カロッテ村のはずれでぼんやりと立つヴィオラートがいた。
「ヴィオ?」
 練武をしにきたロードフリードが声をかけても、気がついていないようだ。
「ヴィオ、どうした?」
「…あ」
 何度か呼びかけ、ようやく彼の方に向いたその目には、わずかな湿り気。
「…ロードフリードさん」
「…もう日が暮れるよ。バルテルが心配するんじゃないかな」
「……この村、なくなっちゃうのかな…って」
「それは…嫌だな。俺としては」
 また小川を見ているヴィオラートの隣に行く。
「せっかく戻ってきたんだ。この村を守りに、ね。それなのに、なくなってもらったら困る」
「です…よね」
 彼女の錬金術の店のおかげで以前より格段に人が増えた。それでも、まだ田舎であり、いつ消えてもおかしくない規模でしかない。
「ヴィオの肩に、のっちゃったんだな」
「…情けないですよね。お父さんとお母さんの前で、あんなに大見得切っちゃったのに。まだまだ…」
 大きく息を吐いてロードフリードのほうへ振り向いた。
「帰ります。お兄ちゃんが餓死しても困りますので。練武、がんばってくださいね」
「ああ。ヴィオもちゃんと守ってやらないといけないしな」
 遠くなる彼女の後姿をみて、なぜか強烈な不安に見舞われた。
 ニンジンが好きだからこの村を離れない。そんなむちゃくちゃな理由が、彼女を村おこしに駆り立てる原動力。他の人間はそう思った。けれども、彼女は彼女なりにこの村を愛しているのだ。消えない、消したくない思い出が多く存在するから。大好きな人たちがたくさんいるから。
「…ヴィオ…」
 自分はどうすればいい?そっと問う。自分もこの村を守りたい。だが、何かが違うと心が軋む。大事なことに、自分は気がついていない。
「…」
 剣を振っていても答えは見つからない。不安感。
「ご精がでますわね」
 がむしゃらに振り回しているところに優しい声がかかった。振り向くとクラーラ。小川で冷やしていた野菜を取りにきたようだ。
「どうも」
 彼女が危なっかしく川岸に下りるのを見かねて代わりに野菜の入った籠を取ると、クラーラは深々と礼をする。
「…」
 こんな光景も…村がなくなればなくなってしまうのか。
「ありがとうございます、ロードフリードさん。うちに引いている井戸がもうほかの野菜で一杯になっていて…」
 仕事終わりで行き交う人、買い物を済ませて行き交う人、それぞれが一生懸命生きているこの村がなくなれば。
「…おじいさまが考えずにいろいろと…」
 わずかだがやってくる旅人たちの、この村への賛辞も。
「……?ロードフリードさん?」
「あっ…」
 クラーラの呼びかけに慌てて彼女に視線を戻す。思索に入ってしまい、完全に失念してしまっていた。
「ああ…すいません。なにか?」
「…心ここにあらず、という感じですね」
 うつむく青年の顔を下から覗き込むクラーラ。
「…何か、迷っていらっしゃいます?」
「…いや…」
「…そうですか」
「じゃあ…この村のこと、ですね?」
「…ええまあ」
 向き直り、にこりと笑う。
「大丈夫ですよ、きっと」
「…」
「だって、今までにないぐらいみんな…やる気ですもの。本当は、もう少し早くこういう気分になればよかったんだけれど」
「……それは仕方がないのでは?」
「そうかもしれません。それでも、何も出来ずに成り行きに任せることしか出来なかったのは、村をまとめる人間の責任…。そんなおじい様になにもアドバイスも出来なかった私の責任」
「そんな、クラーラさんは…」
「いいえ、ロードフリードさん。村長には村長にしかできない、村長がしなければならないことがあります。そして、周りの人間はそれを承知し、支える義務がある。それを怠ってきたのが、原因の一つなのでしょう」
 流れる川の音がいやに大きく耳に響いた。
「今は…ヴィオのがんばりでこの村は保っています。それなら、私がおじい様に対してできなかったこと…ヴィオを精一杯支えて、この村のためになるようにすること。…そうじゃないですか?」
「…そう、そうですね…」
「幸いヴィオには不思議と人を惹きつける何かがある。あちこち彼女にくっついて出かけていると、本当にそう思います。そして、出会った人みんなが彼女を支えようとしてくれている。なら、この村は、今より良くなります。きっと。…そう信じてみませんか?」
 笑うクラーラに吊られ、ロードフリードも笑った。
「そうですね。じゃあ俺も…ヴィオを支えないと」
「そうそう。みんなで、支えましょう?」
 籠を抱えて戻っていくクラーラをみて、ふと思い至った。なにが引っかかっていたのか。
 そうだ、自分は守りたいのだ。村ではなく大事な親友と、それより大事なヴィオを。消えてしまわないように。

 蜂の音に眠れずロードフリードは起き上がった。窓から入る月光は深い森に邪魔をされてかなり減っているが、満月のせいだろうか、いやに明るい。
「…あれは」
 宿の窓から見えたのは特徴的な外套。大きなリボンがひらひらとゆれている。誰もいない広場でぼんやりと立っている。
「どうしたんだい?」
 気になって宿から出てきた騎士はそっとヴィオの後ろに立つ。びくりと体が震えたのがわかる。
「あ、びっくりした…。お兄ちゃんみたいに、後ろにすっと立たれるとびっくりしちゃいます…」
「どうしたんだい?」
 問いを繰り返す。笑った顔が、曇った。
「ちょっとだけ…ちょっとだけ、疲れちゃったみたいです」
「…心配、だろうね。俺は、ヴィオはがんばってると思う。ただ、がんばるのと、結果ってのは往々にしてシンクロしないんだよね」
「…あーあ。このままじゃ、半年もかかるような遠い国につれてかれちゃう」
「半年?」
「手紙、来たんです。でも半年前の日付」
「……そうなったら、もう会えなくなるね」
「それは嫌。だけど」
「ヴィオ」
 なにか不吉なことを言おうとしたヴィオラートを思わず抱きしめた。
「ろ、ロードフリードさん…?」
 動揺の声が頭の下から聞こえる。背の差が、少女を綺麗に騎士の腕の中に収まらせていた。
「そんなことは、言わないでくれ、これ以上」
「…でも」
「もし、もしもヴィオが行かなくてはならなくなったとき…。いや、そんな目には会わせない」
「…え?」
「…」
 怪訝そうな顔をする少女。目が合い、少しおびえる少女。
「あの…」
 いつもとは違う感情がある視線に心臓がドキドキと脈打ち始めた。頭に手が添えられ、長い髪をなでる。と。
「!」
 髪をなでていた手は首筋から顔を持ち上げる。無防備に持ち上がった瑞々しい唇に、騎士のそれが重ねられた。どうしていいのかわからず、己の手をロードフリードの背中に回し叩く。わかっているだろうのに、離れない唇。
 なぜ。何故。立っていられない。足が震えている。服をつかみ、辛うじて立っているのだ。ここで離されればそのまま地面に崩れ落ちるだろう。
「…ヴィオ」
 離さないで。そう無言で訴えたが、離される体。少女は立っていられずぺたりと座り込んだ。
「…大丈夫?」
「あ、あの、えと…」
 何をされたのかまだ理性は理解していない。聞こうにも口が回らないのだ。しどろもどろになるヴィオラートの前に座り、目を合わせる。途端に真っ赤になるヴィオラート。
「…俺。ヴィオのこと、好きだよ」
「!」
 からかっている様子はない。兄と違ってこの青年は基本的に実直だ。だから、本気なのだろう。
「ヴィオは…どうかな」
「…えと…私は…」
 とても目をあわせていられずに俯くと、黙り込む。半刻ほどそれが続いた。
「ごめんね、ヴィオ」
「え?」
「…君の気持ち、わからないのにあんなことして」
「……」
 無意識に唇に触れる。驚いたが、悪いものではなかった。
「もう…突然あんなことはしないから。…約束」
「…約束…」
「でも…」
 ふと顔を上げる。中天にあった満月は少し傾ぎ、それでも強い光を持っていた。蒼いそれに照らされたヴィオラートの顔が、青年の視界に飛び込んできた。思わず再び唇を重ねそうになる自分を抑え、肩に手をやる。
「…ヴィオも俺に約束してくれないかな?」
「…なん…ですか」
「俺の前では…なるべく…遠くへ行くとか、そんなことは…言わないでくれるとうれしい。今度言われたら…どんな手段を使ってでも、遠くへ行かせないようにしそうで…怖い」
「…」
 それが具体的にどういう方法かは検討もつかないが、彼が怖がっているのは良くわかる。肩に置かれた手は僅かな震えをヴィオラートに伝えていた。
「わかりました…ロードフリードさん。約束…します」
 まだ激しい鼓動の収まらない心臓をもてあましながら、それでもしっかりと答えた。目に見えて安心するのがわかる。
「じゃあヴィオ、眠ろうか。明日もまた早いんだろう?」
「あ、ええ」
 立ち上がろうとするヴィオに、先に立ったロードフリードが手を差し出した。少しだけ逡巡したが、差し出された手を無視するわけにもいかないので握る。力強い手が、彼女を引いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 いつもの表情、いつものやり取り。ヴィオラートがそう望むのなら、今はそれでいい。彼女なら、きっとこの村おこしが落ち着いたときに、答えを出してくれるだろう。それを待ちながら、ヴィオラートを支えたい。そっと、満月に誓った。

ENDE


8000切り番リクエストでローヴィオ初ちゅーSSでした

別件で砂吐きが書きたくて置いてあったものをちょいちょいと…(苦笑)

なんていうか、私の趣味がでてます…(滝汗)

本命さんに地味に強引属性入ってしまった…

菜の花さん、こんな変なイメージ入ったお話ですが

お納めしていただければ恐縮です〜

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B.G.M. is V&B, Xenosaga, etc.