ベラヌールで医術の修行が始まって数ヶ月。フォディニーはめきめきと頭角を顕していた。元々レイラの怪我治療で医術自体に慣れていたことと、魔法で治すだけではなく人体構造もきっちり理解してから治療を行っていたことが大きい。師に一目おかれ出し、同期の男も女も、人当たりのよい彼の様子にすっかりなじんで、一部でファンクラブができたとかできないとか。
 一方でレイラは単発や短期の護衛依頼や魔物退治をしながら自分の道を見つけようとしていた。けれどそれは悲しいほどに進まず、このままではいつかフォディニーが言っていたように彼の妻になって収まるしかないんじゃないかという不安にさいなまれている。
「なんか悔しいじゃねーか」
「なんでさ。僕がそれでいいって言ってるのに。むしろそれ以外望んでないんだけど」
 普段寮住まいのフォディニーだが二日に一度は街に出てきてレイラとあっている。レイラは街を流れる運河が一望できる少し小高い丘のアパートを借りてすんでおり、そこにフォンが訪ねてくるのだった。
「それ以外……っておまえ……」
「そもそも夫婦なら寮というか、関連の建物に入れたんだよ? それなのに君がすごい勢いで夫婦じゃないなんていうから、こんな風に離れて暮らすことになってるんじゃないか。僕は毎日君に会いたくてたまらないのに」
「……」
 少し調子に乗った声音で話す男に相変わらずのため息をついてお茶を一口。ここのお茶はどこかしらアリアハンの風味ににている。にたような南の街だからだろうか。たまにひどい郷愁におそわれるが、飲むことをやめることはできなかった。
「だいたいいつそんな、ふふふふ夫婦なんて関係になったんだよ!」
「えぇ? だってー、僕のこと家族って言ってくれたじゃないかー」
 甘えた口振りが耳に触る。不機嫌さを隠さずレイラはカップを強くテーブルにおいた。
「明日からしばらく隊商につきあってくるから!」
「そうなの? いつまで?」
「早くて十日」
「長いね、珍しく」
「大陸の村から発注された生糸を持って行くんだと。結構実入りがいいから」
「ふむふむ、となれば暫くは仕事をしなくてもいい。ってことはずっと僕と一緒にいられるってわけだね!」
 キラキラと表情をひらめかせる男にもはや二の句は告げなかった。

 波が高く、大陸で足止めを食ってしまい、結局二十日ほどの旅路となった。その分賃金は弾んでくれたが、帰ってきたレイラがみたのは妙に静まりかえった街。いやな予感がしてならない。
「なあマスター……何があったんだ?」
 いつも仕事を斡旋してくれる酒場のマスターにおそるおそる声をかけた。
「お、レイラか。今回もご苦労さんだ。先方からすっげえ誉められたぞ」
「それはありがたいけど……」
「お前の言いたいことはわかるよ。ただただ、ご愁傷様としか俺には言えない」
「なんだよそれ」
 嫌な気分。とてつもなく。
「取り合えず……旦那の様子、みてやれよ」
「誰のことだよ……」
 いいつつ、レイラとフォディニーの関係は街ではかなり有名である。片方は天才的な魔法能力と医術をもち、もう片方は凄腕の傭兵。すぐに有名になった。また夫婦ではないと強がっているのはレイラだけで、ほかの人間は軒並み彼らを夫婦と見なしていた。もちろん一部の熱いファンたちはレイラの存在を認めていないのだが、そんなことを気にする二人でもない。
 酒場を出て寮へ向かう。途中で教会に勤めている下男に出会った。
「あっレイラさん、お帰りなさい」
「……教会の」
「はい。神父様から、貴女が帰ってきたならこちらに来るよう言われております」
「えっ? でも私は」
「フォンさんもこちらにいます」
「……」
 妙に手際がいい。なにか、街ぐるみで魔物にでもだまされているのではないかと思ってしまう。
 けれどレイラはおとなしく男についていった。普段立ち寄る教会ではなく、そこに併設された建物へ。確かここはけが人や病人を看るというか、祈るところ。特に重篤な……。
 建物の中は静かだった。空き部屋がほとんどなのだろうが、たまに人の気配がする。その奥に、ドアの前に女性が数人集まっている部屋があった。
「はい、退いてください」
 下男に言われた女たちはおとなしく従いながらも強くレイラをにらみつける。確かフォディニーのファンクラブの人間だったかと思うが、ここまであからさまな敵意を向けられたのは初めてだ。しかしそんなどころではない。こうやって案内されたということは。
「……どういうことだよ……」
「流行り病ですよ。ここ数百年来、なりを潜めていた」
 ベッドに横たわっているフォディニーの傍らにやつれた表情の神父がいた。
「お医者様たちや、彼の尽力があってそれ自体は比較的早く収まりました。まだ動けない人も多いですが恢復は時間の問題だと聞いております。けれども……」
「いつから、この調子なんです?」
「三日ほど前から」
「……そうですか」
 ふとため息をつく。
「おまえ、一人貧乏くじ引いたな?」
 神父の言葉がとぎれ、フォディニーにレイラは声をかける。
「あはは……ちょうど、さ。備蓄されてた薬、みーんな、みんなに使っちゃってさ……」
「……」
 力なく笑う。金色の髪を維持しているもののそれも時間の問題だろう。
「神父様。この部屋には誰が入りますか?」
「私と、手伝いのものが。それが?」
「……口は、堅いですか?」
「では、今後は私と貴女ともう一人、信頼できる人だけにしましょう」
 神父の言葉に頷いて枕元にかがみ込む。
「フォン。もういいから、髪の色元に戻せ。少し楽になるだろ?」
 返事はないがすぐに青銀色の髪へ。神父が息をのむのがわかる。だがフォディニーの顔が目に見えて楽になったのをみて何も言わなかった。

 神父の私室で差し向かい、今後のことをと言われついてきたものの何を言えばいいのかわからない。ただあの髪色のことだけは説明しておくべきだろう。
「ありがとうございます神父様。黙っていてくれて。もうあいつを、やっかいごとに巻き込みたくないから……」
「あの髪の色は……滅び去ったと言われる、大賢者一族の特徴とよく似ていますが」
「最後の一人だって聞いてます」
「そうですか……さぞ長い旅を続けてきたのでしょうね、あなた方は」
「そうでもないですが、もうあいつ、十分すぎるほどに苦しんで傷ついて。ようやく自分自身の本当の望みを持ってこの街にきたんです。それを奪うようなことだけは、私はしたくない」
 もしそんな輩がいるのならば、彼女の全身全霊を持って受けて立つだろう。
「大丈夫ですよ、そのように気負わなくても。私とて人々の悩みを聞く身、何を伝えていいのか、何を伝えてはいないのか心得ております」
 初老の神父は優しくほほえんだ。思わず目頭が熱くなった。が、かろうじて涙を落とすのだけはこらえる。それより先に聞かなければならない。
「あいつがいってたけど、薬があったんですか?」
「はい。教会でかろうじて保存していた古い薬が。もうかすかにも残っていないですが」
「作れないんですか?」
「似た成分をつかってなら、特効薬とまでは行かないけれども現状維持か緩やかに体力を失う程度にまでは押さえられます。実際フォンさんにはそうやって症状を抑えてもらっています。ただ、そうなると体力次第なのですが……」
 レイラが旅立ってほぼすぐ後ぐらいから流行しだし、その段階からほぼ不眠不休で治療の手伝いをしていたのだという。人より体力はあるとは言えそこまでの事態を経験していたのなら、もうあまり時間は残されていないはず。
 考えない。そんなことは。少し腹が立つときはあれど、あの笑顔は自分にとってなくてはならないものなのだ。
「薬そのものは、もう二度と作れない。長い時間がたちすぎて教会でも医家でも製法を失わせてしまいました……」
 黙る神父。ろうそくが頼りなさげに揺れる。
「ほかに強力な薬になるものがあればいいのですが、あいにく寡聞にして聞いたことがありません」
 引っかかった。強力な薬。どこかで。知っている。
「あのう……レイラさん?」
「……」
 神父の呼びかけにも応じず考え込むレイラ。どうしたものかとお茶のお代わりを注いでいるとはっと顔を上げた。
「……世界樹!」
「は?」
「そうだよ神父様、世界樹がある。世界樹の葉なら!」
「それは……どういう」
「聞いたことないですか? 世界には、空と世界を支える大きな大きな樹がある話」
 この世界にも伝わっているのだろうか。かすかに思うが、世界が存在する以上世界樹も必ず存在しているはずなのだ。その樹によって世界は構築されているといっても過言ではない。彼女のかつて生きた世界もそうだったのだから。
「すこし……少し待ってください」
 いいながら書架から本を出しては繰る。それを繰り返し、やがて軽く頷いた。
「確かに、記述があります。ただこれもまた古い本の古い伝承。今残っているかどうか……」
「あります、必ず。それで、その伝承にはどこにある、とか書かれてますか?」
「そうですね……大陸の果て、としか」
 申し訳なさそうにその記述の箇所をレイラに見せた。だがそれだけの情報があるだけ十分だ。海の果てと言われたならどうしようもないが大陸沿いに動けばいつかは必ず見つかる。
「ラダトームからルプガナ、ルプガナからここ、それに大陸北部沿いにはないから……ここから大陸沿いに南下して、ずっと沿って東にいけば見つかるかもしれない」
「なぜそんなことが?」
 レイラの言葉に目を白黒する神父。
「歩いたこと、あるんです。大陸北部なら。それで世界樹らしい樹はなかったから、南部の方だろうと」
「……」
「そうと決まったなら行ってきます」
「ど、どこに」
 立ち上がるレイラにあわてて声をかける。
「どこにって、世界樹を探しに。早く行かないとそれだけ……」
 言葉を切って頭を振る。
「とりあえず、フォンのところに行ってきます」
 扉の前は夜にも関わらず相変わらず数人の女性たちが心配そうに集まっていたが、レイラの姿をみるとあからさまな敵意を向けてきた。けれどそんなものに関わっている暇などない。フォディニーに説明し、一刻も早く旅立たなければならない。
「フォン、入るぞ」
「うん……」
 細く開けた隙間からするりと部屋へ。先ほどよりかは顔色はいいものの、やはり気配に死神がいる。
「ちょっと出かけてくるぞ」
「……そうなんだ、いつまで?」
「わからない。けれどなるべく早く帰ってくる」
「わかった……気をつけて」
「バカ。私の心配をするより自分の体を心配してくれ」
「ははは、そうだね」
 力なく笑う顔は見たくない。
 じゃあ、と部屋を出ていきかかってふと思いつき、また枕元のイスに座る。
「?」
 怪訝そうな表情の男に軽く笑いかけた。
「暫くそばにいられないからこれ貸しておくよ。必ず返せ。手渡しで」
 いいつつ、ずっと首にかけている、不死鳥をあしらったとされるペンダントを取り出してフォディニーにかけた。久々にそれを近くでみた男は、やはり何なのかはよくわからないけれど、古い古い魔法がかかっていることを思い出す。なんなのだろうな、とぼやけそうになる頭で考える。
「大事なものなんだ。大事な奴から貰った。だから必ず」
 男の頭をつかみ抱きしめた。わかってる、と小さな声がしたのを確認して離す。そして出て行った。
 部屋の外で女たちにレイラは囲まれた。
「なんだよ。病人がいるここで話すようなことなのか?」
 不機嫌さを隠さない彼女の正論に黙って外にでる。が、でたら一斉に攻撃が来た。
「何様なのよあんた! フォン様に気に入られてるからって!」
「そもそもそばにいないだなんて!」
「やっと帰ってきたと思ったらまた出かけるですって!」
 戸の外で聞き耳でもたてていたのだろうか。下世話な様子にうんざりした。
「じゃあ聞くけど、フォンのそばにいるだけであいつの病状は恢復するのか? わずかでも可能性があって、そっちに賭けるのは許されないのか?」
 淡々とした問いかけに女たちは黙る。レイラにただ感情をぶつけたいだけだった彼女たちは、答えを持っていない。
「それ、あんたがする必要あるの? あんた、フォン様のそばにいたくないの!?」
「残念ながらこの街で世界樹探しにいけそうなのは私しかいない。ほかの人間もまだ出払ってるみたいだしな。だから私が行く。それと……」
 言い掛けてやめた。こんなところで時間を食いたくない。言いたいことは言ったはずだ。
 そばにいたくないはずなどない。世話をして、いろいろを語って。残された時間を使うのだって悪くない。けれど、少しずつ弱っていって、それに対して何もできない自分を見るのは嫌だ。
「レイラさん! まだこちらにおられましたか!」
「神父様……どうしたんですか?」
「ええ、詳しくは教会で」
 黙ったままの女性陣の中を神父とともにすり抜けていく。最終的につれられたのは古い扉の前だった。明らかに強い結界が張っている気配がある。
「ここは」
「ずいぶんと昔の神父が張った結界です。この向こうには旅の扉があると伝えられています」
「……」
「そして、その先は大陸南部の山中にでるとか」
「大陸南部!」
「どこまで行けるかわかりません。そしてこの結界も相当に強い。向こうにはこのあたりとは比べようもないほど強い魔物がおり、それを防ぐためだといいます。きっと通り抜けるだけできっと貴女を酷く深く傷つけるに違いない」
「それでも行きます。少しでも短い時間でいけるのなら。私は頑丈だから、大丈夫です。フォンも昔太鼓判押してくれたから」
 笑い、そのまま扉を開け放った。ピリピリと火花が目鼻の先で飛び散る。
「これはたしかに強い結界だ」
 けれど大丈夫だ。これくらいならばゾーマの城でもあったように思う。あのときの方がもっと酷かったんじゃないか。
「負けるか! あのとき、あのときフォンは、俺を守ってくれたんだから! その命が、こんなところで潰えるはずがないんだ!」
 一歩、一歩。体中が分解されそうな、痛みとも言えない辛さを一身に受け進む。終わらないはずはない。
 そしてそのときは来た。空気が冷たい。
「……」
 ベラヌールの教会も古い教会ではあったのだがそれよりももっと古い、人の手など全く入っていないほこら。もう後数十年もすれば朽ちてなくなりそうな。
「まずは、位置だ」
 瞬く星々を見、携帯用羅針盤を覗く。何度か繰り返し、確かにここは大陸の南だ。
「それに……これは、海の近くに咲く花だ。じゃあ海が近いんだ……」
 雲をつかむような伝承だがそれに従ってここまで来た。ならば世界樹もこの近辺にある。それを信じ、レイラは歩き出した。

 丸一日歩いて波の音を聞いた。かなり険しい山ではあったが自分の身を省みなかったレイラであったからこその行程。代償は懐剣一本と靴底だった。
 懐剣は途中数度魔物におそわれた際なくしてしまった。まだ剣を失わなかっただけよかったと思う。靴底は無理な山岳踏破のせいで破れてしまった。先の護衛の時、この仕事が終わったら換えようと思っていたんだった、と遠い過去を思い出すような気分に軽く笑う。
「海か」
 改めて位置と方角を割り出し、辺りを見回す。
「……!」
 東の果てに何か見える。高い、高い何かが。
「あった! あったぞフォン!」
 世界樹が。確かにこの世界を支える巨木が。矢も盾もたまらない、とばかりにレイラは駆けだした。破れた靴底から特有の細かい砂が入り足の裏を破る。それでも進むことをやめなかった。こうしている間にもフォディニーは死に至ろうとしている、それだけが頭にある。足を取られひっくり返ってもすぐ起きあがった。
「負けるかーっ!」


 七日後の朝、神父は倒れるように戻ってきたレイラを見つけた。着ているものにもマントにも何者かの返り血、足は大ざっぱに布を巻き付けられただけ、激しく血がにじみだしている。携えていた剣は刃こぼれをし、暫く使い物にならないのは素人の神父が見てもわかった。
「レイラさん!」
「あ、神父、様……フォン、フォンは……?」
「大丈夫、衰弱は確かにしていますが意識はしっかりしています」
 その声を聞いて柔らかく微笑んだ。
「これ……」
 懐から血の一滴もついていない美しい葉を取り出す。
「確か、煎じて、飲ませたら、良かったはずです……」
「わかりました。責任を持って……」
「じゃあ、私、フォンのところに、行きます」
「待ってください。そんな傷じゃあそこに行くのも障りになる!」
 壁により掛かりつつじりじりと動き出したレイラを押さえようとするが彼女は聞かない。結局下男に指示して肩を貸すようにし、神父は葉を煎じに行った。
 部屋の前には早朝な為か人気がなかった。さすがにありがたいと思い、下男に礼を言って部屋に入る。七日前より顔色が悪い男がそこに横たわっていた。
「……ただいま、フォン」
 小さな声に、それでも目を開けるフォディニー。
「おかえり、レイラ。なんだかすごーく、無茶をしたみたいだね?」
「そうか? まあ、いつもよりは、少しだけ、厳しかったな。いつもサポートしてくれる奴が、へばってるからさ」
「ははは、そうだね……」
「!」
 目を閉じた男に息が詰まる。けれどそっと近寄れば、きちんと息はしていた。
「できましたよ、レイラさん、フォンさん!」
 神父が煎じ薬を持って駆け込んできた。寝台のそばを神父に開け、近くのイスにすわりこむ。
「熱いですから……ええ、そう、ゆっくりと」
 指示に従いフォディニーが嚥下していくのが見える。すべて飲み干したのを確認してレイラが口を開いた。
「たぶん、一日くらいで起きあがれるようになるはずです」
「レイラさん、まるで貴女は経験者のように語りますね」
「経験者だから。神父様、こことは別の世界があるって言ったら、信じてくださいますか?」
「はい、信じましょう。ではあなた方は……」
 女は頷く。寝台の男は、少し顔色が良くなったような気がする。
「あのときはちょうど逆で、私の為にフォンが葉を探しに行ってくれました。まさかあの経験がこんな役に立つとは思わなかったけど」
 そして神父に、ほかにも葉をとってこれなかったことをわびた。それがあれば重病人も怖くないが、どうしても一枚しか手に取ることができなかったのだ。
「かまいませんよ。ここまでになるまでに治せばよいことです。この機会に昔あった風土病を今洗っていましてね」
「そうですか……そういっていただけるとうれしいです……」
 そして一瞬頬を赤く染め、小さくつぶやいた。
「あの、フォンに、ずっとついてても」
「もちろん。この場は貴女のために。ただ」
 少し神父の言葉が厳しくなる。
「もう少し、貴女の傷を治してからです。でなければ貴女が今度は傷口から毒が回って倒れてしまう。特にその足。そういった傷を甘く見ないこと」
 言われて初めて自分の足に気が向いた。急に食い込んだ砂が痛みを放つ。よく見てみれば歩いてきた後にうっすらと血すら残っている。
「はは、そうですね……後で掃除します……」
「大丈夫、心配しないで。きちんと拭いておくよう指示しましたから」
「す、すいません……」
 結局神父がレイラの足をフォディニーの部屋で見ることになった。男はいつの間にか眠ったようだが呼吸は安定していて見るからに落ち着いている。
「よかった……死に神が、行った……いたっ」
「いったいどんなに歩けばここまで砂が食い込むというのですか。本当に無茶をしたようですね」
 いいつつもレイラを攻める気はないようで、淡々と治療をし終わると着替えを置いて出て行った。まっさらに洗われた着替えに顔を埋め、大きく息を吐いた。そこへ小さいがしっかりした声がかかる。
「レイラ……ありがとう、お疲れさま……」
「ん?」
 洗濯物から顔を上げてそちらを見るとフォディニーが笑っていた。
「そんなになるまで。僕のために」
「なんだ、気にしなくていいさ。確かに気が抜けたら歩くのがキツそうだなーって思うけど、そのうち治る。……てか、治してくれる」
 だろ? 片目を閉じながら肩をすくめてみせると一本とられたと髪をかきあげた。
「というわけでそのためにもまずおまえは寝ろ。正直、こっちの方が参りそうなんだ。おまえが寝ててくれるとこっちも安心して寝れる。もう大丈夫そうだし」
 強行軍の間、最低限体が動くようになるだけ、ただただ休息の意味で眠ったのみ。極限の緊張が切れた今、ただ気の済むまで眠りたくてたまらない。
「ん。わかった、おやすみ」
「おやすみ……」
 言い終わらないうちにレイラの方が先にイスの上で寝息を立て始めた。しばし逡巡したものの男は体を起きあがらせる。
「さすが世界樹だ。ちょっと苦しいのは苦しいけどもう起きあがれるんだ」
 医者いらずもいいとこだけど数が少ないからなあ、と若干ずれたことを考えつつ、体のあちこちをほぐす。そして熟睡しているレイラをそっと抱え上げた。レイラ自身があまりさせてくれないのもあり滅多に抱き上げたりしないのだが、相変わらず小さな体でいったいどこに七日も無茶な山越えをするようなバイタリティがあるのかと感心する。その万分の一でも自分に体力があれば、今回のことは起こらなかったのかもしれない。
 もう少し彼女の感触を楽しみたいが自分の体力もたいしてもどっていない。
 残念だけどまた今度。
 眠る耳元にそっとささやいて、先ほどまで自分が寝ていた寝台に横たえた。
「一月ぐらい僕が寝続けたとこでごめんね。でも君をイスで眠らせたままじゃ僕は眠れない」
 それまで僕のために寝てないから、なおさらだよ。
「……ん」
 フォディニーが寝やすいように、というわけではないのだろうが寝返りをうつ女。あいた隙に体を滑り込ませる。
「起きたら怒るだろうなぁ、君のことだから。でも一月も君のそばにいられなかったんだ、少しはいいよね」
 うん、いいはずだ。一人で納得してレイラの寝顔を眺めて満足げに笑う。シャラリと音を立てて首から下げている飾りが揺れた。

 幸いなことに誰も部屋に入ってこなかったのでレイラがフォディニーの寝台で眠っていることは彼らだけの秘密として守られることになった。起きたレイラは予想通り真っ赤になって怒ったが、結局のところいつもの男の笑顔にほだされ、またいつもよりもほんの少しだけ素直だったので不問になったのだった。
 やがて数年越しの修行を終えたフォディニーは立派な医家としてやっていけるようになった。レイラはそのころでも優秀な傭兵として名をあげていたが、フォディニーが街をでると決めたときにはあっさりとその決定に従った。惜しまれつつ二人は街を出、各地で貧しい人々や戦や魔物の襲撃で傷ついた人々を治療して回り、やがて魔峰と呼び習わされる山が連なるロンダルキア大山脈に庵を結んだ。その後、子宝に恵まれるのだがそこはまた別の話につながるのである。
 フォディニーは生涯、己が愛した人に送った不死鳥の飾りにかけられたまじないについて研究していたが、その意味に気づいたのは波瀾万丈の生涯を閉じる時であった。
 それは愛のまじない。心通じた男女が、なにがしかの理由で離れることになったのだろう。だが不死鳥が再びよみがえるがごとく、彼らの愛も巡り会い、よみがえるようにとかけられた。

 そんなに単純なことだったんだ。単純なことほど、みえないね。

 それが彼の最期の言葉だったと、昔語りにある。


END


 誰得的後日譚DQ3。なんだろう、この二人書いてるのがすごく好きなので、時間を置いてではあるけどふいにネタが降ってきます。
 2012.1.22

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