夏の終わりに一風変わった依頼が出された。内容をちらりと見たところそれほど難しそうな依頼ではない。けれどまず今抱えている護衛の依頼をどうにかしないと、仕事のいれ過ぎだとシェラザードは思った。
「簡単で結構いい値がついてるから、帰ってきた頃にはもうないだろうなぁ」
 残念だがこれも時の運と、依頼人と共にロレントを出発した。道中はたいしたこともなく、魔獣は適当に吹き飛ばすだけで終わる。なんとなく物足りないと思いながら王都までたどり着いた。
「ありがとうお嬢さん。一度王都には来てみたかった」
「お安い御用よ。また縁があったら使ってね」
 依頼人の老人は、道中シェラザードのことをずっとお嬢さんと呼んでいて、シェラザードもなんとなくそれが嬉しかった。飛行船で行けば早いがどうしても空を飛ぶということが信じられず、徒歩でしか王都に向かう気はないと家族に宣言した頑固な老人だったが、シェラザードは特に衝突することもなく旅をしたのだった。
「さてと、戻って報告しないとねー」
 といいつつも王都のギルドに顔をだした。せっかく王都まで来たのなら滞在もしたい。ただ滞在するのではなく、仕事もできればお金も稼げて一石二鳥だ。
「……あれ?」
 掲示板を見ているとどこかで見たような依頼がある。
「エルナンさん、これって何?」
「どうしました?」
 掲示板までエルナンがやってきたので黙って指差した。ロレントでも見た依頼。
「これですか。これは、リベール中のギルドはもちろん興信所に出されたようですね。ちょっと特殊で、解決に至るまで少し長くかかりそうです。ほら、期限は無制限に」
「あ、ほんと」
 簡単な内容と報酬額しか見ていなかったのでそこまでは気がつかなかった。よくよく見てみると、詳細は受付に聞けとなっている。
「これ、やってみるわ。詳細はエルナンさんがしってるのよね」
「というより、説明会の案内書類を受付が保管しているということになります。こちらになります」
「説明会って……」
 渡された紙に日時と場所がかかれている。
「それが直近の説明会ですね。詳しい話は王城のホールで行われるそうですので、そちらで」
「う、うん……」
「あと、この依頼は特例で、『完了した段階で依頼を受ける』という形を取らせて頂いております。その性質上、どうも受けても解決不可能というパターンが出てしまっていますので」
 にこにこと笑みを絶やさない優男の顔を見ていて少し早まったかなと後悔していた女だが、解決しなければ依頼を受けたことにならないと聞いて少し安心した。

 壇上に出てきたのは親衛隊の一人。知らない顔なのでアルセイユ組ではないのだろう。集まった二十人程度の人間の前で始めた説明は雲を掴むような話だった。
 ことの始まりは、王城の書物を陰干ししたときに始まったそうだ。食べ物についての書物だったそうだが、何かの果物に調味料をかけると劇的に美味になると記されていた。けれど肝心の果物や調味料の名前が虫食いにあって読めない。これについての情報が欲しいとのことだ。
「……複製の本がこれね。確かに虫食いだわ」
 渡された資料を確認していると、周りから呆れにも似た溜息がいくつも聞こえてくる。気持ちはわからないでもない、とシェラザードも心の中で舌を出した。
 周りに耳を済ませてみると、リベール寄りの帝国や共和国地方都市にも依頼が出されているようで、説明会とあわせて行われている情報受付の場所は大変な人だかり。こんな調子ならすぐに解決するだろうと思い、資料を手帳に挟んで王城を出て行こうとした。
「シェラザードさん!」
「えっ?」
 知った声がどこからか降ってきた。辺りを見回していると謁見の間からクローゼが手を振っている。こちらも振りかえした。
「お久しぶりです!」
「ほんとね! 元気してる!?」
「ええ!」
 二階と一階で怒鳴りあうように話すのもなんなので、出て行きかかった足を後戻りさせ二階へあがった。
「あれ以来よね。女王様修行、慣れた?」
「まだまだです。本当に学ばなければいけないことがたくさんあって」
「あんまり根詰めすぎちゃ駄目よ。お姫様はまじめすぎるんだから」
 シェラザードのぞんざいな口ぶりに近くを警備していた隊士が眉をひそめている。そんなことは知ったこっちゃないわとクローゼをからかい、真っ赤になるのを優しく見守った。その間にも下では情報提供者がひっきりなしにやってきてざわざわとしている。
「賑やかねぇ」
「こんなに賑やかになるとは思いませんでした」
「ん?」
「実は、私なんです。あの依頼を出したのは」
「そうなんだ……」
「美味しいものがあるなら食べてみたいと料理長と意気投合してしまって……。いっそやるなら思いっきりと」
「一体どの範囲まで依頼出したの?」
「そうですね……リベール全域、帝国南西部、共和国北部一帯のギルド、興信所に酒場へ。帝都にも広がっているようで、そちらから通信文が届いてくることも」
「帝都ぉ?」
 それはまた思い切った行動だ。思っていたより広い範囲にこの話は流通しているようである。
「それだけ広く噂流してたらすぐ片付いちゃいそうね。あたしも一応資料はもらったんだけど、大人しくロレントに戻ろうと思ってるとこ」
 肩を竦めて言うとクローゼがシェラザードの顔をじっとみた。
「今は、何にも依頼は受けていないんですか?」
「ちょうどこっちに来る用事があったんだけどね。依頼は受けてないわ」
「では……私の個人的な依頼、お願いしても良いですか? シェラザードさんじゃないときっと無理です……」
「……」
 真剣なその様子に笑いを引っ込めた。
「どういうこと?」
「見てから考えて頂いていいので……こちらです」
 案内された部屋は、昔一度泊まった事がある客室とよく似ていた。けれど部屋いっぱいにテーブルが置かれ、その上に書類が山積みになっている。
「これの……整理が進まなくて……私もやっているんですが。城の他の方に頼むわけにも行かず、一部屋占領するまでになってしまいました」
 段々わかってきた。
「要は、あたしにこれを整理して欲しいってこと?」
 黙って頷く。だがさすがにすぐにはいと言える量ではない。
「シェラザードさん、資料の整理が上手いから……ずっと見てて、綺麗に読みやすく整理してくれるなぁって」
「おだてても何にもでないけど……」
 まあ、悪い気はしない。王城秘蔵の酒五本で手を打つことにした。

 数日たって城にルグランが来た。ボースで溜まった情報を直接持ってきたそうだ。
「おや、お前さんはロレントの……」
「久しぶりね爺さん。元気してる?」
「ああ。わしは元気だ。ところで何をしておる」
「見てのとおり、資料整理」
 初めてシェラザードがこの部屋に入ったときとは全く様相が違う。もってこられた棚に整然と並ぶファイル。その中も系統立てて分類がされていて、もちろん提供者名、日時、簡単な住所と連絡先もそれぞれに入っている。クローゼも手伝っていてルグランに挨拶しながら、シェラザードの手際のよさを褒めていた。
「なるほどのぉ。よい特技じゃの」
「そうなのかしら。あたしとしては当たり前なんだけどね」
「ほっほっほ。そりゃいい。ところで情報自体はどうなんだ?」
「そうね……」
 手近なファイルを繰る。クローゼと料理長と、時々フィリップが混じって情報を検証しつづけている。シェラザードは検証中には近寄らないことにしていた。下手に近づいて、とんでもない味のものを食べさされたらたまらない。何回かに一度は主にフィリップが渋い顔をして水を大量に飲んでいる場面に出くわしている為、余計である。フィリップの都合がつかないときはクローゼと料理長だけでなんともいえない顔をしていたり、通りすがりのヒルダやユリアを捕まえて味見をしている。
「調味料は塩とか、しょうゆとか、ミソとかその辺。塩辛い系みたい」
「ほうほう。それではますますわしが役に立てそうじゃ」
「どういうことですか?」
 クローゼが問いかけ、ルグランは持っていた資料をテーブルの上に降ろす。それを整理しながら聞くともなしに聞いた話は、彼がまだ少年だった頃に食べたことがあるかもしれないというもの。誰かボース所属の遊撃士似た頼めば良いのに自分で書類を持ち込んだのは、これを直接話すためだと上機嫌だ。
「本当ですか? 詳細を教えていただきますか?」
 クローゼが一言も聞き漏らすまいと筆記具を構えて老人を見る。ルグランはルグランでそんな様子を面白がっているのか、シェラザードにウインクを送ったりしてもったいぶっていた。
「そうじゃのう。ずいぶんともう昔の話じゃからのう。正確にどこで食べたかというのは思いだせん。その頃は父親の行商について西へ東へ、果ては海を越えて出かけていったもんじゃ」
 懐かしむように目を閉じた。聞きながらシェラザードは、思い当たる地域のファイルを出してくる。それと照らし合わせながらルグランの思い出話に耳を傾けた。
 思ったより長く思い出話が続きさすがのクローゼも疲れが見え始めてきた。それでも、行動の端々に疲れはあるものの決して顔には出さないのはさすがだとシェラザードは思う。とはいえどもそんな試練を課しつづけるのも、嫌な年上女と見られかねないので助け舟を出すことにした。
「で、どんな果物だったのさ。爺さんが言ってるところの情報当たってみても、数が多すぎて絞れないのよ」
「……確か、赤い果肉だった」
 横槍に少しだけ不機嫌そうな顔をしたがすぐに気を取り直す。
「赤い果肉ね……赤……赤、と。この辺かな」
「かなりサッパリした、水気の多いもんじゃったと思う」
「暑いときに良さそうですね」
 少女が入れた合いの手に目を輝かせた。
「そうじゃそうじゃ、確かに暑い夏の日に食べた記憶があるぞ」
「夏に美味しいってことは、夏に獲れるってことよね。リベールじゃあんまりないけど……」
 そして、それ以上はいくらクローゼが食い下がろうとルグランは思い出せなかった。シェラザードは仕方がないと落ちた肩を叩く。
「大分絞れたじゃない。海の向こうのほうには、ルーアンで情報募ったらでてくるかもよ? 幸い帝国にも共和国にも知り合いはいるんだから人海戦術でいけばいいのよ」
「そう……ですね。せっかくここまで来たんですし」
「よしきた。じゃ、特別ルートで帝都の飲み仲間に連絡はいれとくわね」
「それって……」
「ええ、オリビエよ。時々連絡が来るからその返事書かないといけないのよ。ついでに入れておくわ」
「では私は、ギルドを通じてアガットさんやジンさん、キリカさんに連絡をとってみます。いい情報見つかるといいですね」
 にこりと笑うクローゼを見てまた資料整理に戻った。勘違いした男子も多いだろうなと場違いなことを考えつつ。

『おそらくこの果物のことだと思われるよ。帝国ではヴァッサメローネと呼ばれている、夏にとても美味しくなる果物だ。そろそろ収穫時期が終わるので手に入れにくくなるだろう。もし食べたくなったら辛いと思うので同時に送らせてもらうよ。このお礼はキミの熱いベーゼでお願いする』
『多分これのことだと思う。キリカがそういうからまあ間違いはないだろう。もう時期違いだから、店頭からなくなる前に念のため送っておく』
 同時に別々の国から大きな荷物が届いた。何事だと添付されていた手紙を読めば帝国からはオリビエ、共和国からはジンの署名。中身はどちらも果物らしき緑色の球体が詰まっていた。
「ヴァッサメローネか。それはいいんだけど、何が熱いベーゼよ。相変わらずねぇあいつも」
 手紙を机の上に放り出してげんなりした顔をした。その後手紙にはシェラザードへの、冗談以外の何者でもない量の賛美がとてつもないほど歯が浮きそうな修辞とともに並べ立てられていた。見せてもらったクローゼすら赤面するほどだ。
「あ、ははは……」
「お姫様ですら乾いた笑いしか出ないなんてね。エステルが見たら大笑いして、一晩中笑い転げてそうだわ」
 もう一度手紙をつまむが今はもう一度文を読む気力はない。手紙を捨てようとは思わないが、いつもオリビエからの手紙は始末に終えない。
「殿下。それにシェラザード殿も、果物をお持ちしましたよ」
 料理長が塩のボトルと切った果物を持ってやって来た。緑色だった皮と対比するような、真っ赤な果肉が鮮やかだ。
「じゃ、とりあえずまず何にもつけずに」
 一切れに手を伸ばし眺める女。クローゼも釣られて手を出している。スプーンを入れてみると意外なほど抵抗がない。軽快な音を立てて一口サイズに掬い取られる。口に入れていればほんのりした甘さとたっぷりの水気。確かにこれは夏に気持ちが良いだろうと思う。
「あんまり濃い味じゃないのね。結構いけるかも」
 一切れを食べてシェラザードが感想を言えば、その場の全員が頷いた。
「では……塩をかけてみますか」
 若干の警戒を含みながらフィリップが塩のボトルを握る。彼が一番怪しげな果物を食べているので警戒するのも無理はない。そっと一口。
「……ほう」
 フィリップがなにも言わずにスプーンを動かす様を見て我先に切れを取る。若干塩ボトルを奪い合いつつそれぞれのヴァッサメローネに塩が降りかかった。
「……おいし」
 素朴な賛美。薄くかけられた塩のしょっぱさが、水気の奥に消えかかっている甘味を際出たせる。料理長もフィリップも似たような感想を口にして、程なく食べきってしまった。
「これはいいわ。夏のおやつに最適ね」
「そうですな。もう少し手を入れれば上手く料理にも使えそうです」
「……ところでこれ、どうします?」
 黙っていたクローゼがヴァッサメローネの山を指した。オリビエもジンも容赦しない量を送ってきた為まだまだ山ほど食べられる。
「そうね……さすがにちょっと、あたしたちで消費は無理か」
「今晩からデザートにして城の面々に振舞うのも良いですが、この量じゃ使い切る前に傷めてしまいそうです」
 頭を抱えて悩んでいるところに港から連絡が入った。
「要望いただいたものと思われる果物が大量にルーアンから入ってきたとのことです。王城に連絡を取れば問題ないと聞いておりましたが……」
「ルーアンからも来たの? まいったわこりゃ。何も現物こんなに送って来なくても……」
「ちょうど最後の収穫時期に当たったのでしょうな。食べられないよりは、と皆思ってくれたのでしょうが」
 売り物に出来ないB級品なので形は悪いが味は保障、とジャンの添え書きを渡された。
「お姫様、どうする?」
「……どうしましょう」
 三人はヴァッサメローネの前で心底悩んだ。

 どうなったかというと、死ぬ気になって消費した。食べ物をないがしろにはしたくないのと、乗りかかった船と付き合ったシェラザードは、もう一生分は食べたと洩らす。秘蔵とはいえたったの酒五本じゃ割に合わなかったかなとロレントに帰っていった。
 城内だけで消費しきれないので来訪してきた客に振舞う。もちろん一時的に全軍の食堂デザートが全てヴァッサメローネになった。「協力感謝」の名目で近在のギルドや興信所にも送られた。もちろん有用な情報を提供したものに渡す報酬もだが、無関係の人間が見るとヴァッサメローネのほうが報酬に見えかねないほど。気がつけば国内外にヴァッサメローネが溢れ返った。
「新しいブームになるかもしれませんね」
「ナイアルさんに記事にしてもらえばブームになりそうですが、そこまではちょっと……」
 そんなやりとりをしているうちにオリビエからお礼状の返事が来た。新しい食べ方を提案してくれたおかげで、今皇城の中でもヴァッサメローネが大流行なのだそうだ。先日は塩をかけすぎて辛くなってしまったのでミュラーに食べさせてみたとある。
「ごめんなさいミュラーさん」
 心底から謝る。自分の好奇心で国内外問わずヴァッサメローネが溢れ返るとは思わなかった。好奇心は大切だが赴くままに動けばとんでもない事態になるなと心底から実感して、目の前の皿に盛られた切れを眺める。
「……まさかこれのことだったなんて」
 学園にいた頃、ルーアンで食べたことがあるといえば食べたことがある。だがクローゼにはどうしても美味しいと思えなかった曰くつきのシロモノ。あれから数年経っている。味覚が変わったかなとがんばってみたがやはり苦手なまま。それは塩をかけても変わらない。名前さえわかればすぐに中止したものを。そういうわけなので、雑誌に取り上げられるなどともってのほか、もしまかり間違って一般人にも浸透してしまうと、ルーアン以外にもヴァッサメローネが流通してしまう。今だけ我慢すればデザートからなくなるのに毎年苦労をすることになるだろう。
「あともう少しで城の在庫がなくなる……がんばろう」
 出されたものはなんとか食べている。どうか今だけで終わりますようにと、覚悟を決めて食堂に臨んだ。


Ende.


 往々にしてこう言う場合確実に一般にも話が漏れて浸透していくもんだと思ったり思わなかったり。「スイカに塩」でお話を書こうの巻でした。大してスペクタクルにはならなかったw 近隣諸国を巻き込む騒ぎではあるが……現場で走り回った人間からするとあらゆる冒険譚やロマンス、サスペンスが生まれている(かもしれない)。
 いや、スイカ嫌いは私なんですけどねw

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