きっと、オレの方が君を見送るんだと思ってた。
 そんなときどんな気持ちなんだろうって思ってた。
 人ならどうするんだろう、魔族ならどうするんだろう。そのほかの生き物たちは? オレたちは、少なくともオレが意識してからは見送った仲間も見送られた仲間もいない。だからわからなかった。


 それを初めに意識したのは、ヴェネディットのお城だった。あそこにはたくさんの「幽霊」がいて、ヴェネディットはその幽霊たちにかしずかれるように暮らしていた。後で魔族や人に会ったからわかったけど、多分ヴェネディット自身もそうなんじゃないかと思う。レイスやグリン、ラズベリーとは全く違う感じがするから。

 とにかく、「幽霊」ってものを初めて意識した瞬間だった。何か生きてるものはみんな死んでいくってことを。

 次に意識したのは空間の狭間。そこの端に、「幽霊」がいたんだ。……天使の。その天使の幽霊とレイスが話してた。何をしゃべってるのかは知らないけど。オレはその様子をじっと見てた。
「……どうしたの?」
 レイスはどこかに遊びに行って、そこにはオレと天使の幽霊しか残されていない。だけどオレは、しばらくオレに向かってかけられた声だって気づかなかった。その幽霊が目の前にやってきてやっと理解したくらいだ。
「あ……」
「どうしたの?」
 改めてオレに問いかけてくる。別に気を悪くした様子もない。もっとも気を悪くしてたとしてもオレには判断できないけど。
「……君は、天使?」
「だったの」
 何となく出た疑問を簡単に肯定してくれた。過去形で、だけど。
「レイスちゃんがね、天界から下りていったあと、おもしろそうだから私も下りてみたの。そしたらここに来て、レイスちゃんにまた会ったの」
 生前の面影がうっすらと透けて見えるような気がする。けれど不思議といくつかだぶって見えた。
「……ねえ」
「なあに?」
「天使は……レイスの仲間は、まだいるんでしょ?」
 聞いていいのか悪いのか悩みながら結局聞いた。羽の生えた天使の存在。本の中にはたくさんいたけれど、レイス以外の天使に会ったことがない。
「いないよー。みーんな死んじゃった。幽霊の天使はいるんだけど、神様がもう器を作らなくなっちゃったから」
「……いないんだ」
 半分くらいは言ってることがよくわからなかったが、天使はもういないのだということはわかる。
 そんなオレの気持ちを理解したのか、少し焦った風な幽霊。
「あ、でも、でもね。神様が器作ってくれたらすぐ増えるよ。私たちはまた天使に戻るんだ」
「え……?」
 聞いてみて驚いた。神様が作る器……相変わらずなんだかよくわからないんだけど、それがあれば幽霊たちは天使に戻る。ただ、器はそんなに長く保たないから結構な頻度で作り直されているとか。
「ああ……それで、君の元の姿らしき様子がだぶって見えるんだね」
「えっ? すごーい。君の目はとてもいいんだね」
「そうなのかな……オレはこんな風に見えるのが当たり前だから……」
 たまに、レイスやグリンたちとは違うものが見えているのかもしれないと思う。
 と、はたと気づいた。この幽霊は言った。「器は長く保たない」と。それは、それって。嫌だ、考えたくない。
 いろいろ見てきてオレたちの寿命は長い方だと感じたんだ。だからいずれレイスとは避けがたい別れがくる。生きてるものはみんな死ぬ。オレも、レイスも。
 それはわかってるけど、そんなにすぐに別れが来るのと、普通に生きてくれるのとだったらオレの覚悟が違う。覚悟なんか今ぜんぜんない。今いなくなったら探し回る。きっと。けど……それなりに長く一緒にいて、それなりに時間がたてば、そういうのも受け入れられるんじゃないかな……。でも、オレとレイスの間には、それも許されないのかな。
「君は、レイスちゃんが好きなんだね」
「好き……っていうのかな、この感じ。オレは人じゃないからよくわからない」
「あ、そうなんだ。でも人みたいだけど」
「それは……オレにもよくわからない」
 人ではない。それは確か。じゃあ、病魔か? と聞かれたら答えられない。病魔だよって答えたらいいのに、あまりに仲間とかけ離れた姿になってしまって、気後れしてる。
「でもね。私結構いろんな人や魔族見てきたけど、みんな一緒だったよ。そんな風に、誰かが誰かを思う気持ち。みーんないっしょ。だから……君が「だれ」かわからないけど、それはきっと好きって気持ちなんだよ」
 そんなオレの逡巡なんか気にしないと幽霊がにっこり笑った。実際には笑ってないんだろうけど、オレには笑ってくれたように見えたんだ。とってもとっても素敵な笑顔だった。

 最後に意識……というよりオレの中に刻まれたのは、あの底の底、あんまり言いたくないけど悪魔や魔族たちが掃き溜めって言うあそこ。グリンやラズベリーは気づいてなかったみたいだけど、レイスはわかってたみたいであちこちに天使たちの気配があるって、オレにこっそり教えてくれたね。
「冷たくて、悲しいよ。けど、懐かしいの」
 オレはすぐによくわからなかった。けど、病魔のほかの仲間たちがいなくなったらきっとおんなじように感じるんだと思う。ああ、きっとレイスやグリンやラズベリーがいなくなっても、そしてその幽霊に会うことがあれば悲しいけど懐かしいんだろう。
 その奥で、彼女たちに出会った。レイスやグリンやラズベリーには普通に見えてたけど……オレは……オレの目には。
『あなたの目はとてもいいんだね』
 レイスに話しかけてた天使がそっと語りかけてきた。オレの目には唇が動いたように見えない。心に直接語りかけてきたような。
 オレの目は多分人やそのほかの種族たちとは違うんだろう。病魔ってものが何なのか、少しはわかってるつもりだけど、本質的なところは何もわかってない。その気にならないとほかのみんなに姿を見てもらうこともできないみたい。いつかは調べてみたい気もする。
『私たちは……幽霊にも、なれないの』
「えっ……」
「どうしたせんせー」
 近くにいたラズベリーが怪訝な顔をしてる。それにオレは答えることができず、天使をみてるだけしかできない。
『ずっと……ここに』
「君たちは……」
「せんせーさん?」
「どうしたんだよ。何かあるのか?」
 グリンとラズベリーが声をかけてきて、ちょっと離れたところからレイスが不安そうにオレを見ている。どうしたら。どうすればいい?
「……この天使たちは……」
 様子をうかがっても、やめてとも続けてとも言わない。表情も変わらない。……変えられないのかもしれない。
「とっても……とっても傷ついてるよ」
「え? どこが? だって普通じゃねーか」
「そ、そうね。レイスちゃんとどこも変わらないし」
「……」
 言い合うグリンとラズベリーをよそにレイスがオレを見ている。にしても寒いなー、とラズベリーがグチるのが聞こえた。
 オレは考えた。考えて……心のどこかに、いいよって聞こえたから一番近くにいたラズベリーにふれた。とたんに彼女の動きが止まる。
「……なんだこれ」
「オレが……みえてるもの」
 グリンにも同じようにして同じように硬直している。それはそうだろう。血にまみれ、腕がなかったり足が明らかに動かない天使たちがいるんだから。
「レイス……」
 声をかけるとわかったよと手を出してきた。それをとる。と、レイスもそれまでのはしゃいだ空気が消えていった。
「……みんな……」
 冷たい、心も凍る穴蔵の中。どこからか鉄錆の臭い。土がむき出しの地面にはいつくばるようにして在る、欠損のある天使たち。
 オレが手を離したグリンとラズベリーには元のとおりの普通の部屋とただの天使たちが見えているのだろう。けれど、レイスはオレの手を握って離さない。じっと、オレと同じものを見ている。
『私たちは……天界から……落とされた』
『腕が動かなかったり……足が動かなかったり……完全じゃないから……』
「そんな! なんてひどい……」
 レイスの会いたいブラックって奴の仕業なんだろう。みんなレイスをみる。
「それでも……私、会いたいよ」
 きっと何かの理由がある。そんなはずはない。……そんな意識がレイスから見えた。
『うん……そうだね。お父さん……会いに行ってあげて……』
 中央にいる天使が、顔の半分ない天使がにこりと笑った気がした。
「うん!」
 なんだかよくわからない。けれど、ここの天使は、こんなになっても……こんなところに縛られて、幽霊にもなれないようになっても、ブラックを好きなんだなって……思った。それも「好き」の形なんだな。不思議とそう理解できたんだ。
 上まで送ってくれるって言ってくれたから広いところにみんな出て行った。俺はなんとなく最後まで残って、足が動かない天使に聞いてみた。
「あの……」
『なあに?』
「幽霊になれない……」
 それ以上は言葉に詰まって言えなかった。言ったらとても、とても傷つけてしまう気がしたから。けれど向こうの方はオレが言いたいことわかったみたい。
『うん……いっぱい、いろんな心を残しちゃったから……私たちは今の私たちに縛られる。そして、心が、消えるまで、私たちはここにいるしかないの』
「……そうなんだ」
 どうしても? 天使が頷く。

 そういう風なものに、なってしまったから。
 
 レイスの、オレを呼ぶ声が聞こえた。オレは窟をでたけど、天使の声がずっと残ってる。ずっと。……ずっと。

 だから今、オレは怖くないんだ。あの大きな火の玉を受けたらきっと。でも怖くない。死ぬっていうのはわからない。けれどヴェネディットや、狭間の天使や、底にいた天使たちを見てなんとなくわかった気がする。
 オレの後ろでレイスが何か言ってるけどそこから退く気はない。しっかりと彼女を捕まえて、オレの前に出ないように。
 あの赤い魔族はきっと最大級の力を振り絞ってる。オレの場所の空気まで引き寄せて火の玉を作り上げてる。だから、きっと一発撃ったらしばらくあれと同じのは作れないはず。なら。
「オレが盾になってあげるから、逃げて」
 レイスの表情が固まって、すぐ嫌々をした。声にもならない叫びをあげて。
 レイス、レイス、オレの大好きなレイスアール。天使のレイスアール。空から降ってきたきれいな女の子。オレをあの檻から出してくれて、一緒にいようって言ってくれた女の子。

「ごめんね。守ってあげるって言ったのに。……こんなことしかできなくて」

 オレはきっと君のことを見送るんだと思ってた。そのときどうなるんだろうってずっと不安だったけれど……。

「うん……大丈夫。死ぬっていうのは何だろう。人じゃないオレにはよくわからないけれど……君に会えなくなってしまうものだから、酷く悲しいことなんだよね」

 そんな心配なかったね。君にオレを見送らせるのはすごく辛いけれど。そんな顔をしないで。オレは寂しいかもしれないけどがんばってみる。

「病魔の檻を壊してくれてありがとう。……外の世界って楽しいんだね。君といると……特にそう……」

 泣かないでレイス。オレは大丈夫。本当に。ただただ、君が生きて笑っててくれることを望むよ。

「ああ……君がいるから、そうだったんだね。どんなときも楽しくって」

 いつか幽霊のオレに会うかもしれない。そのときには、あの狭間で会った天使の幽霊みたいに笑うよ。今の姿じゃないだろうけど、君ならきっと見つけてくれるよね。

「……いつも一緒にいてくれてありがとう。」

 どうか、その生の最期まで。

 火の玉が迫る気配がする。オレはレイスを力一杯突き飛ばした。うまく火の範囲からは出てくれたみたい。良かった。本当に良かった。不思議と火を熱く感じなかった。

 どうか、心から、笑って。


END


 こんなものをバレンタイン当日に出すあたりが自分だと思う。うん。すっごくww あのシーンすっごく好き。ただ、せんせーは自分が残されずに済んだってことしか頭になくて、レイスが残されたときどうするかまでは頭回ってなかったんだろうなぁ。
 2012.2.29(初出:2012.2.14)

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