もう後は無いのだと、懸命に市街の様子を聞くクローゼを見ながら思った。アーネンベルクは真っ先に打ち破られ、怒涛の如く帝国軍が押し寄せてきている。手引きした人間が捕らえられたときにはもう戦車が目の前。まとめて吹き飛ばされた現場を見た。
「……傾注、傾注!」
 クローゼが壇上に上がり、生存兵たちに注意を促す。
「城内の兵はすべての通常業務を停止。リベール王国王太女クローディアの名のもと、対内乱特殊戦術最終項を発令」
 ざわめきが漣のように伝わった。
 対内乱特殊戦術。結社絡みのクーデターが起こった際、新たに作られた戦闘マニュアルである。最終項は別名SADの略称で知られていた。
「行きなさい。行って、戦いなさい!」
 壇上からの声に散る兵たち。後にはクローゼとユリア、そして彼女の部下たち。壇上でへたり込んだクローゼを慌てて立ち上がらせる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。あんな命令……出したくなかった……」
「殿下、いけません。まだ、終わっていない」
 主を見つめる。眉根を寄せながらクローゼも、この年上の、長い間共にいる部下を見上げた。
「殿下は象徴。そして、命令に責任をもつ人。それが、貴女の役割。まだです。なに、今に将軍や准将が巻き返してくれる。まだツァイスとルーアンは生きているのだから」
 笑いかけながら諭す。
「旅先の遊撃士たちも戻ってきていると報告があります。エステル君や、ヨシュア君がいればきっと」
「……そう、ですね」
「そうです。殿下が信じてくれれば、我々も征けます」
 頷き、部下をみる。彼らも頷き返した。
「殿下。……征ってきます」
 踵を合わせ微笑みながら最敬礼。そして、部下を数人護衛に残し、残りを従えて王城を飛び出した。

 美しかった並木をなぎ倒し戦車がその上を闊歩する。街並みは崩れ果て、各所から火の手が上がっていた。
 これが王都とは。面影の無いホテルの前を走りながらユリアは涙が出てきた。百日戦役時には王都が落ちることは無かったが、今は。
 王都で生まれ、王都で育った。友と遊び、迷って泣いた路地も、父を送った墓も、クローゼとこっそり行った百貨店も、もうない。並木の下で愛を語らう恋人たちも、港から荷物を運んでくる男丈夫たちも、夕餉の献立に悩む人たちも、みんなみんないなくなった。代わりに瓦礫の上で帝国兵と王国兵が血で血を洗っている。
 駆け抜けざま、人を切り倒す。王国兵でないことは確かだ。走りながら服の端で血を拭い、また次の動くものに対して剣を振るう。動力機銃がバラバラと音を立てて鉄の弾をはじき出して、それに部下たちは一人、また一人と倒れていった。
「アドルフ! ブランク! ライン! バイゼ!」
 倒れた部下の名を、涙に負けないように叫ぶ。
「先に逝け! また逢おう!!」
 半壊した教会の前に帝国の戦車が威容を放っていた。その砲口が向いているのは自分の家の方角。自分の今までがなくなる。
「らぁっ!!」
 地を蹴って空に舞う。上段から戦車の上にいる帝国兵に剣を叩きつけ、頭を割った。強烈な血の匂いと飛び散った脳漿。即死した兵を放り出し、中にいる砲手の首を締め上げる。
「貴様ら……何が理由でこんな!!」
「し、しらね……俺たちは……ただ上から……」
「っ!」
 三下を相手にしても仕方が無い。頭に上った血は少し引いた。掴んだ首を離さず戦車の壁に思いきり当て気絶させる。
 確かにあまりいい噂はながれてはきていなかった。女王やクローゼが何度も外交の場に出向き、必死で交渉をしていたが、今となってはそれはまったく功を奏さなかったのがよくわかる。ハーケン門が破られたと伝令が入ったときにはもうボースとロレントは帝国の手に落ちていた。そして今、グランセルも落ちようとしている。
 兵の死臭が鼻につく。狭い戦車の中にいる道理はない。梯子に手をかけあがろうとしたときに、以前に見せられたことのある紋章をみた。
「……これは第七機甲師団紋章……第七!?」
 やりあうことがないように全力で上と戦う、と笑った男が瞬時に思い浮かぶ。戦車から飛び出し、足元の瓦礫を砲身に詰めて、王城への道を走った。
 確信があったわけではない。ただなんとなく、そこに行けば逢えるような気がしたから。
「まさか。まさか、まさか、まさか!」
 口に出しながら、無節操に撃ってくる大砲を避けた。機甲師団はもっとも導力化されていると聞く。確かにそのとおりだが、身をもって体験したいわけではなかった。
 大砲の合間に散弾の雨。致命傷にはならないものの、確実に体力は奪われていく。王城入り口で部下が苦戦しており、そこへ飛び込んだ。
「お前たちは殿下を守れ! ここは自分が引き受けた!」
「隊長が殿下を!」
「自分でも傷つけることが叶わない相手がくる! だから、行け!」
 一瞬顔を見合わせた部下たちは、すぐに王城の中へ入っていった。その間に邪魔をしてきた帝国兵をなぎ倒す。
 まだ城内にまでは乱入されていないようだった。女王宮では女王とクローゼが泰然と座っているだろう。あの人たちのためになら、何も惜しくない。そう信じて逝ける。
 何か大きなものが爆発する音が、教会の方から聞こえてきた。そちらに気を一瞬取られた時、反対側に帝国兵の集団が現れた。
「……」
「……」
 無言で視線を合わせるユリアとミュラー。制止するまえに男の部下たちが突撃をしてくるが、巨大な竜巻を発生させて弾き飛ばした。風が収まった頃、立っているのはユリアとミュラーのみ。距離を保ったまま、離れない視線。
「何故、ここに」
「何故? 貴殿がそれを聞くか!」
 あえて発せられた疑問を一蹴すれば双眸から涙が溢れ出す。
「……戦域にいるすべての生き物は、それが確実に味方であると判断できない限り、すべて滅殺せよ……」
 泣きながら切っ先をミュラーに向けた。
「対内乱特殊戦術最終項、通称、見敵必殺サーチ・アンド・デストロイ。……最後にして最低の命令」
「俺も、その命令を受けている。……俺は宰相の受けは悪い。だから、最前線のここに回された。逢うまい、逢いたくないと思った。これでも兵たちを押さえてきたのだが、無理だったか」
「部下はほとんど喪われ、たとえ守るべき人すらいなくなろうと、自分はこの国の兵。そこに貴殿がいるならば戦うが道理。でなければ、先に逝った部下に怒られる……」
 男も剣を抜いた。どこかで王国兵を切ったのだろう、紅い滑りが目に飛び込んだ。怒りはない。彼女もミュラーの部下を殺している。
「ユリア、本当に、やるのか?」
 まだ完全に復調はしていないだろう? そう問い掛けてくる目。
「自分はこの国が好きだ。貴殿を愛するのと同じほど、この街を愛している。愛するものを奪われ、憤怒せぬ方がおかしい。……今更出会わなければよかったと、嘆くことはしない」
 涙は流れつづけるが毅然とした言葉。
「クローディア王太女殿下付きリベール王国親衛隊が中隊長、ユリア・シュバルツ」
 ぼろぼろの青い軍装が風になびく。女の名乗りを聞きミュラーも構える。
「この命賭して。……征くぞ!」
 吼え、剣を合わせた。金属が軋む。力比べでは負ける。戦術オーブメントを片手で操作し、小さな炎をいくつか飛ばす。顔を顰めながらミュラーはそれらを払う。その隙に離れ、また飛び掛る。
 遠当てを使うのはいつかの模擬戦の時に知っていた。だが、今度は惑わされない。体中の傷の痛みが、愛する街を壊された痛みが、なにより、愛する男とどちらかが倒れるまでの戦いをしなければならない痛みが、ユリアを捉えて離さない。催眠は万能ではない。本当に嫌だと思うことや、他に気をとられていることがあるならばかかることはない。
 何度も、何度も刃は合わされる。オーブメントを吊っていたチェーンが切られ、落ちた弾みでクォーツが外れた。直す時間など皆無。万に一つあった勝てる可能性も皆無。だがユリアはやめなかった。やめられなかった。
「もういい! 捕虜にでもなんとでもできる! 俺に、貴女を斬らせないでくれ!」
 貴女ほどの腕の相手では、手加減ができないのだ。風圧で肌が切れ、うっすらと血がにじんでいる顔がゆがむ。
「無理だ! もう、止まれない!」
 こんな事態になりさえしなければそのまま消えていったユリアの中の黒い塊。添い遂げられはせずとも、優しい時間を共有できる相手。突然の有事にすべて灰燼に帰した。
「もう……消えない……!」
 泣き叫びながら剣を振り上げる。抱きとめようとする手を巧みにすり抜けて護身剣を突き出す。ミュラーは下に滑り込み、即刻態勢を立て直す。そこへまた両手に剣を持ったユリアが飛び掛ってくる。
「はあっ、はあっ」
「そんなに肩で息をしているような状態で……何をしているんだ。お願いだ、もうやめてくれ」
「ミュラー殿、貴殿ならば、そう言われてやめられるのか?」
 言われた言葉に対して返事ができない。躊躇ったところにユリアが捨て身の攻撃を仕掛けてきた。体すべてを剣と一体化して、一点のみを目指して。その疾さは、ミュラーですら驚くほど。
 だから。
 避けられなかった。逆に一歩踏み出しユリアの間合を崩す。手は勝手に動く。死にたくないという、根源的な欲求の元に。嫌になるほど正確に急所を刺す。抱きよせたいはずなのに。
 そして。
 黒の剣は、ユリアを貫いた。
「……ああ……やはり、敵わない」
 手から剣が滑り落ちた。ミュラーも自分の剣を放り出し、その腕にユリアを抱きとめる。血に塗れたユリアを抱くのはこれで二度目。
「二度目など……あって欲しくなかった!」
「……先に……逝きます。次は、次こそは……貴方と、添い遂げる為」
     さ き
 私は未来へ。体内の黒い塊を消して、真っ白のままで出会えるように。
「嫌だ! 逝ってくれるな! 俺は今の貴女が欲しいと言ったのだから!」
 言いながら周りを見る。誰か王国兵でもいい、通ってくれれば。
「ありがとう、ございます」
 消え果てる笑み。
「きっと、貴方も、私も、逝くところは同じ。……死の、先があると、いうのならば」
 嫌な水音を立てて大量の血を吐き出す。
「そこで……また、逢いましょう。……お待ちしています。……いって、きます」
 力が入らなくなってきた手を持ち上げ、そっと男の頬に触れる。そこは確実に濡れていた。咄嗟にその手を掴む大きな手。うっすらとあいた口に己のそれを重ねる。まるで、そこから出て行こうとする魂を押し戻すかのように。
 ユリアの視界は段々と暗くなり、僅かに暗闇に閉ざされた。が、すぐに開ける。一面の、青。
 この青には覚えがある。視線を下に動かせば雲海。
 これは、空の高みだ。
 そうか。
 ならば、私は、あおに、溶けるのだ。
 それで、いい。
 そうすれば、あの人が日の下にいる限り、傍にいられるから。


「……エレボニア帝国、第七機甲師団所属少佐。オリヴァルト皇子殿下専属護衛、ミュラー・ヴァンダール。ユリア殿……確かに、貴女の命、自分が受け取った」
 急速に冷えた体。力なく落ちた手。長い、長い間抱きとめていたが、もう、どうにもならない。抑揚の無い声で呟く。
「だが、本当は、欲しくない。貴女は、もう、ここに、いない」
 いない。音にしたとき、ミュラーの心のどこかで堰が崩落した。最奥から濁流が押し寄せてくる。ただ涙だけがボロボロと落ち、ユリアの顔の血を洗い流す。声は出ない。喉の奥で息が蓋をしている。
 獣のように泣き叫ぶことができるのなら、それはどんなにか気分を落ち着かせたことだろう。人は激しく感情が動く時、逆に嫌になるくらい反応がなくなるのだと、今更ながらに知った。
「……すまない。貴女の背中は、守れなかった」
 ただ愛した女と共に暮らしたいと願った。それは無理でも、せめて安らかな時を共有しつづけたかった。
 亡骸を抱えて立ち上がる。
 何が理由でこんなことになったのか。オリビエは考えうる方法すべてを使って回避しようとしていたが、先手先手を打たれていた。唯一回避可能に思えた現皇帝の説得も無に帰し、襲撃未遂のおまけまでついた。そして、動き出した波はよほどのことがなければ止まらない。
「この国が、結社にかき回されたように、帝国も、誰かにかき回されている。……そんな、くだらない理由で、俺は愛した人を喪った……」
 王城へ入る。親衛隊士に囲まれた。
「……クローディア殿! 声が届くところにいらっしゃるか! 自分はミュラー・ヴァンダール! 貴殿に、どうしても頼みたいことがある!」
 声が反響した。その残滓も消え、反応は無い。周りの隊士たちはじっくりと間合を詰めてくる。こちらは先ほど剣を放り出しているし、何よりユリアを抱えている。
 このまま斬られてしまえば、この人の元に逝けるだろうか。
 目を閉じた。
「おやめなさい。武器を下ろして。……ミュラーさん、こちらへ」
 年若いが見るたびに女王候補としての威厳を備えつつあるクローゼがいた。
「頼みたいこととは……あっ!」
 男が抱えているものがなんなのか気が付いたようだ。唇がわなわなと震え出す。
「この人を。……丁重に、葬って下さい」
 柔らかい絨毯の上に横たえる。
「……ユリアさん」
「自分が、この人の命を、預かりました。……預かりつづけても、いいでしょうか」
 本来なら彼女が預かるべき命だ。だが、先ほどは欲しくないと思ったが、さりとてクローゼに渡したいわけではない。
「その前に、一つだけ、いいですか?」
「何なりと」
「貴方、なのですか?」
 真っ直ぐな視線がミュラーを射抜く。応じて、頷く。
「……ならば」
 ユリアの死に顔を眺める。泣かないのは気丈さか、それとも次期女王としての責務か。
「貴方に、預けます。この笑顔なら、そのつもりだったでしょう。私が受け取ってしまうと、きっと安らかに眠れないだろうから」
「……感謝します」
「もう一つ、これも」
 ユリアの耳から一つ、ピアスが外された。
「二つはお渡しできません。対のものを片方もっていれば、いずれ、どこかでまた逢えると、昔語りにあります」
 対であってこそ用を成すその絆。それは死すらも超える強い道具の業。
「……」
 渡されたピアスを握り目を閉じる。また涙が落ちる。クローゼの前だが気にならなかった。
「必ず出逢えます。そのときは、ユリアさんを、今度こそ幸せに、してあげてください」
「了解しました」
 帝国風の敬礼を返し、出口へ向かう。じっと見守っていた隊士たちがざわめくが、クローゼの一喝でおとなしくなった。立ち止まり振り向く。
「……自分が城門で時間稼ぎをします。あと少し。きっと、オリビエがカシウス准将殿や遊撃士たちとともに、この争いの原因を排除してくれるだろうから。……自分には力がない。軍に属しているというそれだけだ。そして、それに縛られてここにいる。オリビエの護衛など、実のないもの」
 上官として部下に責任がある。だからここにいなくてはならなかった。
「わかりました。……さあ皆さん。城内の方々の誘導を続けてください。女王宮へ全員集めるのです」
 隊士たちはしぶしぶといった様子で散る。絨毯の上で目を閉じる己の上司に敬礼をしながら。
「……」
 男は外へ消え、とても争いの真っ只中とは思えないほど静かなホール。
「ユリアさん。……貴女は、幸せでしたか? 私は、貴女に逢えて、幸せでした」
 給仕の控え室から一連の様子を見ていたヒルダが、クローゼの肩を抱いた。
「ヒルダ夫人。今だけでいいです。私に、私に時間を」
「ええ、わかっています。こちらへ。……ほらみんな。ユリアさんもこちらにつれてきて」
 半泣きの給仕たちが出てきた方へクローゼとヒルダは向かった。

「少佐! そこをおどきください! 本部から、女王と王太女の拘束連行命令がでているのです!」
「……断る」
「なぜです!」
「気に食わないからだ」
「そんな問題ではありません、少佐!」
「気に食わないといったら気に食わないのだ!」
 ユリアが逝ったその場所で、問い掛けてくる小隊長に叫ぶ。
「ぐ、軍法会議ものですぞ!!」
「それがどうした! 気に食わないものを気に食わないといえずして、何が生きているといえるか!」
 拾った自分の剣とユリアの剣をそれぞれに構える。帝国兵たちはその殺気に逃げ出し始めた。そこへ場違いな涼やかな音が割ってはいる。所持していたアーティファクトの出力を最大に上げるとオリビエの声が響く。
(ミュラー、遅くなってすまない。だが、責任者は排除した。大儀はボクたちに向いた!)
「……わかった」
(オリヴァルトの名で帰還命令を出す。そこに他の兵がいるなら、つれて帰ってきてくれ)
「了解」
 返事をしながら無表情に小隊長をみる。歯軋りしながら兵たちは走り去っていった。出力を下げる。
(ミュラー、そちらはどうなっている? 被害状況は? 押さえられなかったか?)
「……俺だけでは、流れは止められなかった。グランセルは半壊だ……。貴様が好きだった、アイス屋もなくなってしまった」
(それは残念だ……人死は?)
「どこの誰かしらんが出した皆殺し命令のおかげで、兵士だけでも常駐の半数以上は逝っただろう。一般人も逃げたか逝った……応じて王国側も皆殺し命令。みんなで殺し合いだ」
(……それは)
 通信の向こうで息を飲むのがわかる。
「争いという激流の中では、個々の想いなど浮塵子のようなものだ。簡単に、あまりに簡単に、消え果てる」
(ミュラー、なにかあったのか?)
「……これより帰投する」
 通信機からの声は雑音にしかもう聞こえない。自分の心臓の音が耳に痛いくらい響いている。手にしていた剣を二本携えて。
「約束だ。必ずいく。待っていて、くれ」
 目を閉じて敬礼をし、そのまま帰還の途に付いた。


 あの日から青が嫌いになった。服はもちろん、青空すら憎い。ただ唯一、形見の水色のピアスだけは肌身はなさず持っている。
 
 いってきます。

 いってきます。

 いって、きます。
 
 最期の言葉がまだ響く。「いってきます」と聞いた後には必ず戻ってきた。なら、いつか戻ってくるのか。ありえないことに頭を支配された。
 自室のカーテンを引き、青空が目に入らないようにテーブルに突っ伏する。用事の無い時はずっとそんな状態だ。クローゼから聞いたのかオリビエは何も言わない。その優しさが痛かった。
 罵ってくれればいいのに。
 その方が、いい。愛した人を斬ったなど最低だと罵ってくれれば。だがオリビエは何も言わない。いっそ己で命を絶ってしまいたいと自棄になったことはあるが、結局できなかった。今の彼は、ユリアの命も背負っているから。預かったそれをどうこうする権利はない。
「……逢いたい」
 リベールと帝国とで離れているのではない。彼岸と此岸、その差はあまりに大きい。
 コンコンと音がした。ドアかと思うが違う、窓だ。窓を開ければ青空が目に入る。どうせオリビエくらいだろうと思い無視しようとした。だがひたすらに続く。一旦気になるとずっと気になりつづけるもの。仕方なくカーテンを開けた。
「……誰もいないではないか……」
 ここまできたなら、と念のため窓を開けて確認する。だが誰もいない。何かがあたるような木の枝もないところだ。首をかしげる。そこへ、何かが真っ直ぐに飛び込んできた。一陣の風。
「……鳥……白い。……ジーク君か?」
 鳥は部屋の中を旋回し、出してあったピアスを嘴にくわえた。
「あっ!」
 もっていくな、それだけは!
 咄嗟に伸ばした腕に降りる。恐る恐る手をだすと、掌にそれが返される。鳥を見れば、悪戯好きそうな目がこちらをみていた。それはちょうど、ユリアが彼をからかう時のように。
 気が付いた。片目が青い。ジークではない。その瞬間に鳥はまた舞い上がる。あけたままの窓から飛び出していく。思わずバルコニーへの大戸を開け、ミュラーも飛び出した。久々の青空が目に痛い。その青の中を優雅に旋回していた。
「……」
 青が目に痛いのか、心が何もかも理解したことが痛いのか。ない交ぜになり涙が零れる。偶々通りかかったオリビエが何事かと心配して声をかけてきた。
「……居た」
「え……」
「ユリアは、あそこに」
 指すほうをみればただ青い空。飛んでいた鳥がちょうどどこかへいってしまう、その時。
「空に、いたのだ」
「……ああ、彼女なら、きっと空にいるだろうね。さあどうするミュラー。今までのキミの、その情けない姿。全部、見られているよ」
「そうか。そうだな」
「とりあえずその涙を拭くといい」
 差し出されたハンカチを手にとり荒っぽく涙を拭く。
「すまん。心配をかけた」
「何、構わないさ。そんなキミの弱弱しいところを見るのも一興」
「貴様は……」
 ようやくいつもの軽口が戻ってきた。多分自分も、元に戻れる。ユリアはいないが、それを乗り越えてみたい。

 結局、その鳥は以降姿をあらわさなかった。ただミュラーは確信していた。自分が死ぬ時、きっとその鳥が迎えに来るだろうと。
「その時には、もう一度舞を教えてくれ」
 そっと教えられていた墓。帝国に程近く、けれど王都の方へ向いたそのエピタフはこう刻まれていた。

  その身に絆を刻み生き抜いた蒼き騎士
  空の果てより愛するものを見守る
  誰を憎むことなくただ愛だけをその胸において

 ミュラーが鳥に出逢った時にはまだ墓碑銘は刻まれていなかったという。あの日、オリビエにもらした言葉がこんなところに使われるとは思っていなかった。
「返しておく。あと、俺のも預かっておいてくれ。また逢えたら、返してもらうからな」
 穏やかな笑みをたたえながら、自分の剣と、あの時拾ったユリアの剣を突き立て、その場を後にした。

Ende.


 某日の、たった一行の日記からこんなもんできました(汗)。と、止めてください私を。
 ヘルシング、スケバン刑事、パタ、ヴァルキリープロファイル1あたりが適当に混じった感じです。つか、中の二つは何だ自分。書き始めたら止まらなくなって朝日が久々にすがすがしかったです(その後陥落)。
 誰でしょうね、死亡フラグ立てた人。ただ、バッドエンドじゃないと思いたい。どうしてもここのカップルだと、結婚して幸せに暮らしました、が思い描けなくて、これも一つの結末だよなぁ、とか思ったり。何が一番いけないって、帝国がリベールに襲撃に来る理由が弱い。でも書きたい。
 ちなみに写真は私が適当に田舎で撮ったブツ。電柱消すのに苦労した(謎)。

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