常勝将軍の落日

 

 もうずいぶんと以前から手足の自由は奪われている。始めこそ痛み、不自由さを感じたが、完全に肩の付け根からしびれている今ではどうでもいいことだ。慣れてしまえば気にもならない。けれども、そのわずかな安息はすぐ破られる。拷問を受け、幾度か意識は飛ぶ。
「落ちたもんだよな…、常勝将軍と呼ばれたあんたが、俺みたいな下仕官にぼこぼこにされるなんてよ…。でもまあ、うめき声ひとつ上げないのはさすがというべきか?」
 息を吐きながら、つい昨日まで部下だった男が笑う。私はそいつの顔を見て、思いきり睨んだ。
「…なんだよ。何かいいたいことがあるのか?」
 手に持った太い鞭をしならせ、口元を嫌らしく曲げる。私は一言だけ言った。冷淡に、あざけりをこめて。
「痴れ者が」
「!」
 この状態になってまで相手を怒らす自分に少しあきれる。が、全て覚悟の上だ。この身がどうなろうと、私は自分の信念を貫いて死にたい。…まあ、死ぬ前に多少不快な思いはせざるを得ないだろうが。
「なにをしている!」
 別の男の声。この声は、私と同じ将軍職のレオだ。愚者の集まりの帝国の中で、この男は信頼できる。確か、ドマ国を落とすため、遠征に出ていたのではなかったか。
「いやあの、上官のご命令で…見張って」
「見張るのに鞭は必要はないだろう。これは預かっておく。…セリス将軍、あなたほどの人間がなぜ…いや、問うまい」
 複雑な表情だ。そして彼は地下室から出ていった。
「ちっ…」
 見張りの男は舌打ちをし、椅子に座り込んだ。それからしばらくして、寝息が聞こえてくる。
「なんとか、これでしばらく私も休める…」
 目を閉じると、一瞬のうちに意識が閉じた。

「…い」
 声がした。
「…おい、おい!」
 はっと目を開ける。知らない男だ。
「あんた、セリス将軍だろ。なんでまたこんな」
「貴様は誰だ!?」
「ちょっとちょっと。あんまり大きな声を出すと見張りが起きちまう。ちょっとじっとしてな」
 そういうと目の前の男は手枷をはずした。何時間ぶりかに手は重力に逆らわずにすんだ。
「…?」
「行くぞ。このままだとあんた、殺されちまう」
「…構わぬ。さっさと消えろ」
「気の強い人だね、こりゃ」
 彼はあきれたように手を上げた。しかしすぐ私の手を取り、力強く引く。
「女をこんなところにほったらかしていく気にはなれない。悪いが、俺の名誉の為についてきてもらう」
「こらっ…」
 有無を言わさず引きずられる。私は過酷な拷問のせいで思ったより体力を失っていた。言葉どおり引きずられるような目にも幾度か合った。
 そして。
「いったいどこまで連れていく気だ?」
「あんた、何であんなところに?常勝将軍セリス、って言えば、帝国でもかなりの人材だろうに」
 彼は私の質問に答えず、別の質問を投げかけてくる。しかし、こたえてやる義理などない。
「……」
 黙っていると振り向いた。
「そうだ、俺まだ自己紹介してなかったよな。ロックってんだ。ロック=コール。トレジャーハンター」
「……」
「もっとも今は…違う仕事で動いているが」
「…リターナーか?」
「ご明察。良くわかったな」
「ナルシェへの進軍が、何者かの妨害で止まっていた。それに、我らが本部として使っているこの屋敷はかなりの見張りがいる。それをものともせず入り込んでくるなら、答えはおのずと知れよう」
「想像どおり、俺がちょいちょいっと妨害してやった。大体、サウスフィガロのやつらは基本的に帝国は嫌いなんだ。一致団結すりゃいろんなことが出来るさ」
「そうだろう。私もそれを利用させて…あっ」
「…ふーん。あんたも、帝国のやり方に疑問を持ってたって奴か」
 語るに落ちるとはこのことだ。にやにやと笑うロックに、私はわざと大きくため息をついた。

 以前から妙な感じはしたのだ。とくに、あのケフカが皇帝に取り入るようになってから。その後、急速に帝国は軍備を拡張し、あっという間に同じ大陸の町を占拠してしまった。そのやり口はあまりに残虐で卑怯で…。騎士としての修練を受けている我らには到底耐えられるようなものではなかった。
 魔導の力に魅せられた皇帝は、それを利用して強化兵を作り出した。私もその一人だ。どこからか手に入れてきた魔導の力を人間に注入し、その未知の力を操れるようにする。しかしそれは諸刃で、植え付けられた人間の意思力が弱ければ、魔導の力にとりこまれてしまう。幸い、私はなんとか自意識を保てた。けれども多くの同胞が狂っていく様を目の前で見てきた。
「私はもう、そんなものを見たくなかったのだ…」
「同僚が狂っていく様なんか、見たくないよな…。で、内部から帝国を狂わそうとしたけれど失敗、そんであのざま、か」
「…否定しない」
 焦点の合わなくなった目をした友人の幻影を振り払う。
「なあセリス。お前、これからどうするんだ?」
「……」
「何も考えてなかったろう。それとも、死ぬ気だったか?」
「………」
 そのとおりだった。妨害できるだけして、それで皇帝が考えを改めれば良し、そうでなくても自害すれば良い。そう思っていた。残念ながら事態の方が急に展開したせいで、その暇も与えられなかったが。
「リターナーにこいよ。歓迎する」
「私が?帝国将軍である、この私がリターナーに?」
「もう将軍じゃねぇだろ?お前は魔法が使えるんだろ?こっちには戦力が極端に足りない。帝国の手入れのせいで、かなりの部分が骨抜きにされてるんだ。魔法が使えるのがいっぱいいれば、それだけ上手く戦える」
「いっぱい?」
「ああ。もう一人、俺たちに協力してくれる魔法使いがいるんだ」
「もしかしてそれは…」
「知り合いか?ティナっていうんだけど」
「…名は知らない。だが、帝国軍の噂だった。生まれながらに魔導のちからを操る少女がいると」
「へぇ…ティナのは天然なんだ…。まあいい、どうだ、歩けるか?」
 差し出す手を借り、たちあがる。かび臭い地下道を抜ければ、そこはサウスフィガロ郊外だ。見張りはいるが、命令系統が相当いい加減になっているようでずさんな確認しかしていない。
「…本当に、堕ちたものだな…」
「最初はこんなじゃなかったよな。初期の帝国兵は、もっと紳士的だった気がする」
「そうだ。我らは兵ではない。騎士なのだ。それなのに…」
「まあいい。さっさと行こう」
「…ひとつ聞いていいか?」
「なんだ」
「ロックは、なぜ私にそんなに世話を焼く?お前の誇り、とやらか?」
「まあな……似てるんだよ、あんた。俺が、昔守りきれなかった奴に。だから、もう守りきれないなんて、嫌なんだ」
 言う彼の表情は見えなかった。

「なんか…壁が迫ってきてる気が」
 コルツ山脈内トンネルは帝国兵がうろうろしているだろうから使えない。必然的に私たちはフィガロ大砂漠を超える進路を取った。
 サウスフィガロからフィガロ大砂漠、つまり砂漠城フィガロに至るには、途中で洞窟を抜けなくてはならない。今そこを通過中なのだが、さいぜんから妙な音が続いている。
「私が脱走したことに気がついたか。恐らく…追っ手だ」
「おいおい、冗談じゃない」
 彼が呟いた瞬間、壁が崩れた。そこには強化された魔導アーマーの亜種、ディッグアーマーが佇んでいる。
「厄介だな」
 これは自己判断能力が備わっており、目的を達するか破壊されるまで止まらない。と、角のように突き出した突起部分に何かの力が集まる。
「危ないっ!」
 私はロックに飛びかかり、彼ごとその場を離脱した。僅かの差でそれまでいた場所が深くえぐれる。
「…冗談だろ?」
「あいつの魔法攻撃は洒落にならない。ここは、私に任せろ」
「まかせろってセリス…」
 彼の声を無視して私は剣を構える。声に出さずに、決められた韻を踏んでいく。刀身からは碧の光波が放たれ、それがあたり一帯を包み込む。
「危ないぞ、逃げろ!」
 再び角が光った。ロックは私をどうにかして動かそうとするが、碧の光波のせいで近づけないようだ。
「見よ!我が師直伝、魔封剣!」
 剣を高く掲げ上げる。炸裂するはずの魔法が、何かに導かれるように剣に集まる。そして。
「…あれ?」
 それだけだった。岩陰でロックがあっけに取られてこちらを見ている。
「魔法が…吸い取られた?」
「そうだ。だからいったろう、魔法攻撃は、引きうけたと」
「よし…。わかった。じゃ、俺が…」
 私が魔封剣を発動させている間、ディッグアーマーは無防備になる。その隙をついてロックが攻撃を繰り返す。狭い洞窟内を縦横に動きながら、やがて勝負がつくときが来た。
「ロック、伏せろ!」
 いって私はたまりにたまった魔力を一気に放出する。無数の氷柱がアーマーに向かい、刺し貫く。それはきしみ音を立て、無念を伝えるかのように動き、そして止まった。
「ふぃーっ、終わった終わった」
「ロック、お前、いい動きするじゃないか」
「あんたこそ。すごいな、その技」
「師から教わった、技だ。もう、師はいないが…」
「……行こうか」
 洞窟の出口は近い。

TO BE CONTINUED


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