「殿下、神父殿。自分も同行してもよろしいでしょうか」
 ケビンがクローゼと目を見合わせる。
「私には依存は無いですが……」
「うーん、どないしようか」
 普段ユリアから同行を申し出るようなことは無い。ただ黙って主に従い、そこに佇んでいる印象があった。
「せやけど、どうする?」
 ケビンが後ろを振り返る。丁度オリビエがミュラーに怒られている最中だった。
「……あー、取り込み中やったんやね」
「違う! 本当に頼むからいい加減にしてくれ。ここに来てから貴様はタガが外れすぎだ!」
「えー、だって、楽しいじゃないか」
「……ははは、皇子さんくらいや、楽しいとか言えるの」
 悪びれないオリビエの笑顔にケビンもその他の面々もあきれながら笑い返す。
「で、なんの話だっけ?」
「ユリアさんが同行申し出てるんよ。どない編成しようかなと」
 言われたオリビエはユリアの顔を見る。何か思い当たることがあるような、不安な顔。
「……じゃ、ボクは疲れたから外れることにする。後はよろしく頼んだよ」
「ええのん? せやったら少佐さんも外れるん?」
「ミュラーは是非是非扱き使ってくれていいよ。ボクは一人自由を満喫しているから」
 手をひらひらとさせる様子に幼馴染が何かを言いかかるが、結局やめた。代わりにケビンに頷く。
「ホンマにええですか? あの人ほったらかしで」
「俺も疲れた。しばらく離れていたい」
「……はぁ……お疲れさんですわ……」
 げんなりしたミュラーの肩を叩く。その様子をにこにこと見つめていたクローゼだが、不意に傍らのユリアに向き直る。
「何かありましたか?」
「いえ……ただ、ここで自分がいかないと後悔するような気がして……申し訳ない神父殿。無理を言った」
「気にせぇへん。後悔は嫌なモンや」


 裏道への扉が開いたようだとミュラーが皆を呼ぶ。
「どんな仕組みなんやろな。そういう仕組みを考える意味では、皇子さんの意見は正しいのかもしれへん」
「そうですね。それだけに限って言えば、楽しいです」
「……言うのは構わないがここだけにしてくれると嬉しい。調子に乗って始末におえん」
 三者三様の反応を聞きながら、ユリアは古い門扉を押し開ける。またいきなり色が抜け落ちているかと思ったが、今度は普通に裏道がずっと続いている。
 この奥だ。この奥が、自分を不安にする原因だ。
 そう理解したものの足は進もうとしない。自分を崩壊させかねない何かに対し、本能が恐れている。
「ユリアさん、行きましょうか」
 じっと裏道を見据えているユリアにクローゼが声をかけてくる。一瞬で呪縛が解けた。視線を向けると不思議そうな表情の少女がいる。
「かしこまりました」
 力が入りすぎていた肩の力が程よく抜ける。いつもの距離が戻ってくる。慣れた居心地に安堵した。
「というわけにも行かないんだな」
「一応、お約束ってヤツ?」
「……そういうことだ」
 茂みから三人。各々得物を構え、一行の目の前に立ちふさがりながら威嚇してくる。
「ふーん、お疲れさん。ほな」
 ケビンがさらりとかわす。
「あの、ケビンさん?」
 振り返ろうとするクローゼの背中を押しつつ、かまへんかまへんといつもの笑み。呆然とする三人の前を通り過ぎる。その後ろを、普段と変わらない表情のままミュラーが通っていき、最後にユリアが苦笑いを押し殺しながら。
「ちょっと待てっ!」
「きれいに無視していくなーっ!」
 ディンが手を伸ばしてユリアを掴みにかかってくる。が、避けられない道理は無い。避けたついでに膝を勢い良く上げ、バランスを崩しかかった男の腹を撃つ。
「げっ!」
 倒れこむことは無かったものの、明らかに顔が青くなってきている。
「……覚えがあるぞ! この女の顔! 確か、時々ルーアンで見かけた軍人だ!」
 ロッコがユリアを指差す。
「まあ確かにな。殿下をお迎えする関係でよくルーアンには行ったが。……部下たちの慰安もかねていたが、そういえば最近そんな息抜きをさせてやっていなかった」
「ちょ……一応緊迫したシーンなのに、別のことを考えないでよ」
 レイスがディンに気合を入れろといいながらユリアに噛み付く。
「そういう貴様らは何者だ?」
 問われた三人はユリアに向かう。ケビン、クローゼ、ミュラーは成り行きを黙って見守っている。
「聞いて驚け! ルーアンを仕切る影の集団!」
「……は卒業したじゃん」
 大得意のディンにレイスが茶々を入れる。
「……元レイヴン、現在は準遊撃士だ」
 ロッコがこめかみをひくつかせながら呟いた。
「ほう。あの不良どもが遊撃士か。どういう心境の変化だ?」
 純粋に驚いた。ルーアン各所で悪さばかりする不良たちで、気が付けば取り締まってはいたがいたちごっこだった。
「さあ。コイツにきいちゃってよ」
 レイスが肩を竦めてロッコを押し出す。腕組みをして悠々と待つユリアとは対照的に緊張して固くなっているロッコ。
「……てめぇらが何を理由にこの先に行くか、オレたちはしらねぇ。知るようにも出来てねぇ」
「知るように……」
「出来てない?」
 黙っていたクローゼとケビンが口を差し挟む。
「バカげた話だが、オレらつくりもんなんだ。本人がそれわかってるってーのもどうなんだろうって思うけど」
「……幻に固有人格複写して乗せたってとこか」
 レイスのぼやきにケビンが納得する。
「せやけど、兄さんらちゃんと触れてるやん。そっちの兄さん、ユリアさんに腹一撃喰らわされてたし」
「う、うるせぇ! そんなこと知るか!」
 ディンが赤くなりながら吼えた。
「と、とにかくだ、おいそれと通すわけには行かない!」
「そういう風に出来ているということなのですか……」
「正直、オレたちにはわけがわからねぇ。けど、戦えって何かが言う」
 ロッコが本気の構えを見せる。ついで仲間たちも本気に。
「オレたちは下っ端の下っ端だけど、準遊撃士になったんだ」
「だから、準遊撃士の紋章を背負ってる。……背負ったからには、引き下がれねぇんだ」
 何かを背負うことは、引き下がる為の背をふさがれるということ。
 レイヴンたちもそれはわかっている。今までは手下たちを、曲がりなりにも背負ってきていた。今はまた違う形で、嫌というほど実感していた。
「いいだろう。その覚悟の程はすがすがしい」
 ミュラーがいつのまにか剣を構えていた。
「あーあ、結局こうなるんか」
 肩を回しながらケビンがボウガンに矢を番える。
「では、私たちも、私たちが背負うもののために剣を振るいましょう」
「貴様たちのそれと、同じほどには重いぞ。我らの背負ったものも」
 クローゼとユリアが同じように構えた。
「分かってらぁ!」
 その声を合図に二つの集団が交錯。
 互いを罵りあいながら、その敵意をこちらに向けてくる戦法には最初面食らった。実際の仲はどうであれ、長年一緒にいた三人は意外なほど連携して攻撃を仕掛けてくる。一番弱そうだと、クローゼに集中攻撃をしてくるあたりは、不良集団となんら変わりはないが。
 もちろんそれを許すユリアではない。近くにいたレイスから確実に戦闘能力を奪う為の一撃を繰り出していく。
「ってー!! 手ぇしびれやがった!」
「黙って戦えディン!」
「でもナイフ飛ばされちまったよ!」
「拳ででもいいから戦え!」
 ディンの持つナイフをミュラーが弾き飛ばした。懐に飛び込んでしまえば、と安易な方法を取ったディンの読み間違い。根元付近でナイフの柄を引っ掛け高く飛ばす。するとロッコの言い草ではないが、一矢報いようと拳を繰り出してくる。
「いい闘志だ。気に入ったぞ」
「どうせならお姫様とか、あっちの姉さんの方がいいよね」
「フン。いい気になるな」
 回し蹴りを放ち、バランスが崩れたところでケビンが矢を放った。服に当たりそのままディンは地面に縫いとめられる。
「一丁あがり、と」
 珍しいことに、楽しそうな表情でケビンがまた矢を番える。
「くそっ、軌道が変えられちまう!」
 ロッコの持つ刃は真っ直ぐにクローゼに向かうのだが、少女の細剣がナイフの軌道上に割って入り、そのまま刀身を当てられて流されてしまうのだ。何度やっても同じことが繰り返されるのに、少しばかり気の短い男は息に乱れが出る。
「駄目ですよ。相手に次の行動を悟らせるのは」
 微笑んで体を沈ませる。一歩を踏み出す為息を吸い込んだ瞬間のロッコに足払い。それは見事に決まった。慌てて起き上がろうとする顔面にユリアが剣先を突きつける。
「これ以上ならば貴様たちを女神のお膝元へ送らなければならんが……続けるか?」
 脅しを聞き、肩から力が抜ける。
「……声がしなくなった。もうオレらの役目は終わりなんだろ」
「オレたちまだまだだねぇ。現実でももうちっとがんばるか」
「おうよ。ありがとよ、楽しかった」
 三人は淡い光に包まれる。
「あ、そうだそこの」
「自分か?」
「うんうん。また暇あったら相手してくれよ」
「そんな暇があればいいがな」
「ちぇー」
 レイスが残念だ、と指を鳴らした。その様子に、普段であれば無反応なユリアが微笑む。
「……ユリアさんの力が抜けましたね。ジンさんとの手合わせがよほど特効薬だったのかもしれません」
 クローゼが良かった、と息を吐く。
「ホンマやね。今まではかなり怖かったってのが正直やけど、今のあの人なら口説きたいわ。元々綺麗な人やし」
 なあ、とケビンが聖職者らしからぬ相槌を打ってミュラーの肩に手を置く。
「……否定はしない」
 口の中で呟いた言葉に、幸いにしてケビンは気が付かなかった。

「まさかと思うんやけど、アレがユリアさん言うてた不安? ……流石にちゃうやろけど」
「いや、不安自身はまだある。今でも足が竦みそうなほどに」
 けれど先に進むと決めた。不安そうな顔を誰かがしていればそれはすぐに伝染してしまうのだ。務めて笑うようにしながら、見え始めた古い建物に気が付く。旧校舎だ。
 ずいぶんと昔に閉鎖されて以来、足も踏み入れるものもないという。今までの幻影を引き合わせると、おそらく中も現実と変わらないだろうとのこと。不意に崩れるかもしれない。
「何せ、少し走っただけで敷石が揺らぎますから。取り壊す話もでているのですが、昔通われていた方からの反対があったそうです」
「へぇ……ま、そういうことなら足元注意でいきましょか」
 ケビンが正面の戸を押し開ける。埃の混じった匂いがしてきた。
 床には薄らと埃が溜まっており、誰かがいるような足跡はない。けれども。
「お待ちしておりました」
 品のいい声が聞こえる。はっとなった一同は音源へ視線を集めた。中央階段の上で立つ老紳士。
「……っ、これか」
「へっ? って、ええと、あの公爵さんの……どうしたんユリアさん」
 ケビンが何事かを問う前にユリアは鞘から剣を抜き放っていた。ただ事ではないユリアの様子にケビンとミュラーは眉根を寄せる。クローゼはユリアと頷きあい、自分の得物を構えた。
「……話は見えんが、どうやらひとかどの人物とみた」
 良くわからないが女二人の反応を見ていれば、ここでお茶を給仕してくれるなどとは思わない。
「ただの老いぼれでございますよ。昔、すこぉしだけ剣をたしなんだ程度」
「フィリップさん……貴方もなのですか?」
「さようでございます殿下。殿下に剣を向けるなど、自分にとって屈辱のきわみ。けれども従わざるを得ない……」
 クローゼの問いかけに肩を竦める。
「誰なん?」
「フィリップ殿は、かつて親衛隊大隊長を務めておられた方。鬼が降りるというほどの。この方が公爵殿の執事として引退した後、ずっと大隊長の座は空席だったのだ」
 彼の後を継げるほどの器がある人材がいなかった。ユリアが親衛隊に入った頃にはもう空位で、当時このまま誰もなり手にならないのではないかという噂があった。
「貴女の先輩ということか」
「……自分には過ぎた職責」
 けれど。そこに、目の前に、クローゼの前に敵として立ちはだかるのならば。
「フィリップ殿……全力で、行かせていただきます!」
「……おお、ユリア殿ではありませぬか。お変わりはありませんか? 殿下をお守りしておりますか?」
「貴殿が望むほどではないかもしれません。けれど、自分は!」
 あくまでも飄々とした態度を崩さない老紳士。ユリアは気が付いた。剣を握る柄が揺れていることに。
 違う、これは自分の震えだ。己の震えが剣先に届いているのだ。
 頭を振り目の前のフィリップを見据えようと努力した。
「……殿下。我侭をお許しください。自身の心に、決着をつけるため」
 傍にいるクローゼに、視線を外さぬまま願う。
「一つ、約束です。生き急ぐことだけは許しません」
「了解いたしました」
 ユリアが頷くと同時にフィリップが兵器を数体呼び出す。
「ユリアさん、手伝いでけへんかもしれん。こいつら結構難儀そうや」
「構わない。手出し無用」
 一歩、階段の方へ踏み出す。
「震える剣先でなお前に出る。わたくしめが培ってきた親衛隊の魂は、まだ息づいているようですな」
 自分の剣を鞘から抜き放つ。官製の剣だがユリアのものとは少し型が違う。古そうだ。
「……元王室親衛隊大隊長、<<剣弧>>フィリップ・ルナール。僭越ながら、お相手務めさせていただきましょう」
「若輩ながらユリア・シュバルツ! 参ります!」
 それを合図に、剣戟の音が始まった。

 大きな音がして慌ててそちらに向く面々。決して小柄ではないユリアの体が宙に舞っていた。
「危ない!」
 一番近くにいたミュラーが走るが間に合わずに背中から床に叩きつけられる。クローゼとケビンが目配せをし、ケビンが周囲を牽制、クローゼが治療の為のオーブメントを起動した。
 階段の上には変わらず一人の老紳士。今ではその片鱗も無いが、鬼の大隊長と呼ばれた人物。
「……その身に背負うのはなんだ? 貴様が、大隊長の名以前に背負うべきものは何だ!」
 普段のおとなしい物言いはどこかへ。完全に鬼が降りて来ている。
「重いはずだ。重ければ、剣先に弾き飛ばされるなどということは無いはずだ! この数年で、何を忘れたユリア・シュバルツ!」
 フィリップの剣は真っ直ぐにユリアに向けられている。ミュラーに抱き起こされたユリアはその言葉を聞き即座に立ち上がる。飛ばされてもなお離さなかった得物を構えなおしながら。
「忘れてなどいない! 戦役からこの方、常に磨くことを思った! ただ、仕えるべき御方の護り刀となるべく!」
 駆け、ユリアも階段を登る。フィリップは軽快に後ろへ下がり、踊り場から二階へ上がる階段でとまる。ユリアもフィリップと対峙できる位置へ。
「ユリアさん! 戻ってください! オーブメントの有効射程範囲から出てしまっています!」
「あかんお姫さん! こいつらが再起動かかってきよった!」
 クローゼの呼び声はケビンの危機を告げる声に消される。迷ったが結局ユリアではなく周囲にいる兵器に向かう。起動するアーツの種類を手馴れた動作で即座に変え、ケビンに雷撃を落とそうとしていた一体を炎に包む。
「ありゃかなりアタマに血ぃのぼっとるな、二人とも」
「そのようだ。近寄れん」
 炎がくすぶる兵器に軽々と大剣を振るいながら、ミュラーがケビンのあきれた声に同意する。兵器はそのまま沈黙した。
「全く騎士いう人種は、オレにはワケわからへんわ……」
「神父殿も騎士ではなかったか?」
「いたいトコついてきよるな少佐さんも。オレは騎士いうても、ほんまもんやあらへん」
 不穏な動きを見せる兵器に矢を数発撃ち込んで呟く。
「ほんまもんの騎士はああいう人たちのことを言うと思いますわ。ま、あの人らは軍人やけど」
 ボウガンを階段の上に向けた。
「確かにそうだな。絶滅しかかっている、生粋の騎士というものだろう」
「私はいつも守られてばかりです」
 自分の剣先を見つめてクローゼが一歩踏み出す。
「だから、早くこちらをどうにかして、ユリアさんのサポートに入りましょう?」
 依存はない。残りは三体。散開し離れる。それぞれに兵器が方向を変え、雷撃を繰り出そうと準備をはじめた。
 兵器には感情がない。だから脅しは効かない。生き物には必ず存在する、攻撃から攻撃への躊躇いもない。連続で撃ち出されて来る雷撃をかわしながらケビンが走る。
「人型でのうてよかったわ。どうしてもアレだけは落ちつかへん」
 固い装甲に矢が落ちる。あまり効いていないのは先刻承知。だが全く効いていないわけではない。何本か連続射出したうちの一本が関節に刺さる。僅かに動きが遅くなった。そこへ、起動はしていたものの放っていなかったアーツを放つ。周囲の兵器のみに向かい、地の果てから召喚された白い闇が覆っていく。
 その矛盾した闇の中、まとわりつかれて動けない兵器へ向け、ミュラーは渾身の力を込めて剣を横薙ぎに。上下を接続する部分に刃は当たりそれぞれ別方向へ分断された。なおも起動する上部を踏みつける。
 足元に機械の破片が飛んでくるのを避け、クローゼはオーブメントを操作する。
「一度やってみたかったのです。実験、ごめんなさい!」
 下級の攻撃アーツを相手ではなく自分の剣へかける。見る間に凍り、周囲に冷気を撒き散らす得物を構え一撃、二撃。鋭い先から体内へ冷気が直接流れ込んでいく。次いで左手に持ったオーブメントから今度は炎。同じく剣に放ち、凍りついた内部を焼き払った。
「おもろいこと思いつくなお姫さん」
「前から出来るのでは、と思ってはいたのですが……あまりやらないほうがいいですね。手にすこしやけどが出来てしまいました」
 最後の一体に矢を放ちクローゼに笑いかけてくる神父。手に薬を塗りながら応じた。
「でも、あれを一刀両断にできるという技量……すばやさもあって……そこまでの方には、滅多にお会いできないので、よい機会です」
「もったいないお言葉。……しかし、あの二人は何処へ?」
 一礼してからあたりを見回す男だが、その視界にユリアとフィリップは入らない。
「そういやそうやな……」
 慌てて周囲を探すが見当たらず二階へあがる。不安な少女の耳に金属音。開け放たれているバルコニーへの扉。
「まさか外!?」
 三人がバルコニーへ飛び出してきたとき、やはりフィリップとユリアは対峙していた。互いの体や服には傷痕ができている。血が流れ出しているものもあるが、致命傷ではないようだった。
「……その護身剣は型が古い。ちょうど自分が現役だったころの……父上殿のものでございますか?」
 普段の物言いに戻っている。
「ええ……今の一撃も、今までも、自分は父に助けられてきた」
 左手に持っている短剣を懐に収める。
「よい兵でした。親衛隊に所望したのに断ってきたほどバカ真っ直ぐで、その目には己の愛するものしか映っていなかった。……同じですな」
 僅かに切っ先を下げるフィリップ。警戒したユリアは、滑りそうな手をしっかりと握り締めなおした。
「問いましょう、現大隊長ユリア・シュバルツ殿。貴女の目には今、何が映っているのか。そして、最後にしましょう。もう自分にも貴女にも、このまま小競り合いを続けるつもりも気力もない」
「……自分は」
 目を閉じる。まぶたの裏には女王やクローゼ、城の面々、部下たち。
 だが、なによりも一番に思い出すのは王都。そして他地方の街や人々や自然。営まれつづけているリベールの暮らし。
 目を開き細剣を下げる。老紳士は年に似合わぬ疾さで五歩は離れた位置から一瞬で飛び込んできた。その風圧に逆らわずに後ろに避ける。下げた剣をその場で思いっきり蹴り上げた。特に狙って蹴ったわけではない。それが良かったのか、上へとあがるユリアの剣先は迷いなくフィリップへ。
 とりわけ大きな金属音。目を覆いたいが、それを許されないクローゼは見た。ゆっくりと後ろへ向かって倒れるユリアと、剣をはじかれたフィリップが前のめりになるのを。
「勝負あり、か」
 様子をみていたミュラーがほっとした表情をしている。ケビンが何がしか思いついたようだが、何も言わなかった。
 倒れたユリアは起き上がりフィリップの様子を眺めた。老紳士は普段と同じように飄々としているがその手に得物はない。
「お強く、なられましたな」
「……フィリップ殿」
「自分にも見えましたぞ。貴女がその目に映すもの。なんとまあ大きいものを……」
 深い皺が柔らかく曲げられる。
「だが、それが一番大切なこと。「誰」でもなく「何」でもなく、この国全てを愛さなければ、とても親衛隊……しかも大隊長など務められるものではない。よく、一人でその境地にたどり着きましたな」
 ユリアが大隊長になった時にその心構えを説く人間はいなかった。部下を率いることはどういうことか、自分は何処にいるのか。考えた挙句の瀬だった。
「……はっ!」
 敬礼をするユリアを見て満足そうに頷く。その体が光に包まれ始めた。近くに落ちていた剣を拾い、鞘に収めて新たな大隊長に渡す。
「自分のときも、こうやって前の大隊長にいじめられたものです。そして、こうやってその剣を譲ってくれた。今度は、貴女の番。使いにくいかもしれませんがどうぞ。なにせ、自分の利き腕はこちらなので、少し柄の削りなおしをしましてな」
 左手を上げて、いつもの笑みを浮かべた。
「ありがとうございます……! 使わせていただきます」
 ようやく、大隊長の継ぎ手が見つかった、と嬉しそうに笑うフィリップ。うっすらと輪郭がなくなっていく。
「フィリップ殿! 帰還を果たした時、もう一度手合わせを!」
「もう必要ありませんよ、ユリア殿」
 年甲斐なくウインクをして、消えた。しばらくその場所を眺めていたユリアだが渡された剣に視線を落とす。確かに握りはいつもと感触が違う。だがそれこそが、先代から贈られた証だ。軽く頷き、立ち上がろうとしたところに。
「ユリアさん!!」
 クローゼが首に飛びついてきた。
「よかった! 本当に……よかった!」
「殿下……」
 震える肩をなだめながら、自分でも本当に良かったと実感した。
「こりゃ、あの人口説くのはちょいホネや。ライバルが国なんて人、おれへんかったし」
 負けた、というようにケビンがオーブメントを起動。柔らかい蒼色がユリアに注がれる。
「かたじけない神父殿。ここまでになる前に片をつけるつもりだったが」
「かまへんかまへん。いける?」
 頷くのを見て傍らのミュラーをひじでつつく。
「少佐さん、前途多難、お疲れさん」
「……どういう意味だ?」
「さあねー」
 歯を見せて笑い、再び立ち上がりかかるユリアに向かって歩いていく。ミュラーも、一瞬視線を彷徨わせたがユリアとクローゼを眺めて軽く息を吐く。
「とりあえず次行きましょかね。ありがとうな、お姫さんに、ユリアさん」
「いいえ、お役に立てて光栄です」
「自分の我侭を聞いてくれて心よりの感謝をしている。またいつでも使ってくれ」
 笑うユリアの顔には迷いはなく、自信に満ち溢れていた。



Ende


 ぢ、ぢつは最燃えシーンです、新旧大隊長対決。フィリップさんが左利きなのにも超燃え。残り一人が少佐なのは私の趣味(言い切りやがった)。
 四六時中ユリアさんを連れまわした結果、新旧大隊長対決、旧友対決、師弟対決を経験いたしましたが、一番燃えたのはここです。だってフィリップさんだぜ? 旧大隊長だぜ? ユリアさん連れてこないで誰を連れて来るんだ。他は、カノーネさんはタマネギ一号とが主だし、神パパはエステルを連れて行くのが一番嵌ってていいと思ふ。六話はSCの中央塔の戦いに似てますね。別に連れて行かなくてもいいけど、ゆかりのキャラを連れて行くとイベント多発、みたいな。あれほど固有はないけど、3rdでも私は妄想できる(笑)。ようやくユリアさんが悩まなくなってきたかな。私の書くユリアさん悩みすぎ(笑)。
 何のためにユリアさんが剣を取るのか、私なりの答えがこれ。愛するものを守るためという至極真っ当な、真っ直ぐな理由だと。剣を取らなくても守れるのは確かですが、戦役時に剣を取って守った過去があるから。女王とかクローゼとか、もちろん大事だと思うけど、一番大事で一番愛してるのはリベールという国なんだと思う。王都生まれの王都育ちという自分設定がくっ付いているので一番はグランセルかな。親衛隊入る前に各地方勤務してるのも影響してるか。そういや『Everblue』でも書いてるな、似たようなこと。ほんとに少佐は前途多難です。今のまま国ごと帝国に持っていくわけには行くまいて。
 台詞集作る割にゲームとは台詞が全く違います。ゲーム表現をそのままスライドさせると、単なるト書きになるのでご勘弁ください。私のお話は大抵ゲームの表現の、大意だけ引っ張ってきますのでw 表現形態が全然違うから私はそれでいいと思っているのですが、ご不快になられた方は申し訳ありません。

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