新しき誓い

「カイエン殿!」
「心配無用!陛下を、お守りせよ!」
 拙者、痛む肩を押さえつつ駆け寄ろうとする近衛兵を一喝した。彼らには他にもっと守らなければならない御方がいるのだから。
 帝国兵がこのドマに侵攻してもう二週間になろうか。エイファ内海に浮かぶ小島にこの城はある。行き来はただひとつ、大陸と最も近くに接している場所にかけられた橋のみ。この島の周りには無数の潮の流れがあり、相当な熟練者であっても小船では海から近づくことは出来ない。かといって大きな船は浅瀬に阻まれ、侵入することは出来ない侵攻はしにくく、篭城には持ってこいの位置に、我がドマ城はある。
「油断したか。修行が足らぬな…」
 自分自身を叱咤し城の正門を閉めた。これで、出ていくことは出来ないが入ることは出来ない。
「帝国兵は?」
「はっ。形成不利と見て、一旦引くようです」
「そうか…。なら、いつもの手段だ」
「わかりました。城内にそう命じます」
「頼む」
 それだけ言うと、拙者は自分にあてがわれた、家族の待つ部屋へと向かった。

 あれから一週間。膠着状態が続いた。そして今朝になって初めて動きがあった。早朝になにやら不審な人間が城内をうろついていたというのだ。すぐさま探したが、気づいたときには遅かった。幸いにも何の被害も出ていないようだ。
「一体何事なのだ…」
 他の兵たちはほっとした表情を見せているが、拙者にはどうも嫌な感じがする。警鐘が鳴りつづけている。
 それゆえ、それがおこったときもそんなに驚かなかったのだ。
「…?」
「どうしました、カイエン殿?」
「いや…あそこの水飲み場の様子が…」
 見張り台から下を見ると、そこに集まった人間がぴくりとも動いていない。
「ま…さか」
 毒。朝駆けの正体はこれだった。生活に利用している主井戸に流し込めば、労せずしてこの城を陥落することが…。
「城内を見まわるぞ!」
 兵の詰め所に飛びこむ。が、そこに広がる光景は生涯忘れられないだろう。生と無縁の地だった。
「…カイエン殿…」
 別の詰め所に走った兵が、暗い顔で声をかけてきた。それだけで何があったかを想像するに難くない。
「陛下…陛下は無事か!?」
 言って即座に王の間へ。玉座からずり落ちるようにしがみつく我が王の姿。
「王!!」
「…カイエンか…そなたは、長きに渡って父と、我に良く仕えてくれた…守ってくれた。礼を言うぞ」
「王、王!そんな…」
「すまない。我が、この国を守れないとは…。もう…我は長くない。そなたは、家族の元へ…」
 目を閉じて陛下はその命を消した。拙者はなにも、何もできなかった。
「王を…」
 ぶじだった兵に王を頼み、今度は自分の家族の元に駆けた。けれども。
「……」
 妻は台所で炊事をしていたのだろう。息子に食事でも作ろうとしていたのか、割れて粉々になった食器が散らばる。妻は、ミナはもう動かない。
 息子は?見張りに出る前、拙者を見送りに起き出してきた。二度寝をしているのだろう、今はベッドに入っている。
「…シュン?」
 恐る恐る名を呼ぶ。返事はない。ただ眠っているだけであってくれ。お願いだ…。
「シュン…?起きなさい…」
 おはよう、パパ。そう言ってくれるものと思った。いつものように、拙者に笑いかけてくれると思った。
「………」
 かかっているシーツを剥ぎ取る。隠れていた鮮血が広がる。その瞬間、拙者の視界も赤く染まった。

 城を飛び出し無我夢中で帝国キャンプに突入した。何人を屠ったかなど、もう関係なかった。握り締めた刀身は赤く、ぬらりと輝いている。言葉にすることもできない怒りが体中に駆け巡った。返り血を浴び、肉を裂き骨を絶ち。それでも一人、帝国キャンプに突進した。
 このまま死んだって構わない。そう思いこんだ。誰が指図したか知らない。けれど、せめて、仲間や、大切な何かが奪われる恐怖を思い知らせたかったのだ。
「そこまでだ!」
 数人が拙者を囲んでいた。その円の後ろ側に、上官らしき人間。
「お前か…」
 低く唸り、刀を一閃。円を構成していた一角が崩れる。が、すぐさま補充された。崩しては戻り、拙者に刃を向けてくる。そういうことが数回繰り返された。そして、死を覚悟し、懐剣を抜き自分に向ける。
「ちょっと待ったーっ!」
 そう言いながら何かの影が円の中に入り込んできた。
「助太刀するぜ、戦士どの!」
 屈強な大男だった。全身からすさまじい気合を発している。
「かたじけない!」
「いいってことよ…さ、いくぜ!」
 言いながら男は近くにいた兵を投げ飛ばした。そのまま他の兵に体当たりをかけ、どんどんとなぎ倒していく。拙者も負けじと再び刀を振るった。
「戦士殿、危ない!!」
 どこかから放たれた飛び道具が向かってきていた。避けきれない、そう思った瞬間、目の前を黒い何かが横切る。飛んできたはずの矢は叩き落されていた。
「……」
 無言のまま黒い影はたち上がった。
「か、かたじけない…」
「……気をつけろ」
 噂には聞いたことがある。金さえもらえば、実の親でも殺すという冷酷非情なアサッシンがいると。そいつは常に真っ黒な服で身を固め、その素顔を見たものは誰もいないのだという。
「…シャドウ…」
 それが、その殺し屋の名だ。彼は身を翻し、無駄のない動きで帝国兵を翻弄していく。
 しばらくの後、辺りはとりあえず静かになった。
「かたじけない。拙者はドマのカイエンと申す」
「俺はフィガロのマッシュ。こっちはシャドウ。大丈夫か?」
「うむ…。しかし城は…」
「そうか。ケフカめ…卑劣な奴」
 マッシュという男が語るには、毒を計画したのは悪名高いケフカだそうだ。ここの最高責任者はレオ将軍であったが、何かの理由でサウスフィガロまで行かなくてはならなくなった。その隙を縫ってのことだという。
「すまない。俺は止めることができなかった…」
「いや…仇を討つべき相手がわかっただけでも良かったでござる」
「…なあカイエン、あんたもリターナーに入らないか?」
「リターナー…。反帝国組織」
「そう。実は俺、そうなんだ。その加減でナルシェに向かってるんだけど、ちょっとしたハプニングがあってこんなところに飛ばされちまった。うろうろしてたらシャドウにあって、そんでいっしょに行動してもらってる」
「それも…良いかも知れぬな」
 城はもう拙者のような者にはどうすることもできないだろう。それならばリターナーに入り、帝国を倒せれば。再びドマを再建できるやも知れぬ。
「話しこんでいるところ悪いが、魔導アーマーのおでましだ」
 静かな声でシャドウが言った。そちらを見やると、異形の物体が迫ってきている。
「…よし!」
 辺りを見まわしていたマッシュ殿が手招きをする。行けば、魔導アーマーと呼ばれたかたまりがずらり。
「これを奪うぞ」
「ちょ…拙者はこのようなものを動かしたことがないでござるよ…」
「どうにかなる!今は悩んでる時間なんかないでござるよ!!…って移っちまったー!」
 何やらわめきつつ彼は拙者を力いっぱい押した。バランスを崩しながら座席に入る。何やら妙な突起やレバーだらけだ。訳がわからない。
「一体どうしろと!」
「そこの赤いボタンを押せ!!」
 必死で探してそれらしきものを押す。と、いきなりぐるぐると回転し始めた。
「うわわわわあぁ!!」
「カイエン、レバー逆だーっ!…って聞こえねぇよな、あれじゃ…」
 ぐるぐると回る視界の中で必死になって何かを掴んだ。すると今度は反対の方向に進んでいくではないか。もうどうしたらいいのかさっぱりわからない。
「ぐわっ!」
「ひぃぃぃっ」
 が、それが功を奏したようで、向かってきていた魔導アーマーたちを蹴散らした。キャンプの出口まで来たところでようやくとまり、通行の邪魔をするように転がる。拙者はほうほうの体で這い出した。幸い自分の体はおかしなことにはなっていないようだが、この鉄の塊はぴくりとも動かなくなった。もはや再利用することもできないだろう。
「…むむむ」
 まだ目の前がぐらぐらしている。まったく、この機械というやつはどうも気に食わない。一体なぜこのようなものを最近の兵は使うのだろう?こんなものより刀の方が、よっぽど使えるような気がするのだが…。
「大丈夫か?」
 マッシュ殿とシャドウが遅れてやってきた。二人は見事に魔導アーマーを乗りこなしている。うらやましいと少し考えた自分に驚いた。
「うむ。なんとか無事でござるよ」
「じゃ、こんなところからはおさらばだ。南の森を超えたところにたしか小さな町があった。そこから船に乗ろう」
 彼らも乗ってきた魔道アーマーを乗り捨て駆け出す。拙者も後を追った。
「王、そしてミナ…シュン…仇は、このカイエンが必ず…」
 無力さを思い知らされたこの敗走。決して忘れるまい。この命ある限り、ケフカを追い詰め、そして仇を討つ。それが拙者の、新しい誓いとなった。

TO BE CONTINUED


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