ごそごそと旅支度をする妹をあきらめながら見た。楽しそうに鼻歌を歌いながら実験器具を詰め込んでいく。
「…本当に、行くんだな」
「なんども言わせないでよ。決めたんだから」
「…」
肩をすくめ、やれやれと頭を振った。そこへアイゼルがヴィオラートを呼びに来た。
「そろそろ用意はいいかしら?」
「はい!…じゃ、お兄ちゃん、行ってきます!」
「ああ、行ってこい。忘れるなよ、ここはお前のふるさとだ。どんなになっても、お前を受け入れてくれるさ。…待ってるからな」
「…ありがとう!」
ウインドベルを鳴らしながら戸が閉まった。今やこの村は首都に並ぶ巨大都市になった。ひとえにヴィオラートの努力の成果である。その、一番の功労者は、村おこしが成功したそのときに舞台から去っていく。
「…お客さん、がっかりするだろうか?」
もうカロッテに、この店がなくてもいい。そのレベルまで来たことはわかるが少しさびしい。
「俺も、少しはまともに生きてみるか…」
使い慣れた鍬を担ぎ、郊外の畑へむかっって行った。ドアに、長期休業の札をかけて。
「…ねぇ、ヴィオラートは?」
「ん?」
畑仕事から戻ってきたら、店の前でブリギットが落ちつかなそうに立っている。
「…ああ、旅に出たよ」
「旅…ですって?」
軽く頭を縦に振るバルトロメウス。
「そんな…」
泣きそうな顔になって彼をみた。
「何時戻ってくるのかしら?」
「さあな。本人は納得したら戻ってくる、って言ってたけど」
「いい加減な…。本当に、突拍子もないくらいいい加減な…」
「おう。それが俺の妹だ」
「…」
いなくなったのは寂しい。ただ、今ならそれに耐えてみようと思える。ヴィオラートは自分の道を見つけに旅にでた。
ふと、目の前の女性を見る。ヴィオラートより一つ年上だが、自分自身より年上のように感じてしまうほど、大人の雰囲気を持っていた。
「…だけど」
彼女の病気のことは村の一部に知られている。明日をも知れぬ命で、精一杯虚勢を張って、気を張って。長年の習慣が、病的に大人びた空気を作り出したのだろう。
「…なぁブリギットさんよ。あんた、変わったな」
「なにがっ!」
「ここに越してきたばかりのあんたなら、ヴィオがいなくなってもどうでもよかっただろうに。なんていうか…うん、丸くなった」
「ふん!貴方には関係ないでしょう!」
「そうかもなぁ。でもよ、その方が可愛い。…おっと誤解するなよ?純粋に、年長者としての意見だ。虚勢なんざ、張りつづけられるもんじゃねぇ」
「……」
地面をみたまま動かないブリギット。家の中からおいしい香りがしてくる。母親の料理だ。
「…食っていくか?ヴィオはいねぇが」
「結構よ。メイドが食事の準備をしてるはずだから。……ヴィオラートが返ってきたら」
小さい声で付け足された言葉は、直ぐ途切れる。が、その意図することは簡単にわかった。
「ああ。真っ先に教えてやる。あんたら、友達だもんな」
「……」
にこにこと笑うバルトロメウスに一瞬だけ視線を向け、自分の屋敷の方へ帰っていった。
「なあヴィオ。お前が残してったものって…大きいんだよな」
札を少し揺らしてみて、家の中に入った。
「種まきはこれで終わり、と」
大分少なくなったが、都市の外に出ればニンジン畑が広がる。妹が戻ってきたとき、とびっきりの奴を食わせてやらなきゃ。そんなことを思う。
「バルテル」
「…ん?」
あぜの上から幼馴染が呼んだ。
「お前もヴィオのことか?」
「…お前も、ってのはなんだ?」
「ファスビンダーからホーニヒドルフから首都から。果てはメッテルブルグからパメラお嬢ちゃんまで聞きに来たよ。お前が一番早くくるかと思ったんだが?」
日に焼けてきた顔が少し痛い。水を含ませたタオルでそっと抑えながらあぜに戻った。
「珍しいな。お前が、畑仕事をまじめにしてるなんて」
「親父もお袋も、出先でやってた事業ってやつをこっちで展開し始めてるからな。畑は俺しかできない」
「それでも」
「それにな」
何かを言おうとしたロードフリードの先を制す。
「ヴィオが戻ってきたとき、美味いニンジン食わしてやりたい。そんなことを思ってな」
「…やはり」
「ああ。十日くらい前に」
「…」
「一番初めはブリギットのお嬢ちゃん」
「…?」
「二番目にホーニヒドルフの、なんていったかな、強面のマスター。三番目にザヴィットのおっさん。四番手にローラントのおっさん。五番目は…誰だっけ…ええと、あのちっこいの」
「パウル、か」
「そうそう、それ。それから後はもう順番なんか覚えてない。クラーラさんも、ミーフィスも、パメラお嬢ちゃんもダスティンも、とにかくあいつをすこしでも知ってる奴らがいっぺんに来た」
「……ヴィオのことを聞きに?」
「それ以外ねぇじゃねぇか」
「そうだな」
帰り支度をしながら幼馴染の様子をみる。これといって変わったところはないのだが、何かをいいたそうにしているのがわかった。
「何時帰るかなんて、聞くなよ。俺は知らん。ついでに言うなら、何処に行ったかも」
「……だろうな」
ふぅっとため息を吐く。
「なんだなんだ。いつも自信家のロードフリード様が、ため息なんかついて」
「ヴィオは…酷なことをする。残されるものの気持ちをわかっていない」
「んあ?」
「お前だってそうだろう?ヴィオがいなくなって、寂しいと思うだろう?」
「…そりゃあな。今まで三人で走り回ってたんだし」
家路につきながら話は続く。
「けどよ。それにしがみついてたら、確かに楽だろう。それで、先に進むことはできるか?残されるもののことを考えてしまえば、先には進めない」
「バルテル…」
「多分、あいつはあいつなりに考えてただろう。だけど、あいつをこの村から…いや、もう村じゃねぇんだった。とにかく、ここから出て行く気持ちと、ここに残る気持ち…多分、俺らのことを比較して。それで出した結論だ。要は、今の俺たちに、あいつを留められるだけの気持ちがなかったってことじゃんじゃないか」
「そんなもの、推測だけでわかるものではないだろうに」
「おっと。お前、ヴィオの特性忘れてないだろ?」
「…ものすごく鈍い」
「そうだ。良きにつけ悪きにつけ、あいつは単純で鈍すぎる。…ときどき、うらやましい」
口元に笑いをたたえた。
「単純だからこそ、一旦言い出したことを引かない。むしろ、引くことを知らない。それが、俺の妹だ」
「そうか。そうだったな。まさかお前に諭されるとは」
「ふふん。少しは見直したか」
「そのうちにな」
「なんだと?」
ロードフリードは一瞬だけ笑い、真剣な表情になった。
「おいおい、納得したんじゃないのか」
「納得?納得などしてない。理解しただけだ」
「何がそんなに引っかかってるんだ」
「俺にもまだはっきりとわからないんだ」
「…」
「……自分の妹みたいなものでもあったからな。家族がいなくなった悲しみ?…違う気がする」
「…」
黙って隣を歩くバルトロメウス。騎士もまた黙った。
村は変わった。彼女が愛したこの村は、もう消え去ってしまうことはない。望みはかなった。なら、次の望みを見つけたい。それが生きているということ。痛いほど、わかるのだ。ヴィオラートが生きるためには、過去に縛られず、自由に望みを見つけなければならない。この村には、それがないということなのだろうか?
「それは違うぞロードフリード」
「…どういう…ことだ」
「あいつのことだ。何処にいたって望みなんざ見つけるさ。ただ、五年前のあのときのぴりぴりした、でも心地よかった空間。それを探したいんだろう」
「五年…両親がいなくなって、何にも出来なかったあのころの…」
「そう。毎日が発見と緊張の連続。今思えばハゲにされたりフライングボードが俺に激突したりしてかなり迷惑もかけられたけど、充実していた」
「確かに…そうだな。水の中にまで連れて行かれたよ」
「そんな発見が、好きなんだろ?…多分」
にやりと笑った親友の顔が見られない。やはり、ヴィオラートのことを良く知っているのは、兄なのだろう。
「戻ってきたら、あいつが旅先で聞いたこと、見たこと。いろんなことをしゃべらせる。そしたら、今度は俺たちがあいつを置いて出て行ってやろうじゃないか。残された人間のことを判ってないって言うなら、無理矢理にでもわからせてやろうじゃないか」
「…お前、むちゃくちゃ言うな…」
「お前が言ったんだぞ?残された人間の気持ちをわかってないって。それに、この十日どうしてたんだ?お前の脚力なら、一日二日出遅れても追いつけただろうよ」
「整理が出来なかっただけだ!!」
突然声を荒げたロードフリードに驚き、担いでいた鍬を足の上に落とした。
「ってーっ!」
片足で飛び回るヴィオラートの兄を横目に、堰を切ったように言葉が流れ出す。
「今までヴィオは俺を頼ってくれてた。少なくともそう俺は、思ってた。だけど、結局なんの相談もなくて、俺は所詮赤の他人でしかなかったんだよっ!」
「…ロードフリード」
「なあバルテル。お前には相談したんだろ?お前には、ちゃんと旅に出るって言ったんだろ!?」
肩をつかみゆする。
子どものころから一緒だった。いつだって、バルトロメウスとロードフリードに相談したヴィオラート。それが、ここに来て取り残された。
「…俺は、それが悔しい」
「…」
俯いた友人を見て、ふと思い出した。
「そうだロードフリード。この後暇か?」
「暇といえば…暇だが。巡回が終わったからここに来たんだ」
「よし、ちょっと俺んちまで来い」
「何だよバルテル」
言われるままに店の戸をあけた。メッテルブルグで買ってきたというウインドベルが物悲しい音を立てる。
「ほら、こいつこいつ」
「これは…ヴィオが使っていた」
「そうだ。俺が激突されて、危うく人事不省に陥りかかった犯人」
「持っていったのではなかったのか」
「いや、持ってった。だけど、あんま性能がいいほうじゃない奴をな」
「何故?」
旅に出るなら、性能のいいほうが格段にいいはず。
「俺がすりかえといた」
「なに?」
「俺だって完全に納得して送り出したわけじゃなかったみたいだ。お前の言葉を借りれば、理解はしたが納得してないって所だ。それが、これだ。なんでとっかえようか、なんてそのときには思わなかったが」
「…ガキか、お前は」
半ばあきれてフライングボードと笑う親友を交互にしげしげと眺める。
「まぁまぁ、いいじゃねぇかよ。とにかく、こいつでヴィオを探しに行こう。10日くらいの行程、こいつがあればすぐ取り戻せる。そんで、納得させてもらえ」
「…俺が?」
「本当に赤の他人としか思ってないのか、きっちり聞いて来い。そしたら、お前だってすっきりするだろ?」
「バルテル…」
「で、俺はお前がヴィオの旅にくっついて行っちまわないように見張りをする」
「あ?」
「考えてもみろ。ここは有数の都市になったんだ。当然、やばい奴もいる。村長がこの間言ってたじゃないか」
「ああ。自警団の結成、か」
「とーぜんお前が主になる筈。悔しいが、お前が一番指揮官として適任だ」
「…俺は。…いや、そうか。守らないと。ヴィオが戻ってくる、この場所を」
「そうだ。俺はあいつのためにニンジンを作ってやるさ」
「なら、俺は帰るべき場所を守っていてやらなきゃな」
それぞれの人間にそれぞれの役割と道がある。誰かがそんなことを言ったのを思い出した。
「寂しい。寂しいが…それに耐えてみようかバルテル」
「おう。…きっとヴィオのこと聞きにきた奴ら、みんなそうだと思うぜ」
いなくなった寂しさがなくなれば、あとは戻ってくる期待だけになる。
そう、彼らは信じていた。ヴィオラートは帰ってくる。絶対にこの場所へ。
「さっさと行こうぜ。しばらくは親父に畑見てもらうが、そうそう長く遠出はできねぇしな」
「ああ、俺も無理だろう。じゃあ、一時間後に入り口の橋の上で」
「了解」
彼女の後を追って、そして納得できるかはわからない。けれど、人々は待っているだろう。旅から帰ってくる、大人になったヴィオラートを。そのときに、待つ人間も大人になったといえるように。
Fair windが旅立ち側のイメージなら
コーラルリーフは待つ側の曲じゃないかと前々から思ってまして
いずれどこかで使ってやろうとは思ってました
こっこのラストアルバムの一番最後の曲ですはい(意味深だなぁ)
てゆかヴィオたん自身に風化風葬のイメージついたんですが
これは幼馴染カップル推しの私としては致命的だ
風化風葬失恋の歌だもん(笑)