あれから五年。少しは…変わっただろうか。十年前には何もできない小娘でしかなかったけれど、今の私はどうなんだろう。昔の私を知る人がいないところで、そっと思う。

 一緒に旅に出たアイゼルさんは、故郷ザールブルグへ戻った。一緒についていったのだが、とても感じの良い、すごしやすい街だと思う。そう、興味があった錬金術の学校にも足を運んでみた。さすがに私が教わることはなかったけれど、こういう風にみんなと一緒に助け合いながら学ぶのも悪くない。残念ながらアイゼルさんの先生には、どこかに出かけているとかで会えなかったけれど。アイゼルさんの親友という錬金術師も、今は遠く…ケントニスという錬金術発祥の地へ旅立っていて、会えなかった。いつかは行ってみたいと思う。けれども、残念ながら海が荒れている時期だそうので、少し待つことにした。待つことは苦じゃない。楽しみが長引くのだから。
 そうそう、ザールブルグの街でもうひとつ出会いがあった。優しげな目元の…そう、ロードフリードさんを思い出させる笑顔の人。ノルディスと名乗った彼は、アイゼルさんとも仲が良く、街の一角に医院を開いていた。医者になるために錬金術を目指したのだとか。今の私でも作るのを手間取るような強力な薬を、大量に、しかも高い効力で作り出すのは、神様の手を見ているような、そんな感じがする。五年前私はなんとかブリギットの病気を快方に向かわせることができたけれど、この薬があれば即刻完全に治癒できそうなくらい。けれど、ノルディスさんは言う。
「人間の自然治癒力を無くしてしまうから、この薬は本当に非常用。たとえば…、なにかに襲われて、どうしようもないくらいのときに。ここの周辺は、一時期より落ち着いたとはいえかなり凶暴だからね」
 人間自らが持つ、自然治癒力。それこそが病気に一番効くのだと、穏やかな微笑を浮かべた。
「だから…ヴィオラートさん、あなたの選択、作った薬は間違っていないよ」
 その一言が、うれしかった。
 アイゼルさんと旅をしているうち、知らないことがたくさんあることを知った。いろいろ教えてもらったり、体験したり。あのまま村にいると経験できないこと。当然、裏路地で交わされるような、危険な香りのすることも。これだけは、あの村で経験することはなかったから。みんな、結局お人よし。…私も含めて。物事を知る、ということは、子どもじゃなくなる、ということ。大人になれるとは限らない。ただ、子どもと呼ばれることはなくなる、それだけ。大人になるのは、自分次第。

 村へと続く街道が整備されている。あれから村長あたりが手を加えたのだろう。かなりの人数の旅人が行き来している。戻ってくる途中でファスビンダーに寄ると、あのたるは相変わらずあそこにあって、少しほっとした。街並みはかなり変わっていて、ミーフィスさんが開いたオリジナルの酒店があったり、ザヴィットさんの酒場も客層がかなり変わっていて、若い女性向けの軽い酒が並ぶようになっていた。またリーマンさんが料理店を本格的に始めて、ミーフィスさんの店と並ぶほどの人気だ。五年という歳月は多くのものを変える。けれどクラリッサをみて、変わらないものがあるのもいいな、と感じた。
 最初に気が付いたのはミーフィスさんだった。
「…もしかして、ヴィオ?」
 街路をあるいていると、私に声をかける人がいる。振り向けば、渋いデザインの、これまた渋い色合いの葡萄色のドレスをまとった女性。しかし、その明るく快活な声と、めがねの奥で、好奇心に輝きあふれる瞳は変わっていない。
「ミーフィスさん!」
 何年ぶりかに出会う知人に、うれしくなって思わず飛びついた。
「やっぱりヴィオだった!」
 突然飛びついた私を、臆することもなく抱きとめてくれた。こういうところは昔と変わっていない。相変わらず酒豪で鳴らしているようだ。遠くはメッテルブルグにまで彼女の名声はとどろいていたのだから。
 その日は当然のようにザヴィットさんの酒場で食事をとり、彼女の家で休ませてもらった。ザヴィットさんは少し年をとったように思う。そろそろ若い人に店を譲り、釣りを楽しみながら過ごしたいと、隣でコップを磨いている若いバーテンを見ながら笑った。笑顔をみると少しも年をとったようには見えないのだけれど、やはり夜遅くまでおきているのが堪えるようになったのだそうだ。
「私がこの酒場を止めるとはいえ、私がこの街からいなくなるわけではないよ、お嬢さん…。いや、もう立派な女性だね。…いつでも、訪ねてくればいい。待っているよ」
「ヴィオが旅に出たっていう噂は文字通り風のようにカナーラントを駆け巡ったの。まさかと思ったけれど、本当だったし」
 五年前、噂の真偽を確かめるためにお兄ちゃんに聞きにいったんだそうだ。
「みんな…心配してくれたんだ…」
「当たり前じゃない。あなたが私たちに残したものは、あなたが思っているより大きいのよ」
 それからあとは他愛のない話だった。カタリーナさんが一度この街に戻ってきて、また旅に出ただとか、ローラントさんがついに出世街道を上り詰めただとか、ホーニヒドルフの蜂蜜を使って化粧品を作ったら大当たりしただとか、いろいろなことを話した。
「すごいね。そんなに変わったんだ。それに、遠いのにいろんな情報があるのね」
「あのねぇヴィオ。ここはさ、フィンデンともつながる交通の要所なの。自然と情報だって集まってくるわ」
 あきれたように肩をすくめるミーフィスさん。そんなしぐさもなんだか女性っぽくなっていた。
「そういえば…そうだったね」
「貴女がフィンデンまでの道をつけたのよ。大貫道が少し綺麗になっていたでしょ?」
 言われてみれば崩れそうだったところ何箇所かに補修工事の跡があった。
「そういえばそうだった。魔物もかなり少なくなってたし」
「うん。ドラクーン隊が定期的に見回りしてくれてるから。これは、ローラントさんの案らしいわ」
「ふーん。なら、交易もかなりしやすくなったんだろうね」
「私もそのおこぼれに預かってる身の一人。フィンデンにかなりいいお酒の材料を作るところがあってね…」
 とめどなく続く私たちの話。結局、その日は眠れなかった。

 噂のなかで意図的に聞かないようにしていたのがカロッテのこと。聞きたいのは山々だったけれど、やはり自分の目で一番初めに確認したい。ただ、カロッテ自身の噂はかなり流れてきて、カナーラント一の都市であることは間違いがないようだった。そうなるために自分がその一翼を担ったけれど、今となっては遠い存在なような気がする。私は多分、帰っても居場所がないかもしれない。ネガティブな想像が頭を巡った。
 カロッテについたのは朝早くだった。朝露が街路樹を濡らし、朝日を浴びて輝いている。カロッテは少し変わっていた。自分の場所じゃない、そんな感じがする。
「…戻ってこないほうが、よかったかな」
 今、この街は私を必要としない。店に商品を運ぶ人足を眺めながら、通いなれた道を進む。ブリギットの別荘や村長の家、オッフェンさんの酒場。そして…変わらない、ヴィオラーデン。
「…」
 井戸の隣まできて足が止まる。店をじっと見る。プランターの花は良く手入れをされていて、朝の花を咲かせている。日除けや看板は少し古ぼけているものの、汚れてはいない。そして、ドアにかかる長期休業の札。
「…お兄ちゃん、かな」
 かけた覚えはなかった。

 おかえり

 札を見ていたら、声が聞こえた気がした。ずっと待ってたよ、と。
「…待ってて、くれたの?」
 無意識に一歩を踏み出す。そして、また一歩。と、不意にヴィオラーデンの扉が開いた。ウインドベルの音が懐かしい。そこには知らない少女。少女は私と目が合うと、首を傾げる。
「…?」
 そのとき、店の中から慌てた様子でお兄ちゃんが出てきた。子どものほうに目が行っているようで私に気がつかない。
「こら、勝手に出て行くんじゃない。危ないだろう」
 少女は何も言わずお兄ちゃんの顔を見て、私のほうを指す。その指の動きにそって、お兄ちゃんが私に気がついた。
「……」
「………」
 突然のことだったから、驚いているのが良くわかる。手紙のひとつでも送ればよかったかと思うけれど、手紙より先に私のほうが先につく可能性が高い。
「え、へへ。ただいま」
 五年ぶりに会うお兄ちゃんに照れながらただいまの挨拶。
「た、ただいまじゃねぇよこのバカ妹が!一回も連絡よこさないで!」
 怒鳴られた。言い返そうと思ったけれど、確かに一回も手紙を送っていないから立場が弱い。
「ごめんね。いろいろありすぎて、何から書いていいのか」
「ああもう、その話は後だ!こうしちゃいられない!」
 と、正門のほうへ走っていってしまった。どうしようかと立っていると、少女が私の服のすそを引っ張っている。
「…あれ?もしかして」
 光沢をもつ赤毛が、誰かを思い出させる。
「誰かお客様が来ているの?」
 一向に戻らないお兄ちゃんを心配してか、女の人が顔を出す。出したところで、私と目が合った。
「ただいま」
「!」
 予想どおりクラーラさんだった。しばらくぶりに見る彼女は、すっかり母親の顔をしている。よくあのオイゲンさんが許したなとしみじみ思った。
「ヴィオ!」
 手を掴んで離さない。そのとき、お兄ちゃんが戻ってきた。ブリギットをつれて。
「ヴィオラート…!」
 こちらも感極まったように涙目。私もうれしかった。彼女が私を覚えていてくれて。そして、すっかり元気になって。
「約束だったんだよ。おまえが戻ってきたら、一番に知らせてやるって」
「そうだったんだ…。ただいまブリギット。元気になってよかった」
「何がよかったよ!」
 声を荒げる彼女に体が震える。
「何もかも終わったら突然いなくなって!本当に、貴女って人は…」
 それ以上は何もいえなくなったみたいで、私に抱きついてないていた。
「…ごめんねブリギット。でも、待っていてくれて、ありがと」

 ヴィオラーデンの中はあまり変わってなかった。私の部屋はといえば、半分ほど物置になっていた。
「ちょっとお兄ちゃん、こんなにものを詰め込むことないじゃない」
「いない人間の意見なんか聞けるか」
「むー」
 お父さんとお母さんは別のところに家を建てて、そっちに住んでいるらしい。お兄ちゃんが結婚してから、潔く出て行ったのだとか。あとからブリギットから聞くところによると、あまりの新婚ぶりに当てられて出て行くことにしたともいう。ともあれ仲がよくてよかった。
 私が戻ったことはその朝中に広まって、私を知る人が店に詰め掛けてきた。もう少しで戸が壊れるんじゃないかと思うくらい、ベルの音が鳴りっぱなし。家族で話ができたのは深夜だった。
「いつ?」
「貴女が旅立ってから…一年くらいしてから、だったかしら」
「そうだなぁ。オイゲンさんを説得するのは、かなり苦労したけど…。二人して駆け落ちの話まで出たんだが、そこまで思いつめてるんなら、ってことで」
「本当は、ロードフリードさんがふさわしいと、おじい様はかんがえてらっしゃったようね。だけど、彼はうんと言わなくて。私も、バルテルさんがいたから…」
「…あはは」
 お父さんとお母さんが出て行ったのもわかる、というほどの熱愛ぶり。
「私、お姉ちゃんがほしかったの。お兄ちゃんがいったいどんな人を選ぶかと思ってたけど、クラーラさんなら大歓迎」
 心からそう思う。一緒に旅をして、店番もしてもらって。彼女の優しさとしっかりさは、良く知っている。お兄ちゃんをつなぎ止めておくのにぴったりだ。
「…あれ?そういえば…ロードフリードさん…は?」
 なぜか恐る恐る聞く。
「ああ、この街の自警団長やってて、今は近くの森へ行ってる。明日かあさってには戻ってくるんじゃないか?」
 どうやらおさまるところにみんなおさまっているようだ。彼が自警団長。うん、絶対安心。

 街並みを焼き付けるようにゆっくりと歩く。良くお世話になった人の家にお礼を言いに行ったり、新しくできた店を覗いてみたり。オイゲンさんが取締役を降りるということなので、実質この街を管理しているのがブリギットだという。商家の娘である彼女の手腕は的確で、清濁合わせて受け入れられる強さをカロッテにもたらした。正しいだけじゃ街は存在できない。長い旅の中得た知識のひとつだ。闇の部分も多少はなくてはならない。人間がそうなんだから、人間が集まっている街がそうなるのは当然だと思う。
「以前の私だったら、そんなことは思えなかったんだろうな」
 人間の、闇の部分を知らなかったがゆえに、正しい部分しか認められなかったことを思い出す。知らなかったころがちょっと懐かしい。
 変わらない大樹の下にベンチがあった。正門を入ってすぐのところなので、行き来する人が良く見える。老若男女、働き盛りらしい農民、大工、商売にきた行商、観光の夫婦。知らない人が大勢。いろんな目的で、この街へ。
「よし、各自三日の休みをとるように」
 ぼんやりと正門を見ていると、凛とした声が飛び込んできた。少し大人の声になっているが、わかる。
「俺はこれから街の担当に会ってくるよ。じゃあ、解散」
 自警団員たちに指示をしてきびすを返すその姿は見間違えようもない。やわらかい色合いの髪が少し伸びていて、日焼けをした顔にかかっている。別に声をかけようと思ったわけじゃない。忙しそうだから、噂を聞いたらきっと後で店にくるだろうから、そう思った。だけど。
「……!」
 多分、外から戻ってきたときに、正門広場を観察するのが習慣なんだろう。明らかに怪しい人間がいないかどうか、と。
「…」
 何も言わずに、少し戸惑うようにゆっくりと近づいてくる。私も何も声をかけなかった。かけられなかった。たくさん話したいことはある。ミーフィスさんやお兄ちゃんたちと話したよりもっといろんなことを、ロードフリードさんに話したい。けれど、たくさんありすぎて、何もいえない。
「……」
 ロードフリードさんは私が座るベンチの前に来て、黙って立っている。まるで、私からの声を待つように。その視線は真剣そのもの。何年ぶりかに旧知の友に会う、ということ以上の何かが、そこにある。気圧されて、むなしく口が開いては閉じるのがわかった。
「…おかえり」
 長い時間の後に優しい声とともに差し出された手。淑女に対してするような礼儀正しさが、つらかった。昔のようにはなれないのかもと感じる。不意に…本当に不意に、頬に涙が伝わった。どうやら止まることなく、後からどんどんとあふれてくる。慌てて布を探す私の頬に、ロードフリードさんの両手が添えられた。
「あ…の…」
「……」
 間近に端正な顔があり、心臓が跳ね上がる。その間にも涙は止まらず、無言のまま指で拭われた。
「…ヴィオ…」
 優しく、私を呼んでくれた。昔と変わらない口調で。昔よりもいろいろな思いを込めて。
「ロードフリードさんっ!」
 だから私は彼の名前だけを呼んで、往来だということも忘れて抱きついて、泣いた。ブリギットのことを言えない位、体中の水がなくなるかと思うくらい泣いた。

 旅に出て、ふとした弾みに懐かしい人を思い出した。その中で、一番思い出したのが、彼だった。なんだかわからない気持ちとともに。
 今だって、その気持ちがなんなのかなんてわからない。ただ、痛いほど心を刺したあの波は今、嘘みたいに穏やかだ。

 あれから五年。私はもう少し、違った生活がここで送れる。それを、確信した。


なんなんでしょう、これ(笑)

ローヴィオのようでいて実はヴィオたんまだ恋心を自覚してない(笑)

 

いったん戻るなら五年位かな、と思って

25歳くらいになった彼女を思い描きながら書いてみました

普段、この年代のキャラばっかり動かしているので書きやすい(笑)

しばらくここで過ごしてまた旅立ちそう

ケントニスにもいかなきゃね(違)

ちなみにどいちゅ語は「故郷」の意

あと、アイゼルEDとブリギットEDが一緒になってます、あしからず…

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