もなく私たちの手に収まった。
「これで、いいのかな?」
「さあ。とにかくここを出ることが先…」
「何事だ!」
 こともあろうにケフカだ。その後ろには、ここの責任者であるシドの姿。
「それは…今までに抽出した魔力など比べようもない力を感じる…」
 シドが魔石に興味を示した。
「ほーっほっほ!これはいいね、これはいい!さあセリスちゃん、その魔石を持ってこっちにくるんだ。スパイの役目は、もう終わりなんだよ!」
 な…んだと?私が……。
「そいつら、助けたいなら魔石もって早くっ!」
 嫌味な声が耳朶を打つ。
「セリス…お前は」
 違う、違う!そんな目で見るなロック。私を、信じてくれ。そう伝わってくれるように彼を見たが、そらされた。
 それをみて、何かが吹っ切れた。魔石をじっと見て一歩踏み出す。
「そうそう、いいこちゃんだね。裏切り者セリス将軍、早く早く!」
「ウラギリ…」
 そんな称号など、いらぬ!
 手にもっていた魔石をロックにつかませ、私は走った。空間を渡る魔法の詠唱をしながら。突然の行動に驚くケフカに飛びつきその力を解放させる。
「テレポ!」
 視界が揺らいだ。これでいい。これで、あの人たちはしばらく無事だ。きっと、ここから抜け出せる。シド博士は、力になってくれるから…。
 完全に景色が消えてしまう直前、ロックが私に向かって手を伸ばしているのが見えた。
 駄目。巻き込んでしまうよ。……これで、私を信じて、ね……。

TO BE CONTINUED


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