「ミュラー様、荷物が届いていますが……」
「……荷物? 本国からか?」
「いいえ。ここに差出人を控えてきました。……ええと、エステル・ブライト、という方から」
「?」
 給仕に荷物を持ってきてもらうよう頼んだが、大きいので持ち込めないとのこと。
「エステル君は一体何を……」
 言われるままに玄関ホールまで行くと、確かに給仕一人では持ち運べないサイズの木箱が置かれている。人足が数人がかりで運び込んだという。そして、やはり差出人はエステル。
「嫌な予感がする」
 天地無用や生ものといった印が外箱に張られている。ロレントのギルド経由である旨の送付状がついており、超特急便で送られてきたようだ。
 ものすごく嫌な予感がするのだが、木箱を前にうなっていても仕方がない。給仕と二人で蓋をこじ開ける。
「……オリビエ……」
「まあ……」
 予感は的中する。特に、悪いものであればあるほど。酒の臭いをさせながら、オリビエが目を回していた。服にはメモが留めてあり、
『ミュラーさん、後はよろしく』
 とだけ書かれていた。

「でだ。どういう経緯で木箱で配達されるようなことをやらかしたんだ」
「あいたた。なんか体痛いんだけど、何故だろう。そして何故ミュラーが目の前にいるんだ?」
「質問に質問で返すな。俺の問いに答えろ」
「ボクだってよくわからないさ。ロレントで、霧やらなにやらのやっかいごとをとりあえず片付けて。祝杯の意でシェラ君とアイナ君と飲んでいたのだが……そこから記憶がない」
「……」
「うーむ。何故なんだろう。頭が痛い」
 頭が痛いのはこっちの台詞だと眉間に皺を寄せる。
「ところでボクは何故ここにいるんだね」
「あれに入って俺宛に送られてきた」
 部屋の隅の無骨な木箱を顎で指す。
「なるほど。そりゃ体も痛いわけだ。木箱かぁ。やだなぁ、ボクをなんだと思ってるんだ」
 遊撃士は一般人をないがしろに扱ったりはしない。また、ギルド経由でこの荷物は送られている。ギルドですら、オリビエを箱詰めにすることを認めたということだ。何をしでかしたのか聞きたくない。
「……もういい……その箱の中で内省してくれ。頼むから……」
「おや、やけに疲れていないか。夜は寝ているかい? まさか! ボク以外の人と夜を共にしているから寝不足とか!」
 真剣な表情でミュラーに詰め寄るオリビエ。ミュラーは詰め寄ってきた男に顔をむけ笑う。嫌な予感がすると同時に体が浮き、オリビエは木箱の中に放り込まれた。
「うわぁんっ、痛いわっ!」
「黙れ!」
 木箱から出ている足に鋭く言い捨て、部屋を出て行った。勢いよく閉められた戸が彼の怒りを物語っている。
「……」
 しばらくそのままでいたが体勢が苦しいので起き上がる。木枠に寄りかかり頬杖をついた。
「うむぅ。ミュラーは内省しろと言っていたが、ボクは協力員としてエステル君たちについていかなければいけない義務があるのだ」
 誰も頼んでいない、とエステルなら言っただろうが、今彼女はここにはいない。
「それにティータ君には「オリビエお兄ちゃん」と呼んでもらっていないし、ヨシュア君の琥珀の瞳にもう一度お目にかかるまでは、ボクは意地でも帝国になんか戻らないもんね!」
 そうなれば、何がどうあってもこの場所から脱出しなくてはならない。ミュラーをからかって遊ぶのもいいが、エステルについてあちこち渡り歩くのも面白い。
 ごそごそと木箱から這い出そうとすると、バランスを崩して箱ごとひっくり返ってしまった。予想外で思いっきり床に口付ける羽目になった。しばらくそのままになっていたが、音が聞こえただろうのに誰もやってこない。赤くなった鼻を抑えながらしぶしぶ起き上がった。
「全く。ボクをないがしろにするとは……」
 おそらくミュラーのせいだろう、そうに違いない。勝手に納得し、いずれ借りは返す、と無駄に意気込んだところで部屋をでる。
 位置としては玄関ホールを基点に一階左の部屋。階段上で誰かが話しているらしい声がする。正面の部屋は通常ミュラーがいるから近寄らないようにしなければと考えつつ、表面上は何食わぬ顔で二階へあがった。
「あらオリビエ様。一体、何故あのような箱で?」
「えっ、ホントなの?」
 給仕たちが木箱のことを話していたようだ。
「やあやあ、元気そうだねキミたち。あの箱かい? ボクにも全く検討がつかないのだよ」
「まあ……」
 やれやれと手をあげるオリビエに、いちいち驚いている給仕たち。
「それはそうと、ミュラーはどこにいるか知っているかな?」
「ミュラー様ならば自室へお入りになられたようですが」
「そうか。うん、ありがとう」
 それならば話は早い。さっさと出て行くに限る。礼を言って階段をおり、小走りで玄関にたどり着いた。
「オリビエ様、どちらへ?」
「しーっ。ちょっと用事だよ、ちょっとね」
「申し訳ないのですが……オリビエ様は絶対に通すなと厳命されているので……」
「なんと」
 ホールに立つ衛兵が困った顔をしている。
「ダメ?」
「はい……」
「ちょっとだけでも?」
「ええ……」
「通してくれないと泣いちゃうぞ?」
「……お願いしますよオリビエ様……」
 衛兵の方が泣きそうだ。さすがに気の毒になってきたのでその場を離れる。
「ミュラーってば。ボクと離れたくないのはわかるけれど、衛兵を困らせるようなことをしちゃいけないなぁ」
 とりあえず元の部屋にもどり寝台に座る。早く行動しなければエステルたちに合流できない。周りを見渡すも、先ほどまで自分が入っていた箱ぐらいが目新しいもので、自分がでていってから内装が突然変わったということもない。
「うーん」
 時間はない。エステルたちと合流できないということもあるが彼に残された時間も。せめてヨシュアと再会はしたいものだと思うが、どうなるかはわからない。
「だからこそ、こんなところには長居したくない」
 砂時計の砂が落ちきる前に。立ち上がり、窓を開ける。外敵の侵入予防の為、内部からはそうでもないが、それなりに高い位置に窓はある。飛び降りるには少し距離があった。
「……」
 カーテンを梯子代わりに使うことも考えたが、カーテンレールが彼の体重を支えられるか不安だ。
「そうだ」
 木箱がある。上手くひっくり返して落として、その上に降りられれば脱出可能だ。
 思ったより重い箱を引きずり窓近くへ持ってくる。窓より幅があったらどうしようと思ったが杞憂で、ギリギリ外に出せそうだ。後は、突然部屋に誰かが入ってこないことを祈りながら、なんとか底が上に来るよう窓枠に持ち上げた。
「誰も下にいないでくれよ。ボクの脱出の為に犠牲になるのは忍びない。いたら運が悪かったとあきらめてくれたまえ」
 なんとも勝手なことを呟きつつ押し出す。幸い犠牲者はいなかったようで箱は障害なく落ちた。下が芝生だったこともありそれほど音も立っていない。
「やった!」
 踊りだしたくなるがそれはここから出てからの話だ。窓から木箱に乗り、庭にでる。その箱を使って塀を乗り越えようと思うが、思ったより塀が高い。大使館前の兵はリベール兵だ。何食わぬ顔で通り抜ければ、呼び止められることもないだろう。ミュラーがリベール兵にもオリビエの外出を止める様言っていなければ、だが。
「外に出てしまえばちょろいものさ」
 止められればそのときだ。門に向かう。
「あれ、オリビエさん? いつの間に戻ってらしたんです?」
「ちょっとねー」
「また外出ですか? あんまり帝国の方を困らせない方がいいですよ?」
「うんうん。わかっているよ」
 どうやらミュラーは何もいっていないようだ。片手落ちだなぁと思いつつ外にでる。はやる気持ちを抑えながら、不審に思われない程度の早足でグランセル空港へ。歴史博物館前で小さく歓声を上げた。
「ボクは自由だ!」
 スキップしながらチケット売り場へ。空港のアーチの下をくぐろうとした時、声をかけられた。
「やはりか」
 声の方へ顔を向けると、腕を組んでいるミュラーと目が合った。
「あああああれ?ななな、ナゼココニ」
「貴様のパターンぐらい読めなくてどうする」
 心底疲れきった声で呟いた。オリビエは蛇ににらまれた蛙の如く動けない。しばらくそのままでいるが空港に向かう人たちの邪魔になると、ミュラーが壁際に引っ張り寄せた。
「……いや、だから、あの、その」
 襟首を掴まれしどろもどろになるオリビエ。そんな様子を目を細めて眺めていたが、ため息一つついて手を離した。
「え?」
「さっさと行ってこい。エステル君たちに合流できなくて後から延々泣きつかれるよりましだ」
「お」
 笑みがこぼれてくる。
「いやあ、最初からそうしてくれれば庭を乱すような真似なんかしなくて良かったのに、素直じゃないんだからグエッ」
 離された手が再び襟に添えられ、赤いタイを思いっきり引っ張る。
「俺がここにいることが無駄になればよかったんだがな。貴様が木箱で送られてきた程度で態度を改めるような人間ではないことは嫌というほどわかっている。……今度こそ、連絡はしろ」
 首が絞まって声が出せないので頭を思いっきり縦に振った。手を離し壁によりかかる。オリビエは乱れたタイを直し、仏頂面で目を閉じている親友を見た。
「ありがとうミュラー」
「礼を言われるようなことはしていない。俺の気が変わる前にさっさと姿を消せ」
「うん」
 殊更ぶっきらぼうに返す言葉を聞きながらオリビエはうれしかった。幼い頃から変わらず自分の傍にいて、どうあっても譲れない時以外は彼をかばってくれる親友がいること。それは財産だろう。
「ロレント行き、あと20分で到着だよー」
 売り子が声をあげている。
「じゃ」
 簡単に手をあげチケット売り場へ駆け出した。

「え〜す〜て〜る〜くぅん〜」
「きゃーっ!!」
 ロレントのギルドで報告をしている後ろに忍び寄った。見事に誰も気が付いていなかったようで、その場の全員がオリビエの登場に目を丸くしている。
「ヒドイじゃないか、木箱に詰めるだなんて」
 泣きまねをしながらその場に座り込む。
「必死の思いでミュラーを説得したボクの苦労をどうしてくれるんだね。大体ボクは協力員だし、なにより民間人だよ? それなのにエステル君と来たら箱詰にしてあまつさえ大使館に送るなんて、ヒドイっ!ヒドすぎるわっ……」
 完全に陶酔しきっており、エステルたちがアイナに軽く礼をしてギルドを出て行ったことに気が付かない。
「……というわけで、ボクもついていく権利を主張するのだよ……って、アレ?」
「みんなもう行きましたよ」
 アイナの事務的な答えに一瞬呆けた顔をする。次いで入り口を見、飛び出して行った。
「結社云々より、あの人の方をどうにかしないといけないんじゃないかしら」
 残されたアイナは、エステルたちの前途多難さに肩をすくめるのだった。


Ende


 箱詰めのオリビエが書きたかった(だからお前の書きたいシーンは根本的に間違っている)。本当はダンボールかぶせて大使館から脱出させたかった私はメタルギアの影響を受けすぎてます。ダンボールなさそうだもんね、この世界(笑)。ゲームのPVで「オチがない」とか大騒ぎするのもMGSのせいだよ、うん。
 本人嫌がりそうですが、少佐が一番オリビエの性格わかってるんだろうな。認めたくないだろうけど(笑)。

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