「ユリアさん、どうかしましたか?」
「……え、あ、いや、なんでもありません殿下」
「……」
 クローゼは目の前にたつユリアをみる。アルセイユがリベル=アークに不時着して丸一日。休みもせず陣頭指揮をとっている彼女。疲労を口に出すことはないが、顔に疲れが出ている。
「ユリアさん、休んでください。ラッセル博士によれば後は起動実験の準備のみですので、技術者さんたちに任せておいて大丈夫です」
「しかし殿下」
「お休みなさい。これは命令です。休める時に休む。非常事態の鉄則です」
「……わかりました」
 納得できないといった表情だが命令と言われれば仕方がない。おとなしく艦橋から出ていった。
「ふぅ。ユリアさんも強情ですから。本当は命令、なんて言いたくなかったんですけどね」
「しゃーないですわ、あの人ホンマカタブツですし。でもお姫さん、いいタイミングでした。そろそろ限界来とるはず。お姫さん言いださへんかったらオレが強制催眠かけてでも休ませようおもたんですが」
「そうですね。彼女があそこまで疲労を外に出すのは初めてです」
「まーしかたねーんじゃないかな。俺たちみたいな徹夜が友の人間ですら、今の状態はきついもんがある」
 ラッセルからの報告を持ってきたケビンと、取材を兼ねてあちこち歩いているナイアルがうんうんと頷く。
「とにかく、時間はないですがそれに追われてこちらが参ってしまうのはもっといけないことです。じっくり、休みながら、一歩ずつ動くしかないですね」
「さっき聞いたがエステルたちもそんな感じで動いているらしい」
「エステルさんたちが戻っているのですか?」
「ああ。甲板で会った。あの空賊の娘を迎えにきたとかなんとか……。グロリアスを見つけたそうだ」
「へぇ。そういや空賊のメンバーが捕まってる言うてたな。だからあのお嬢さん迎えにきたんか。エステルちゃんらしいわ」
 お人よしやなぁとケビンが笑う。確かに、とナイアルもクローゼもつられて笑った。

「あれぇユリアさん。どうしたんですかぁ?」
 少し間延びした声でドロシーがユリアに声をかけた。
「ドロシー殿……。いや、殿下に休息を取れと言われてしまって」
「そうなんですかぁ。うん、休める時に休んだ方がいいですよ。いろんな修繕もだいぶん終わりに近づいているみたいだし」
「そのようでなによりです。無茶な命令をしてしまったとは思いますが、皆それに応えてくれた。いい部下や協力者に恵まれ、自分は感謝しています」
「いい指揮者さんだから、みんないい働きできるんですよ」
 ニコニコと笑うドロシーの言葉に照れ、少し顔が赤くなる。
「あっ、ユリアさん顔が赤くなった! これはシャッターチャンス!」
「ドロシー殿、戯れはよして下さい」
 慌ててファインダーから逃げようとしていたところ、騒がしいので何事かと食堂から出てきたシェラザードにぶつかる。
「あっ、申し訳ない!」
「構わないわ。けどどうしたの?」
「それはですねぇ、こういうわけなんです」
 ドロシーがうれしそうに事の顛末を話す。
「あらあら、あたしもみたかったなぁ」
「シェラザード殿!」
「いいじゃないユリアさん。一つも表情変わらないような上司、あたしだったら嫌よ」
「……」
「シェラさんもこういっていることだし、ほらほらもっと笑って笑って」
 ドロシーの写真攻撃が始まる。だが、急に笑えと言われても笑えるものではないし、そもそも最初と趣旨が変わってきているような気がする。
「ドロシー殿、自分は休みますのでこれにて!」
 少し慌ててその場を辞した。後に残されたドロシーとシェラザードが何かを言っているが、休まなければならないので聞こえなかったふりをする。
 とはいえ、他の休憩者たちもいるし、艦内のにぎやかさからエステルたちが戻っていることもわかった。
「とりあえず……静かなところへ行きたい」
 アルセイユの不時着地点は公園区画ということは聞いていたので、少し外の風に当たろうと思い甲板に出た。ツァイス中央工房の技術者たちと遊撃士、部下たちが飛び散った破片を集め修復作業をしているのが見える。大きな体のジンが軽々と大きな破片を運ぶのに見とれていたが、時折ものすごい音が聞こえてくるので、ここでは心が落ち着かないともう少し足を進めてみることにした。
 別の区画から流れ込んでくる滝の音がすごいが、人の話し声ほど気にならない。人工の滝だが水が立てる音は自然の音だ。ユリアはそんな水辺に立っていた。
 公園区画というが、細かく分けられた区域がずっと続いていく、そういった場所のようだ。一つ一つはそれほど大きくない。
「あれは……エレベーター?」
 レールハイロゥというものに乗れるという駅が遥か頭上にあると報告にあった。そこまでいけばどこまでこの公園区画が続いているかわかるだろう。だが、仕切っている壁に上る道を見つけたので、そちらの方を選んだ。あまりアルセイユから離れるわけにはいかない。
 壁の上からの景色は絶景だった。水が太陽に煌き、光を乱反射するそばには緑。1200年も前に命として生きはじめた植物たちは、今でもまだ変わらず生きている。だが。
「人間たちは、この街で死んでいた」
 何も考えずとも望んだものが手に入る都市。人間以外のものは生き生きと暮らしたが、人間だけは。だから、この都市を捨て、地上に降りたのだ。
「……」
 この街に未だ漂う死の気配。それは自分が人間であるから感じるのだろうか。みればジークは幸せそうに宙を舞っている。
 ふと思い立ち、ユリアは剣を抜いた。この街で死の気配に巻き取られていった人たちの為に。それでも力強く生きる動植物の為に。自分は何ができるだろうと考えたのが、剣舞だ。東方から仕官しにきていた部下から、供養や鎮魂の踊りで剣を使ったものがあると聞いていた。興味を惹かれたので調べ、また剣舞を舞える踊り子のところへ習いに行ったのだった。
「久しぶりだから、上手く舞えるか……」
 少し壁の上を歩き、どちらに落ちても水に落ちる位置へ移動する。剣を構え目を閉じる。
「……はっ!」
 短い気合とともに体が動く。流れるような動作で足を進め、剣の先までが自分自身であるような錯覚。自分が身近にしている剣術とはまるで違う動き。斬る為の動き。だが、自発的に相手を傷つけるものではない動き。
 無駄に大げさな動きはない。それほど広くはない壁の上でユリアは舞う。今回の一連の騒ぎで傷つき、倒れ、逝った者たちを悼みながら。戦争をする人間である自分が争いで死んだ人間を悼むのはどうなのだろうと、自重も込めて。
 ひゅん、と風を切る音を立て、ユリアは剣舞を終える。そこに拍手が聞こえた。振り向けば下へ続く階段に軍装の男が立っている。
「上手いものだ。その動きは東方系……だが、エステル君やヨシュア君の戦いの動きにも似ているか」
「一応、カシウス准将殿の教えを受けていますので。言うなれば、あの子達の姉弟子です」
「ほう……あの御仁はこんなところでも顔を出すのか。しかし自分に敬語は無用だと言ったが」
「今は私は休憩をしています。有事ならいざしらず、今ぐらい私の好きなように話をさせてください」
 聞けば確かに普段君主に話し掛けるときより砕けたものの言い方だ。これが彼女本来の話し方なのだろう。
「ならば、俺もそうしよう。それにしても休憩とは、珍しい」
「殿下に怒られまして。休める時に休むのが鉄則だと」
「確かにそうだ。ならばこんなところではなく、何故アルセイユにいない?」
「ミュラー殿こそ何故ここへ?」
「俺はあの馬鹿のせいだ。力仕事が嫌で地下道に逃げ込んだとアガット君から報告があったので、二人で連れ戻しに行った戻りだ。ようやく捕まえて戻ってきたら、壁の上に誰かいるのでな。それで、見に来たらユリア殿だった」
「そうですか……それはお疲れ様です。全く、あのお方にも困ったものですね」
「一種の病気みたいなものだな。君も声をかけられたと聞くが」
「ええ。顔を合わせる度、自分の親衛隊にならないかと勧誘を受けましたよ」
「……後で叱っておく」
「構いません。それがあの方の特徴ですから。それに、その度にエステル君にやり込められていましたよ」
「……君は何故ここへ?」
「艦内は今少し騒々しいので、静かになれるところと思い」
「……」
 無言で立ち去ろうとするミュラーに、ユリアは少し話をしませんかと声をかけた。
「いいのか? 静かなところにいたいのでは?」
「十分ここは静かですよ」
 微笑みながら男を見る。男も、少し逡巡したがその場に腰をおろした。ユリアは抜き身のままだった剣を納め、ミュラーの隣に座る。
「不思議、ですね」
「……」
「リベール王国親衛隊中隊長の自分が、帝国軍少佐の貴殿と、1200年も前の空中都市の上に立っているとは」
「俺もそう思う。長い間王都で駐在武官としてすごしたが、まさかこのような事態になるとはな」
「正直なところ、先ごろのクーデターの頃より自分の力不足をひしひしと感じています。自分が理解できる以上のことが起きると、それに振り回されてしまう」
「だが、上官である限り、部下の前や守るべき御方の前ではそれは見せられない。……そういうことかな?」
「……貴殿も経験おありのようですね」
「俺の場合は守るべき相手がアレだがな。むしろ俺は貴女がうらやましい。守り甲斐のある相手だ、アリシア女王もクローディア殿も」
「ええ。私はあの方々のおそばにいられることを誇りに思います。いくらでも、楯となり刃となりましょう」
 前方を見据え力強く答えるユリアの横顔は、その言葉どおり強い決意が見て取れる。自分もそれなりの覚悟はしているが、そこまでの決意は無いように思う。
 守るべき対象として決して劣っているわけではない。だが、なによりもあの言動に振り回されすぎている。
「ミュラー殿も、いい方と共にあるではないですか」
「世辞は無用だ。あいつにはほとほと手を焼いている」
「それでも、あの方はいろいろなことを知っている。いいことも、悪いことも。そういう方は、いい君主になれます。それに……」
 ミュラーのほうに顔を向け、目をまっすぐ見る。
「エステル君から、幼馴染だと聞きました。それほど長い間共にあるのですから、私などでは計り知れない絆がありましょう」
「絆、か。腐って糸を引いていそうだがな」
 あきらめた笑いを浮かべ言うとクスクス笑うユリア。
「きっと、もし貴殿になにかあったとしたら、オリビエ殿は必ず全力で力になるでしょう。その逆も、しかり」
「だといいがな」
「お二人の絆は、そういう絆だと思います」
 にこりと笑うユリア。普段の険しさが嘘のようだと感じた。
「ピューイ!」
 ジークが天空から舞い降りてユリアの肩にとまった。
「それは……クローディア殿の」
「ジークはもともと私の友です。殿下が学園へ入るとき、お供としてつけ、以来ずっと殿下と共にあります」
「学園でのクローディア殿のナイトといったところか」
「ええ。ルーアンとグランセルの間の連絡も彼に頼んでいました。導力通信より彼のほうが早い。なにせ、通信室から私のところへ届くまでに時間がかかる。ジークなら、直接私のところへきてくれる」
「軍内部の情報伝達に時間がかかるのはどこも同じか」
「どうにかしたいところですが」
 肩をすくめるユリア。ジークはミュラーをわずかに威嚇するように翼を広げる。
「こらジーク。威嚇などするな。……全く、エステル君やティータ君にはすぐに懐いたのに」
「……男の性とでも言うのかな。ジーク君は、クローディア殿のナイトであり、貴女のナイトでもあるのだろう」
「心強い限りです」
 ジークは飽きたのか再び空に舞い上がる。普段より近い空は目が痛いほど蒼かった。

「そういえば、先ほどの舞。どこで?」
「以前部下に東方出身の者がおりまして、その者から話を聞きました。後は実際に踊り手に指南を」
「よければ、俺にも教えてくれないだろうか?最近自分の剣に迷いがあるのだ。剣を舞いとして取り入れ、精神鍛錬に使う東方の習俗は知っていたが、さすがに帝国にそのようなことができる人間はいなくてな」
 ヨシュアと刃を合わせた際、自分の迷いが見えた。どうにかしてその迷いを断ち切りたいとずっと思っていたのだ。
「私でよければ」
「かたじけない」
「ついでに、ラッセル博士にも話を通しておきましょう」
「ラッセル博士?」
 突然無関係な名が出たのでミュラーは驚く。
「艦橋でエステル君と話しているのが聞こえました。このまま帝国に技術者たちを連れて帰られてしまうとこちらも困りますので、きちんと技術指導をしていただけるように」
「聞かれていたか。しかし、いいのか?」
「貴殿なら、わが国に押し入るなどという事態にはしないでしょう。オリビエ殿なら知識を良き力として使ってくださるでしょう」
「買いかぶり過ぎだ。俺たちは、10年前に君たちの国を侵略しようとした国のものだ」
「確かにそうです。ですが、人そのものに罪はない。そうではないですか?」
「……」
「もっとも、私がここでラッセル博士に話を通しても、最終的には陛下と殿下が判断するので、なんともいえませんけれど」
 できる限り口添えはさせてもらいます、と付け加えた。
「殿下が、そしてまたエステル君が、お二人を信頼しているのです。私も、信じます」
「エステル君はお人よしだし、クローディア殿はまだまだ幼い。それでも?」
「ええ。私自身も、信頼しています。共に戦えば、その人の人となりはわかりますから」
「……かたじけない」
 先ほどと同じ台詞を笑いながら返す。
「……じゃあ、お姉ちゃんたち、気をつけてね」
 幼い少女の声が後ろから聞こえてきた。ティータだ。見ればエステルたちがエレベーターを使おうとしている。エステルとヨシュア、他にジョゼットとオリビエの姿がみえた。
「今度は探索要員か。その方が俺の心労も減っていい。その代わりエステル君とヨシュア君には迷惑をかけるが……いなければいないでなにか無茶をしていないかと心配になる。全く迷惑な男だ」
 呆れた声を出すミュラーに、ユリアは笑いをこらえるのに必死だった。
「さて、そろそろ私は戻ります。準備がどこまで整ったのか、実際にラッセル博士に聞いてみないと」
 立ち上がりながらジークの舞う空を見上げる。ジークは地上のことなどお構いなしに舞っている。少しうらやましいと思うが、頭を振りアルセイユの方をみる。
「俺も行こう。斬り飛ばされた左翼、どうにかしたいところだ」
「確かに。お力、期待していますよ」
「善処させてもらう」
 二人は笑いながら、階段を下りていった。


「ちょっとちょっと。あの二人どーなってんの?」
「あの二人って……きゃーっ、オトナの恋ってヤツ?」
 駅に向かうエレベーターの中でジョゼットとエステルが目ざとく壁の上の二人を見つけた。
「ミュラー……ボクを捨てるんだね……」
「オリビエさん、その発想危険です」
 ヨシュアはオリビエの戯けた呟きが耳に入ってしまいげんなりした表情になる。
 その後、当然のようにアルセイユ艦内で噂になる。それぐらいなら黙殺できるが、オリビエのくだらない話も混じってしまったので、ミュラーは怒り狂ってオリビエに拳を入れたという。ユリアは少々顔を赤らめつつ、否定も肯定もせず仕事を実行していったとか。

END


なんですか、ミュラユリとでも言うんですか、つか何書いてんねん自分

剣舞は個人的に<けんばい>と読んで欲しいかもです

東北の方の鬼剣舞がイメージです……実際に見に行ってみたいところ

あくまでイメージですので実際をご存知の方、ツッコミはなしでお願いします……勉強不足ですいません

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