まほろばのけもの

 

 粘ついた雨が俺たちに降り注いだ。いろいろな情報を吟味したところ、どうも光はここ、ゾゾに向かったという。
「あんまりこの雨、体によくなさそうだな」
 マッシュが振り払いながらぼやく。
「…ほら、あれのせいだ」
 エドガーが指した方向には高い煙突。暗くてわかりづらいが、真っ黒な煙が吐き出されている。
「あんなものを年中吐いているのだ、毒の雨が降ってもおかしくあるまい」
「そりゃそうだけど、そんなこと悠長に言ってられるかよ。さっさとティナを…」
 その時セリスが俺たちの雨宿りするビルに戻ってきた。
「マントを雨よけに使っていたら、もう少しで溶けてしまうところだった…」
 白かったマントが薄汚れている。少し擦ってみているようだが、落ちそうにない。あきらめて彼女はしゃべり始めた。
「さて…収穫なんだが」
「どうだった?」
「まったく収穫なし」
『は?』
 その場の男三人の声がハモった。
「収穫がないって…」
「一体どういうことだよ」
「詳しく話してみてくれないか」
 男三人に詰め寄られて少し後ずさりをするセリス。まあ、気持ちはわからないでもない。俺とセリスは同じぐらいの身長だが、エドガーとマッシュは長身だ。しかもマッシュは長年の山篭りのおかげでものすごい体つきをしている。こんな奴らに詰め寄られたら、俺だって嫌だ。…ちなみにセリスと俺では、俺のほうがかろうじて背が高い。だからといってどうだ、というものでもないが、俺の自尊心である。
「ちょっと…」
 俺たちを押し返しながらセリスが口を開く。
「この街、誰に何を聞いてもちぐはぐ。あっちの工場の方にいる、と一人が言えば、ゾゾ山の上だといいなおす者がでてくる。どうも我々を撹乱しようとしている風にしかみえない」
「なんとまあ…」
 ここからもう少し南に下ったところに、貴族が住む街がある。そこで飛ぶ光の情報を得てやってきたのだが、その時に嫌な噂を聞いた。
 もともとそこの街…ジドールという名前だが、かなりの階級社会だった。まあ、貴族がでかい顔してうろうろしているような街は、大抵階級がどうのと、具にもつかないことにこだわるものだ。それは置いといて、そんなわけで下層と上層がきっちり線引きされていた。そのうちその下層民が街を追い払われ、住むところもなくさまよい、たどり着いたのがゾゾ山だとか。
 ゾゾ山は難所で、武術を極めようという物好きでない限り住んだりはしない。それに多雨の地域で、年中雨が降っているという評判だった。そんなところで住んでたらやっぱり人間曲がってくるもんで、ゾゾの街の人間は人を困らせるのに至上の幸福を見出すようになっちまった。
「はた迷惑な話だ…」
 元はといえばジドールの奴らの妙な自尊心のせいなのだが、今更俺がどうこういったってしょうがない。
「うそつき当てのゲームはあまり得意ではないのだがな…」
「エドガー、なんか楽しんでるだろ」
「そんなことはないぞ」
 王様は肩をすくめる。それを俺がにらんでると、いきなり後ろから何か固いものでひっぱたかれた。
「…!!」
 痛くて声も出ない。涙目で後ろを向くとフライパンを持って腕組みをしている女が立っていた。
「あんたら、いつまでうちの前でだらだら集まってるんだ。さっさとどっかにいってくれない?」
 見た感じは年を食った女に見えるが、声には若さの張りが合った。考えているほど年上ではないんだろう。しかし、頭が痛い。なにもフライパンで殴らなくても…。
「申し訳ありません」
 即座にエドガーが片ひざをつき、女の手をとって恭順の口付けをする。
「あなたを困らせるつもりはありませんでした。どうか、お許し願いたい」
 例の笑顔でいけしゃあしゃあと言ってのける。
「そ、そりゃあいいけど…あの…」
 女はそういったしぐさに慣れていないのだろう、顔を真っ赤にしてエドガーを立たせる。
「あ、あんたたち、よそ者だろ?一体何しに?」
「我々の仲間がこの街にいると聞いてきたもので…」
「あー、そりゃ難儀だね」
 俺たちはそっとその場から離れた。こうなったらエドガーの悪癖に掛けてみるしかない。しかし…。
「兄貴…あんたって人は…」
 悲しそうなマッシュの呟きが、その場の気持ちを全てあらわしているのだった。

「わかったよ。あの一番高いビルだそうだ」
「ああ、ありがとさん」
「なんだね、その投げやりな態度は」
「別に〜。なー、マッシュ」
「なー、ロック」
 俺とマッシュは顔を見合わせて、そのまますたすたと歩き始めた。セリスも何もいわずに俺たちについてくる。
「おい、何だその態度は!?」
「別にって、さっきから言ってるじゃないか。ほら、さっさといこうぜ。俺はもうフライパンでどつかれるのは嫌だぞ」
 不服そうな顔をしているエドガーを丸め込んでビルの前に連れて行った。
「でかいビルだなぁ」
 見上げながらマッシュが呟く。その顔に緊張が走る。
「どうした?」
「だれか、すごい奴がいるぞ。気配がする」
「なんか厄介なことになりそうね…」
 セリスが言った瞬間に扉が乱暴に開き、男が飛び出してきた。
「ここは俺の縄張りだ。勝手に入ってもらうと痛い目を見るぜ」
「そういわれておとなしく帰ると思うか?」
 マッシュが指を鳴らしながら言い返す。その姿を一瞥し、
「おもわねぇな」
 といったかと思うとマッシュに蹴りを入れた。吹っ飛ばされるようなことはなかったが、マッシュはその場に崩れる。
「すげぇ早さだ」
 純粋に俺は感激してしまった。そんな俺の後ろではいつのまにかエドガーが機械式のボウガンを連射している。が、そのすばやい矢の軌跡を読むがごとく、奴は交わしていった。
 …それにしてもこの王様、実は危ないんじゃないか…?
 そんな余計なことを思っていると、俺のほうに野郎が飛び込んできた。間一髪で交わす。
「アッタマきたぞっ!」
 俺だってすばやさにかけては少々自信がある。目に物見せてやる。
 すばやく周りを見回しゴミバケツの上に駆け上る。俺はからかうようにあちこちと物の上を行ったりきたりした。
「ちょこまかと…!」
 野郎は俺を追うが追いきれていないようだ。ざまぁ見やがれ。
「ふんっ!」
 すっかり俺の居場所を見失った奴の後頭部めがけて渾身の蹴りを繰り出す。と、急に目標がなくなった。
「何ぃっ!?」
 そのまま、先にあったゴミの山に見事に突っ込んでしまった。ご丁寧にも、エドガーが乱射した矢が近くのタンクを打ち抜き、それが全部俺にかかる。
「……」
 今日の俺はかなり不幸だ。
「大丈夫、ロック?」
「俺は…もうだめだ…後をたのむ…ぐふっ」
「バカ言ってんじゃないわよ!」
 殴られた。やっぱり不幸だ。
 体のゴミを流れてくる水で洗い流しつつ立ち上がる。
「で、なにがどうなったんだ」
「さっきの奴は、これだ」
 と、マッシュがつかんでいるのは…。
「カッパぁ?」
「そうだ。セリスがやってくれた」
「やったって…魔法か?」
 こくりと頷くセリス。
「しばらくは解けないわ。あんまりやりたくはなかったんだけど」
「へぇ。こんなこともできるんだ」
 マッシュにつかまれたままの生き物をつついてみる。姿かたちは変わったが、好戦的なところは変わっていないらしく俺に対して牙をむく。
「ふん」
「どうしようか」
「ゴミ袋にでも詰めとけ」
 というわけで哀れなそれは動けないようにされてからゴミ袋に詰められ、俺が突っ込んだゴミ捨て場に放置されることとなった。
「とんだ邪魔だな」
「さ、いこうか」
 無言で最上階までの道を歩む。そこは、集会場として使っても大丈夫なほど広い空間だった。
「誰かね」
 老人の声。またなにか厄介ごとでも起きるのか。そう思って身構えていたが、現れた老人は敵意を見せていない。
「ここに、仲間がいると聞いて」
「仲間?…ああ、あの少女のことか」
「やっぱり、ここにいるのね?」
「あそこで眠っておる」
 杖の指した先には古びた寝台があり、その上であの朱鷺色の生き物が眠っていた。
「…やはり、ティナは…幻獣」
「この子は目覚めたばかりで力の使い方もわからず暴走していた。だからわしが呼び寄せた」
「ご老人、あなたは?ただならぬ気配をお持ちのようだが」
 セリスの言葉に薄く笑いを浮かべる。
「わしも、幻獣じゃよ」
『!』
 近年まれに見るほど俺は驚いた。
「げげげげ幻獣…」
「なぜ…幻獣は1000年前に全て姿を消したはず…」
「二十年程前になるか。我々の住む幻獣界とこの世界がつながった。その時に捕まえられたのじゃ。しばらくは妙な機械がいっぱいのところで魔力を抽出されていたが…機を見て何人かの仲間と共に逃げてきた。幸いわしは人間とそんなに姿が変わらないのでな、ここに住んでいたというわけだ」
「妙な機械…」
「…魔導研究所。帝国の…」
 セリスが陰鬱な声を出した。
「じゃあティナも?」
「…確かにこの子からは幻獣の波動を感じる。が、我々とは少し違う」
「…」
 俺たちは顔を見合わせた。ティナは昏々と眠り続けており、目覚める気配すら見せない。
「たぶん…残った仲間なら、この子のことを目覚めさせてやれるかもしれないな」
「帝国に乗り込むのか。…どうする?」
「俺は賛成だ。ここまで来てティナを眠ったままにさせるなんて、意味がない」
 マッシュならきっとそういうと思った。エドガーは何も言わないが、表情が同感だと語っている。
「私も行こう。案内できるだろうから」
「そうか。それは心強い」
「じゃ、じいさん。俺らはちょっとあんたの仲間に合ってくる」
「まあまて。そなたら、力は欲しくないか?」
「力?」
 いっている意味がわからず、目を白黒させてしまう。
「幻獣のあなたから力…魔力!」
「かといってここで抽出するなど不可能…。魔導研究所でなければ」
「そうかな…?あんなもの、本物の魔力ではない。我ら幻獣、死して初めてその力を他者に分け与える。魔石として」
「死って…じいさん!」
 だんだんと老人の色が薄くなる。
(我はラムウ。天の裁き、雷をその身に宿す…。その力を欲するならば、畏怖をこめて我が名を呼べ…)
 遠くから声が響いてきた。そして、閃光が走る。
「まぶし…」
 一瞬だけまぶたを閉じ、開けるとそこには手のひらに乗るぐらいの宝石。碧の石の中に、ゆらゆらと炎が意思あるもののように揺らめいていた。
「…魔石?これが?」
 手にとると体が一瞬しびれた。それまでに感じたことのない力が俺の体に流れ込んでくる。
「こいつは…」
「ロック、こっちにも同じようなのがある」
 マッシュがいくつか魔石を抱えてきた。
「じいさん…いや幻獣ラムウ…。ありがとな」
 手の中の炎はゆらゆらと揺れた。

TO BE CONTINUED


Long Voyage入り口