静かな室内にいびきが響いている。椅子の上で能天気に眠る男はこれから起こる悲劇を微かにも想像していない。
『全体、止まれ!』
 一人が小さく、けれど鋭く囁く。
『点呼よ、いち!』
 こっそりと部屋にやってきた彼らはインカムを通じて小さくやりとりをしていた。
『に!』
『さん!』
 全員いることを確認しそれぞれ配置につく。タイミングを見計らって。
「サボるなぁっ!」
 ミユキが眠る男の耳元で叫ぶ。
「うりゃっ!」
 トガシが椅子に体当たりをし、
「ほりゃ!」
 ハカセがバランスを崩した男に足払いをかけた。
「うっぎゃあっ!」
 強引に叩き起こされた男アレンは今ひとつ周囲の状況が把握できていない。まともに床にひっくり返ったせいで鼻が痛い。
「……はい?」
「アレンさん! サボリはなしです! エルザを超長期通常飛行対応にする仕事、まだまだあるんですから!」
 ミユキが半眼で迫ってきた。
「姿が見えなくなったと思ったらこんなところでサボリとは。主任でしょう!」
 倒れた椅子を律儀に直しつつトガシが溜息。
「サボるくらいならアカデミーの仕事をせんかい!」
 人手はいつだって足りないのだからとハカセが早速首根っこを掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何がどうなったんだ」
「探しに来たんです」
「……もっと穏やかにやってくれないかな……さっきまでモモちゃんたちが構築してる新通信端末のプログラムデザインしてたんだから……」
「ああ、それエルザにも載せておくって話ですよね」
 興味深そうにトガシが覗き込んでいるがミユキはそれくらいでは引き下がらなかった。
「だからってこんなところで一人寝ないでください! みんな同じ条件なんですから!」
「そうじゃぞ! スコットクンなど三日ほど寝てないぞ!」
「僕はこれでも五日ほどまともに休憩してないんですけどね」
 よくよく見ればアレンの目の下には隈ができている。ミユキはそれを一瞥したが結局こう言った。
「そんなことはいいんです! 人が足りないんです、早く来て下さい!」
「……」
 いい夢見てたんだけどな。アレンは心底からうなだれた。

「そもそも主任って言ったって、KOS-MOS計画はなくなったんだからもうその肩書きも意味はないよ」
 あくびをしながら文句を言う。
「じゃあ下っ端さん!」
「……はいはい」
 即ミユキからこう返って来たのでもう言うまい。
「たっだいま! 人身御供連れてきたよ!」
 なにやら不穏な言葉を嬉々としてミユキが吐いている。だがそれにももう何も言うまいと決めて、二時間ほど前に出てきた作業スペースに戻った。
「なんだ、リッジリー主任じゃないですか。さっき新システムのデザインしないと、って出て行きませんでした?」
「うん、まあ、基礎はなんとかなったんだけど」
 声をかけてきた作業員にそっと耳打ち。
「うっかり居眠りしてたら叩き起こされたよ。むしろ床に転がされた」
「はぁ……ミユキさん容赦ないっすからね」
「まあいいや、一時間程度だけど寝れたから。計算ミスすることもない……と思う」
「弱気な辺りが主任らしい」
「自分でもそう思う。……あ、それはそうするんじゃなくて、U.M.N.のケーブルがあったところに格納したほうが無駄なスペースを取らなくていいだろう。艤装の邪魔になるとまた船長がうるさいから」
「そうですね、ありがとうございます」
 礼を言って作業員は仕事に戻った。アレンは肩を回しつつ状況を見て回る。
「専門じゃないんだけどなぁ」
「文句言わないでください! 技術員研究員含めて全員やることないんですから。新通信網に関してはヴェクターは今のところタッチしてませんしね」
「でもモモちゃんは君たちにも依頼をするって言ってたよ。その手の作業ができる人間がここにたくさんいるのは僥倖だってさ」
「そりゃまあそうですね。テラフォーミングでも、結局一番初めに頼りにされるのは技術屋ですからね」
 トガシと二人、少しずつ形をかえるエルザを眺めた。
「これはここで良いのか?」
「はいはいジギーさん、ありがとうございます! ここの格納庫に放り込んでやってください。あとは下っ端さんがやるので」
 見るからに重い荷物を持ち込んできたジギーがミユキの言うままに元E.S.格納庫へ向かう。
「ちょっとまってミユキちゃん、僕が何するって?」
「あー! 依頼したの下っ端さんでしょ! KOS-MOS調整槽の補修作業するって!」
「……そうだった。ゴメンゴメン、忘れてたよ」
「ほんとにもう! で、行かなくていいんですか?」
「旅の途中にやるから今は良いんだ。後でツールが揃ってるかだけは見にいくけど」
「旅?」
「旅ですか?」
「旅だけど……」
 ミユキとトガシが訝しげな表情、アレンは釣られて不安な表情へ。
「どこ行くって言うんです? エルザはロストエルサレムに行くんですよ?」
「だからロストエルサレムへ、だよ」
「は?」
「き、聞いてねぇぞ……」
 二人が硬直した。
「え? 言ってなかった?」
「全然」
「これっぱかりも」
 しばし沈黙が挟まり、ややあってミユキが頭を振った。
「何で!」
 そのまま詰め寄ってくる。襟首をがっしりと掴んで勢い良く振った。
「どうして私じゃないの! なんでこんなヘタレな人が旅に出て私は曙光に残るの!」
「ミユキちゃん本音出てる」
「あーっ! もう悔しいったら!」
「気持ちはわからないでもないが」
「こ、こら! 納得すんなそこ! トガシ、た、助けろ!」
「嫌です。この件に関してはミユキちゃんと同じ気持ちなんで。なんなら参戦しますよ」
「うわっ、やめろ、死んでしまう!」
「ああああもう、旅になんか出られなくしてやる! そしてその後釜にミユキちゃんが座ってやるぅ!」
 憐れなアレンはトガシとミユキの波状攻撃の為本気で頭が回ってきだした。これ以上揺さぶられるとブラックアウトしそうなそんな時、やっと助けに入ったのはJr.だ。
「……お前らこのクソ忙しい時に何やってるんだ……」
 Jr.の問いかけにミユキは掴んでいたアレンを捨ててJr.に詰め寄る。
「うおっ、なんだ!」
 持っていた端末を落としそうになりながら若干引く少年。
「どうしてあの下っ端さんが旅に出るんですか!」
「下っ端っておい……仮にも上司なんだろ?」
「局が違うので下っ端で良いんです!」
「……酷い扱いだ」
 放り出されたまま床の上でアレンは呟く。ミユキとトガシはまあいいがJr.まで。「仮にも」とはなんとも切ない。
「ちょっと落ち着けよ。ほれ、アレンもさっさと立てよ、情けないな」
「どうせ僕は情けないんだ。旅に出るなんて言ったら絞め殺される勢いだし」
「うわ、マイナス入っちまったな」
「Jr.さんどういうことなんですか!」
 ミユキの剣幕にJr.もゲンナリして手を上げる。
「ううん、オレ達的には、来ないはずがないって感じなんだが」
「そりゃこの人、先輩限定の世話女房ですけどね! ヘタレだし専門以外のことはダメダメだしヘタレだし力弱いしヘタレだし男気ないしへタレだし情けないしヘタレだし!」
「ミユキちゃん……何回へタレって繰り返すんだ……」
 さすがにトガシが止める。Jr.は笑い出したいのを必死で堪え、アレンは先ほどからの首振りダメージと今畳み掛けるようにミユキに連呼されたことでそのまま床に埋もれそうな雰囲気だ。
「おいアレン……お前一体会社でどんなことしてたんだよ……」
「仕事してましたよ仕事! 会社なんかでそれ以外に一体何するって言うんですか!」
 珍しく憮然とした表情で声を荒げる。さもありなんとJr.はミユキに向き直った。
「ええと、何だっけ、ミユキって言ったっけ」
「なんですか!」
「ちょっとそのケンカ腰抑えてくれねぇか?」
 静かに告げるJr.にさすがに黙った。
「そりゃ確かにあんたの言ったようにコイツはそんなに度胸のあるほうじゃないがな。専門以外ダメダメってことはない。操船術身に付けたぞ?」
「操船術?」
「エルザのだ。他にも船内で必要な技術全部きっちりこなせる。マシューズが驚いてたくらいには」
「へぇ……主任、たまにはやる気出すんですね」
「……そりゃ生きるためには」
 トガシの言い草にいいたいことはあるもののそれを言い返す気力もない。数々の事件を潜り抜けるうち、ハマーが恐慌を起こしてたまにナビが出来なくなるからその予備として、またケイオスの代わりとしてブリッジにいざるを得なくなった。それに、やるとなったら極めたい性分だ。
「なんだかんだで必要だし、こいつ自身にも理由はあるし」
「ぶー。それは言われなくても知ってますよー。Jr.さんたちに会うより以前から私たちにとばっちり飛んできてたんですが」
「ちょっと待ってミユキちゃん、それは聞き捨てならない。僕はそこまで仕事と私事を一緒にはしてないはずだ」
「仕事では確かにとばっちりはなかったですけどね。見てて胃に悪かったですもん。Jr.さんたちだって今そうでしょ?」
「う、うーん……」
 ちらりとアレンの方を見るJr.。アレンは黙ってミユキの言い分を聞いている。
「Jr.さんたちの精神安定の為にも、アレンさんは曙光に残しといた方がいいと思うんです。その代わりにぜひ私をば」
「てか、そんなことしたらお前らのほうが被害にあわねぇか?」
「そういうのは全部トガシさんに任せますから。私は先輩とランデブーです」
「……正直だな」
「取り得ですから!」
 胸をはるミユキと対照的に額を抑えるJr.。
「ちょっと待ったミユキちゃん。じゃあ瘴気放つ主任の相手をしつづけなきゃいけないってことか? そりゃちょっと酷すぎるんじゃないか?」
「だってずっと一局でやってたんでしょう? この半年ほど。なら大丈夫ですよぉ」
「そりゃウヅキ元主任がなんだかんだで連絡取れるところにいるのが分かってるから大丈夫だったんであって、これから先は連絡だって真っ当に取れないところじゃないか。そうなった日にゃリッジリー主任、曙光から身をなげるぞ?」
「でもぉ、私そんなに相手うまいほうじゃないし」
「だからって……」
 二人は段々ヒートアップしてきた。
「……おいアレン」
「ええ、この隙に」
 一歩、また一歩後ずさり。見えるか見えなくなったところで二人同時にほっと息を吐いた。そのままキャットウォークへ向かう。
「まったくよぉ……お前ら何やってんだ」
「すいませんJr.君。でもまあ、あんなもんなんです。ことに僕に関しては」
「……お前、いいのか? あの様子じゃ何も言ってないんだろう?」
「いいんです。言ったら言ったでややこしくなりそうだ。それに僕から言っても信じちゃくれない気がして。そのうちシオンの方から伝えてもらうようにしますよ」
「なるほど、すっげぇ納得した」
「あ、リッジリー主任! ちょっといいですか!?」
 無重力エリアで作業をしていた一人がアレンに声をかける。
「どうした?」
「今船のメインコンピュータをいじってるんですがね。どうにも良く分からないプログラムが航行システムに噛んじゃってるみたいで。こいつ外してやらないとU.M.N.ありきのままになってしまうんです」
「ふうん?」
 作業員から渡されたコネクションギアを確認する。どれどれ、とJr.も覗き込んだ。
「……殆ど稼動履歴のないプログラムだけどこの間一回使われてるのか」
「あ、わかった。Jr.君あれですよ、オーバーブーストモード」
「あれか。なるほど確かに航行システムに噛むわな。これは多分トニーとハマーがやっただろうから奴ら捕まえなけりゃならねぇ」
「……いや、多分僕どうにか出来ます」
「マジか」
「ええ。ハマーさんのプログラムの組み方、癖がありますからね。エルザで別のヤツですが何度か見てるうちに……やっぱり」
 なにやら見つけたアレンは手早くモニタを弄る。
「どうしたんだ」
「ハマーさんはあとからプログラムみた人の為に解除法も仕込んでいるんですよ。その辺さすがだなって思います」
「ハッカー褒めるなよ……」
 Jr.があきれている隙にアレンはオーバーブースト用プログラムと通常航行プログラムを切り離した。
「ほらこれで大丈夫だろう。オーバーブーストの方はあとでハマーさんに言っておくよ」
「ありがとうございます主任」
 喜んで作業員はブリッジの下に潜り込みに行った。それをJr.が感慨深げに眺めている。
「どうしたんです?」
「いや、お前ほんっと、印象変わったよな。デキるヤツになったというか。シオンのことシオンって呼ぶようになったし。自信ついたか?」
「自信……なんでしょうかね。自分でも良く分からないところですが。ただ、前はシオンに見てもらうことが先に立ってたんですが、実際のところそれじゃどうにもならないって言う事だけははっきりと。恋も仕事も己がはっきりしてなきゃ何も成し得ないってね。今は、そりゃ見てくれると嬉しいけど、無理に傍にいなくてもいいのかもしれないって思いますよ」
 だから今シオンはシオンの仕事、自分は自分の仕事をしているのだと笑う。
「上等だ」
 ニヤリと片目を閉じ、Jr.はアレンの背を叩く。
「それにしても『世話女房』には笑ったぞ。初めて会ったときからほんっと、その一言で言い表せた。今でもだけど」
「はいはい、Jr.君まで言うんですね」
「事実は事実だ」
 トガシやミユキの時とは違い二人は陽気に歩くのだった。


「マジっスか……?」
「ええ。確認しておいて下さい。僕はこれからちょっとKOS-MOSの調整槽用補修キット見てきますから」
「ホントだ……」
 アレンがブリッジを出て行きハマーが自席で唸っている。
「なんだなんだ辛気臭い」
「いや、あのアレンさん。プログラム解析しちゃってた」
「……ハマーのか!?」
「なんだと!」
 マシューズとトニーが顎が床につかんばかりに驚いている。同じようにデータを覗いていたシオンには何がなんだかわからない。
「えっ? 何? どうしたの?」
「……ハマーがプログラムの名手なのは知ってるだろ?」
「ええ……何度か話を聞いたから」
「あのお人、気軽に『解除法解析しましたから』とか言ってたけど……いや確かに仕込んではいるんスが、「解除できるならしてみやがれ」な勢いでやってるから……」
「つまりハマーのプログラムは相当レベルじゃねーと解除できねーってこった。俺様には無理だな」
「なんだ、そうなのね。別に不思議じゃないわ」
「どどど、どういうことですシオンさん!」
「だってアレン君、それのプロだもの」
 大学時代も専攻していたのはそれで、ヴェクターに入社してからも、構築しすぎてこんがらかったプログラムを分離、再構成することを主にやっていた。
「だからってハマーの構文読んで解析するってのはすげぇや。あのあんちゃんなかなかやるじゃねーか。冴えねーのに」
「皆自分の担当はしっかりやるんだけど、最終的にどう手を入れていいか分からないプログラムが出来上がることが多かったの。だからアレン君が後から構築しなおししてくれててかなり助かった。触れなかったのはKOS-MOSのコア情報くらいだったと思う」
 私もそんなにプログラム組むのは上手い方じゃないからよく手伝ってもらってた、とシオンは舌を出す。
「ヴェクター一の才女でもそんなことがあるんですか」
「トガシ君……それにミユキも」
 エルザのブリッジが一気に賑やかになった。
「せんぱぁい。なんで私が行っちゃダメなんですか? アレンさんよりよっぽど役に立ちますよぉ」
「ミユキってば……」
 真っ直ぐシオンのところに来て上目遣いで訴える。どう答えようか迷い、ブリッジにいるメンツをみてシオンは頷く。
「あのね、ミユキ。ちょっとあっちで話そう?」
「いいですけどぉ」
 口を尖らせシオンの後に続く。トガシは持ってきた艤装データをマシューズに渡す。
「うおっ、こんな装甲してくれんのかよ」
「ええ。長旅でしょうから。最近別部署で超軽量だけど半端ない強度の素材が開発されまして、それを」
「ふへぇ。おいトニー、お前が前々から言ってた要望がほぼかなった形になるぞ」
 操舵席にデータを飛ばす。その文字の羅列を見て思わず操舵士は口笛を吹いた。
「こりゃいい。通常航行だけど六割近くスピードが速くなりそうだ。こりゃ操縦もジャジャ馬だろうぜ」
 得たりとトニーが腕を突き上げる。それを横目にシオンとミユキは通路へ出た。そのままエレベーターへ。
「……あのね、ミユキ。アレン君が必要なのは、私の方なのよ」
「えっ……先輩、何か悪いもの食べました?」
「真面目な話。……いろいろあって、ね。私が回り、全然見てなくて、過去の思い出に囚われてたっていうのがわかって。その時……思い出した。……ケビンがいなくなってから、辛い事も、嬉しい事も、何も言わずずっと寄り添ってくれてた事……」
「……先輩」
 エレベーターは格納庫フロアへ。現在はドッグに入っておりクローズドスペースではない。作業員が散見する中ガンルームやロボットアカデミーの前をゆっくり通り過ぎる。
「何も言わなかったから私も気付かなかった。けど彼は言った。だから、私も応じたい」
 このまま寄り添うのか、それとも離れていくのかは今のシオンにはわからない。けれど積み重ねられた年月を無駄にするような真似だけはしたくない。
「でも、だからって……」
「彼ね、いろんな私を知ってる。隠したい、醜い過去も何もかも知ってる。弱い私を知ってる。あんなに酷い事をした、酷い事を言った私なのに。それでも……寄り添ってくれる」
 KOS-MOS調整室の前で立ち止まった。扉のスイッチに手をかけたまま呟くシオン。
「今後どうなるかわからないけれど、私は……多分、もうとっくに……そう、あの日墓碑の前で……彼の前で泣いた時から……」
 言葉の続きを待ったがシオンは何も言わない。ちらりと様子を見ると言わないのではなく、言えないのだと理解した。口を引き結び、考え、頭を勢い良く掻く。
「分かりました先輩。私としては悔しいですが、アレンさんに譲りますね、旅の同行者って地位を」
「ミユキ……」
「こうやってこの私が認めたんだから先輩泣かすと絶対刺してやる」
 シオンは手を焼かされるが愛しい後輩に優しく笑いかける。
「それにしてもどういう心境の変化なんですかぁ? 今まで「わざとじゃないか」って位、無視してたじゃないですか、その点だけ」
「……そうなの?」
「えっ、自覚ナシ!?」
 大仰に驚くミユキ。
「うっわ……先輩が鈍いのか、アレンさんのアプローチがヘタレ過ぎたのか……多分後者だけど」
『お願いだからそこまで「ヘタレ」を連呼するのは止めてくれないかな』
 スピーカー越しにアレンの声が聞こえてきた。続いて調整室の扉が開く。
「アレン君……」
 少し不機嫌そうなアレンが補修キットのリストを片手に出てきた。シオンが少し慌てて入り口から移動する。
「扉周りのスピーカーはもしもの時の為にいつも電源入れてるからね。何か賑やかだと思ったらやっぱりミユキちゃんか」
「あ……ははは、こんちわー。お久しぶりッス」
「今日は朝から顔合わせっぱなしじゃないか」
「そでしたっけ?」
 にっこり笑ってごまかすミユキに頭を軽く振る。
「何回今日はミユキちゃんに「ヘタレ」って言われた事か」
「いやいやそんなコトないですよ? きゃー男らしいわアレンさん!」
「……」
 隣に立つシオンに肩を竦めるアレン。女も苦笑いをするしかない。
「確かに僕は情けないのは自覚してるけどさ。寝不足なところに持ってきて連呼されるとさすがに辛いんだよ」
「はーい、すいませんー」
「それ反省してないだろ?」
「やっぱわかりますぅ?」
「……もういいよ。二人揃って一体何の用事なんだい? ミユキちゃんは艤装の監督だったはずじゃ? シオンはブリッジのU.M.N.端末撤去してたんじゃなったっけ」
「な……名前呼び捨て!?」
「うん、大体終わったから。何か手伝える事ないかなって。アレン君、最近全然休んでないでしょう? 私が部屋に戻る時にも必ずドッグに残ってたし」
 ミユキが息を飲むがシオンはそれをとりあえず無視しておくことにした。
「それはありがたいな。KOS-MOSの調整槽補修用キットをジギーさんが持ってきてくれたんだけど、リスト見てると段々目が叛乱してきてね。どうやらハカセがロボットアカデミー用に使う資材も発注してたみたいで、全部が全部まとまっちゃってるから分けなきゃ」
 大きなあくびを一つ。
「うん分かった。やっておく。私かアレン君じゃないとできないし。……こないだのコラム転移で調子狂っちゃったんだよね、確か」
「ああ。ロストエルサレムには一足先にKOS-MOSがいる。休みたいだろうのにベッドが乱れたままだとダメじゃないかなって」
「そうね……」
「シオンは無理をしなくていいよ。これは僕が勝手にやってる事だ」
「……うん」
 驚きつつも一連のやりとりを眺めていたミユキは、内心、まあこれなら仕方ないか、と溜息を一つ。この騒ぎで何があったのか正直良く分からないが、今のアレンならシオンの支えになれる。……かもしれない。
「心なしか先輩の前でも真っ直ぐ立ってるじゃん。良く見たら顔付きちょっと男らしくなった?」
 ヘタレと連呼はしたが以前と印象は少し違っている。最初からこうだったら良かったのに。
 だがそれは良いとして、なにやら悔しさがこみ上げてくる。ついこの間まで世話女房だったのが少しだけ亭主モードになったのが気に食わない。
「あのーお二人、ここに私いること忘れてません?」
 さりげなく自己主張をしてみる。
「あっ、ごめんミユキ」
「ごめんごめんミユキちゃん」
 なだめるようにアレンが両手を動かす。これでこそアレンだと勝利を確信した。
「アレンさん、これからヒマなんですね?」
「ヒマっていうか……休憩はしたいけど新通信システムデザインももっと煮つめなきゃいけないんだ……ってちょっと、苦しい!」
「じゃあやっぱりドッグに戻りましょう! エルザ大きいから艤装監督者は多いほうがいいんです!」
「だから僕は休憩……」
「ダメです! ヴェクター社員による超過勤務の記録更新を全員新記録に持っていくんですから! あ、先輩はもう退社してるので関係ないですので!」
「そんな新手のエクストリームスポーツは勘弁してくれ!」
 シオンが口を挟む隙を与えず男の首根っこを捕まえて引き摺っていくミユキ。
「先は長いですよアレンさん! 現行の最長記録は先輩の四日連続フル稼働ですからね!」
「僕はそれもう超えてるよ!」
「なら誰にも負けない記録を作るんです!」
「嫌だーっ!」
「ちょっとミユキ!」
「先輩はKOS-MOSのことしてあげてください! じゃ!」
 引き剥がされた外壁からそのままドッグへ跳躍。重力制御が施されているので落下する事はないのだが、かわいそうなアレンはまた現場に戻る羽目になった。
「……大丈夫なのかしら」
 だがもう船の下に回りこんだのか二人の姿はみえない。どこからともなくアレンの悲鳴が響いてくるだけだ。
「……あとで何か甘いものでも作ってあげよう」
 それはいいですね、とKOS-MOSがどこかで笑った気がした。いや、ケイオスもだろうか。兄はきっと、もっとちゃんと見ていてあげろと怒るだろう。
「そういえば、あれどこまで聞かれたのかしら」
 調整室まえでミユキに呟いたこと。あそこのスピーカーは適度な音量がなければ拾わないから聞かれていないと思いたい。聞かれていてもどうということはないのだが、あれ以降あまりその件について触れてないだけに気恥ずかしくてたまらない。
 いつかそれもちゃんと話そう。そうやってすれ違っていた絆を掴んでみよう。さあ、どんな色に染まるだろうか? そんな他愛無い事がシオンには嬉しくてならないのだった。


END


 エピ3でアレン君に何が起こったかを端的に言えば、「世話女房がちょっとだけ亭主になった」ということだと思えてなりません。いやはや。意外とアレン君の背景かかれてないからいくらでも創造できるのも自分的に素敵です。DS版に彼の物語がちょっと補完されてて家族の事があったけど、それ以外殆どないもんなw 
 あとミユキちゃんがいい味出しすぎてる。ヴェクターの面々は、トップはともかくみんないい感じな気がするですよ。エンディング時、何でアレン君が出発組にいるのか絶対小一時間以上問い詰めたと思う。と考えてたら出来たお話でした。
 2010.1.31

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