トレジャーハンターの憂鬱


 またどうでもいいような依頼だと、俺は思っていた。ジュンのおっさんが俺を呼び出すのはよくあることで、そのたびに雑用や汚れ仕事を請け負った。だから今度もそんなようなものだと思っていた。けど、ティナを見たとき、いつものように簡単に終わりそうじゃないと直感した。そして俺の直感は、嫌な内容であればあるほどよく当たる。自慢じゃないが。
「…家族を知らない…」
 人格と自由を奪われてきた間、彼女は道具の中でも殺戮道具に使われていた。そしてそれまでに何十人、何百人もの反帝国勢力を屠ってきた。だけどそれらのことを伝えるのは止めておこう。彼女はいずれ知るだろう。しかし、それは今でなくていい。やっと自分の足で歩き始めたばかりの彼女には、酷過ぎる。知らされた時、俺が傍にいてやれるなら、この少女を守ってやろう。
「ねぇ、先が明るくなってきたみたい」
 後ろについてきたティナが囁いた。しばらく下しか見ていなかったから気がつかなかったが、確かに明るい。外は黎明のようだ。
「急ごう。思ったより時間を食った」
 今のこの時間ならそんなに目立たない。もっと明るく…、日が少しでも差し始めたら、雪が反射して目がつぶれちまう。ナルシェに来るのにサングラスを持ってくるのを忘れたのは痛かった。
「ええ」
 ティナはそれだけいうと俺について走った。
 自慢じゃないが、俺は日々体は鍛えている。足もかなり速い部類に入る。本気を出した俺に追いついた奴はいない。見つからないように普段と同じ様に走ってしまい、彼女がついて来ているか少し不安になった。が、それは杞憂だった。彼女はちゃんと俺の真後ろにいた。少し息が荒くなっているが、まだ走れる、そういう目で俺を見た。
「さすが帝国兵」
 口には出さず呟く。操られていようともちゃんとした訓練は受けているのだろう、基礎体力は十分だ。だから俺はこころおきなく走った。ほんの少し、自尊心を傷つけられたが。

 ナルシェとフィガロの間には砂漠がある。街道が途切れる直前の宿場街で適当な地図を買い、食料などの必需品も買いこむ。通常一週間かかるフィガロまでの行程だが今はそんな悠長な旅ができるわけではない。
「ティナ、これ」
「?」
 護身用の短剣を渡した。さすがに街の近くや街道には魔物は出ないが、これからは砂漠を突っ切ることになる。
「万が一に。そんなことはないと思いたいけどな」
「砂漠には魔物が出るの?」
「そんなに数が多いわけじゃない。けどなかなか凶悪なのが出るときがある。毒さそりが一番厄介かな」
「そう…。ロックの足手まといにならないようにするわね」
「大丈夫だろ。ティナが足手まといなんて、思ったことはない」
 笑いながら俺は返した。そしてふりかえり、目の前に広がる大砂漠に挑み始める。先ほどまで極寒の地にいたことが嘘みたいなほど暑い。
 フィガロからナルシェまで行く行商人たちは普通砂漠を横断しない。ちゃんと道はあるのだ。激流レテの中でかろうじて船が出せるところに港は作られ、そこからコルツ山脈内を掘られた通路を使う。俺も普段ならそこを通る。ただヤバイ仕事をしたときや、今回みたいな場合、見張りが山ほどいるのは分かりきっているので使わない。ジュンもそのあたりを知っているから俺を呼んだんだろう。砂漠での進み方を心得ている俺を。
「なにか聞こえる」
 ティナがあたりを見まわした。
「…静かに」
 そうは言ったものの、正直な話俺にはその音は聞こえなかった。考え事に終始していたせいか、あたりへの警戒心が薄れていたようだ。らしくない。
「ティナ、飛べ!」
 そう言って俺はその場で飛びあがった。直後になにか鋭いものが俺のいたところを通りすぎていく。毒さそりの棘だ。奴らの常套手段である。
「大丈夫?」
 ティナが心配そうに着地した俺を見ていた。答えてやりたいのは山々だが、さそりの棘はまだ飛んでくる。どこだ?一体どこに潜んでやがる!
「下っ!」
 ティナの声に跳躍。その場所には鋭い尾。持っていたナイフを下に構え、本体があると思うあたりに見当をつけて突き刺した。手応えがある。どうやらそんなに小回りが利くようなさそりじゃないらしい。俺の全体重がかかったんだ、絶命してもらわないと…。
「どわっ」
 固い。固すぎる。頑丈な殻に守られそんなに傷ついていないようだ。さそりはあざ笑うかのように仲間を呼び出した。
「ティナ、まずい。逃げるぞ!」
 俺は逃げるにしかずとばかりに走り出したが、彼女はついてこない。俺に反応するどころかぼーっと突っ立ったままだ。
「ティナーっ!!」
 俺は悲鳴を上げた。その直後、暑い砂漠が余計に暑くなった。どこからともなく現れた炎。それは意思あるもののようにうねり、毒さそりを飲み込む。
「おぁ…?」
 ティナがこちらを向いて不思議そうな顔をする。どうやら俺は相当なバカ面をしていたらしい。
「…先に、行かないの?」
 問われてやっと正気に戻った。俺たちは追われる身だ。とりあえず安心できるところまで行かないと…。往々にして人間のほうが魔物より性質が悪いのだから。
 聞きたいことがないわけではない。さっきの炎がどこから来たのか、その炎になぜティナは驚かないのか、などなど。だけど今するべきことはひとつ。
「とにかく行こう。王様がお待ちかねだ」

 砂漠横断すること四日。動けなくなるほど気温のあがる日中は穴を掘ってすごし、夜だけ動いたにしてもかなりの強行軍だった。時々腹を空かせた魔物が襲っては来たものの、俺のナイフ術の前に散っていった。時々は例の炎に助けてはもらったが。蜃気楼にだまされそうになるティナを捕まえに行ったのが一番苦労したことだろうか。
 彼女は、普段はおとなしく俺にしたがっているけれど、こうと決めたらぜったに譲らない頑固さを持っていた。あやつりの輪の呪縛から放たれて芽生えてきた自我のひとつなのだろうけれど、少々面倒だなと思うときもある。
「よし、あれだ」
「…どこ?」
 砂嵐のかなた、かろうじて影が見える。
「ほら。あれが砂漠城フィガロ。ティナをかくまってくれる、親帝国の国だ」
「ああ…たしか、でも、王様が危険だって…」
「ん?覚えてたのか。大丈夫、ティナをナルシェに売るような奴じゃないからな。そんな危険じゃないけど…、ま、一回あってみればわかるかな」
 そう言って俺は肩をすくめた。
 フィガロという国は、その地域性のためたいした特産品などはない。もともとオアシスがあったところに人が集まり、やがてそれが街となり国となったのだ。今でも国というより、旅人たちのオアシスという様相を示している部分が大きい。
「でも、国として存続するなら何かないといけないでしょう?帝国は…他国と貿易できる物がほとんどなかったから…」
 俺がフィガロについて説明していると、ティナからこんな質問が来た。あやつりの輪をつけられつつも、ある程度の教育は受けているようだ。
「まあな。だけど、フィガロには飛びっきりの輸出品がある。何だと思う?」
「…わからない」
 俺はたっぷりを間を持たせてから言った。
「機械、だよ」
「機械?」
 砂漠城フィガロ。別名、機械王国フィガロ。砂に強い機械は、各地域でとても重宝されたのだ。この国独自の開発機構が存在し、その重要性は帝国も十分理解している。だからこそ帝国はここを欲しながらもそんなに強く手は出さないのだ。占領に出ればそんなデータがすべて遺棄されてしまうことは、疑いようもないことだ。
「そうなんだ…。ね、もっと教えて」
「そうしたいのは山々だけど、城門が見えてきた。まずエドガーにあいにいこう」
「エドガー?」
「ここの王様さ」
 言われたティナは少しおびえたような顔をした。

 煩雑な手続きの後、やっと俺たちは謁見を許された。俺一人なら勝手に忍び込んで勝手に会いに行けるが、さすがにティナにまでそれをさせるわけにはいかない。そんなことをしたらあいつのことだ、多分ろくでもないことになるだろう。
「エドガーっ!きたぞっ!」
 広い謁見室に何重も垂れ下がる薄布の、その奥。豪奢な装飾を施された玉座にいる男に声をかけた。そばにいるであろう側近たちの、気に食わなさそうなため息が聞こえてきた。
「なんだいロック。君がまともにやってくるなんて、珍しいじゃないか」
 男の俺が聞いても純粋に格好良いと思うような声が、絹のカーテンの奥から戻ってきた。
「うるさい。たまにはお前から出て来い。こっちには連れがいるんだぞ」
「乱暴だね、相変わらず君は。それにしてもお連れさん?珍しいね」
 カツっと硬い音。どうせエドガーのブーツだろう。俺はティナを連れて布の森に分け入った。彼女はおっかなびっくり、俺の後についてくる。
「元気そうで何より」
 最後の布をめくった時、そこには典型的な美男子が立っている。長い金髪に蒼い目。宮廷中の女をとりこにする美貌。
「で、お連れさんは?」
「ああ、ここにいるこの子だ」
 俺の後ろに隠れるように立っていたティナを前に出した。
「へぇ。これはまたかわいい彼女じゃないか、ロック」
「そんなんじゃない。お前だって知ってるだろ、ナルシェの」
「しってるさ。…レディ、お名前はなんと?」
 突然声をかけられたティナは一瞬体をこわばらせる。つかんでいた俺の腕に力が入った。
「あ…あの…」
「おっと、これは失礼。女性に名を聞くなら、まず自分から名乗らなくては。私はエドガー。エドガー・ロニ・フィガロ。砂漠城フィガロの城主を務めております」
「私…ティナ…って言います…」
「ティナ…」
 おびえながら答える彼女を見て、エドガーは俺のほうを見た。
「ロック。君は何か、彼女に変なことを吹き込んだんじゃないかい?」
「別に。俺は危険はどこにでもあるということを言っただけだぜ?」
 整った眉目に少しだけしわを寄せると、エドガーは壇上から下りてきた。
「ロック。今から少し話し合うか。…ティナは部屋で休むといい」
「あの…私のこと、何も聞かないんですか…?」
 ティナがエドガーの部下に連れられながら聞いた。
「君自身のことが知ることが出来るなら、私はいくらだって聞くよ。好きなタイプはどんな男性かな?とか。魔導の力のことは、一番最後だね」
 これ以上ないという微笑をたたえながらエドガーはいけしゃあしゃあと言ってのけた。だまされた女性は数知れず。これがこの男の、唯一にして最大の悪癖。すなわち、女と見れば猫でも口説くのだ。
「…だから俺はティナを合わせたくなかったんだ」
 がくりとため息をついた。

TO BE CONTINUED


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