路地を曲がって大通りに出たところで面食らった。突然の声に辺りで作業をしていたもの全員が手を止めている。シェラザードもその中にきっちりと入っていた。
「……ギルドから?」
 これはまた誰かがアイナとやりあっているのだろう。ああ見えて言う事はきっぱりしている、いやきっぱりし過ぎているアイナだ、たまに遊撃士と意見が正面衝突をして激しい応酬を繰り返すことがある。
「ちょっと後回しにしよう」
 いくらやりあったとはいえどもそこはプロの受付、遊撃士とのイライラを別の遊撃士に向けることはしない。けれど本人が自覚しているのかいないのか、やはり言葉の端々に険が混じるのだ。シェラザードも仕事を終わらせてきたばかりで疲れている。普段なら気にならない険が余計なイライラにつながってしまった事を苦々しく思い出した。
 後回しにするかそれともさっさと報告を終わらせてしまうか。逡巡し足の運びが少し遅くなる。それがよかったのか、大通りを横切ろうとしている時に勢いよくギルドの扉が開いた。元のスピードのままなら出てきた人物と激突していたに違いない。
「シェラ姉!」
「えっ……なんだ、エステルか」
 長い髪をなびかせて飛び出してきたのは昔から知る少女。しばらくは国外に出ていたが半年振りくらいに戻ってきていた。
「どうしたの。アイナとやりあった?」
「えっ、アイナさん? 何で?」
「だってさっき大声聞こえてきたわよ。この辺り一帯に」
「……」
 見る間に顔が赤くなる。
「一度や二度はやるのよ、遊撃士対アイナは。で、なに。何が原因?」
「いや、えと、アイナさんじゃなくてヨシュアなの」
「……へぇ?」
 珍しいことだと思う。いつも周りが辟易するぐらいの状況で、最初のころは相違もあった意見が一発で一致することも少なくない。昨日戻ってきたばかりの妹と弟。
「まあいいわ、あたしの家に来なさい。ここじゃ話すことも離せないでしょ」
「……」
 すっかり意気消沈した表情でもシェラザードの後をついて来た。


 商店が立ち並ぶ通りを二本ほど中に入った通りに古いアパルトメントが建つ並びがある。奇跡的に戦火を免れた一帯で戦役前からの建造物が残っているのだがすんでいる人間は戦役後に越してきたものが多い。シェラザードもその一人で、遊撃士として身を立て始めてからしばらくしてここに入った。
 古く使い勝手が悪い部分もあったが一箇所に定住するということが無かったシェラザードにとっては初めての城。好きなように装飾を施して過ごしている。
「飲み物はないけど。しばらく仕事に出てて火もぜんぜん入れてないのよね。だからお菓子だけ」
 手にしていたかばんから焼き菓子を取り出し皿に並べる。
「あ、これってボースマーケットでしか売ってないやつだ」
「そ。十日ばかりボースで仕事してたのあなたたちが帰ってきたことでうっかり忘れてたけど報告しに来たところだったわけ」
「ごめんシェラ姉」
「謝ることはないわ。むしろ、まだ貴女に対してお姉さんでいられるんだから」
 片目を閉じて見せるとエステルは一瞬どういう顔をしていいのかわからなかったようだが、駄目押しでお菓子を進めるとようやく表情が緩んだ。
「さてどういうことなの? 今朝は新婚もかくやって勢いで回り巻き込んでたじゃない。カシウスさんも逃げ出す勢いで」
「そんなつもり無いってば」
「そういうことにしといてあげるわ」
 シェラザードの茶化しにしばらく顔を白黒させていたものの、やがてゆっくりと顛末を語り始めた。
 そもそもは挨拶に行ったギルドで仕事を請けようとエステルが言い出したのが始まりで、ヨシュアはあまり乗り気ではなかった。それに気づかず嬉々として掲示板から仕事をとったが、たまたまその依頼主が悪評の多い人間でその話になった。
「……それで? まあ想像つかないことも無いけど」
「あたしはそんなのいやなんだ。悪評立ってるって言ったってあたしは直接その人は知らない。依頼に出てる以上アイナさんがきっちり確認して張ってるんだし、困ってるってことじゃない。それでちょっとね」
「あんたらしいわ。そんなところじゃないかって思ったけど」
 薄い焼き菓子を手にとって一口、軽快な音を立てて噛みとる。
「あたしは直接知らない人のことを悪く言いたくなんてないし、それで依頼をうけるとかうけないとか決めたくないだけなのに」
「世の中はどちらかって言うと、ヨシュアの生き方で生きてる人のほうが多いけどね。あんたみたいなのも少しはいるもんよ。……さすがのあんたたちでも喧嘩になったかぁ。だから疲れてるのに仕事入れるのはやめとけって言ったじゃない。あたし、最初に教えたと思うんだけど」
「うん……そうだね、そうだったよシェラ姉」
「気のあった長年の相方だって、疲れてると気が立つもんなんだから。今度から気をつけなさい」
 わかった、と頷くエステル。
「それで、依頼はどうしたの? 結局うけずじまい?」
「ううん。売り言葉に買い言葉で、あたしだけ受けたことになった」
 手帳にはさんでいた紙をシェラザードに渡す。
「ふーん。飼ってた猫が行方不明で探してくれって事ね。死んでてもいいから見つけてほしい、か」
「そこまで言うってことはよっぽどその子のことをかわいがってたってことでしょ?」
「動物を愛する人に本心から悪い人はいないって言うけどね。まあいいわ、あんたこれうけたんでしょ。でも一人じゃ大変なのよね、この手の依頼。だから手伝ってあげるわ」
「いいの?」
「ここまで首突っ込んじゃったんだし良いも悪いも。けど」
 その前に、とはやるエステルの前に指を一本突き出す。
「あたしの仕事の、報告が終わってからね」


 報告の帰りにヨシュアと鉢合わせした。
「なんだ、ヨシュアじゃない」
「シェラさん……」
「貴方の可愛いあの子は家に帰ったわよ」
「えっ……その、はあ……」
 色々と経験しているらしいヨシュアではあるがこの手のからかいにはシェラザードに分がある。何か言い返そうとしたものの、結局困った顔で頷くだけになった。
「ま、あの子の好きなようにさせてあげなさい。どういう風に転がるかは依頼が片付いてのお楽しみってところね」
「はい……」
「堂々とついてきてもいいけど影ながらついてきてくれても構わないからね。危ない事になったらちゃんと助けなさいよ、エステルだけじゃなくてあたしも」
「もちろんです」
 返事を聞きながらどうだか、と心で舌を出した。エステルと二人同時に危機に陥って、エステルしか見えていないヨシュアに辟易したことは一度や二度ではなかったのだから。
「何か言いました?」
「ううん、なーんにも行ってないわ。ほらさっさとあんたも家に帰りなさい。エステルとカシウスさんが首長くして、夕食の前で待ってるだろうから」
「シェラさんは、あの依頼人の事を知ってるんですか?」
「ん? 知らないわよ。噂は聞こえてくるけどね」
「そうですか」
 何か言いたそうにシェラザードを見る少年。けれどそれに気付かない振りをして手を振った。
「じゃ、あたしも帰るわね。また明日」
 軽く言いきびすを返す。表情には出さないがいろいろな事を考えながら歩いた。
 エステルが言ったことはシェラザードもなんとなく感じていて、けれど噂を通じての人物像が強く印象付けられてから本人と相対することがほとんどだった。本当にこれで良いのかともっと若い頃、そう、彼女がエステルの年と同じ頃、悩んだ覚えもあった。
「よく知らないのに他から吹き込まれたことで判断下していくのって、やっぱり恐いわ」
 けれど、よほど嫌われていて根も葉もない噂を流される以外は必ず自身に原因があるもの。流れている噂を全否定してしまう事は情報収集するに当たって酷く制限を受けてしまう。そのジレンマに苦しんだ事もある。
 いい機会だ、と夕暮れ時、夕餉の香りをかいでふと思う。自分で直接本人と会い自分で判断してみよう。噂の事を頭から完全に追い出すことは難しいが頑張ってみよう。
「果てさて、噂が正しいか間違ってるのか」
 それよりも、噂と言う、もとより流れている情報とどうやって向き合うのか。そっちの方が大きな焦点になりそう。
 まだまだ学ぶことばかりだ。そんなことを考えたが、露店でみずみずしい野菜が目に入り一気にそちらに意識を押し流されていくのだった。


Ende.


 もうちょっと長い予定だったのですが後半全部切りました。私が結果出すことでもないような気がして。いろんな場合があってしかるべきもんだと思います。
 けど人からの話でその人全部を判断するのはちょっと悲しいかも。

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