オペラ・パニック!

 

「いいだまされ方だったろう?」
 兄貴の言葉に耐えられなくなって、俺は部屋を飛び出した。
「兄貴…最初から分かってて…俺を自由にするために、あんな賭けを…」
 ここにきて初めて兄貴のことが分かった気がした。本気であの人は、優しいのだ。
 甲板で風に当たりながら景色を見た。とはいえ夜なので、街の明かりが適度に見える程度だ。そう思っていると船体が方向転換をした。
「この方向は…ベクタ」
 帝国の首都に向かっている。どうやら、セリスは説得に成功したらしい。
 セリスと女優のマリアが似ているということから、今回の作戦は始まった。俺たちは空を駆ける力が欲しい。セッツァーは飛空挺を所持している。そして、その彼はマリアを攫いにくる。
 となれば、俺たちが取る方法は決まったようなものだ。嫌がるセリスをなだめながら舞台にたたせた。結局はセリスも楽しんでいたみたいで、急なこととはいえ見事に舞台を演じ切った。が、舞台袖で見守っていたロックが妙な予告状を持ってきたのだ。
『お前ら気に入らん。舞台なんか、めちゃくちゃにしてやるもんねー。 オルトロス』
 何かと思えば、忘れようったって忘れられない、あのタコ野郎だ。
「おいおい、まーたあのタコか?」
「今度は一体何をするのか…」
 俺と兄貴はやめてくれ、という表情でうなっていると、
「このオルトロスってやつと、知り合いなのか?」
 と、ロックが首をかしげた。
 そういやロックはこいつとあってねぇんだよな。まあいい。そんなことは本当にどうでもいいことだ。何かするといったら、本気で何かするのがあのタコだ。めちゃくちゃにされたら、俺たちの今後の計画も台無しにされちまう。
「ええと…今更舞台の上に忍び込めるような隙はないが…屋根裏か?」
 オペラ座の責任者に予告状を突きつけ、それでも渋ったので兄貴の威光を笠に着て、しぶしぶながら屋根裏に入ることを承諾させた。
「結構、しっかりしてるんだな」
「まあ、屋根裏といっても、ここから舞台演出の手助けをすることもあるようだし…」
 かなり頑丈な板場が組まれており、少々ばたばたしても下には影響がなさそうだ。ただ嫌なのは、ねずみがところ構わず走り回っていることだ。
「ここしばらく使われていなかったようだな」
 俺たちが近付くと逃げはするものの、時々勇気のあるねずみが俺たちに飛び掛ってくる。薄暗いのであまり格闘はしたくないけど…。
「いてぇっ!こん畜生!噛み付きやがったな!?」
 思いっきり噛み付かれて俺は激昂しそうになったが、後ろから兄貴に口をふさがれた。
「こらマッシュ、大声をたてるな」
 耳元で鋭く囁かれたので、行き場のない怒りだったがどうにか納めた。それにしてもタコはどこなんだ、タコは。
「あ、あそこ!」
 先に進んでいたロックが指を指す。下の明かりを頼りに見れば、でかい重りを一生懸命落とそうとしているタコ!そして、その真下にはよりにもよってセリス扮するマリア!
「!!」
 俺が動くより先にロックが動いていた。
「タコ野郎っ!」
「うひょ?…うひょーっ!」
 鬼気迫る男に突進されて、タコもビビったらしい。俺と兄貴も後を追う。
「お前ら、気に入らんもん。邪魔邪魔ーっ」
 巨体と八本の足を駆使しながら、俺たちをあしらいつつ重りを落とそうとする。が、その重りは微動だにしない。それが、いかにそれが重いかを物語っている。
 ところで、その時点で俺たちは、自分が一体どこにいるのかを綺麗さっぱり忘れてた。とにかくあのタコをタコ焼きにでもしてしまわないと気がすまない、みんなそんな風に殺気立ってた。もちろん、俺もだ。
 例の、ラムウのじーさんが残した魔石のおかげで、俺たちは少しずつ魔法とやらが使えるようになってきている。身に付けているとなんだかよくわかんねぇ力が流れ込んでくるんだ。それはまあこの際関係ない。ともかく、俺ら全員魔法が使えるってことで、気持ちよくぶっ放したんだよな。しかも、雷を。
 全てが命中するはずないから、必然的に足場に落ちるわけで。でも足場は木でできていて。ここまで言ったら分かるとは思うけど、炭化してしまった足場は、俺ら男三人とタコ、ついでにバカ重たい重りを支えられなくなった。
『みょえ〜っ!』
 そろいもそろって下に落ちていったのは当たり前といえば当たり前だ。幸い重りの下敷きになった人間はいなかったけれど、俺たちは芝居の最中に乱入しちまった。役者もセリスも、それからもちろん観客も。音楽を演奏していた楽団まで止まって俺らを見ている。
「あの…えと」
 しどろもどろになって弁解をしようと試みるが言葉が出てこない。こういうときに役に立つ兄貴はといえば、間の悪いことに主役の兵士の上に落ちて、二人とも目を回している。
 そこへ、タコがしゅるしゅると足を動かしながらいきまいた。
「マリアは、このオルトロス様の、嫁になるんだもんねーっ!」
 タコはタコなりに芝居を続けようとしたのだろうか。それを受けてロックも立ち上がる。
「なにをーっ!?おいタコっ!マリアは…セリスは俺の嫁さんになるんだーっ!!!」
「おいおい…」
 俺はいきまくロックを抑えようとしたが、それより先に落ちていた剣を手にもってタコと闘い始めた。
 周りの役者は相変わらずあっけにとられて立ち尽くしていたが、戦いにあわせて楽団は楽しげな音楽を奏で始めた。お客も受けているみたいで、先ほどから拍手が鳴り止まない。
「…一体どうなったのだ?」
 なんとか起き上がってきた兄貴が問うが、俺に答えられようもない。この通りだといったら、深いため息をついた。ちなみにまだ主役の男はひっくり返ったままだ。見苦しいので裏方に引きずられて舞台から退場してしまった。なんとも悲しいことである。俺たちもロックに加勢するため、投げてよこされた剣を持って、芝居がかった型を披露する。
 大体剣なんて俺はあんまり上手く使えない。なのに、客は歓声を上げる。もっとも、もしかしたら兄貴を見て歓声を上げていたのかもしれないが。
「ぜはーっ、ぜはーっ…。お前ら、しつこいーっ」
「その言葉…お前に返してやるっ」
 かれこれ20分ぐらい闘っていただろうか。いい加減肩で息をし始めたとき、そいつはやってきた。
「マリアは俺がいただく!」
 どこから入ってきたのか知らないが、男がセリスを掻っ攫ってまた宙に舞い上がっていった。すかさず兄貴が丈夫で長いロープをセリスに渡す。
「つかまれ!恐らくオペラ座の屋根に飛空艇をつけているだろうから、長さは足りるはずだ!飛び立つまでが勝負だぞ!」
 兄貴の号令でロックと俺はロープにつかまる。タコが後からついてこようとしたが、その足に思いっきり噛み付いてやったら下に落っこちていった。哀れな。

 それから劇がどうなったか、俺は知らない。後からきいたことによれば、オペラ座始まって以来の大歓声だったそうだ。まったく、どうかしている。そんなことを考えていると、兄貴が横に立った。
「ばれてしまったな」
「…兄貴」
「でも、私はあそこでああしたことを後悔していない。お前は、どうだ?」
「そりゃ俺は自由になれるから…でも」
「私は私で毎日を楽しんでいる。お互い、進むべき道を進んだということだ。そして、私はお前の背中を少し後押ししただけ」
 それからはお互い無言で流れていく風景を見た。やがて、夜のはずなのに前方が奇妙に明るくなる。垂れ込めた雲に町の光が当たり、夜を夜らしくしていないのだろう。ぐるぐると回っているサーチライトがはっきりと分かる。
「ベクタ…」
「ついに、きたな」
 次第に見えてくる大陸の中央。馬鹿でかい、そして不恰好な建物。それこそが帝国城だった。底から出される排煙が、人に害を成す雲となり常に垂れ込めているのだろう。昔、父親の供で兄貴とともにベクタに出かけたことはあるが、あの時も空が見えないと嘆いた。あれからもっとひどくなっているみたいだ。
「セッツァー。行ってくれ」
「ちょっとまて。俺様は帝国でお尋ね者なんだ。だから近くには行けねぇ。それに、あの機械の塊、見てくれはあんなだけどめちゃくちゃセキュリティが高い。こんな飛空艇、一撃で落とされちまう」
「そうか」
 仕方ないと頭を振るロック。今すぐ帝国城に行って、魔導研究所とやらに殴りこんで、ティナを回復させる方法を手に入れたいのは俺もあいつも一緒だ。けれど、セッツァーがつかまったり、飛空艇そのものがなくなったりしたら元も子もこない。結局、港町付近にそっと着陸した。
「アルブルクね。ここからなら半日で帝国城に行けるわ」
「そうか。セリス、案内を頼む」
「わかった」
 セリスを先頭に俺たちは荷物を持って出発した。セッツァーはいつでも飛び立てるようにと待機。
「大丈夫かな、あいつ。俺らが城から戻ってきたら、おさらばしてるんじゃねぇの?」
「どうだろうな。でも、あの勝負師はなかなか誠実なところがある。それに、彼は我々を気に入ってくれたようだ。もしいなければそのときだろう」
「そういうもんかな」
「そういうものだ」
 兄貴の言うことには昔から逆らえない。肩をすくめながら歩いていると、薄い皮膜の翼を持った恐竜、ワイバーンが襲い掛かってきた。
「ああもう、この忙しいときに!」
 愛用の手爪を構えて攻撃を仕掛けるが、相手はふらふらと飛び回っているので、圧倒的にこちらの分がわるい。
「この大陸の魔物は、物理攻撃はあまり効かないの!私に任せて!」
 セリスがそう叫んで詠唱状態に入る。が、今や魔法がつかえるのは彼女だけではない。俺らも思い思いに雷を落とすのだった。
「へっへーん」
「わっ、こらロック、俺に落とすな!」
「あ、すまんすまん。まだ慣れてねぇんだ」
 まったく、油断も空きもありゃしない。
 ひっきりなく落とされる雷と、急激な冷気でかなりひるんでいる。そこへ、兄貴がボウガンで射抜いた。
「お見事」
「私は魔法より、こちらの方が性が合うな」
「それにしても…つ、疲れた…」
 ロックがその場にへたり込む。俺も妙に疲れた。
「あのねぇ…。魔法、そんなにうちまくると、精神力削られるに決まっているじゃない」
 そうだったのか。あのタコとやりあったときは、ものすごい極限状態が続いたから全然気がつかなかった。セリスのあきれた声が頭に響く。
「うーっ…」
「…ダメだな。セリス、キャンプでも張るか」
「それが無難ね」
 結局、俺とロックのために一日が無駄になってしまった。

TO BE CONTINUED


Long Voyage入り口