Coin

「だーかーらーっ!どうしてそんなに落ち着いていられるんだよっ!」
「じゃあ聞くが、なんでお前はそんなに落ち着きがないんだ?」
「そう言う問題じゃなくって…」
 だめだ。これ以上兄貴と論争しても埒があかない。そう思った俺は旅支度を始めた。
「ひとりででもティナ、探しに行ってやる」
「マッシュ、俺も行く」
 ロックが立っていた。俺は何も言わずに頷いた。
「守ってやるって、約束したんだ…」
「…」
 それだけ言うと奴は奴で荷造りを始める。

 蒼い光が収まったと思ったらティナがいなかった。代わりに空に変な生き物が浮いていた。薄紅色の毛に覆われ、すさまじい気を放っていた生き物。それは無分別に気を放出し、西の方へ飛んでいってしまった。
 帝国の奴らは放出された気に耐えられなかったのか、いつの間にやら逃げていなくなってしまっていた。その点では良かったのだが。
「…ティナはいない。あの生き物が現れた。……あれは、ティナなんだろう、たぶん」
「……あんな生き物、見たことがない…」
「生き物じゃない、ティナ、だ」
 二人でぼそぼそといっていると兄貴が上から諭す。見上げれば旅装束の兄貴。
「??」
「何おかしな顔をしている。彼女は西へ飛んでいった。ならば西へ…城を動かさずにはいけまい」
「兄貴!」
「エドガー…、おまえ、渋ってたんじゃねぇのか?」
「そんなことは一言もいっていないぞロック」
 少々憮然とした表情で言い返す。
「ただ、ここの守りのことを考えていたのだ。今はとりあえずの安全。また帝国が幻獣を狙ってこないとは、どこにも保障はないのだから」
「そうか…でも」
「だからカイエン殿にお願いをした。あのガウという少年も快く承知してくれたよ」
「そうか。カイエンなら篭城戦はお手の物だな」
 それにカイエンならバナンともちゃんと付き合えるだろう。どうも俺は、あの飄々とした老人は苦手だ。
「私も行かせてもらう」
「セリス…」
「気になる…」
「それはいいが、ここに残ってカイエン殿の手伝いをする方が、あなたの疑いを晴らす近道にはなりはしないかな」
「それはわかっている。けれど、先の戦い、カイエンは私を信じてくれた。それだけで十分ではないだろうか」
「…まあ、好きにしな」
 ロックが心なしか突き放したような言い方。気にはなったがセリスが旅に参加してくれるのはうれしい。彼女も魔法の使い手だ。癒しの魔法も知っているようなので、格段に旅が楽になってくれるだろう。
「あの時は、悲壮だったからなぁ」
 そんなに昔ではない、カイエンやガウ、シャドウに出会ったあの旅路。どこかで休もうにも少しも休めず、手持ちの薬はどんどんなくなっていく。あんな旅をしたあとなら、どんな困難でも乗り越えられそうだ。
「では、行くか」
「まずはフィガロの城だな」

 砂漠の真ん中、威容を誇る人工物。それが俺と兄貴の生まれた城。
「うっわー、なつかしいっ!」
 城は少しも変わっていなかった。使い込まれ、飴色になった手すり。俺がいたずらをしてつけてしまった傷すらもそのまま残っている。ところどころ複雑な機械が露出しているのも懐かしい。
 ただやはり10年は大きく、大臣やばあやは年をとった。それがすこしだけ悲しい。
「俺、ちょっと見てくる」
「おいマッシュ…」
 ロックが俺を呼び止めようとしたが、兄貴がその肩を抑えた。
「今日はもう遅い。泊まってはいかないか」
 その一言のおかげで俺は城の探索に出かけられるのだった。
 深夜。どうにも寝付けなかった俺は客用ベッドから這い出す。横ではロックが平和そうに眠っていた。
「…」
 特に当てがあったわけではない。なんとなく城内を歩いているだけだ。外は月夜で、明かりなどいらないほどだった。
「そういや…、あの時もこんな月夜だったよな」
 あの時。俺が城を出た日。そして、親父の死んだ日。
 噂が流れていた。親父は帝国に毒を盛られたのだと。周りを取り囲む人間達は、次の王位がどうのこうのと、誰も親父のことを心配しようとしない。そんな状況が嫌で嫌でたまらなかった。
 だからあの日、親父が死んだ日、兄貴にもちかけたんだ。城で一番高い尖塔で、誰にも聞かれる心配がないところで。なにもかも捨てて、この国を捨てて、一緒に逃げようって。
『兄貴!こんな、こんな城にいたら、俺たちどうにかなっちまう。だから一緒に…!』
『…そうだな。それもいいかもしれない』
 いつもするように冗談めかして、でも目は少しも笑っていなかった。
『でもマッシュ。親父は俺たちにこう頼んだんだ。『フィガロを頼む』と』
『それはわかってるけど!』
『世継ぎが一緒にいなくなったら、この国はどうなる?親父はこの国を頼むと。それを守るのも、俺たちの役目じゃないか?』
『…』
 正論だった。けれど、大臣達の顔色をうかがいながら生きていくなんて、俺には耐えられそうもなかった。
『なあマッシュ』
 暫くの沈黙が不意に破られた。月明かりが何もかも蒼く染め上げている。塔の上からだと、砂漠が蒼い海に見えた。
『賭けを…しようか』
『賭け?』
『ああ。ここにコインがある。表が出たら、お前の望みを。裏が出たら、俺の望みを』
『…』
『恨みっこなしだ。それでいいな?』
 そういうと月に向かってコインを高く投げ上げた。そのコインは高く高く上がって、そして…。

「そしてお前は、自由を選んだ」
「あ…」
 振り返ると兄貴が立っていた。
「懐かしいな。本当に」
「こんな夜だったな」
「ああ」
 兄貴は俺の隣に立つと空を見上げた。
「…すまねぇな、兄貴」
「どうした」
「兄貴に全部押し付けて、俺は好き勝手に生きてる」
 王というものがどれだけ激務か。倒れる前の父を見ていて、十分すぎるほどそれは理解していた。もしかしたら、それを見ているからこそ嫌になったのかもしれない。いつかはこの城を出てやると思い始めたのかもしれない。
「なんだ、そんなことを気にしていたのか」
「…だって」
「私は大丈夫だ。それに、素敵な女性たちに会う機会が多いしな」
「…」
 兄貴はやはり10年前から変わっていない。人に心配させまいと、どんなときでも楽しませる。その裏にあるのはやはり孤独。本当に分かり合える人間がそばにいないまま、兄貴は10年やってきた。今更俺がどうこういったとしても何もならない。10年とは、そういう月日だった。
「…なあマッシュ」
 あの時と同じ問いかけ。そちらを見ると哀愁を帯びた目。
「どうした兄貴」
「俺は…親父に恥じない王か?」
 多分、王位を継いでからずっと頭にあったのだろう。そっと囁かれた言葉に、長い間悩んだ重さが感じられる。
「大丈夫」
 俺は兄貴の背中を叩いた。そんなに力を入れたつもりはないが、兄貴は思わず咳き込んだ。
「俺が保障する。親父、きっとあの世で鼻高々だぜ」
「…そうか」
「なーに辛気臭くなってんだよ。兄貴らしくない」
 ぼんぼんと背中を叩く。
「いいかげんにしろマッシュ!」
 怒鳴られちまった。けど、怒鳴りながらも兄貴、笑ってた。それがうれしかった。
「まったく…、お前は変わらないな」
「兄貴も変わってないさ。見てくれは前よりもっと格好良くなったけど。一体どれだけの女性泣かせてるんだ?」
「失敬な。女性には優しくするのが基本だぞ」
「…」
「…」
 二人同時に顔を見合わせ、そして笑った。
「マッシュ、飲まないか?」
 いって懐からグラス二つと酒を出した。長く外にでてちょうど冷えてきたところなのでうれしい申し出だ。
「よしきた。乾杯だ」
「ああ。…親父に」
「そして兄貴に」
 同時にワインを満たしたグラスを掲げる。
『フィガロに』
 軽くグラスを合わせる。
『乾杯』
 これが、俺と兄貴だけで酌み交わした、初めての酒だった。

「おはよう。今日もいい天気ね」
「あちぃ…」
 起こしにきたセリスにロックがベッドの上で伸びている。俺は鍛錬のため早く起きて、城を何周かしてきたところだった。
「おっすセリス。寝れたか?」
「ええ。マッシュは…練武?」
「ああ。毎日しないと意味がないからな」
「よくやるよ、この暑いのに…」
「もともとここで俺は生活してたんだ。だから暑いのには慣れてる」
「そういやそうだったよな…。で、ここの総元締めは?」
「兄貴ももう起きてるんじゃないかな?暫く留守にしてたせいで仕事が相当溜まってるっていってたから、もしかしたら一晩中起きてたかもな」
 酒を飲んだあと、まだ仕事があるといって執務室に入っていってしまったのだ。俺は久しぶりの酒に酔い、眠くなっていたからそのまま寝た。だから兄貴がそれからどうなったかは知らない。まさか、執務室で死んではいないだろうが。
「ここで別れるかな、エドガーとは」
「かもな。奴は俺らとは違って、ちゃんとやらなきゃいけないことがありすぎる」
 ロックと二人でしみじみしていたところ、セリスが明るく声をかけた。
「そういうわけでもなさそうよ。ほら」
 指差された方向に旅装束の兄貴。俺たちに気がつくと手を振り、そのまま城の地下に降りていった。
「ああ、潜行か」
 俺が言うか言わないかといったとき、城中に警報が鳴った。城変形の合図で、砂に潜るのだ。
 この城は砂に潜ることができる。これについてはかなり悲壮な歴史があって、成功するまでニ、三度失敗を繰り返し、その度に絶大な被害を出したという。今はそんなことはないけれど、年よりたちの中には砂にもぐるのに抵抗を持っている人もいる。
「もぐるって…」
「山脈を越えるんだ。フィガロは砂の中なら移動可能さ」
 セリスの疑問に答えてやる。
「山脈を越えたらコーリンゲンの村だ。ティナの情報、聞けるかもな」
「コーリンゲン、か」
 ロックが感慨深げに呟く。
「なにかあるの?」
「…俺、そこ出身なんだよな」
 ポツリと呟いた言葉には、それ以上の何かがあったけれど、俺にはわからなかった。

TO BE CONTINUED


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