「そら。馬鹿はするなよ」
「もちろん」
 嬉々として返事をするがその返答など全く信用できない。着替えの入った袋を投げつけため息をつく。
「痛いってば。まったく乱暴なんだから」
 口を尖らせたがすぐにアルセイユに乗り込んでいった。エステルやヨシュア、クローゼはすでに乗り込んでいる。迷惑をかけはしないか心配だ。この船は王家船だと聞く。いつもの調子な言動をされた日には、カシウスを筆頭にして本気で帝国に攻め込まれかねない。また、他国の船であることは間違いない。常識的に考えたら、身分を明かした以上護衛が必要だ。
「……」
 ただ、以前にも乗ったことがあるのだ。周りにいる人間も見知った遊撃士であるし、それほど悲壮なことにはならないだろうと踏んでいた。今後延々と振り回されつづけるのはわかっている。彼のモラトリアムも、もう少し長くしたいのが本音だ。
 腕組みしながら考えているとシェラザードが寄って来た。
「ええと、ミュラー少佐さん、でしたっけ」
「何か?」
 シェラザードは質問に答えず、ジンとアガットと目配せをする。三人はうなずき、ミュラーに向かった。
「頼む。アレの手綱を取ってくれ」
「私たちだけじゃやっぱり限界があるの。この後、ずっとオリビエと一緒にいられるとは限らないし」
「一緒に来てくれないだろうか」
「……」
 アガットとジンが頭を下げ、シェラザードは涙目である。
「しかし」
「ここしばらくでだいぶん扱い方はわかったけど、あんたほど見事な人はいない」
「あんたも考えてたんだろう?このままアルセイユに乗せていいのかって。護衛とかなんとか、理由はいくらでもつけるから」
 誉められてうれしいわけではない。口角が知らず下がった。
「お願いできないかしら。嫌なのはわかるけど、私たちとしても憂いなく乗り込みたいのね」
「そうか……」
 およそ次期君主に言うべき言葉ではないが、ミュラー自身も同じように思っているので気にならない。オリビエにそのまま伝えたとて、蛙の面に水のようなものだろう。
「俺で役立てるなら、力になろう」
「やった! これであの言動から少し解放される!」
「ほんとねアガット。うれしくて涙でちゃうわおねーさん」
「いや、本当にすまん。いずれいい酒でも贈らせてもらおう」
 三人に諸手をあげて喜ばれ、一体オリビエはどういう旅をしたのか非常に不安になる。が、深く考えるのはやめた。
「なにしとんの。のらへんの?」
 ケビンが四人固まって騒いでいるのを不審に思いやってくる。
「ケビン神父、少佐も乗ってくれるって。少しは楽になるわ」
「……ぶっ」
 シェラザードの喜びように笑いが誘われた。それほどオリビエの奇行には悩まされた記憶はないが、輝かしい戦歴を聞かされて大笑いした覚えはある。
「なるほどなあ。あの人真っ当に相手にするのは、これからのこと思うと辛いな確かに」
「でしょ?」
 真剣な顔をしてケビンの意見に頷くシェラザード。
「商談成立したところで、さっさと乗り込もうぜ。置いていかれたら洒落になんねー」
「だな。頼むぜ、少佐さん」
 ジンに思いっきり背中を叩かれむせる。豪快に笑って歩いていく背中を見ながらミュラーも歩き出した。
「おお、みんな」
 ちょうど、どこかの部屋で着替え終わったオリビエに会う。集団の中に幼馴染の姿を見つけて、一瞬酢を飲んだような顔をしたことは見逃してはいない。愛想笑いをするオリビエを先に行かせ、しんがりを務める。
 全動力がオーブメント化された船の中を見るのは初めてだ。蒸気を通す為のパイプも、何に使われているのかよくわからないレバーも、そのなかで汗だくになりながら働く整備兵もいない。要所に親衛隊と思しき兵が立っているぐらいだ。
「……異世界にきた気分だな」
 口に出さずに呟く。帝国とリベールと。奇襲ではなく正式な開戦手続きに則り、本気でやりあったらどちらが勝つか、わからないだろう。人員は帝国が勝っているが、アルセイユのような最新鋭の戦艦を隠し持っている可能性も考えられる。
 それにカシウスがいる。剣聖の通り名を持つ准将相手に、半ば宰相の傀儡と化している帝国軍上層が勝てるとは思えない。
 取り留めのないことを考えていると艦橋へたどり着いた。クローゼが艦長と思しき人間と話をしている。
「……女?」
 さすが女王の国。こんなところまで女性が進出しているとは。
 帝国軍士官には女はいない。一般兵にはいるが、数は少ない。興味深く眺める。決して侮れる相手ではないのは挙動をみればわかる。武人だ。達人クラスの。
 艦長はミュラーの存在に気が付き顔を顰めている。もっともだ。自分はどこからどう見ても帝国の軍人なのだ。
「……申し訳ないが、そちらは」
 何かを言おうとしたところにオリビエが口を挟んだ。
「ああユリア君。ドラゴン騒ぎ以来だねぇ。また会えて光栄だよ。うんうん、いいねぇ。シェラ君とはまた違ったタイプの強く麗しい女性だ」
 今の一言でオリビエがどのような旅を行ってきたのかおおよそ検討がついた。そして、頭を抱えながらオリビエに向かって手を伸ばすのだった。

Ende


 というわけでミュラーさん、名うての遊撃士三人がかりで泣き落としされるの巻。コネタなので短いのはご勘弁。困ったお顔してそうだわ。ちなみに顔グラでは頭に怒りのマークつけたのが一番好きです(屈折)。ユリアさんの方は、設定資料集に載ってた慌てふためいてる顔グラ。やっぱこっちも感性曲がってるな。
 実際のところどういう理由で乗ったかは、身分の関係で護衛の意味が一番大きいとは思いますけどね。いいじゃん、ユリアさんとちゃんと逢えたんだから(腐)。王都では会ってなさそうだし。よし、ユリアさんは基本レイストン要塞に詰めていたということで。ほら、アルセイユの試験飛行とかさ(誰に言うとる)。ちなみに全く関係ないですが私の携帯着信はレイストン要塞です。途中からのピアノ音に落とされたというか(無関係です)。

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