「シーラか、ちょうど良かった。これ、やるよ」
「何これ。どういう風の吹き回し? 明日雪が降るんじゃないの?」
 一つ言えば三つぐらい返ってくる。ひきつりながらも続けた。
「……こないだの香辛料騒ぎでな、新しい販路見つけられたろ? 当然ながらお前のほかにも困ってる人がいて、その人から入れてくれてありがとうってお礼にもらったんだ」
 フレットはシーラの目の高さで首飾りを振る。トップに小さな白い、でも輝く石があしらわれた上品な物だ。まともに買おうと思えばいくらするだろうと考えてしまう。
「もらったもんを売りに出すのもなんか違うし、せっかくだからお前にって思ったんだが……」
「ええっ。でも……」
「いらないんならカメリナさんにでもあげようかなー?」
 斜めに構えてニヤニヤ笑うフレット。
「べ、別に、いらないなんていってないもん!」
 赤くなりながら口をとがらせるシーラをおもしろそうにながめ、じゃあやっぱりやる、と投げてよこす。落とさないように何とか受け取るとしげしげと眺めた。しばらく眺めていたがややあって顔を上げる。
「……ありがとう、フレット。つけてみても……いい?」
「もちろん」
 うれしそうに首に回す姿を見てフレットもうれしそうに笑う。
「に、似合うかな?」
「ふーん、そうだな。ま、いいんじゃねえの? せいぜいその飾りに負けるなよ」
「な、なによそれ!」
「いらないなら……」
「言ってないから!」
 ぶりぶり怒りながら出て行ってしまった。よくよく考えてみたら仕入れの話を詰めていない気がするが、まあ何がどれだけいるのかは聞いているので後で届ければいいだろう。
「ふー、ばれなくて良かった」
 ほっと胸をなで下ろすフレット。香辛料の件で礼を言われたのは確かだが少し色を付けてくれただけだったので別に首飾りはもらっていない。ただ彼が一番の功労者であるシーラに何かしたいと、こっそり仕事が終わってから出入り業者にいいアクセサリがないか聞いて、直接引いてもらったものだ。この辺では少々売っていない。
 身につけて少し頬を染めていたシーラを思い出す。
「うん。あれをみれただけで、贈った甲斐はあったな」
 本当にいらないと言われたらどうしようかと若干思ったがシーラ以外に渡す気はなかったしそもそも受け取ってくれたのだ、何もいうことはない。カメリナの名を出せば絶対に受け取ると思っていた。姉が彼女のコンプレックスなのは痛いほどよくわかっている。
「グスタフのクソ親父に負けるなよシーラ。精一杯、応援するから」
 確かにマーカス商店にとってシュペック亭は上得意だ。昔から続けて仕入れてくれているし、今は昔とは段違いの量を仕入れてくれている。そこを失うのは痛手である。七天使亭はほかの仕入先を持っているが、そこ経由で流通に対しても圧力をかけてくるときがあり、グスタフの息がかかっていない商店からは嫌われていた。
 だがそういった商売上の問題以上にシーラに会えなくなるのは寂しかった。

「あっれぇ? シーラ、それどうしたのさ?」
 めざといリーディアが首飾りを見つけた。
「あらあら、素敵ねぇ」
 カメリナものぞき込んでくる。
「お前も色気付くようになったか」
 アルターまで見に来た。
「ちょっと何よみんな。アクセサリくらい……つけるわよ」
「だってさぁ。仕入れに行ってくるって言って戻ってきたらかけてるんだもん、そりゃちょっと突っつきたくなるワケよ、ねぇカメリナ」
「ほんとねぇ」
 同い年の二人は意気投合してニヤニヤしている。
「で、どうしたんだ?」
「ええと……その」
 アルターの問いに戸惑っているシーラをおもしろそうに眺めた三人。耐えられないとばかりに大笑いを始めた。
「な、なによ! みんなして!」
「いやだってお前さんの様子がな、すっごくな、滅多にみないからな?」
「そうそう、よかったねーって」
「うんうん」
「……」
 複雑だ。何もかもこの三人に見透かされているのかもしれない。
「こ、これは!」
「フレットだろ?」
「フレットよね?」
「フレット君からなんでしょ?」
「……」
 違うの? と三人とも視線を向けてくる。
「違わない……けど。べ、別にプレゼントとかじゃなくって、取引相手がくれたからそのまま私に来たってだけで……」
「いやあ、やっぱりワシの思った通りだな。前々から思ってたんだ、お前等いいペアだよ」
「あ、あたしもあたしも。こないだも森でね……」
「まあ、それはお姉さんは聞いたことがないわ。あまり不純異性交遊はしたらだめよ。ちゃんと責任持てる形でね……」
 シーラの言うことなど誰も聞いていない。
「いい加減にして!!」
 ドスドスと怒りながら二階にいくシーラ。店どうするんだとアルターに言われ、二階でメニュー考えるからあがってくるなと強く言い返してきた。
「……若いわねぇ」
「あれさ、この辺じゃなかなかみない宝石なんだ。昔旅してたときちょっと見たけど、結構いいお値段すると思うんだ」
「この街の取引相手がくれるようなものじゃないってこと?」
 カメリナの問いにリーディアは頷く。
「フレット君がんばったのね。そのうち弟ができるのかしら」
「シーラはあんな調子だがフレットの方は結構脈ありじゃないかとワシは思うぞ。出先で大抵庇うし」
「あーあたしもみたみた。ちょっとうらやましいよね」
 あれやこれや、店の準備もそこそこに好き勝手に話す三人。
 
 二階では熱くなっている顔をどうにかして冷やしたいと、窓を開けてシーラが机に突っ伏している。たまたま目の前に首飾りがあるので何となく眺めた。
「なんなのよ、この外堀から埋められてる感じは」
 憤慨した口調ではあるが本心から憤慨しているわけではない。むしろ、初めて異性からもらったプレゼントに、そしてその送り主に戸惑っている方が強い。
「ほんと、どうしよう……しばらくしたら落ち着くと思うけど……」
 多分、今夜の店が開けば忙しさにみんなそんな話はどこかに行ってしまうだろう。何か事件でも起これば仕事が終わった後も話に上ることはない。
「待ってちょっと……店でもめ事なんてごめんなんだから」
 午後の光を受けて宝石が白く輝く。
「……きれい……こんなのもつの初めてだ」
 父母が死んでから姉と二人で店をやってきたが繁盛していたわけではない。アルターと、姉目当ての常連のおかげでギリギリもっていた。フレットの店にもずいぶんとツケで無理をきいてもらっていた。
 その私生活は慎ましいの一言。最低限衣類と店内だけは清潔にと思っていたがそのほかのことには手が回りかねた。当然装飾品など昔親に買ってもらったおもちゃしかない。
「何かお礼した方がいいかな。へへっ、こういうの初めてだけど」
 なんかいいかも。照れくさいし、本当に外堀から埋められている感じしないでもないのだが、それでもうれしい。
 宝石をつつく。光の入り方が変わってまた違う顔を見せる。
「すごいな。ガラスと宝石じゃ全然違うんだね……」
 今日は白っぽいものをメインに作ろうかな。カルボナーラとか、シチューとか。寒いし。なんとなくメニューを決めつつ宝石で遊ぶ。
「今日もがんばろ。お金もうけて、フレットにお礼しなきゃね」
 いつも助けてもらってるし。別にこのことだけじゃないんだから。誰にいいわけをしているんだろう、とすぐに頭を掻いた。

「……バレバレか。リーディアがいるもんなぁ。目利きすごいってきいてたけど一発でばれるとかないよ……」
 店の外で、賑やかな店内の話を耳にして渋面になるフレット。今日いる物をもってきたのだが、このまま中に入るとしばらく帰してくれない気がする。
「まだ用事があるからそれは勘弁してほしいんだが」
 だからといってこのまま荷物を持ち帰るのも馬鹿らしい。
「よし、この後も仕事だから、ってことで戦うか」
 百戦錬磨のあの三人相手にどこまで出来るかわからないが。そして、そんなことよりもっと怖いことは、騒がれすぎたシーラが首飾りを返してくるということだ。
「それはいやだってことは伝えとかないとな。オレの手元にあったって仕方ないし」
 どうか返してきませんように。そして、なるべく早く店に帰れますように。あんまり店を開けているとこちらが親に怒られる。
「よし」
 気合いを入れる。
「こんちは! 食材もってきました!」
 意を決して飛び込むのだった。


END


 誰も得しない話しばかり書くことに定評のあるしりあですどーも。なんか短くてほのぼのしたやつを書きたくなるゲームです、「不思議の国の冒険酒場2」。シーラ可愛い。貧乳ちゃんだからこそ可愛いw そしてフレット君との、外堀を埋められてる予定調和的な感じがいいわぁw
 2012.2.5

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