悪い予感は良く当たる

「普通なら、その言葉に何か心を奪われるのね…」
 私の口説きになびいてこなかったこの女性が、部屋を退出する際つぶやいた言葉だった。妙に印象に残っている。けれども、とにかく私はロックと話し合ってこれからを決めなくてはならない。
「で…リターナー側は?」
「出来ればティナをこちらに引き入れて、戦力にしたいといったところだな。フィガロの考えはどうだ?」
「ふむ。彼女のことはとりあえずお前の大事な友人ということで扱ってもらっている。帝国兵だとばれたら、親帝国派が是が非でも引き渡そうとするだろうから」
 少し言葉を切った。
「王として考えるならば、ティナを引き渡し、帝国と有利な関係を結びつづけるのが一番よいだろう。最近帝国は対等なはずのわが国を、占領国のような扱いにしてしまっているからな。だが…、人間として考えるなら、やはりリターナーに協力するのが筋というものだ」
 私は一応、一国を預かる身として帝国を敵に回さないようにしてはいる。しかし、民衆は反帝国主義者が多く、そんな人々が集まって作られた組織リターナーに多少なりとも属していた。私も、協力するならリターナーにつきたい。今は、帝国から離反できる理由を探っているというのが本音だ。ちなみにロックはリターナーとの連絡役として知り合った。
「正当な理由がねぇと、帝国の奴らは一気に攻め込んでくるだろうからな。不可侵条約があるからこそ、フィガロは今のままでいられるんだもんな」
「頭の痛いことだ」
「まったくだ」
 二人して頭を抱え込んだところに大臣が走ってきた。
「陛下!帝国の使者として、ケフカ様がいらっしゃっています!」
「わかった。すぐ行く」
「王様家業も楽じゃないな」
 ロックが冗談めかして言った言葉に、私は肩をすくめるだけだった。

「これはこれは。ケフカ殿、ようこそ」
 それなりの尊敬と歓迎をこめて私は言った。
「相変わらずねーっ、この城はっ!砂ばっかりでまともに歩けもしないじゃないかっ!」
 妙に甲高い声が執務疲れの頭に響く。砂ばっかりだと言われても、ここは砂漠の真中なのだ。しかたがないだろうに。
「それで、今回のご訪問の目的は如何に?」
 心の中の悪態なぞおくびにも出さず、外交用の笑顔を保ったまま聞く。長い間王位にいるせいでこういうことだけはうまくなった。
「用?用なんか決まってるじゃない、うちの兵が一人確保されたって聞いたから、引き渡してもらいに来た」
 これはこれは、ずいぶんと早耳でございますな。
「どこからそんな情報を?ここは砂漠の真中。帝国の兵士なぞ、ここにはおりませぬが?」
 そ知らぬ顔でいってのける。ケフカは意味ありげな笑いを浮かべたまま。
「そうかい?でもナルシェに送った兵が戻らない。そのうちここに来るかも知れぬから、しばらく待たせてもらいますよ」
「どうぞ」
 どうにも腹の読めない男だ。一体何を考えているのか…。
「どう思う、ロック」
 ケフカ一行が部屋を出てからさりげなく聞いてみた。と、天井から男が降ってくる。
「どうったって…。夜のうちにでも、ティナを連れてここから出て行くさ。リターナー本部なら安心だろ」
「それがいいかもな。ここはもう彼女にとって安全じゃない。帝国に戻れば…また道具だ」
 自分から志願した兵士として働くのならいい。それも人生だ。けれど、人を道具にするのは、私の信条に反する。
「じゃ、ティナに伝えてくる」
「ああ。気をつけて」
 そうは言ったものの、私は何か妙な胸騒ぎがした。

 往々にして悪い胸騒ぎというものは当たる。
「何事だ!?」
 深夜、自室で書き物をしていたら城内が突然騒がしくなったのだ。廊下に出て部下たちを呼ぶ。
「だれか、誰かいないのかっ!?」
「ケフカの野郎が火を放った。このままだとみんな焼け死ぬ!」
 ロックがティナを伴って駆けて来た。
「なんだと…」
 私は二人を引き連れて、大臣がいる広間に向かう。そこにはケフカとその従者があざ笑いながら立っていた。
「何の真似です?」
「決まってるじゃない。帝国に反抗したものへの、み・せ・し・め」
 従者とともに笑うケフカを、このときほど憎いと思ったことはない。
「せいぜい逃げ惑うことね」
 高笑いを残して従者とともに去っていった。追って広間の外に出た私たち。
「待てケフカ!」
「なんですか?いまさら命乞い?それならさっさとあの娘を差し出しておけばいいものを…」
「違う!フィガロ国王として宣言する!帝国との間に結ばれた不可侵条約はたった今廃棄!今からフィガロはリターナーに回る!…皇帝にそうお伝え願う」
 にやりと笑って、小塔と本館をつなぐ通路に走った。
「おやおや、ここの王様は薄情だね〜。みんなを残して自分だけ逃げる…」
「大臣、後は頼んだ!」
 そう言うと通路から飛び降りた。真下にはチョコボがいる。見ればロックもティナもちゃんとそれぞれチョコボに乗っているようだ。
「お任せあれ!」
 大臣は全兵士に通達した。そして、この城のもうひとつの姿を形作る。
「見ろケフカ、これがわがフィガロ城の真価だ!砂にもぐるフィガロ城の姿、とくとごろうじろ」
 四つある小塔が本館に集まり出す。燃えている部分もあったが、この国の機械は多少燃えたところでびくともしないのは、この私がよく知っている。砂に潜ってしまえば火も消えるだろう。
「ブラボーフィガロ!」
 潜航する城の周りを歓声を上げながら走り回り、砂の上に取り残されてしまったケフカたちの回りも走った。
「きーっ!何してんのっ!さっさと捕まえちゃいなさい!」
 魔導アーマーと呼ばれる機械に乗った兵士たちが私たちを追いかけてきた。
「おっと…このままじゃつかまるかな」
「のんきなこといってないで、さっさと戦うぞ、エドガー」
「言われなくとも」
 チョコボから降り、私は持ってきていたミスリル製の槍を構えた。まともに考えたら、人より大きな機械相手に、人間がかなうはずはない。だがこれでも機械王国の王。機械の弱点は知り抜いている。
「どんな機械だろうと、接続部分は弱いものさ」
 いいながら穂先を縦横に突き出した。それは正確に間接部を狙い、機動力を奪っていった。
「やるじゃん王様。椅子の上でふんぞり返ってるだけじゃないんだ」
「これでも騎士としての修練も積んでいるよ。ロック、君こそこう言った荒事は、避けて生きてる割にうまくあしらっているじゃないか」
 軽口を叩き合っていると、強烈なレーザーが照射された。かろうじて避ける。が、近づけない。
「まいった…ティナ?」
 ティナがじっと立ったまま何かをつぶやいている。と、彼女が差し出した手のひらから、強烈な炎が巻き起こった。
「…な?」
 魔導アーマーは火だるまと化し、乗っていた人間がほうほうの体で這い出し、逃げていった。ティナはそんな様子をいつもの無表情で見ている。
「ティナ…?い、今のは?」
「すごいだろ、エドガー。ティナは炎を出せるんだ」
 ティナの代わりにロックが能天気な声をかけた。
「ロック、何を能天気なことを言ってるんだ!?今のは…魔法だぞ!」
「ふーん、魔法ね。…………………」
 そんなに反応がない。仕方がないので戦いの間逃がしていたチョコボを呼び戻し、再び走り始める。

 しばらく行った所でようやく反応が戻ってきた。
「魔法だって!?」
「ロック…お前、鈍いぞ」
「うるさい…ってそうじゃない、エドガー、魔法って言ったよな???」
「ああ」
「おまえ、それが何なのかわかってるのか?魔法だぞ、ま・ほ・う!!」
 疾走するチョコボに乗ったまま手を離すと危ない。が、ロックは大仰に驚き、手を離した結果、砂漠に転がり落ちてしまう。しかし、場所が場所だけにたいした怪我もしていないようだ。
「何をしているんだ。ロック、君は今までティナといっしょに旅をしてきたんだろう?まさか、あの炎はただの炎だと思っていたのか?」
「そんなこと考えてる暇なんかなかったんだよ。俺もあれにはかなり助けられたから、悪いもんじゃないと思ってただけだ」
 能天気な男である。そっとため息をつくと、チョコボを走らせるのを止めたティナを見た。こうしてみれば少し痩せぎすな、どこにでもいる少女と変わらない。
「…」
「あの…ティナ?さっきのあれは…」
 恐る恐る聞くと、彼女はうなだれた。
「…わからないの。気がついたときには、炎を操ることを知っていた」
「エドガー」
 ロックが私に耳打ちをする。彼女は家族というものを知る前に、あやつりの輪をつけられたことを。そしてほんの数日前まで、ずっと操られたままであったということを。
「…とまあ、そう言うわけだ」
「そうか。…いやティナ。すまない。君の心を傷つける気はなかったのだ。どんな力を持っていようが、君は君だ。私たちを、信じてくれるかい?」
 答えはなかった。しかし、代わりにほんのかすかに、彼女は微笑んだのだ。
「よし。太陽の位置が今はここだから…」
 同じく微笑を確認したトレジャーハンターが、古風な測り方で方位を割り出す。
「南はこっちだ。王様、どうせサウスフィガロに向かうんだろ?」
「ああ」
「…どこへ?」
 細い声でティナが聞いた。
「とりあえずサウスフィガロという街。さてティナ。君にひとつ質問だ。君は、帝国に戻りたい?」
「…わからない。でも、さっきの人の声。覚えている。とても嫌な、感じ」
 ケフカのことだろう。少女は正しく物事を感じている。
「さっきの人のところには、行きたくない…気がする」
「同感だ。じゃあ、とりあえず私たちと一緒に来てくれるか?合わせたい人が、いる」
 私のほうを見て、はっきりと頷いた。
「で、ロック。君は?」
「俺も行く。ティナを守るって言ったから。魔物はもちろん、毒牙にかけようとする奴からもな」
 …どうやら彼は、私という人間を相当誤解しているらしい。私はただ、女性と一緒にいるのが好きなだけなのだが。

TO BE CONTINUED


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