ええとなに、試作品? これに向かって話すればいいわけ? じゃ協力してあげる。何の話をしようかしら。……ん? 何か気になることでもある?
 ……鞭? ええ、確かに使ってる。好きかって言われても……一番自分に扱いやすいから使ってるだけのこと。正直そんな風に言われたって、あたしにはまったく興味の無いこと。え? ……まったくしつこいわね。どうしてそんなに聞きたがるのさ。……ちょっと、だんまりはルール違反よ。もう二本ぐらい旬の高級ワイン追加ね。
 嫌ならはっきり言いなさいな。あたしははっきりしないのは嫌いなの。で、なんなのさ。あんたが「鞭」ってことに拘る理由は。……そんなことなんだ。また物好きね。くだらないとまでは言わないけど。うん、そうね。雨夜長夜の手慰みで少しくらいなら話してあげてもいいわ。ワインも美味しいし。

 鞭。知ってると思うけど、あたしが使ってるタイプは正確に言うと武器用には向いてない。素人さんがコイツ片手に魔獣に立ち向かったって無理ね。たとえ全ての武器に習熟してる人でも。習熟してる人ほどこんなもの武器になんか使わないと思うし。倒すのに有効な道具はいくらだってあるじゃない。その辺に落ちてる、ちょっとしっかりした枝の方が鞭なんか使うより早く状況打破できる。これだけは確実。鞭って言ってもいろいろあるわけで、本気で武器にしたいなら固めの、そうね、ちょっとしなるくらいがいい棒切れがいい。ちょっとしなった方が音で威嚇できる。
 あたしが使ってるのは、まあ拷問用と言われてるタイプ。よく言えば……いいんだか悪いんだかよくわかんないけど、家畜に調教する時に使う奴で、殺しちゃったら困るから基本、そんなに殺傷能力はないのよ。……ちょっとあんた、あたしにそれ以上言わせる気!? もう三本追加ねマスター!
 うん、これもおいしい! じゃあ続き行くわね。ほら、せっかく講義してあげるんだからテーブルにつっぷしてないでちゃんと聞きなさい。え、講義じゃないって? いいの、こんなのノリよノリ。……で、要するに慣れてない人間だと紐っぽくなってる鞭は武器としては使用できない。それでしつけられてる家畜なら鞭の音を聞くだけで大人しくなるけど、何よりその音を出すのが大変なわけよ。どの武器でも一緒だとは思うんだけど、剣や銃だと最初から相手を倒す為のものってわかるしそのように使えるけど、鞭はちょっとそうは思えないわけで。……話ずれてるわね。あたしが鞭を使ってる理由、だっけ。
 ……お酒入ってるから言えるけど、あたしにもド素人な時代ってのはあるわけよ。そうね、もうどれぐらい前になるかしら、遊撃士になって、でも自分の得物がまだ固定してなかった時期の話。

 そのころあたしは鞭なんて全然選択肢に入れてなかった。当然持ってないし、持ってた武器は汎用型の戦術オーブメントとナイフ二本だったかな。何で汎用型なんだって? その頃まだ遊撃士それぞれに調整したオーブメントなんて配布、してくれてなかったの。それが許されたのは貴族や軍人だけ。だから全スロット属性固定な汎用型を配ってくれてた。当然そんなにたいしたアーツが使えるわけじゃなかったし、もうほとんど水属性しかいれずに回復専用にしてた時期だってあった。だからこそ得物の選択って本当に重要。ちょっと話がそれるけどあの頃、遊撃士協会の会議室ってほとんど機能してなかったのよ。そ。所属の遊撃士が武器や防具を置いておくスペースだった。山道行くなら山岳仕様装備、街中で大捕り物するならそんなに大きくなくて携帯性に優れた、けど抜群の効果がもたらされる武器。どこかの用心棒をしばらくするなら威嚇も含めて大物武器。そんな風にそれぞれ区切って使ってた。今ほど遊撃士が多かったわけじゃないからそんなことができたんでしょうけど……。
 あたし自身は山道踏破しなきゃいけないような依頼はほとんど受けてなかったからナイフとか短めの剣とか使ってた。そうよ、剣も使ってた。エキゾチックだって? なんかまたミョーな想像してるんでしょ。想像するのは勝手だけど外に出たら妄想になるし、その妄想を他人に押し付けたら変態になるのよ、覚えときなさい。とにかく剣はつかってたんだけどものすごく使いにくかった。時々講習やってるから時間が許す限り受けたりはしてたけどやっぱり駄目なのね。あの時ほど武器との相性を憎んだことはない。棒も触ったし弓矢はどうだろうって思ったし、拳でどこまでいけるかってのもやってみた。懐かしいわ……。
 でもそうやって武器であれこれ一日を無駄にするわけにはいかないじゃない? ちゃんと仕事もしないといけないわけだしさ、ご飯食べなきゃ。そんなときに受けたの、あの依頼。内容自身は凄く簡単だった。畑荒しがいるからそれを捕まえてくれってやつ。でも条件がね、生け捕り以外認めないっての。檻置かれてさ。最初の掲示では全然そんなの書いてなくて、完全に依頼主の気紛れというか我侭というか……。ちっちゃい子どもがいて、子どもの前で殺生は嫌だってことで。なんとなく嫌な予感はしたんだけど、アーツだってたいしたもの使えないしナイフくらいでは多分死にはしないだろうってそこで断らなかった。
 そこで断ってたらどうなってたのかな、ってたまに思う。今だったらあたしたちでも各個人用の調整済み戦術オーブメント持ってるから気にしてなかったかもしれない。……その畑荒しは夜じゃなくて早朝来た。近所の畜農家が家畜をちょうど小屋から出してきてたタイミングだった。そんなの全然気にせず、荒しは小さな動物だったから闘争を阻む意味で火を飛ばした。それがねぇ……。今でも「なんで!」って思うけど、偶々、ほんとに偶々風が吹いた。強めの風。どうなったかわかる? わかんない? 要するに火の粉がたくさん飛んで、牛の尻尾に移ったわけよ。
 もう大パニック。牛は暴れて尻尾の火を消そうとするし、その暴走が周囲の家畜に伝染して好き勝手に咆哮始めて暴れ始めるし。とっくに畑荒しがいなくなってるのも気付かないほどあたりはうるさかった。近所の人間も起きてきてなんか言ってたけどあたしはそれどころじゃない。周りで大混乱に陥ってる家畜がいるのよ。一歩間違ったら踏み潰されかねないから、ほんと動けなかった。情けないくらい。その頃には多少依頼もこなすようになってたから余計にキツかった。だって明らかにあたしの失策だもん。もうきっと潰されて死ぬんだーって思った。
 ……そういうことよ。近に小屋があってその壁にかかってたのが牛追い用の鞭。触ったことはないけどどういうものかはわかるし、どう使えばいいのか悩むことは無かった。本当は触りたくなかったんだと思うけど……その辺は想像に任せるわ。最初はあの音、全くでなかった。死に物狂いで振り回して、ちょっと髪の毛に引っ掛けたりなんかして痛くて、でも周りの咆哮に負けないほどの音が出したくて。
 それが出た時、一瞬静かになった。またすぐに吠え始めたからもう一回。今度はそんなに手間取らなかった。三回、四回って音を鳴らすうちに牛たちはすっかり大人しくなって小屋に戻っていっちゃった。あんまりにもあっけなく。

 それからどうしたって? もちろん怒られたわよ。あたしに対する依頼は取り消し、再度掲示行き。遊撃士協会からもこっぴどく怒られてしばらくの間依頼受けられなくなった。でもね、あたしはそれでよかった。その間に鞭の使い方を学んだ。
 何も倒す為だけに得物を振り回す必要って無いじゃない。つまり、あたしやあたしの仲間を守るだけの抵抗ができるのなら。その意味で鞭は優れてると思う。リーチ長いから下手に近寄れないってのと、なによりあの音。あの音聞いたら誰だって肩竦めて動かなくなる。その隙にどうにかして戦闘意欲を奪っていけばいいわけだから。ちょっと、なによそのニヤニヤ顔。え? ……もう一度言ってみる勇気ある? 言うに事欠いて「似合わない」ってなによ! もう怒った、マスター、お店中の高級酒ぜんぶ空けてちょうだい! 皆に振舞い酒よ!
 ふふ、少しは後悔した? 口は災いの元っていう言葉が東方にあるわけだし。長々話ししたけど、あたしの得物……鞭は守りの為の得物。それでいいと思ってる。もちろんアーツに関してもそんな風に思ってる。昔よりいろんなことができるようになった分、気を付けて扱わなきゃいけないものにはなったけどさ。たまにある、攻めの戦いの時に役に立ってくれてるから、あたしは今の得物を変える気は今のところないわね。
 はー、話しつかれてのど渇いちゃったわ。今晩はおごりだし、心置きなく飲めるわね。


  (註;試作品音声記録クォーツ破損の為以下再生不可能。なお、発見時はアルコール臭のきつい水溜りの中に落ち込んでいた)


Ende.


 数年に一回くらい書いてみたくなる一人称。頗る付きに苦手なのはよくわかった。三人称視点がよっぽど楽だ。ノベルゲのテキストライターってすごいよね、いつも思う。最初はインタビュー形式にしてみるのもアリかなとおもったけど、シェラ姉の語りだけにしてみました。シェラ姉の鞭は武器にするには向いてない。一撃必殺というよりサポートだと思う。

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