覚醒

 

 またここへ戻ってきた。でも、以前の私とは違う。私は自分の意志でここにきたのだから。
「長老、リターナーと手を組む気はないのか?」
「このナルシェは常に独立してきた。今更どことも手を組む気はない」
 バナンの言葉にも長老は耳を貸そうとしない。あまりの頑固さにエドガーと私はそっとため息をついた。
「ふふん。そうか、ナルシェは一人、滅亡への道を辿るのだな」
「なんだと!?」
 バナンが挑発し、長老が怒る。
「帝国が一体何を目的にしているのか知っているのか?」
「そんなもの知りたくもない」
「幻獣といえば魔法。これで何も思いつかないのか?」
「…!」
 はっとしてバナンを凝視する。開いた口が声にならない声をつむぎだす。
「そうだ。わかったようだな。魔大戦の再来だ」
「…」
 その場の人間がざわめきだす。それもそのはず。魔大戦は、この世界においてもっとも忌むべき争いだった。
 魔大戦。今はもう一千年の昔。まだ幻獣が人々に混じって生活していた時代がある。けれども彼らの特殊な力…魔法を使うことで激しい争いが起きた。大地は腐り風は澱み。世界中の大地を焦土へと変えてしまったという。
 それは伝説だった。ただの伝説として語られたはずだった。今の世界に幻獣はいない。どこにも痕跡すらなかったはず。
 けれどもナルシェで発見された幻獣の存在。これは認めるしかないのだろう。魔大戦は本当にあったことなのだ。
 ちょうどその時、マッシュが案内されて入ってきた。見慣れない甲冑の男性と、少年。
「兄貴、遅くなってすまねぇ」
「ああ、無事だったか」
 簡単に挨拶すると席についた。
「…まだそうと決まったわけではない。帝国とはやりあうつもりはない!」
「手を出さねば、向こうも手を出さぬとでも?」
「そうやってわれわれは生きてきた」
「…少しよろしいでござるか」
 マッシュと一緒にやってきた男性が控えめに後ろで立ち上がった。
「拙者は南方の小国ドマの戦士、カイエン」
「おお、あの歴史の長い…」
「ドマは帝国と何の関係もなかったでござるが…」
 それっきり黙ってしまった。マッシュがあとをつぐ。
「落ちたよ、ドマは」
「!」
 先ほどより大きいざわめきが室内を支配する。カイエンは黙ってまた座った。その手が、体が細かく震えているのがわかる。
「あのドマが…」
「どうだね長老。それでも中立を保つか」
 長老は低くうなるように答えた。
「…あの幻獣がある限り、帝国もここには手を出しはしないだろう」
「そんなことはないぞ!」
 突然部屋に入ってきたのはロック。
「ロック、無事だったか!」
 エドガーが無事を喜んでいる。彼は目ざとく一緒にいた女性を気にした。
「そちらの女性は?」
「…」
 女性は黙ったままだ。でも私は知っている。帝国でよく出会った。
「ああ、彼女はセリス。行きがかり上一緒に行動してもらってる」
「知っているぞ!」
 カイエン声を荒げた。
「お前は帝国の犬!何人もの同胞達を死に追いやった、帝国将軍セリス!」
「まてっ!今はもうリターナーに協力してくれるんだ!」
 刀を抜いて今にも切りかかろうとするカイエンとセリスの間にロックが割って入る。
「どうだか!拙者は信用しない!」
「あの…」
 思わず私も声をかけた。
「私も…帝国の兵でした」
「なんと…」
 私とセリスの顔を交互に見るカイエン。
「でも今は違います…、本当に、リターナーとして…」
「…」
 何も言わずまた元のように座ってしまった。私は余計なことを言ったのだろうか。不安になって見回すと隣のエドガーが笑った。なんとなく安心する。
「カイエン落ち着け。ここにいるのはみんな、帝国を敵視している。裏切るような人間はいない」
 マッシュがそう諭しているけれど、あまり納得した風ではない。
「…仕方ないよね…カイエンさんは…帝国に祖国を滅ぼされた…」
 彼の帰る国はもうないのだ。しかも、私がいた帝国のせいで。心の奥がきりきりと痛んだ。
「でロック、何か言いたいことがあったんだろう?」
 すっかり脱線してしまったので、エドガーが本筋に戻した。
「そうだ。サウスフィガロから帝国兵の一団がこっちに向かってる。あの幻獣を力ずくで物にするつもりだ」
「なにっ!?」
「確かだ。セリスが情報をもっていたし、行く先々で噂があったし…」
 バナンはそれを聞いてゆっくりと長老の方へ向いた。
「さぁどうする?」
 なんとなくおもしろがっているような気がするのは、私が未熟なだけだったのだろうか?
 しばしの沈黙の後、長老はかすかに首を縦に振った。
「本意ではない!…が、この都市の長を担うものとして、帝国に蹂躙させるわけにもいかない」
「結構。相手の狙いはわかっている」
「幻獣だな。坑道から山の上に移した」
「そうか。…」
 暫く考え込んだあと、私たちを見回した。
「坑道に散って、そこで帝国兵どもを撹乱するのがいいだろう」
「ちょっと待って。俺達は坑道のことを知らない」
「そうだな。下手にわからないところで迎え撃つと、同士討ちする可能性もある。我々は山へ続く本道を抑えた方が…」
「坑道での撹乱はナルシェガードに頼むのがよいござる」
 カイエンの言葉に長老はガード長になにごとかを頼んだ。そのままガード長は部屋を辞す。
「さて、行動開始だ!」

 山道を歩く。万年雪が踏み固められ、気を抜けば滑ってしまう。息が白くなるのを見ながら昇った。
「…生まれながらに魔導の力を持つ娘…」
 はっとして後ろを向くとセリスが立っている。彼女は私と並んで歩きながらつぶやく。
「こんな形で出会うとは、…皮肉なものだな、運命とは」
「…?」
 他の人には感じられない波動を感じた。これは魔導の…。
「あなたも、魔法を」
「…ああ」
「でも私とはちょっと違う…」
「私のは人工的なものだ」
「人工的…?」
「魔導研究所を知っているだろう?」
 わずかにうなずいた。私が記憶している最古のものは、そこから始まっている。
「あそこで…な。他にも仲間はいたが…」
「……」
 それっきり黙ってしまったけれど、私は言いたいことがわかった。
 そのまま歩いていると、カイエンが立ち止まっている。
「…拙者はおぬしらを信用したわけではない」
 低くつむぎだされるその声の底には、憎しみが見え隠れしている。他人にこんな形で憎しみを向けられたのは初めてだった。
「上等だ」
 セリスはそんなものなどものともせず毅然としてカイエンをにらみつける。
「私の剣に迷いがあるか否か、己が目で確かめるがいい」
「もとよりそのつもりでござる」
 吐き捨てるようにいい、去っていった。
「…私は、何もいえなかった」
 セリスのように、私も何か言いたかった。けれど憎しみが、私を突き刺す。
「お二人さん、早く行ってくれないかな」
 最後尾のエドガーが立ち止まった私たちを促した。
「あ、ごめんなさい」
「……」
 あわてて私たちは歩き出す。その後をゆっくりとついてくる。
「…常勝将軍までこっちにつくとはな。帝国は一体どうしてしまったのか」
「わからぬ。中枢にいる人間ですら、皇帝が何をお考えになっているのかがわからない」
「それは国家としてどうかと思う」
 二人が話しながら歩いているせいか、私は少し先に歩くことになった。そのままの感覚が続いたけれど、セリスの声に振り返る。
「私は女である前に騎士だ!」
 なにかすごい剣幕で怒っている。エドガーは両手を前でひらひらさせながら苦笑していた。
「それは心強い答えだ」
 肩をすくめるとそれっきりしゃべらない。心なしか、セリスの顔が赤いような気がした。

「来た!」
 誰かの声でいっせいに坑道の出口に視線が集まる。多少の怪我をしつつも、かなりの数の兵が集まってきていた。
「おいおい、ナルシェガードは最強じゃなかったのかい?」
 マッシュが腕を鳴らしながらぼやく。そのとなりでガウとよばれた少年が構える。
「まずは一丁、小手調べといきますか!」
 ロックが短刀を片手に駆け出した。それを合図に残った私たちも思い思い、雪原に散る。星の明かりしかない夜だったけれども、雪原にその光が映り見通しはいい。逆にいえば逃げる場所はない、ということでもあるけれど。
「人とはいえ、情けは無用。ティナ、これは戦争だ」
「…はい」
 剣の先を落としたままの私をエドガーがたしなめた。そのまま彼は愛用の槍を片手に、小競り合いが起きているところへといってしまう。
「…やらなきゃ。過去と、決別するため!」
 下向きだった切っ先は高く掲げ上げられた。セリスがそんな私を見て少し微笑んだように見えた。
「いくよティナ!」
「はい!」
 飛び込んでくる兵士を切りつける。ガードたちが消耗させてくれていたのか、こちらでの戦いはかなりはかどった。みね討ち一回だけで気絶してしまうようなことも。
「ふん、これが帝国兵でござるか。機械ばかりに頼った結果が、これか!」
 鬼神のごとくカイエンが吼える。
「志半ばで散った我が王、我が民の痛みを知れ!」
 その剣捌きは見事。私も負けてられないと剣をふるい、時には炎を巻き起こす。セリスが氷柱を生み出し、ロックが敵を撹乱し、マッシュ、ガウが最前線で兵をなぎ倒す。エドガーは少し離れ、私たちの包囲網を抜けた兵たちを機械式の弓矢で射抜いたり、間に合わないときは槍で突いている。
 どれほど戦ったろうか。剣を持つ手が寒さでかじかむ。けれど体自身は暖かい。変な感じ。
「ひーっひっひ!」
 甲高い笑い声。誰かと問うまでもない。こんな笑い方を、人の神経をここまで逆撫でするような笑い方をする人間はそうはいない。
「ケフカ!」
「ザコどもはおどき!こんな奴ら、私の…」
 いって何かの詠唱を始める。私が扱える魔力とは、桁違いの気の流れが雪原に渦巻く。
「そぉれ、お行き!!」
 優雅に手をふると、巨大な火球。信じられない巨大さだ。
「寒いと思ったから、サービスよん」
 いやみな笑いが聞こえてくる。このままではみんな…!
 けれど衝撃がこなかった。見回せば、セリスに魔力が溜まっている。
「……裏切り者のセリス将軍もいたのか…。これはちょっと厄介だな…」
 話には聞いていたけれど、実際に魔封剣が発動するのを見るのは初めてだった。剣を構えたままのセリスからは、体内にため切れなかった魔力が流れ、体の回りでスパークしている。
「ふぅっ!」
 ひざをつく彼女にロックがかけよる。
「セリス!」
「大丈夫だ…、少し、魔力が大きすぎただけだ…」
「ほほほほ、こいつはいい。裏切り者のキャパでは、ぼくちゃんの魔力は吸いきれないとよ!」
 ことさらに高い笑い声が響く。そのときだった。誰かが、私を呼んでいる。
「?」
 見回したが他の仲間はそれどころではない。けれど聞こえる。誰?私を呼ぶのは。

 ―ティナ!―

 後ろからはっきりと聞こえた。そこには氷付けの幻獣がたたずむのみなのに。
「ティナ、何をやっている!?」
 マッシュが私を揺さぶるけれど、私の視線は幻獣にぴったりと張り付き動かない。
「ティナ!」
 ―ティナ―
(私を呼んでいたのは、あなた?)
 心で問い掛ける。そうだと言うように氷が輝いた。鮮烈な蒼。
(これはあの時の…)
 初めてこのナルシェに来たとき。そうだ、私はこの光をみて気を失った。あの時残っていた記憶は、この蒼だ。
「まぶしくて何もみえねぇ!」
「ティナ、危ない離れろ!」
 輝きの中、誰かが私を呼ぶ。けれど私は動けなかった。体がなにか別のものに変わってしまうような…。
「!!」
 一瞬だけ目を閉じる。次に目を開いたとき、視界が一変していた。
(何?…これは、何?)
 遥か下でみんなが倒れている。
(飛んで…私…)
 そこまでだった。今までなかった力に私の意識が翻弄された。

TO BE CONTINUED


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