紙は光で劣化する。何代か前の司書はそれらを暗所に置くことにして、それ以降どんどんと溜まっていっている。整理をしてはいるが、それよりも日々の雑務と追加される文献のせいで、今の司書は半ば諦めていた。一応は時代順なのだが、時折三十年前の棚に十年前の文献が混じってしまっている。
 屋敷にいた頃はあまり用事はなかったが、いまやここにしか記録が残っていない。繰り返される内乱のため、皇城に置かれていた貴重な文献の大半は失われてしまったのだ。
 ヴァンダール家にある記録にそれほど偏りはなく、宰相側からも皇子側からもさまざまな資料が集まってきた。そこに、探し物をするためミュラーはもぐっている。薄暗い明かりが塹壕訓練を思い出させて少し嫌だが、紙とインクのにおいはそれほど悪くはない。
「あるとするならここだけなんだが……」
 念のため、と別の書架にも目をやり、しばらく本を出しては片付け、を繰り返す。午後の鐘がどこかで鳴り少し焦る。信頼できる部下と近衛長にオリビエの警護は任せてあるが。
 焦りが行動に出たのか、棚から一冊取り落とす。それを拾い上げると、まさに探している記録だった。百日戦役の記録。たった十年程前の記録が失われてしまう皇城はどうかしている。皇帝は子孫を残すのが役割だが、それが火種にならない方法も考えてほしいと、聞かれたら極刑になりそうなことを思いながらページを繰った。
「…………これか」
 目的の名を見つけそれを魂に刻む。憤怒に流されそうになるが今は意味がない。息を大きく吐いて体を抑えつつ、明かりを消して資料庫から出た。
「アルマ女史。頼むからもうすこし整理をしてくれないか?」
 ミュラーが屋敷を出る前から資料庫を管理している司書に声をかける。
「善処はしますよ」
 さらっと返されたのを感じ、今しばらく整理は無理だろうなと肩を竦めた。

「なんだ、もう行くのか。猫の手も借りたいぐらい今忙しいのだが」
「兄さん……あんまり俺と関わると、ろくなことにならんぞ」
 何かを紙に書き付けながら次期当主がミュラーに声をかける。あまりに無防備だ。余計な噂が立てばヨハネスに迷惑がかかると、こっそりと屋敷に帰ってきたのが意味をなさなくなってしまう。
「今はこんな状態だが、きっと大手を振って帰ってこれる日がくるだろうさ。そのときまであまり親しくしない方が……」
「わかっている。とはいえ、滅多に帰ってこない弟なんだ。懐かしくもなる」
「勝手に懐かしがらないでくれ」
 同時に軽く笑う。
「そうそう、お前のいい人はどうなった? 来るのか?」
「……ああ」
「そうか。それは楽しみだ」
「リカルダ義姉さんに言うぞ」
「馬鹿。愛人の一人や二人、ヴァンダールの当主が作らなくてどうする?」
 軽口。だが頭に血が上ってくるのがわかった。そこでムキになればきっと相手も応じてくるだろう。必死で抑えるため深呼吸を一つして。
「普段逢えないからな。これから結婚する兄さんの目の前で、これでもかというぐらいにベタベタしておいてやる」
「……お前がそんなことを言い出すとは」
 少し驚いたように口を尖らせるヨハネス。
「殿下の影響、だろうなぁ」
「……」
 自分でもそうだとは思うが、認めてしまうのはなんとなく癪なので沈黙を保った。
「しかし、早いもんだ、四ヶ月なんて。ついに当主か。お前にやってもらいたかったんだがな」
「俺は器じゃない」
 未練がましいヨハネスに短く断じて肩を竦める。
「そんなことはないと思うが。お前もヴァンダールだ」
「その重さに耐えられないから、俺はこの屋敷を出たんだ」
「……」
 兄から視線をそらせばバタバタと給仕が駆け回っている様子が目に入る。帝国貴族として第二位の地位にあるヴァンダール家。その当主襲名披露と婚姻の儀ともなれば、帝国中の貴族たちが集まってくる。
「そういえば……いつ頃来るんだ?」
「……! 今日だ!」
「……ちょっと待て。こんなところで俺と話している場合じゃないだろうが」
「すまん兄さん、またいずれ!」
「おうおう、行って来い行って来い。どうせ殿下と一緒に来るだろう、そのときにな」
 後ろから声をかけてくるヨハネスも無視して屋敷から飛び出していった。


 民間船でここに来るのは初めてだ。
 たわいのないことを思いながらユリアはタラップを降りる。残してきた仕事が気になるが、ここまで来たのだから考えないようにしようと辺りを見回す。同じ船から下りてきた乗客と、以前より多く配置された帝国兵たち。
「……兵として訓練を受けているようには見受けられんが……」
 以前来た時はそんなことはなかったように思う。が、しまりのない態度が、着崩された軍服が、どうも異質だ。とはいえ、今度こそ完全に私用で帝国まで来たのだ。自分が口を出すことではない。ホテルに行こうと、足元の荷物を持って歩き出す。
 ホテルでミュラーと落ち合うことになっている。どのタイミングで彼の兄と会えばいいのかわかっていないのだ。
「手紙の様子では、実際にパーティが行われる前に会うようだったが、どうなることやら」
 ミュラーに会える嬉しさと、その兄に会うという緊張でため息がこぼれる。来たのは来たがどうにもまとまりのつかない気持ちで案内板へ近づく。幾人かの観光客らしき人間と、帝国兵がいた。
 その兵はちょうど案内の目の前に立っており、わずかでもどちらかに寄ってくれればと皆が思っているようだ。ユリアも肩をすくめながら脇から板を覗き込んだ。
「……ふむ。空港をでてすぐ右手にあるのか……」
 つぶやいた声に反応したのか、兵がユリアを見た。
「あっ! もしかして!」
「……?」
「シュバルツ大尉殿!」
 耳元で怒鳴られ頭を振る。眉間に皺を寄せながらユリアは初めて兵の顔をまともに見た。若い男で、以前にどこかで。
「……ええと……」
「自分はホルスト・ヴァイス上等兵です!」
 ホルストという名は覚えがある。
「あの、ホルストか?」
「はい!」
 嬉しそうに歯を見せてホルストが笑う。
「本日はどうされたのですか!? ご公務ですか!?」
「こっちに来い」
 あれこれと小さくない声で聞いてくる若い兵。ユリアは辺りを気にしつつ、袖を引っ張って往来の邪魔にならないところに行った。
「少しは周りをみてくれないか? 休暇のとき、目立ちたくはないだろう?」
「あっ、もうしわけありません……」
 先ほどの勢いはどこへ、とばかりに尻すぼみになる声量。いつも自分の部下を叱るように、先ほど邪魔になっていたことを続けようとし、慌てて言葉を飲み込む。言ってしまうと、口出しはしないと決めたのが無駄になる。
「自分は……まあ、観光のようなものだ。では、警備を続けてくれ」
 簡単に伝えて今度こそとばかりにホテルへ向かう。少々不満そうにしたホルストだが、何も言わずにユリアを見送った。
 案内のとおりに進めばすぐにホテルは見つかった。フロントで名を告げる。案内を受け、部屋に入ると皇城が窓から見えた。グランセル城が湖上ならこちらは山の上である。グランセル城より堅牢な城壁が威容を誇っており、内乱が繰り返されていることを物語っていた。
「聞いたところによると、皇帝が代わるたびに何がしかの争いがおこっているというな……」
 民衆が叛乱をおこすことは少ない。皇子たちの間で争いがおこるのがエレボニアという国だった。
 荷物を壁際におき、窓から外を眺める。じっくりと外から皇城を見たのは初めてだ。そして視線をそのまま横へずらす。右側に少し下がったところに、皇城ほどではないが大きな屋敷が建っているのがわかった。
「あれが……」
 いろいろと考えそうになるが、現状ではそれよりももっと根本的なところで障害がある。考えるのは後だ、と頭を振った。
「ああ、後だ。本当に、後だ」
 窓際から伸びをしながら離れて寝台に横になる。国際定期船の速度も安定性も良くなっているのだが、普段自分が乗っている軍艦に比べればどうしても劣り、体も疲れる。あちこちこわばっているところを伸ばし、目を閉じた。

 部屋に設置されていた通信機の呼び出し音で目がさめた。覚醒しきっていない頭でそちらに行けばフロントから。客が来ているとのこと。
「す、すぐに行きます!」
 一瞬で覚醒をし手荒に送信筒を機械に引っ掛ける。少し寝癖のついた髪を無理やり撫で付けるがすぐに元に戻ってしまう。
「ああもう、何故眠ってしまったのだ!」
 つぶやきながら何度か試すが結局徒労。諦めて貴重品を手に部屋から飛び出していった。
 眠っている間に夕方になっていたようで、やわらかいオレンジがロビーを染めている。階段を駆け下りてきたユリアは、とりあえず息を整えて深呼吸をする。と。
「そんなに慌てなくとも、消えたりはしないさ」
 聞きたかった声。
「以前に再会したときは驚かされたから、逆に驚かせてみようかと思っていたのだが……野暮用が長引いたせいでそれもご破算になってしまった」
 冗談めかした物言いに心が波打つ。それを知られないようにと願い、振り返った。
「どうも、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだ」
 壁際に腕組みをして立っている姿。そうだ、いつだって想像のミュラーは腕組みをしていた。それがそのまま目の前にある。
「相変わらず、ですね、その癖」
「……ん?」
 怪訝そうな顔になるがすぐに笑う。
「自然とこうなるだけだ」
「それを癖というのですよ」
「まあ、そうだな。……夕食は?」
「ホテルで、とは思っています」
「いいところがある。案内しよう。……もっとも、リベールの食事に慣れている人には少しつらいかもしれないが」
 わずかに視線をそらしつつ出された手を見、頷いてからフロントに向かう。拍子抜けをしたとミュラーが手を引っ込める前に戻ってきて、そっと手を取った。
「止めてもらわないと二回も夕食は食べられません」
 片目を閉じてユリアは笑った。
 大通りを少し皇城に向けて歩くと市に入った。夕暮れ時にも関わらず売り口上が賑やかで、人もグランセルの市よりも多く出ているのがわかる。そんな人ごみをミュラーはスタスタと歩いていく。下手をすれば見失いかねないが、つないだ手がそうならないようにユリアを連れて行く。やがて狭い路地の、一見普通の民家のような家の戸口に立つ。
「ディーター! おい、ディーター!」
 取っ手を回すが開かないことに気が付き、若干手荒に戸を叩きながら誰かの名を呼んだ。ややあって鍵が開けられる音がして男が顔を出した。
「誰だよ。今日は休みだって言ってるだろうが」
「誰に言ったか知らんが、俺は連絡していたはずだぞ」
「……なんだ、お前か。もうちょっとおとなしく呼んでくれ」
 少し眠そうな目を擦りながらディーターと呼ばれた男は二人を手招きした。中に入ると普通に食堂だ。
「知る人ぞ知る、といった感じですね……」
「わかってるねお姉さん。……って、アンタは?」
 どう答えようか迷っているとミュラーが口を開く。
「連絡したときに言っただろう? 連れがいるから二人前だと。詳細は後で話す。お前にぐらいは」
「へいへい。ああ、どこでも座ってくれ。どうせ休みだしな。どっかの軍人のせいで台無しだ」
 一旦言葉を切ってディーターがミュラーの顔を眺める。
「……久しぶりだ、本当に」
「ああ……元気そうでなにより。少し、太ったか?」
「お前みたいに毎日訓練やオリビエに困らされたりしてないからな」
 ミュラーが肩を竦めたのを合図に店主は厨房へ入った。近くのテーブルに座るが、ユリアは一体何を聞けばいいのかわからない。ややあって持ってこられた水を飲んで口を湿らせる。
「あの……こちらのご主人は」
「幼馴染、だ。あの迷惑者以外幼馴染がいないとは言っていないぞ」
「……ああ……」
「もともと香辛料を扱う店の出で、自然とこうなったと。俺が思うには、帝都で十七番目くらいには美味い」
「なんだその数字は! お前もっと手心をだな!」
 厨房から声が返ってきて、ミュラーはやれやれと頭を振る。
「基本は帝国料理だが、共和国の味もそのまた向こうの国の味もリベールの味も知っている為、いろいろあるわけだ。確か、嫌いなものは特になかったはずだな?」
「ええ……覚えていらしたのですか」
「もちろんだ」
 さも当然のように返事をされ、ユリアは頬が熱くなった。
「……今日は、非番なのですか?」
「午前中までは城に詰めていた。午後からだ」
「……お疲れ様です。そして、ありが……」
「あいよ、とりあえず前菜だ前菜。こっちのテーブルに容赦なく置いていくから、食いきらないと承知しないぞ」
 豪快に切られた野菜ボウルが隣のテーブルに置かれる。次いで酒のビンを何本か。
「何が好きか今ひとつよくわからんから、好きそうなものを勝手に飲んでくれ」
「おごりか?」
「ありがたーい友人価格で二割増だ」
「じゃあオリビエにつけておいてくれ」
「りょーかい」
 ディーターから酒瓶をうけとりユリアに向き直る。
「……今、なにか言いかかってなかったか?」
「いえ……なんでも。あの、酒はあまり強くないものが……」
「それもわかってる。今度寝てもホテルまでは連れて行くが、その後目覚めたときは前回と違う、かもな」
「……なら、強くてもいいですよ」
 悪戯っぽく笑いながらつぶやくと酒を選ぶ手が止まる。
「相変わらずだな、不意打ちは。その気になるぞ」
 笑ってまた酒を選び始めた。

「へぇ。じゃ、リベールの。お前がうちに連れてくるぐらいだから、ただ事じゃない関係の人だとは思っていたけどな。いつもそうだし」
「もっと言いようがあるだろう。それだと年がら年中ここに誰かを連れてきているみたいじゃないか」
「休みの日を狙って連れてくるようなありがたい友人だから、いやみの一つもプレゼントしたくなるさ。……ああ、シュバルツさん、だっけ」
 ユリアが頷くのを見て続ける。
「確かにこいつ、気になった人をここに連れてきてたが、二、三年に一回くらいだったよ。しかもその後きれいに振られてばっかり。なにやってんだか」
「余計なお世話だ」
「ひっひっひ。よし、このシュバルツさんにあることないこといろいろ吹き込んでやる。さ、食べた食べた。冷えると不味いぞ」
 ミュラーとユリアの肩を叩いて豪快に笑う。それでは、と揚げてある魚に手をつけた。
「……これは」
「んー、リベール風の魚のから揚げだ。どうだい?」
「ああ、いい感じだと思う。一瞬国にもどったかと思った」
「じゃ次。こっちはどうだ?」
 ニコニコしながら葉野菜を湯通ししたものを差し出してくる。
「こっちは……共和国?」
「さっすが。ミュラーから料理は知ってる人だと聞いてたから期待してたんだ。期待通りだった」
 次々にあれこれとユリアの前に皿を出していく。
「ディーター、俺にも給仕して欲しいんだがな」
「誰が好き好んで野郎になんか給仕するか。勝手に取れ」
「なんて店主だ」
「今日は店は休み。だから俺は店主じゃない。わかったか」
「あの……今日伺うことになったのは自分のせいです。どうしても休みがとれなくて……申し訳ない」
 ユリアが頭を下げると男二人は顔を見合わせる。
「あああ、違う違う、頭あげてくれ」
「今日は通常営業日のはずなんだ。勝手に休みにしたのはディーターだ」
「『あまり知られてはいけないんだ』とか言い出すからだぞ。どんな大物がくるかと思って、ビビって他の客締め出しちまったよ。まあ確かに大物がきたけど。リベールの王室親衛隊で中隊長で艦長で殿下付きで、なによりもこの無愛想な男の恋人だって人がな。近年稀に見るビックリだ。今晩日記に書いとこう」
 空になっていた自分のグラスに酒を注ぎ、ディーターが舌をだす。
「だから貴女が気にすることじゃない。すまない、勘違いをさせてしまって」
 申し訳なさそうに男たちが謝るのを聞いて口角を上げた。
「お二方ともにそこまでで。ディーター殿が作ってくれた料理、冷めてしまいます」
「ああ、そうだな」
「じゃ続き続き。で、この皿が……」
 そんなこんなで、結局またミュラーは自分で皿を取ってくることになった。
 酒を飲んで赤くなったユリアの顔をディーターがからかい、それを苦笑いで止めるミュラー。どの皿も手が込んでおり美味い。宮廷料理にも引けをとらないほどに。久々に会った幼馴染たちは互いの状況を面白おかしく語り、恋人はそれを柔らかな眼差しで眺める。がらんとした店に三人だけの笑い声が響いた。

 やがてテーブルに頬杖をついて、船を漕ぐ様をみてディーターは頬をつつこうとした。が、隣から冷たい気配が漂い、視線を向けると不機嫌極まりない顔でミュラーが見ている。
「……いや……寝たのかな、と」
「この人はそれほど酒には強くない。酔うと寝る性質だ」
 抑揚のない声。
「リベール人は酒は強い方だって聞いてたけど、ま、いろいろだな。でもこっちは強いんだろ、彼女」
 と、何かを切る真似をする。
「ああ。俺を本気にさせる相手だ。一度ぐらいは命の取り合いをしてみたいが」
「別の意味ですでに本気だろーが……って物騒なことを……」
「どっちが勝つだろうな、やるとなれば」
 言いながら椅子から立ち上がる。
「ありがとうディーター、ムチャを聞いてくれて」
「水臭いぞ。気にするな、親友の頼みぐらい、金のこと以外なら聞いてやるさ」
 笑う店主に手伝ってもらいユリアを背負う。親衛隊中隊を率いる隊長は意外に軽い。背は高いが細身の体。時に、その重責につぶされそうになっているのではないか心配だ。
「また今度、オリビエもつれて来れたら来る」
「いらんいらん。俺の店を乗っ取らす気か」
「ううむ、やりかねんあたりがなんとも庇いようがない」
「また彼女と一緒に来てくれよ。リベール風のコツ、もっと教えて欲しい」
 ちょっとした塩の使い方や、帝国では使っていない出汁のとり方、合わせ方など、ユリアから聞き出してメモをとっていた様子が思い浮かぶ。
「もちろんだ。それでお前の料理が帝都で11番目くらいになるならな」
「だからその数字はなんだと……」
 あきれた、と腰に手を当てるディーターに見送られ、人通りが少なくなった市通りへ戻っていく。背中にはユリアの熱と、規則的に聞こえてくる寝息。自然と笑みが零れる。
 このまままっすぐにホテルに戻るのもいいが、なんとなく皇城へ続く道をたどってみる。少し出てきた風に酒で熱くなった顔を冷やす。ゆっくりと歩いていると背中でユリアが動いた。
「……ん……ここ、は」
「気が付いたか?」
「!」
 誰の背に顔を埋めているかを理解するや否や目が見開かれ体を離す。
「あっ、あのっ! あ、歩けます!」
「声が裏返っているぞ。まだ酔っているのでは?」
「だい、だ、大丈夫、です!」
 そうか、と残念そうにつぶやきながらその場にしゃがむ。飛び降りるように離れたユリアは顔を見られないように背を向けていた。
「酔い覚ましにもう少し歩かないか?」
「……はい」
 動揺が外に漏れている様子に笑い出しそうになるがなんとか堪え、代わりに手をやや強引に引き寄せた。
「!」
 何か言いたそうにする顔に笑いかけ再び歩き出す。ユリアも後を付いていく。やがて横に並び、けれど手は軽くつないだままで、たどり着いた先はちょっとした展望台。帝都が眼下に広がっている。
「この先に進めば皇城に行くのだが、この時間では入れてもらえんし、貴女も行く気はないだろう?」
「今回は皇城に入れるような書状は持っていませんからね。オリビエ殿には会ってみたいと思うのですが」
「奴は頑丈だ、心配することはない」
「ふふふ、そうかもしれませんね。そういえばディーター殿はオリビエ殿のことは?」
「もちろん知っている。俺と、オリビエと、ディーターはほぼ同時期に知り合った。なかなか奴も人を見ていて、オリビエの出自を言い当てたことがある」
 軽く言ってから帝都へ目を向ける。
「どうだ、ここは?」
「……ええ」
「時間が空けば時々ここにくる。いい気分転換になるのでな」
「確かに、気持ちの良いところです」
「こんなものは序の口だ、といいたいが……帝都でこれ以上のところは今のところ俺もしらん。……貴女の国には及ばないが、帝国も、捨てたものじゃないだろう?」
 頬を掻きつつ片目でユリアをみると、満面の笑みで頷くところだった。つられてミュラーも笑う。
「そうだ、まだ言っていなかった」
「はい?」
 好奇心に満ちた瞳を向けてくる。それに向き直って奇術師のように一礼をしてみせた。間を開けてこう、言い足すのだった。
「エレボニア帝国へ、ようこそ」


Ende


 再会、再会!(鼻息荒い)
 もうちょっと離れてる間を詰めてみたかったかなー、とは思ったのですが自分が欲求不満になりました(笑)。そのうちに番外扱いで書けるなら書きたいです。
 オリジナルキャラがやっぱり出張っておりますがまあいいや。そして帝都に名前はつくのか! 次回、吉報を待て(誇大)。

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