変わっていく

 もともとは多分自然の洞窟だったんだと思う。それを、人が住めるように手をいれたのだろう。横になりながら見える天井は、壁の燭台の炎に揺れる影が映っていた。
「…どうしてこんなことになったの」
 私は忍び寄る寒さと、それ以外の何かに身を振るわせながら、ベッドの中で小さくなる。けれど、頭の中から声が離れない。

 お前は兵器だ

 リターナーのリーダーだという、バナンに会った。彼はエドガーさんやロックから話も聞かず、私をみつめ、そして言い放った。
「兵器」
 頭が痛い。欠落しているままの記憶がつらい。その間、私は、私は…。
 泣き叫ぶ声。
 赤く染まった視界。
 倒れて動かない塊。
 そして、背後から聞こえてくる、狂った笑い…。

「ティナ、起きたか?」
 ロックが扉から顔を出した。
「…ええ」
 ベッドから降り、体を伸ばす。
「…寝起きで悪いけど、これから会議をするんだ。ティナにも出てもらいたい」
「私…に?」
「ああ。ぜひにと、バナンからご指名だ」
「……」
「だ、大丈夫だってティナ。バナンは…そう、うん、素晴らしいリーダーなんだ。ただその立場がアレだから、その…」
 沈痛な表情をしていたのだろう。ロックは手をばたばたと動かしながら言い訳をする。
「うん…行く」
「そうか!よかった。じゃ、先に行くよ」
 部屋を出かかった彼はまた振り向いた。
「どんなことになっても、俺が、守るから」

 エドガーさんの隣の席が開いていたので、遠慮がちにそこに座る。というより、彼が席を引いてくれたので、座らないと悪いような気になったから。なぜかロックが向かいで苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「?」
 首を傾げると、
「あいつは気にしなくてもいいからね」
 と、エドガーさんに言われてしまった。
「さて…これからのリターナーについてだが」
 バナンがおもむろにしゃべり始めた。
「フィガロがついにこちらについた。これで武器の調達がしやすくなるはずだ。また、サウスフィガロの港の使用もより円滑に行える…。ですね、国王?」
「もちろん。フィガロは、その力全てをもってリターナーを支えることを誓おう」
 エドガーさんが重々しい声で言った。そんなに大きくない声なのに、すごく響く。
「及ばずながら俺も」
 マッシュさんもにやりと笑う。それをみて、やはりこの人たちは双子なのだと、少し場違いなことを考えてしまう。
「俺は連絡役としてまたあちこちに飛ぶよ。次はどこへ?」
 ロックの問いかけにバナンが口を開いた。
「例の中立都市、ナルシェを今度はこちらに引き入れたい。あそこはリターナーも受け入れないが、帝国は極端に嫌っている。そのあたりをつけば、こちらについてくれるやもしれぬ」
「じゃ、ジュンのおっさんのところだな」
「そうなるな。事前に連絡を入れてくれたほうが、こちらとしても出向きやすいだろう。……そしてティナ」
「はい?」
 よくわからないうちに話が進み、いきなり私の名前が呼ばれた。ちょっと素っ頓狂な声にならなかったかな。
「何か…?」
「君には、ぜひリターナーに入って欲しい」
「…?なぜ?」
「君の力…魔法の力。帝国との戦いに、必要不可欠になるだろ…」
「でも、私、もう人を…殺すのは…」
「…嫌か。自分がしたことの重み、やっと理解してきたようだな」
 バナンは席を立った。しばし会議は中断ということなのだろう、ロックたちはそれぞれ体を伸ばしたり、これからについてしゃべったりしている。
「私…」
 自分がしたことの重み。この手をかざすだけで、何十人も屠ってきた私。操られていても、私に声は届いていた。一人一人どんなだったかなんて覚えていない。でも、その声が届くたび、私の中で何かが壊れていくような、そんな気がした。そして、それを、操られているからと、自分の意のままにならないからと、いつのころからか無視するようになったのだ。
「ティナ?」
 席を立って部屋を出ていく私の後ろから、ロックの声が聞こえた。けれど、どうでもよかった。
「私は、何ができる?」
 洞窟から出て手近な岩に座る。歩哨に立っているはずの人間は見まわりにでも行ったのか、どこにもいない。
「私みたいな人間…ううん、道具なのに」
「道具かどうかは、そんなに尚早に決めてしまうものではない」
 後ろから声が聞こえた。
「バナン…」
「お前は道具か?その方がいいのか?」
 即座に私は首を横に振った。名前を呼ばれる。その単純なことでさえ、以前にはなかった。それを、もう失いたくない。
「なら、逃げるな」
「…」
「自分がしてきたこと。忘れるな。そこから逃げるな」
 おもわず目をそらす。
「…こんな力、なければ良かった…なぜ、私だけこんな」
 足元の小石を見ながら呟く。ロックやエドガーさんの、あの大仰な驚き方が今でも目に浮かぶ。そんなに変わったものなのだろうか。二人とも大人だから、私を奇異の目で見たりはしない。それでもなんとなく嫌だ。
「せっかくあるものを疎んじるものではないぞ。お前のその力は、備わるべきものとしてお前に宿った。今、お前はそれを恐れているだろう」
「…はい」
「次は慣れる事からはじめなさい。力がどのようなものなのか知らなければ、封印することも出来ないぞ」
 ふと優しい顔つきになってバナンが語り掛ける。
「上手にそれと付き合えれば、それだけでお前は逃げていないことになるのだから」
 黒い瞳の奥のある一筋の哀しみ。きっと、この人は、扱いきれない力に触れ、大切ななにかをなくしたのだろう。私が今、なくしたくないと思ったようなものを。そんなことをふと思った。
「さて…歩哨も戻ってきたようだ。いつまでもここにいては何も決まらない。私は会議室に戻るが、ティナはどうするかね?」
「行きます…」
 バナンが私の名を呼んだ。ティナ、と。彼は、私を道具として扱うのではない。このとき、それを理解した。

「さて、先ほどの続きだ。ティナ、我らリターナーに手を貸してくれるか?」
「私に出来ることなら、なんでも」
「どういう風の吹き回しだいティナ?あんなにいやがっていたじゃないか」
 エドガーさんが不思議そうに振りかえって私を見た。
「エドガー、そんなことはどうでもいいじゃないか。ティナは俺たちに手を貸してくれる。それだけで十分だろ?」
 ロックの言葉にマッシュさんがうんうんとうなづいている。
「…女性の心は、掴みにくいものだな」
 笑いながら言うエドガーさんの顔の端に、なんだかほっとしたような空気を見たのは、私の気のせいだろうか?
「た、大変です!」
 歩哨が部屋に飛び込んできた。全員、何事かと腰を浮かす。
「なんだ!?」
「兵が、帝国が…、大軍で…今、サウスフィガロ…」
「落ち着け。おい、水を持ってきてやれ」
 マッシュさんが立っていたリターナー兵に声をかけ、水を持ってこさせる。それを渡された歩哨は一息で飲み干す。
 深呼吸一つして彼は言った。
「サウスフィガロが、落ちました」
「!!」
 会議室中にさざ波が走る。
「今後コルツ山脈を超えナルシェを攻めるものと…」
「まずいな。コルツのトンネルはこの近くだ…。見つかるかもしれない」
 山に詳しいマッシュさんが呟く。
「ケフカめ…。あの時、チョコボで踏んでいけば良かった」
 冗談とも本気ともとれるようなことをロックがいった。そこへ、黙って話を聞いていたバナンの声がした。
「ロック。君にやってもらうことを変更だ。いつもの手で、帝国をサウスフィガロに足止めしてくれ」
「わかった。いつもの手だな」
 そういうと彼は風のように走っていってしまった。
「残されたわれわれは、レテを行く」
「レテ?あの、魔の激流を?」
 マッシュさんが悲鳴を上げた。なんでも支流が多すぎて、ちゃんと進まないと一生川の上をぐるぐる回ることになるのだとか。
「うむ。この洞窟の奥はレテ川に通じている。そこに筏を置いてあるのだ」
「筏…少数?」
 エドガーさんが腕組をした。
「バナンはわれわれ兄弟と、このティナが守る。残ったものはそれぞれ見つからぬようにナルシェへと急げ!」
 彼はそう命じると、先に立って歩き出した。少し遅れてバナン、私、しんがりにマッシュさん。
「ティナ、落ち着けよ。俺がいるから大丈夫さ」
 どんと胸を叩くマッシュさんが頼もしかった。

 そんなわけで河を下りながら、というより問答無用で流されながら私たちはレテを下っている。
「思っていたより水量が多い。雨季ははまだのはずだが…」
「最近、山が変だったよ。何かが動く、そんな気はしていた」
「じゃあこの水量も?」
「そうかもしれない。………何かいる」
 マッシュさんが警戒の言葉を発した瞬間、目の前の川面が割れた。盛大な水飛沫とともに、大きなタコが現れる。
「ここはとおさへんでーっ!とおるんなら、通行料もらいまひょか!」
 そいつは変な言葉で私たちにしゃべりかけてくる。
「だれがてめぇみたいなみょーな奴にそんなもん出すか!」
「おいマッシュ、落ち着け!」
 エドガーさんがいきり立つマッシュさんを押さえるけれど、一向に効果がない。
「むむむむむ!筋肉だるま!飛んでけーっ!」
 変な怪物が叫ぶのと、私が炎を作り出すのとはほとんど同じだった。マッシュさんは太い太い触手に跳ね飛ばされてどこかへ行き、化け物は私の炎で大火傷を負い、そのまままた水に沈んでいった。
「……一体なんだったのかしら…。マッシュさん、大丈夫かしら…」
「………あいつは、まあ多分、大丈夫だろう…」
 エドガーさんと二人、私はそれ以上何もいえなかった。

TO BE CONTINUED


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