「ちょっとそこの聖堂騎士。顔貸せ」
 バルコニーの方から呼びつけられた。機嫌が悪いとまでは行かぬものの、いきなり呼びつけられた気分はそれほどいいものではない。それを声の主に理解させようと若干棘を帯びてケビンは言い返す。が、この場合は相手を見た方がよかったかもしれない。
「なんやっ……って総長!」
「なんだ、『外法狩り』か。ちょうどいい」
「それもう変えましたやん……なんでしょう?」
 幸いにして総長セルナートはケビンの棘に関して何もいうことはなく、花壇の端に煙管を打ち付け灰を落とした。
「ああもう総長、んなことしたらまた大司教に怒られますよ」
「かまわん。誰がこうしたかなどわからんだろう」
「分かりますって。聖堂内でタバコ飲むお方言うたら総長が真っ先に挙げられます。今度きっちり言わなあかんってことですよ?」
「かまわん。その時はその時だ。こちらにまわされる活動費が削減されたら現場にもっと頑張ってもらう事にしよう」
「……なんの用事ですか?」
 これ以上突っ込みを入れつづけてもきっと埒があかない。本題を聞く前から疲れたと心の中でぼやく。どうせ本題も疲れることに違いない。総長に呼ばれることは厄介事を押し付けられるということに等しいのだから。
「せやから他の聖堂騎士は今外回りにでとるんやな。朝おれへんかったんは一生の不覚や……」
 そもそも午前中聖堂にいなかったのは総長の用事を押し付けられたからである。続けては押し付けないだろうと思っていたが甘かった。
「グランセル。行ってこい」
「……えっ? ああ、その……はあ……」
 唐突な命令に面食らった。
「グ・ラ・ン・セ・ル。貴様得意だろう、リベールは」
「得意っちゅーか腐れ縁みたいになってきたいうか……」
 セルナートはもうこれ以上話すことはないとばかりにもう一度煙管に火を入れた。この間まで紙巻煙草を飲んでいたのだが最近煙管も使うようになってきた。ケビン自身はこれの臭いを好きになれないがセルナート総長には似合うと思う。煙管になると破格の攻撃力だ。
 が、煙草を飲む姿をみているだけでは何が何やらさっぱりわからない。追い払われる前に質問を返す。
「何の用事です? 最低限知っとかななんら交渉できませんやん」
「うむ。詳しくはグランセルの大司教に聞くのが一番だ。が、概要としては、リベール王室が教会のブラックボックスに手を出してきたということだ」
「……はぁ……ええ、分かりました」
 これ以上話をする気はないのは見て取れた。もしかするとセルナート自身もこれ以上のことを知らないのかもしれない。
「総長はああ見えてオレらの何倍も仕事かかえてるんよなぁ。オレらレベルでカタが付く仕事は概要しか知らへんこと多いし」
 それでも原因は王室にあることが分かった。それだけで十分だ。そう納得して、いや、自分を無理矢理納得させて飛行艇発着場へ向かった。


「クローゼ姫さん、なんのおつもりなんやろなぁ」
 到着したのが祈りの時間だったのでベンチの端に座りとりとめなく考える。こればかりは火急の用件を携えてきても最優先のまま変わりはない。これが教会で勤めるものの仕事なのだから。
 例の偽聖痕騒ぎからしばらく時間が経ち、そろそろあの仲間たちの動向が気になり始めたタイミングではあった。グランセルに来るのが嬉しくなかったといえば嘘になる。だが理由が理由だけに王室と対立しなければならないかもしれないと思うと、少しだけ憂鬱だった。
「あんまりモメへんよういのっとこ」
 そして早く用事を終わらせて皆に会いに行ったり食を楽しんだりするのだ。それぐらいは女神も大目にみてくれるだろう。
「お待たせいたしました、こちらへ」
「あ、ええ」
 若い修道士に案内されるまま大司教の部屋へ。先ほどまで説教をしていたのだがいつのまにか引っ込んでしまっていたらしい。
「どうもこの街くると調子狂うなぁ」
「何か仰いましたか?」
「いやいや、なんもないよ」
 怪訝そうに首をかしげながらもそれ以上追求はせず、修道士は部屋の戸を開ける。ケビンが中に入るのを見計らって扉が閉まった。
「おひさしゅうございます大司教猊下、本山から来ましたケビン・グラハムです。なんや、グランセルの王室から言われたって聞きましたが」
「おおグラハム騎士。そなたが参ってくれたか。それならば少しはやりやすいであろう」
「あー……こじれにこじれまくってる感じですね」
「それほどこじれてはないと思うのだがね。やはり多少なりとも縁のある人間同士がやりとりするのが一番かと」
「縁……東方のでっかい宗教の考え方ですか。猊下がそんなこというとは」
「おっと、これはここだけで頼む。思ったよりグランセルは東方の思想が流れていて多少なりとも影響を受けるのだ」
「ええですよ。オレもあんまり人のこと言えんわけやし」
 不安そうにケビンをみる老大司教に軽く頷いてみせると明らかにホッとした表情になった。仮にも大司教とあろうものが異教の思想に感化されたとなると大騒ぎになる。場合によっては破門になりかねない。ただそれはケビンも同じ条件である。それに巡回神父として各地回った際、土着の信仰を取り入れて七耀教とはかけ離れたものに変容している時があるのも知っていた。
「そんで本題入りましょ。女王さん、何言うてきはったんですか?」
「女王陛下が、というより王室全体からの依頼書が届いている。こちらを」
 差し出された書簡筒は華美な装飾が施され、よほどのことがかかれているのだと思わすには十分だ。若干怯えつつも受け取り中身を出す。
「……うーん」
「……」
 読み進めていくにつれ眉間に皺が寄ってくるのがわかる。大司教も何も言わずケビンの様子を眺めるだけだ。
 ややあって書面から顔を上げた時、大司教が困った笑顔を向けてきていた。ケビンもどう答えればいいのか分からないので黙っておく。それほどまでに正当性があり、加えて教会にとってあまり嬉しくない依頼だった。
「とりあえず、王城行って来ますわ。直接担当と話したら少しは歩み寄れるでしょ。多分お姫さんやろし」
 書面にはクローゼ個人の名は出ていないがそこかしこに彼女の気配がある。そもそも例の事件を引いてきているのだ、あそこにいたクローゼかユリアの意見がずいぶんと通ったに違いない。
「せやけど……なんでオレなんよ、総長……」
 小さく、小さく。大司教には聞こえないように呟いた。


「まいどー。教会やでー」
 足取りは重いがこの仕事にどうにかメドをつけなければアルテリアに戻れない。半ば投げやりに門番に名乗る。
「……」
 門番はあまりに聖職者らしからぬ風体、言葉遣いに疑惑の目を向けてくる。
「誰か話わかる人おれへん? 聖堂に対する依頼の件、って言うたら分かると思うんやけど」
 そんな視線は慣れっこになってしまっている彼はそのまま来訪目的を告げる。さてこの門番はどれぐらいで自分の中で折り合いをつけるか。新しい門番がいるといつもそうやってからかってしまう。名乗れば恐らく名は知れ渡っているだろうが。
 ケビンが予想していたよりも早く門番は城内に消えた。そしてすぐに案内係がやってきて城内に入る。応対した門番は今もって不安そうな目を向けてきてはいるがあえてそれ以上何もいうことはなくまた職務に戻った。
「ええ鍛えられ方してるな。不審そうな人物にはどんな時であっても警戒わすれへん。ええこっちゃ」
 自分が不審な格好をしていることを棚に上げ満足そうに笑った。
「お久しぶりですケビンさん」
「おお、お久しぶりです、お姫さんにユリアさん」
 にこやかな笑みと共にクローゼが笑っている。傍らにはユリアが控えていて軽く会釈をした。ケビンも少し気が緩み片手を挙げて挨拶。
「これお姫さんの執務室? ここに入るんは初めてやけど」
「陛下の執務室をお借りしております。現在陛下は玉座の間で陳情を聞いていますので」
「へぇ。ええもんいろいろ置いてるなぁ。これなんか黒耀の彫り物やろ?」
「以前教会から、陛下の在位四十年記念で贈って頂いたものです」
「ふーん」
 彫り物をテーブルに戻して奇妙な間が生まれた。クローゼもケビンも本題に入ることに躊躇している。とはいえいつまでも関係のない事を話しつづけるわけにもいかない。覚悟を決めたというようにクローゼが息を吐いた。
「書面の件、ですよね?」
「ええまあ……そうでなけりゃ多分オレ、この国におれへんと思います」
「まさかケビンさんが来てくださるとは思わなかったですが……もう一度かいつまんで説明いたしますね。グランセル王室側としては、教会が保持していると思われる聖痕の情報、また聖堂騎士団の正確な行動状況を開示していただきたいと考えております」
「うん、そうやね。こっちにもそういう風に伝わってる。あの書面書いたんお姫さんやろ?」
「はい」
「やっぱり。なんやそんな気がしたんよ。お姫さんらしい気がした」
 ケビンは軽く溜息をつく。
「……原因は、あの事件?」
「はい、そうです。あの折、自分たちの知らない事を教会側は多く保持しているということを知りました。今後の交流のためにもそういった情報はできるだけ共有しておいた方がいいとの、王室全体の判断です」
 あの事件。今となっては夢のような一幕に思えてならないが、少なからず禍根は残っている。偽聖痕事件の追跡調査を行っていたユリアからケビンに向かって書類が届いていた事も何度かあった。もしかしたらこういうことになるのかもしれないと思いながらも、書類に対してできる限り返答していたのが間違っていたかもしれない。
 けれどケビンとしては、リベール側からしたら当然といえる要求だと思うし、巻き込んでしまった負い目もある。あの事件を経て正味の仲間となったクローゼやユリアたちに何も出来ないままでいることが出来なかった。仲間なら助け合う。当然過ぎて教義にすらないことを本気で実践したいと思った、数少ない存在のために。
「ちょっとオレ個人の判断でどうこう言える問題やないのは分かってくれると思う」
「もちろんその通りです。一朝一夕に解決する問題とはこちらも思っておりません。ですが少しずつでも話し合いを行い、やがて必要以上の秘密主義がなくなればと思っています」
「それがリベールの公式見解ということでええですか?」
「はい。しかるべき筋にお伝えいただければと」
「うーん……」
 本気で総長はどういうつもりで自分をこんな話に噛ませたのだ。自分ではない方が教会の為になる方向へいくだろうのに。自分だときっとリベール寄りになってしまう。
「……今から話すことはオレの個人的な話であって、決して教会の意向とは思わんとってくださいね。今この場だけの話っちゅーことで」
「はい、なんでしょうか」
「……オレとしても聖痕やらの話はきちんと言うたほうがええとは思っとる。お姫さんら、思いっきり被害者やしな。そんで、その件を上に伝える事は別にかまへん。けどそこで絶対出てくるのは、「ほなリベールは教会に対してなんの情報を開示してくれるんか」ってこと」
「そうですね。そういうことを無視してしまうと教会と袂を分かつ事になりかねないのは理解しています。そしてそれはわが国にとって僅かにも有益ではない事も」
 一旦言葉を切ってしばし考えるそぶりをみせるクローゼ。
「ここからは私個人の考えということで。もしかしたらそういうこともあるかもしれない、程度に聞いておいてくださいね」
 前置きしてから微笑んだ。
「多少融通はする用意はあります。それと、これは直接関係ないかもしれませんが、辺境の小国に対し快く応じる姿勢は教会にとってプラスのイメージになるのではないか、と」
「……うーん。それも一理あるような気がするなぁ。ああもう、オレの頭じゃいっぱいいっぱいや……」
 いつのまにかおかれていた紅茶を一息で飲む。クローゼに向かってそういいながらも頭の中では、教会単独で保持している戦力と、リベール近隣の戦力を合わせた計算が目まぐるしく行われていた。もちろん帝国にしても共和国にしても教会とやりあうとは現実的に思えないものの、必ずしもそうなるとは言い切れない分不気味さをかもし出していた。
「とりあえずそゆことでええですか? オフレコの部分はともかく、リベールの真意としては、「被害者として正当な権利を行使して、情報の開示をもとめる」ってことで」
「問題ありません。お互いにとってよき方向へ向かうよう。エイドスの保護のもとに」
「そやね、エイドスの保護のもとに」
 ケビンが立ち上がり手を差し出す。クローゼも躊躇わずその手を握り締めた。
「ユリアさん。ケビンさんをお送りしてください」
「かしこまりました」
 会談の間中ずっと黙って控えていたユリアが応じた。開け放たれるドアを遠慮なく通る。
「ふはー。なあユリアさん、お姫さん凄みがでてきたなぁ。ありゃ今の陛下以上に凄いお方になるんちゃう? オレもうガクガクしとったで」
「ご冗談を。そう仰りながらそんなそぶりはひとつも見えませんでしたよ、神父殿」
「ええっ、そんなことないでー。オレの小さなハートはもう壊れそうやったもん」
 冗談めかして言うと今日初めてユリアが笑った。クローゼもいい顔をしていたがユリアもつき物が落ちたようにゆったりしたいい顔をしている。
「こりゃリベールは、本気で要注目やって言っとかなあかんなぁ」
「?」
 怪訝そうな顔になったユリアになんでもないと手を振った。


 遠く離れたアルテリアの大聖堂内。リースは傍らで苦い顔をしているセルナートに聞いた。
「……ところで総長。なぜケビンだったんですか?」
「偶々そこにいたからだ」
「……それ、あとお一人でやってください」
 淡々と言いリースはセルナートに何かのリストを渡しその場を離れようとした。慌てた声でセルナートが止める。
「アイツの報告書読んでたらアイツがいいと思うだろう、誰だって。少しは教会内部の風通しだってよくしなきゃ、いずれ腐っちまう」
「そういうことだったのですね。確かに彼が適任」
「だろう。私も見ていないようで見ているだろう、リース」
「……リストの残り、まだまだあるみたいですがご自分でお掃除お願いいたします」
「り、リース! それはないぞ! 総長命令だ、灰の後片付けを手伝え!」
「……」
 あからさまに見えるよう大きくリースは溜息をついた。ついにセルナートの悪癖が正式に罰則規定を伴って処断されたのだ。ついであちこちに残されている忘れ物をきちんと掃除していくように言われてしまった。
「まったく、教主殿も大目に見てくれればいいものを」
「そもそも大聖堂は禁煙です」
「煙草の一つや二つ吸わないでどうして長ができるか!」
「……」
 何も言わずリースはその場から立ち去ろうとした。けれど気付いたセルナートに肩をがっしりと捕まれる。
「この後美味い物をおごるから。な? そうだな、暖かく具材タップリのシチューなんかどうだ? すぐ売り切れる食堂の」
「……鶏のアルテリア風塩焼きも追加で」
 たかが准騎士を買収にかかる総長も総長だが、それに付けこんで報酬を要求する自分も同じ穴の人間だとそっと肩を竦めるのだった。


Ende.


 リベールというか、巻き込まれたクローゼとしてははっきりした事が知りたいのは当然だろうし、教会側としては秘匿しておきたいことだと思う聖痕関連。その後の調査をする云々の話はあったと思うのでこんな感じに。さて総長の思惑はどこに。
 てーか総長の性格はこれでいいのかw

戻る