ぼんやりとするセニアスを不安そうに見るフォディニー。その視線に気が付き、とって付けたような笑顔を返すセニアス。
「……どうしたの?ここのところずっとそんな調子だけど。なにか、不安?」
「そういうわけじゃないの。今の方がずっと安心だから」
「ヴィッターも捕まる心配ないしね」
「うん」
 少し腹部を抑えながら続ける。
「多分、少し疲れてるんだと思う。旅なんて久しぶりだから」
「それなら少し休みなよ。急ぐ旅じゃないんだしさ」
「そだね。じゃ、部屋で横になってる」
 心配かけてごめん、と目で言いながらセニアスは部屋に戻っていった。ヴィッターとレイラはそのやり取りを横目で見ながらも、テーブルの上に置かれた料理の争奪戦を繰り広げつづけている。
「セニアス……もしかしたら」
 口には出さずつぶやいた。

 魔王が滅び、海が凪いだ為長期間途切れていた外国との貿易が始まっていた。一行は外国へ向かう船に乗せてもらい、アレフガルドをでている。現在はルプガナと呼ばれる港町に投宿していた。
 所変われば現れる魔物も違う。魔物がいなくなったわけではなく、時折人里へ出てきては悪さをする。レイラたちはそんなときの用心棒としてしばらく町で雇われることになったのだった。しかし、セニアスの様子がこのころから少し変わってきている。以前の旅のような、技の冴えがないのだ。
「ちょっと様子みてくるよ」
 どうも気になる。フォディニーはそういって戦場のような食卓を離れた。途中、自分の部屋に寄って、それほど多くない彼の荷物の中から書物を取り出す。簡単な医学の知識の書かれた書物だ。ゾーマを倒してからしばらくレイラと二人旅をしていたのだが、レイラの巻き起こす騒動は相変わらずだった。それに比例して怪我も多く、魔法の治癒に頼りすぎることを良しとしないフォディニーは、きちんと勉強しようと買い求めたのだった。
「セニアス、ちょっといい?」
 本を抱えて部屋の戸を叩く。応えがあったので戸を開くと、ゆったりとしたローブ姿で立つ女。立ち居振舞いはすっかり大人のものになっており、手入れされている腰まで伸びた髪がつややかだ。三年離れていただけでこれほど変わるのかと妙なところで感心してしまう。
「……レイラなんか、ちっとも変わらないんだもんなぁ」
 溜め息を盛大につくと、セニアスが怪訝そうな顔をする。
「どうしたの?」
「あ、いや、セニアス大人になったよね、って」
「そう?全然変わらないと思うんだけど」
「いや変わってる。前は可愛かったけど、今は綺麗になってる。大人の綺麗、っていう感じで」
「やだあ。照れるじゃない」
 頬を染めて道化を軽くつつく。
「レイラなんかちっとも変わらないんだよ。なんかこうショックだよ」
「そんなことないよ。フォンは近くにいすぎるから気が付いてないだけ。レイラだって変わった」
「そうかな」
「うん。だってさ、歩いてる時とか、気にしてるんだよ」
「何を」
「何をって……あなたに決まってるじゃない」
「僕?」
 信じられないと頭を振るフォディニーに、諭すように続ける。
「ほんの時々なんだけど、あなたが先を歩いてレイラが後ろ歩いてる時とか、すっごく安心しきった顔してるもん。前は絶対そんなことなかったんだけど」
「……へぇ」
「そういうときのレイラ、とっても綺麗。……ってことはフォンはその顔みたことないんだ?」
「残念ながら」
 機会があれば見たい。そう思うがレイラのことだ、きっと全力で否定するだろう。そんなことを考えつつ、手に持っていた書物を繰る。
「ええとね、症状としてはどんな感じ?」
「ちょっと熱っぽい感じ。あと、ちょっとむかむかする」
「……変な事聞くかもだけど」
 そこまでフォディニーが言った時、にわかに騒がしくなった。部屋の窓を開けると、外で魔物が出たと騒いでいる。
「大変!」
「レイラとヴィッターはもう外にいる!」
 部屋の窓から飛び出し、巨大百足の群れと戦う仲間のそばへ駈けた。
「状況は!?」
「とりあえずこの辺一帯に百足大発生!固いから気をつけろ!」
 レイラが百足を蹴りつけてひっくり返し、腹に剣を突き立てている。その様子を見てフォディニーは守りを砕く魔法を唱え始めた。セニアスも友に見習い、百足を力いっぱい蹴る。が、休む為にローブを着ているので上手く蹴ることが出来ない。少し躊躇いがでたとき、蹴られた百足の尻尾がセニアスの腹を薙ぐ。幸い深い傷ではない。普段のセニアスならすぐ立て直す。だが。
「!!」
 フォディニーが詠唱を中断しセニアスにかけよる。ちょうど自分の周りをあらかた退治したヴィッターが走ってきたので、フォディニーはおなかを抑えて蒼白な顔をするセニアスを頼んだ。
「セニアスを部屋へ!ここは僕がどうにかする!」
「わかった!」
 セニアスを抱きかかえ宿に走るヴィッターを見届け、レイラを呼ぶ。
「どうする気だ?」
「とりあえず一筋、雷呼んで。僕が手伝って、広範囲に分散させる。……よし!」
 言いながら、周りの建物や人間に被害が行かないよう結界を張る。レイラたち以外にも戦う人の姿はあったが、そんな人間たちは優しく、だが早急に結界からはじき出された。何が起こったのか良くわからないとばかりに、先ほどまで百足の固さに手を焼いていた若い剣士は、百足たちが薄く輝く虹色の膜の中で閉じ込められていることに気が付いた。
「何事だ?」
 急に雲が湧き出し、傷ついた仲間を癒していた魔法使いが空を見上げる。直後、一筋の光が膜に向かって落ちてきた。その光は膜の中で細く拡散し、百足たちに命中していく。
 やがて雲が晴れた時、百足は僅かにも動いていなかった。
「よし、成功成功」
「やれやれ、手が痺れたぜ。っと、ありがとうな、手助けしてくれて。俺だけじゃ、こいつら全滅させる為に雷呼ぶと、建物全部壊しちまうからな」
「どういたしまして」
 にこにこ笑いながら、確かにレイラは変わったのだと思う。以前の彼女なら、フォディニーに素直に礼など言わなかった。
「それにしてもセニアス大丈夫かな」
「様子見に行こう」
 そして、未だに何が起こったか良くわからない他の人間たちを置いて、二人は部屋に向かった。

「セニアス、大丈夫か?」
「あ……うん、なんとか」
 寝台の上で笑う親友。その儚さにどきりとする。近くにフォディニーの物である書物が落ちているのを拾い、持ち主に返す。
「で、どんな病気なんだ?」
「ええと……」
 寝台の横にある椅子に座るヴィッターに視線を送る。
「なんだよ。俺になにかついてるか?」
「そうじゃないんだけどね。……僕がセニアスに今から聞くことで、怒らないでね」
「はぁ?」
 質問の意図が見えないとばかりに呆れた声をだすヴィッター。そんな彼をよそに、先ほど聞こうとしていたことを聞く。
「あのねセニアス、胸が張ったりとか、そんなことはない?」
「む……ちょっと待てフォン!女になんてこと聞いてるんだよ!」
 レイラが顔を赤くして食って掛かる。
「黙ってレイラ。別にやましいこと聞いてるわけじゃないんだからさ」
「だからって!」
「えーと……胸……は……」
 問われたセニアスも少し赤くなりながら考える。ややあって、頷いた。
「あー、多分そうなんだ」
「なんだよ」
 ヴィッターが不機嫌そうに返す。
「多分、赤ちゃん」
『はぁっ!?』
 レイラとヴィッターの声がそろった。

「赤ちゃんって赤ちゃんって赤ちゃんって」
「レイラが動揺してどうするの」
「だってセニアスが……」
 まるでレイラのほうがセニアスの夫のようだ。落ち着かず、部屋の中を歩き回っている。
「確信はないんだけど、症状聞いてたらどうもそれっぽい。最近食べ物の好みも変わってたみたいだし。専門の医者に診てもらったほうがいいと思うよ」
「……それはいいの」
「おい、そんなでいいのかよ!」
 しばらく放心状態に陥っていたヴィッターが声を荒げる。
「ちゃんと見てもらえよ!こんな素人医者の見立てをすんなり信用するのか!?」
「この町にきた時……もう、診てもらってる。フォンの、言うとおりなの」
「……」
 部屋の中に沈黙が降りる。レイラとフォディニーはそっと部屋を出て行く。戸が閉まる音を聞き、ヴィッターはようやく口を開いた。
「何で、黙ってたんだ?この町ついてからってことは、二週間くらい前ってことだろ?」
「……怖かった」
「うん?」
「確信が、もてなくて」
「確信ったって、専門家に診てもらってるんだから確かだろ?」
「そうじゃない。そうじゃないの」
 シーツを掴み涙をこぼす。
「ずっと怖かった。今は一緒にいてくれるけど、いつかはどこかに行ってしまうんじゃないかって。私となんかお遊びで、赤ちゃんができたなんて言ったら、すぐにいなくなっちゃうんじゃないかって……」
「お前……」
 それ以上言葉が続けられないとばかりに嗚咽するセニアス。ぼろぼろと涙を流す姿を眺めていたが、やがて呆れたような声をだした。
「この馬鹿」
「……」
「そんな大事なこと、なんで言わないんだ。そんなに俺は信用ならないか?」
「だって……だって!一回だって、すき、とか言ってくれてない……」
「そんなことぐらいで不安に思わないでくれよ……。俺たちの間に、そんな言葉なんかいらないだろ?」
「でも……」
 なお泣きながら言い募るセニアスをみてふと思い出した。ロマリアで盗賊家業をしていた頃、花街の女に言われたことを。
『女はね、言葉に出して言って欲しいときもあるのよ。いつかいい人できたときには、ちゃんと言ってあげなさい、坊や』
 それがこのときなのだろう。
「ゆっくり休んでろ。ちゃんと生むまで、魔物退治に参加するんじゃないぞ。お前は、大事な女だから」
 少し照れながら耳元で囁く。女の動きが止まった。ゆっくりと、涙にぬれた瞳をヴィッターに向ける。
「あ……本当に?」
「嘘ついてどうするよ。いいから横になってろ。寝るまでいてやるから」
「……はい」
 涙を拭きながら、心のそこから笑った。

「それにしても、セニアスがお母さんになるのか。なんか信じられねぇや」
「同い年、だったよね、セニアスと」
「ああ。俺なんか全然何にも考えてなかったよ」
「そんなこと言わないでよ」
「?……なんでお前が困った声だすんだ?」
「えー。そんなつれないこといわないでレイラちゃん」
 瞬間、隣にいたレイラの姿が消え背後に移動する。一連の動作から滑らかに、男の後頭部を容赦なく殴った。
「!!!」
 相当本気の拳だったのだろう。声もなくフォディニーはその場にうずくまった。そして殴った張本人は顔を真っ赤にしながら自分の部屋に入っていった。
「……あたた……。僕には、まだまだ望めそうにないなぁ」
 痛む頭を抑え、いつかはセニアスの言った、自分を見るレイラの表情を見たいものだと思うのだった。

END


うっひゃっひゃっひゃ(壊)

セニアスとヴィッターがいつくっついたのか作者として知りたいもんです(おいおい)

……自分の高校からの友人が結婚して子ども産んだりしてるから

少しずつでも影響受けてるんだろうなぁ

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