天かけるギャンブラー


 頬を通り過ぎていく風ですら俺の熱くなった心はいさめられやしない。これからすました顔の貴族達ばかりが集まってるオペラハウスへ行く。それが、今日の一番の楽しみさ。
 セッツァー。世界で唯一の飛空挺所持者にして、最大のカジノ経営者。それこそが、俺のことだ。
「ふふん、団長のやろう、粟くってるだろうな」
 片手で軽快に舵輪を回しながらにやりと笑う。
 今回の目的はマリア。オペラハウス始まって以来の歌姫といわれるマリア。聞けば美貌も相当なもんらしい。やっぱりギャンブルと女と酒と空は、男にとって永遠のもんだ。それだけは他の野郎がなんと言おうとも譲れねぇ。
「よしっ、行ってくる」
 同じく船に乗っているディーラーに声をかけ俺はオペラハウスに向かって降下していった。

「なんだぁ?」
 なんか、舞台には明らかにふさわしくない男どもが、これまたまったく絶対にこれっぽっちもふさわしくないタコの化けもんと戦っている。思わずすっとぼけた声を出しちまった。
 そこでふと思ったが、俺も明らかにふさわしくない。屋根裏のねずみを蹴飛ばしながら笑った。
『…は俺の嫁さんになるんだーっ!!!』
 舞台で大声が上がった。それにあわせて音楽は盛り上がり、マリアたちも歌いだす。
「よし、ここらがクライマックスだな」
 やっぱり舞台に乗り込むならば、最高潮のときが一番印象があっていい。飛空挺から伸びるロープを体にしっかりとくくりつけ、天井の梁から飛び降りた。
 一同が歓声を上げる。なんと気持ちのよいこの瞬間。
「マリアは俺がいただく!」
 そう言いながら目の前で座り込んでいる女を抱きかかえ、合図を送った。
「あれぇー!」
 なんとなく間抜けな女の悲鳴を残して俺は優雅にその場を立ち去ったのだった。

「後でたっぷりかわいがってやるからな」
 そう言い残して女を船室に閉じ込める。飛空挺を自動飛行にしてこよう。そうすればしばらくの間舵取りに煩わされることはなくなる。幸いこのあたりは帝国の空域からも大きく離れてる。そうそうやばいことにはなるまい。が。
 なんだか妙だ。
 なにが妙なのかはよく分からない。
 予告は完全に実行したし、マリアはおとなしく船室で過ごしているだろうし。
 …。
 そうだ、マリアだ。
 あの女…もっと小さいはずじゃなかったのか?
 なんだか重くて妙にごつごつしていた気が…。
 なんとなく嫌な予感がして、先ほど女を閉じ込めた船室を開ける。と。
「あら、オーナーのお出ましよ」
「ども」
「のせていただく」
「それにしてもでかいなー」
 女は確かにいた。けれどぶそうしており、それにくっついて何か増えている。
「は?…お前ら、一体どこから?」
「とっさにセリスにロープ巻きつけたんだ。んでここまで手繰ってきた」
 バンダナを巻いた男が飄々として言う。
「出て行け。女、お前もだ」
「ちょ…ちょっとまてよ、話を…」
「話なんか聞くか。俺はマリアを攫ったんだ。お前らみたいなのを攫った記憶はない」
「まさかここまで上手くいくとはなー」
 筋肉がたくましい男がぼやく。
「なんだと?詳しく聞かせろ」
「要するにだ」
 要するにマリアをこのセリスっていう女で身代わりを立てたらしい。言われてみれば確かによく似ている。
「…で、そこまでする理由は?」
「帝国まで連れて行って欲しい」
「帝国だぁ?」
 冗談じゃない。俺はギャンブルは好きだが、自分から進んで爆薬に手を突っ込むようなまねはしたくない。
「たのむ、あんたの力が必要なんだ。世界で唯一つ飛空挺を持ってる、セッツァーさんよ」
「我らの仲間の命を救うために」
「…」
 仲間。仲間ねぇ。いい響きだ。吐き気をもよおすほどに。昔の苦い記憶が立ち上りかけたんで、俺は慌ててもみ消した。
「…頼む。世界最高の男って聞いたぞ、あんたは」
「…ふん。お前らはそれでいいとして、だ。俺はどうなる?嫁さんにするつもりの女と思ったら別人、勝手に人の船に乗り込まれて、挙句に物騒な帝国に連れて行け。これじゃどこに俺が得をするところがあるんだ」
 そう言いながらセリスって言うらしい女の顔を見る。ふと、あることに気がついた。セリスは俺に視線に嫌そうな顔をし、顔をそむける。
「あんたってさ」
 そむけた顔をこちらに向き直らせる。
「マリアより綺麗だな」
「えっ!?」
 瞬時に顔が真っ赤になる。その反応も気に入った。
「よし。交換条件だ。俺は帝国に貴様らを連れて行く。その代わり、このセリスって女、俺の嫁さんにさせろ」
「なんだって?」
 バンダナ男が一番に反応した。他の男達にも動揺が走るのが分かる。
「嫌ならいいぜ。交渉はここで終わり」
 しばらくの沈黙の後セリスが口を開いた。
「…いいわ」
「セリス!」
「ロックは黙ってて…ね、セッツァーさん」
「呼び捨てでいいぜ」
「あなた、ギャンブル好きよね?」
「ああ、もちろん」
「ここは一つ、賭けをしない?」
「ん?」
「私が勝ったらあなたは帝国に私たちを連れて行く。私が負けたら、私はあなたのお嫁さんになる」
「セリス!!」
 ロックって言う男が後ろで悲鳴をあげた。それを制すようにセリスが声をかけた。
「エドガー」
「なんだい」
「あなたのあれ、かしてもらえる?」
「…ああ、もちろん」
 なにやら受け取ったようだ。コインらしい。
「これで、勝負をつけましょう」
「面白い。乗った」
「裏が出たら、あなたの勝ちね。…それっ!」
 コインは高く高く跳ね上げられ、運命の瞬間をつむぎだすために放物軌道を描いていく。ゆっくりと照明を浴びて輝きながら、それはじゅうたんに落ちた。
「…表、ね」
「……」
 俺は足元に落ちたコインを何気なく拾ってみる。
「…!」
 普通のフィガロ国流通硬貨だ。が、裏のはずがそうではない。表に刻印されている国王の横顔とよく似た男の顔が刻印されていた。あまりのことに俺は笑いがこみ上げてくる。
「ふっ…はははははっ!」
 コインを投げてセリスに戻しながら俺は笑う。
「あんた、本当にいい度胸してる。こんな一大事にイカサマできるなんて、ますます気に入ったぜ」
「…勝負は勝負よ」
「そりゃそうだ。イカサマってのは、ひっかかる奴がまぬけさ。そして、単純なイカサマであればあるほど人ってのは引っかかる」
 ようやく笑いが収まってきた。
「あんた」
 と長髪の男に目をやった。よく見たらびっくりだ。フィガロ国王その人じゃねぇか。
「大事にしな、そのコイン。両表のコインなんて、そう滅多にあるもんじゃない」
「ああ」
 少しまいったな、という表情をしている横で、筋肉男が驚いた顔をして国王を凝視していた。
「…兄貴。もしかしてあの時の…」
「…先代国王の、忘れ形見だよ。…いいだまされ方だったろう?」
「兄貴!」
 感極まったと見えて男は船室を飛び出した。あの勢いだと甲板から空に落っこちないかと思ったが、まあそれはいいだろう。
「ところであんたらは、何で帝国なんかに?」
「いろいろ理由はあるんだがね。まあ一番は、帝国が大嫌いだから、それに一泡吹かせてやろうと思ったのさ」
 たしかこの王様はエドガーといったはず。エドガー王は機械と女が好きで、冗談もついでに好きだと聞いていた。
 けれど、これは冗談にしても物騒だ。
「正気か?」
「もちろん」
 即答が返ってくる。俺は再び豪快に笑った。
「はっはっは!最近くだらないことばっかりだったが、こいつはいい。こんな痛快なことは久しぶりだ!」
「おい、笑い転げてねぇでさっさと…」
 ロックとかいった男が何かわめいていたが、隣りに立っていたセリスがみぞおちにひじを入れて黙らせた。
「あんたら…正真正銘のバカだな」
「なんだと!?」
「そりゃそうさ。このご時世、帝国に逆らおうなんて、バカ以外の何者でもない」
「…それはそうね」
「セリスは物分りもいい。やっぱり俺の嫁にならねぇか?」
「賭けは賭け」
「ちっ」
 口では一応不快を表したものの、俺はこのバカ野郎たちが気に入っていた。たとえようもないほどのバカだ、こいつら。
「ま、俺も帝国がのさばりだして客足が減っちまったし。こんなご時世だからぱーっと遊んでやろうなんて剛毅な奴はいねぇんだよな。おかげでもうさっぱりだ」
 他に客もなし。予約客もなし。なら、こいつらのバカに付き合ってやっても、面白いかも知れねぇ。
「我々の手伝いをしてくれれば、フィガロ国を代表してそれなりのお礼をさせていただこう」
「そいつはいいな。…あ?でもフィガロって親帝国じゃ…」
「決裂した」
 王様はにやりと笑って俺に言う。俺もにやりと笑い返した。
 大体王様ってーのと俺らギャンブラーってのは似てる。
 俺らが客相手に手を変え品を変えいろいろなことをしていくのと同じように、王様は国民や国家相手に様々な考えや策謀を巡らすのだ。案外、このエドガーとはいい語り相手になりそうだな。
 そんなことを思いながらあたりを見回す。
 別に内装を変えたわけでもないのに、周りのものが急に生き生きとしてくる。
「…そんなに俺は、刺激のない生活をしてたのか」
 刺激を求めてこの世界に入った。特殊なルートから、この空飛ぶカジノ、ブラックジャックを手に入れた。なのに、唯一つ帝国なんて邪魔のせいで、俺は俺が求めた刺激を受けられない。
「よし!」
 俺は一同を見て笑った。
「俺の命、そっくりチップにしててめえらに賭けるぜ!」

TO BE CONTINUED


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