墜落の衝撃に意識を失う。気付けば薄暗い艦橋の中、窓の外には嫌になるくらい青い空が広がっていた。
「……無事か?」
「な、なんとか……」
 真後ろに立っていたエステルが答えた。あちこちに人員が倒れているが、特に酷い怪我をした人間はいないようだ。クローゼも無事だ。
「ラッセル博士。計器類は?」
「ふむ。主動力が切れているから現状ではなんともいえん」
「……」
 落ち着かない様子で辺りを見回すユリア。すぐ傍のクローゼがわかっているというように頷いた。
「では、指揮権お譲りいたします。……お願いいたします」
 それだけ言い置いて艦橋から出て行ってしまった。
「お?大尉さんどないしたん?」
「艦内の様子を見に行ったと思います。この船は、彼女の船で、乗組員は彼女の家族ですから」
「なるほど。で、俺たちはどうする?」
「そうですね。作戦室で待つのがいいかと」
 アガットの問いに答えているとラッセルがドアに向かった。
「おじいちゃん、どこへ?」
「機関室の様子を見てくる。ついでに、ユリア大尉を見つけたら、作戦室に移動したと伝えておこう」
「ありがとうございます」
 深々と礼をするクローゼに笑いかけ、艦橋を出た。

「皆! 無事か!」
 各部署を走って見回り、最下層の機関室に飛び込むユリア。
「おおう、艦長。一体何が起こったんだ?」
 機関士が腕を抑えながら尋ねてきた。
「すまない。敵の攻撃をかわしきれなかった。動けないほどの怪我を負ったものはいないか?」
「なんとか無事だぜ艦長殿。それにしても、内線で様子聞けばわかるのに走ってくるたぁな」
 機関長が笑う。
「親方、そいつはちーとばっか無理っぽいぜ。さっきからウンともスンともいいやしない。どっかで回線切れたんじゃないかな」
 通信機の前で試行錯誤する機関士が割り込んできた。そこへラッセルがやってきた。
「なんだ、ユリア大尉もここにいたのか。どうだね様子は」
「皆無事のようです」
「ふむ。で、エンジンは?」
「そうだな、主動力が回復するまではわからんが、それほど逝ってはないようだ。応急処理でどこまでいけるかわからんが、無茶さえしなけりゃ下にはもどれるだろ」
「まずは動力の回復か。……おおそうだ、皆は作戦室で待機しとるそうじゃ。一通り様子を見たら我々も向かおう」
 ユリアに告げながら非常動力の起動を機関長と試み始める。アルセイユ用に作り上げた零力場発生器はどうやら機能していないようだ。最悪のことを思いつつもやるだけやってみようとスイッチを押すと、あっけなく非常灯がついた。
「……これは」
「博士?」
「……ユリア大尉、オーブメントは持っているかな?」
「……ええ」
「では、少しわしの仮説証明につきあってくれんか?」
「かしこまりました」
 頷くユリアを伴いアルセイユの外へでる。適度に離れたところでユリアに簡単なアーツを使うよう頼んだ。
 言われるままファイアボルトを放つよう意識を集中すると、今まで全く反応がなかったのが嘘のようにあっけなく炎が舞う。
「これは……」
「……前途多難だが、一ついいことはあったな」
 片目をつぶるラッセルに、ユリアは破顔した。

 主動力が回復し、壊れた部位もだいたいは修繕されつつある。左翼も動かす目処がついたのでじき修繕されるだろう。
「ただ、機関室との通信ができないのが痛い」
 導力通信は回復し、山猫号と連絡を取り合うことはできる。しかし、艦内は導力通信ではなく有線通信を行っていた。初見どおりどこかで断線を起こしているらしく、機械を直しても反応をしない。
「つなげることはできないか?」
「できないことはねぇが、どこがどう切れたかよくわからんというのが正直だ。実際、機関室と艦橋以外でもあちこちで切れてるらしい」
「そうか……」
 完全オーブメント化されているので、艦橋での操作だけでエンジンを起動し発進することは可能だ。しかし、それは通常であればこその話。現在のような応急処置の状態ではうまくいくか知れたものではない。またその後の出力操作などはやはり機関室で行う必要がある。
「導力通信機を山猫号から借りてきて機関室に設置した方がいいんじゃねーのか?」
「ううむ。その方が、断線した箇所を捜し当てるより早いかもしれぬな」
 技術者や機関士たちとあれこれ話し合っているところにオリビエが通りかかった。
「通信ができない?」
「ええ。どうやら断線箇所が多すぎて」
「ふぅむ」
 考えていたが、明るい顔で頷く。
「じゃあ、これを貸すよ。使い方はわかるよね?」
 と、懐から機械を取り出しユリアに渡す。
「これは……?」
「携帯用の導力通信機。結構臨機応変に出力あわせられるから、アルセイユの通信周波数にあわせたら上とこことで通信できるんじゃないかな」
 そうだ、と渡した機械をとりあげて何かいじっている。それから耳に当て、暫し待つ。
「……お、通じた通じた」
(何事だ)
「いや、実験だよ。ちゃんと使えるかどうか。オーブメントが使えるからこれも大丈夫だと思ったけど、ちゃんと確認してからじゃないとね」
(何をする気だオリビエ)
「ブリッジとエンジンルームの通信ができないからね。発進に支障がでるっていうから、ボクのとアルセイユの導力通信機をつなげてもらおうと」
(なっ! 貴様、そんな簡単に……!)
 機械の向こうの声が明らかに慌てた様子になる。
「固いこと言わないでよミュラー。非常事態なんだ。というわけでお小言は地上に戻ってからでヨロシク。じゃ!」
 言いたいことを言ってさっさと切り、ユリアに渡すと機関室から出て行った。
「……いや、すごいもん渡されたよな……」
 機関長が呆然とする。
「アーティファクト……ってやつだろこれ」
「……ああ」
 ユリアもどうすればいいのか迷う。オリビエは簡単に渡したが、普通は考えられない。そこへ涼やかな音がした。どうやらユリアの手の中のアーティファクトが音源だ。
「……?」
 恐る恐る操作する。
(オリビエっ!!)
 ユリアが名乗る間もなく機械から怒号が飛んできた。あまりの大声に耳がおかしくなりそうだったが、とりあえず返事をしなくては。
「あ……オリビエ殿は先ほど機関室を出て行かれました……」
(! ……ユリア殿か? 失礼した)
「お気遣いなく……」
 まだ頭の中で声が反響している。辛うじてそれだけ答えられた。通信はそれで切れたようで、機械からは雑音もしなくなった。
「……親方よりすげぇ声だったなぁ、今の」
 機関士の一人が呟いた。

「CQCQ。こちら機関室。ブリッジ、聞こえっかー?」
(お、こちら艦橋。機関長か?感度良好、聞こえてるぜ。良好でないのは外だ。なんか揺れだしてるぞ)
 なにが起こったかしらないが、先ほどから小刻みな振動が伝わってくる。
「だな。こっちも振動が来てる。この庭園危ないんじゃないか。……それにしてもなんか気持ちワリィよ、こんな小さいもんで通信してるなんて」
(こっちは見てないからなんとも言えんがな。エンジンの調子は?)
 アーティファクトを耳から離し機関士に目をやる。顔を若干顰めて大丈夫のサインを返してきた。
「なんとか。地上に戻ったら精一杯ご機嫌取りしてやらねーと」
(頼むぜ。おっと、殿下たちが戻ってきた。とりあえずヤバそうだからそのまま起動に待機しててくれ)
「りょーかい」
 機関長は機関士たちに指示を出す。振動はだんだん大きくなってくる。回線をひらいたままのアーティファクトからザワザワと音が聞こえて来た。
「なんかアッチも慌て気味だな。おい、こういうときこそ慌てるんじゃねぇぞ。コイツなら、地上に戻れる」
「ですね親方。俺たちとこれが組めば、こんな危機何でもねぇや」
「それに、艦長殿が約束してくれた。俺たちを、地上に戻すって」
 機関士たちが笑う。そうだな、と機関長も呟いた。
 あの艦長が約束を違えたことは無い。それに俺たちも約束をしたのだ。オーバルエンジンを操り、動かすことを。なら、艦長に応えてやらなきゃならん。
(機関長、緊急発進可能か?)
「どうにかしてやるよ。推力はギリギリだし、地面がやばいから不安定になるだろうが、覚悟しててくれ」
(では、通常手続きは省略、エンジン起動!)
「エンジン起動!」
 機関室に響く復唱を合図にエンジンがうねりはじめる。挙動は頗るつきに怪しいが今すぐにどうこうなる、という様子はない。
「頼むぜ。機嫌損ねてねぇよな」
 幾度か行った起動実験では上手くいった。だが、実験と現実が違うのは、何年も現場で働いた彼は嫌というほど知っている。もはや祈るしかない。
「おお、飛んだ……」
 一方艦橋ではナイアルが一人ごちる。が、それがその場の全員の感想だろう。一つ試練はクリアできたとユリアは少しほっとした。だが解決していない問題は山積みだ。
「……っ」
 震えるほど両手を握り締めたがそれで何か変わるわけではない。自分の心は決まっている。
「ユリアさん! お願いです、エステルさんとヨシュアさんを……!」
「……」
 クローゼがユリアを覗き込む。そちらを見ないようにしながらその決断を口にした。
「……申し訳ありません。その命令には……従えません」
「!」
 クローゼもわかっているはず。今のこの船では、崩壊するリベル=アークに巻き込まれないようにはぐれた二人を助け出すことはできない。飛ぶだけで精一杯なのは体に伝わる振動でわかる。
 命を秤にかける真似などしたくない。アルセイユに乗る命と、はぐれた命。自分には義務がある。艦長として、この船を危険にさらすわけには。それでも、それでも!
「そんなの、やだーっ!!」
 ティータの悲痛な叫びが艦橋の空気を裂く。こんな結末を迎える為に空へ舞ったわけではないのだ。
 ユリアの中で秤が壊れそうになった頃、ドロシーが飛んでいくジークを見た。追えば、古代竜。翼を広げたその様子はアルセイユを包めそうな力強さがある。そしてその背に。
「……あ……」
 機体がそちらへ寄りはじめる。指示は出していないが、艦橋にいる人間はすべて同じ気持ちだ。次いで遊撃士たちがドタドタと艦橋を飛び出して行った。痛いほど張り詰めていた空気はもはや無く、握り締めていた手をようやく解く。
「わしらも、いかんかね?」
 ラッセルが好々爺の笑みを浮かべてユリアを見ていた。

 王都入り口広場に竜が舞い降り、後を追うようにアルセイユも降下する。甲板に出ていた為、揃ってバランスを崩すがすぐにクローゼやシェラザードなどは船から降りていった。同じように竜の背から降りたエステルとヨシュアに駆け寄っていく。残っていたユリアは機体に頭を寄せた。
「……ありがとう、アルセイユ……」
 応えるように振動したのを感じ、ユリアは機関室へ向かった。扉を開けばだれもいない。怪訝に思って振り返ると外に続く隔壁が開いている。そちらへ足を伸ばせば、しっかりと大地に足をつけ、疲れ果てているが満足そうな機関士たち。
「ありがとう、ありがとう皆……心から感謝する」
「艦長!」
「約束守ってくれてありがとよ!」
「いやっほう!!」
 口々に互いをたたえながら、最終的には意味不明な叫びになってしまう。機関長はユリアを肩に担ぎ上げそのまま周囲を走り始めた。
「機関長、下ろさないか!」
「固いこというなよ!今、俺はアンタをこうしたいんだよっ!」
 抗議もなんのそので数回アルセイユの周りを走った。ようやく下ろしてくれた時にはエステルたちの注目を浴びてしまっていた。
「……機関長っ」
 困った表情で隣の機関長を見るが豪快に笑って取り合わない。仕方が無いのでエステルとヨシュアの方へ歩き出した。前に立ち、手を伸ばして二人の頭を抱き寄せる。
「……ユリアさん」
「あ……」
 エステルもヨシュアもこういうことになるとは思っていなかったらしく、腕の下で視線を交わしあう。
「……この馬鹿者たちが……どれだけ心配したと思っている」
 囁かれた言葉に二人とも目を丸くし、次第に笑みの形へ。
「えへへへ。ごめんなさい」
 エステルがいい、ヨシュアは黙って頭を預けた。
「ユリア大尉、それは俺の役目な気がするが」
「ほんとね。私ですらまだしてないのに」
 はねるように顔を上げるとカシウスとシェラザードが笑っている。慌てて二人を離した。
「も、申し訳ありません! 差し出たことを!」
「何を言う。構わんからもっとやってくれ。みんなもやってくれて構わん。この親不孝者になりそうになった子どもたちに言い聞かせてやってくれ。その後真打登場だ」
 直立不動で敬礼を返すユリアを制しカシウスはウインクした。
「ちょ、父さん、何する気よ!」
「さてね?」
 エステルが呆れた声を出すが笑うだけだ。再びにぎやかになりはじめたその様子を眺め、竜は一声吼えて空へと飛び去って行った。

Ende


 なんとゆーか、ユリアさんとアルセイユの愉快な仲間たち、という副題をつけといてください(笑)。思いついたんだからしゃーない。あれだけの船を動かすなら相応の連帯は必要だと。
 本来はuじゃなくてüですが、タイトル作る時ウムラウト出せなかったんだよウワァァン(痛)。「帰還」の意ですはい。途中でオリビエ&少佐が出張ってるのは趣味です(キッパリ)。怒鳴られてクラクラしてるユリアさんがなんか愛しいわ。

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