「…路銀がなくなったわ」
 セニアスが神妙な声でつぶやいた。それだけに、部屋の中にしいんと染み渡る。
「なくなった…って、まったく?」
 無言で頷く。
「これっぽっちも?」
 何度も繰り返さすなとばかりに不機嫌そうに顔を動かした。それを見たレイラはフォディニーの方を見る。
「…最近稼ぎ悪かったよな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。僕のせいだってわけ?」
「だって、おまえが金稼いでくる係じゃないか」
「いつの間にそんな係ができたんだよ」
 髪を無造作に掻きながら困った顔をする。
「今さっき」
「…」
 即答され、うなだれる道化師。それをみてセニアスがあきれた声をだした。
「ちょっとちょっとレイラ。フォンのせいじゃないわよ」
「じゃあ、誰だ?そこで寝転がってる盗賊か?」
「俺かよ」
 暢気にあくびをしているところに名指しされ、頭を振る。
「…この間、酒場で大騒ぎしてたのは誰でしたっけ?」
「うっ」
 身に覚えがあるがゆえに一瞬からだが固まるが、すぐに何気ない風を装った。
 元はといえばレイラにちょっかいをかけてきた優男が原因だ。しかし、彼女の性格上そういう男は吐くほど嫌いである。とは言えども面倒ごとを起こして兵士がやってきた日には、ラダトームまで連れて行かれることになりかねない。せっかく逃げ出してきたのに、それは遠慮したい。
 そういうわけで、彼女にしては穏便に追い払ったのだが、男のほうが怒り出した。レイラも放っておけばいいものを、売られた喧嘩は買うとばかりに応戦したからたまらない。全壊とまでは行かなかったが、酒場の中は見るも無残なことになった。
「あれでかなり賠償金取られたんだから」
 謝り倒して、高額の金を握らせやっと兵士を呼ぶことは思いとどまってもらった。
「なんだ、やっぱりおめぇのせいじゃねーか」
「ヴィッター?あなたも、同類よ?」
「んあ?」
「あなたの場合は…お酒だったわよね?」
「…」
 レイラが酒場で大暴れしているころ、ヴィッターは別の酒場で飲んでいた。そこで飲み比べをしようということになり、優勝者は酒代をチャラにするということになった。ヴィッターはそんなに酒に弱いわけではないので、勢い込んで参加したのだが。
「…僕が迎えに行ったときは、髪を絞っても酒が滴り落ちそうだったね」
「あ、あんなに底なしとは思わなかったんだよ!」
「それはそれとして、どうして一番高い酒なんかガバガバ飲むわけよ」
「タダになるなら、高い酒飲みたいじゃねーか」
「…気持ちはわからないでもないけどさ…」
 フォディニーがヴィッターに視線を向ける。明らかに、だめだこりゃ、と語っていた。
「つまるところセニアス、おまえは何が言いたいんだよ」
 不機嫌そうにレイラが問えば、じいっとその顔を見つめる。
「たまには…お金入れてよ」
「うぐっ」
「家計を預かる身としては深刻なんだからね?ここの宿代だって、今のところ私が皿洗いして免除してもらってるんだから!」
 噛み付きかねない勢いでレイラに食って掛かった。
「わ、わかったよ。なんか仕事見つけてくればいいんだろ?」
 セニアスの勢いに押されて半分泣きながらレイラは応じた。

「…なんでおまえまでついてくるんだ?」
 ヴィッターとレイラが歩く後ろからフォディニーがついてきていた。
「レイラとヴィッターをまとめて野放しにしたらろくでもないことになるじゃないか」
「…野放しって…俺らって」
 多少どころかかなり釈然としないが、今回は立場が弱いのでとりあえず黙ることにした。
「日ごろの行いをもう少し省みてよ」
 ため息をつきながら店の扉を開いた。
 宿の主人からの紹介で、警備の仕事をすることになった。最近魔物はおとなしくなったのだが、代わりに人間の方が悪さをするようになった。本当は、以前からそういった件は増えも減りもしていないのだが、魔物という防波堤がなくなってしまった結果、夜の時代よりいっそう際立つようになったのだ。
「最近幅を利かせ始めた奴がいまして…。昼日中からやりたい放題なんですよ」
 店屋の主人が困り果てた顔でつぶやく。その表情の端に、本当にこんな人で大丈夫なのだろうかという意識が見え隠れしている。気分はよくなかったが、黙っていた。
「俺も大人になってきたってことかな」
 声に出さずにつぶやく。
「とにかく、店の売上を根こそぎ持っていかれたこともあるんです」
「そりゃまたやな奴らだな」
 腕組みをして頷く盗賊だが、その後ろで誰にも気がつかれないようにフォディニーが笑った。人のことを言えないことを、ヴィッターもしてたのにね。肩をすくめながら口の中でつぶやく。
「…で、またそろそろやって来そうな気配なんですよ。この間は通り向こうの店でおお暴れしていたみたいで…」
「…ん?」
 道化は何かが引っかかったが、とりあえず黙っている。確信の無いことはあまり口に出したくないのだ。
「つまりは俺たちがその大暴れする奴らが来たときに、ボコボコにして返り討ちにすればいいんだな?」
「レイラ、そこまですることはないだろ。あんまり痛めつけたら、リベンジとかなんとか言って永遠におわんねーぞ」
 永遠に店を舞台に暴れられることを想像したのか、店の主人の表情は引きつっている。彼は、この三人を紹介した宿の親父を心底うらみに思ったのだった。

 道具の整理を手伝いながら待つこと数日。
「はーぁ。セニアスといっしょに皿洗いしてた方がまだ体動かせてよかったかもなぁ」
 ぼやくレイラの隣でフォディニーが複雑な表情をした。
 実はそういう案もあった。しかしレイラのことである。手にとった皿を片っ端から割っていきかねない。セニアスと話し合った結果、やはり彼女には暴漢退治をしてもらうのがいいだろうとなったのだ。
「まぁまぁレイラ…。ちゃんとお金ももらってるし、楽に行けるなら文句はないじゃない」
「そうだぜ。平和でいいなぁ…」
 少し奥の、店からは目立たないところでだらしなく寝転びながらヴィッターも応じる。
「そりゃそうかもしれねぇけど…」
「はいはい、おしゃべりはそこまで。お客さん」
「お?」
 言われて入り口を見ると、お金とは縁のなさそうな、けれども裏の世界とは縁のありそうな男たちが数人無遠慮に入ってきた。
「おや。新しい店員がいるな。ここはそんなに金を持ってたのか」
 腕組みしながら三人を見定める。その視線がレイラにあたったとき、リーダーらしき男の表情が凍りついた。
「うわっ!」
 変な声を出してしまうが気が付いていないようだ。
「なんだ?俺の顔になんかついてるのか?」
 不機嫌そうに腰につるしてある剣の柄に手をかける。レイラ、外で、とフォディニーが耳打ちするが、あまりまともに頭に入っていないようだ。
「用心棒…のつもりか?」
「バカ言え、こんな青二才どもに俺らがやられてたまるかよ」
 手下たちが好き勝手言うが、リーダーはレイラの顔をみたまま凍りついている。
「売られた喧嘩は買うことにしてる」
「同じく」
 レイラのつぶやきにヴィッターが起き上がる。
「外にでろ」
 まだ若いとはいえ幾多の魔物と渡り合ってきた女である。街のごろつき程度で渡り合える気迫ではない。けれどもそれには気が付かず、挑発と受け取ってその場で不穏な動きをはじめた。
 瞬間、風が起こり全員外に追い出された。向かいの建物の壁に直撃したものもいたが、ひどい怪我はしていないようだ。
「はいはい、店の中は迷惑だから外でね」
 聞き分けの無い子どもに言い聞かせるようにフォディニーが戸口から顔を出している。
「おまえなぁ…俺らまでまとめて追い出すことないだろ…」
 ヴィッターが眉間にしわを寄せるが気にしてはいない。
「だって、みんな口で言っても出て行ってくれるような人じゃないし」
「…」
 そのとおりだったので黙った。その隙にレイラは通りで大立ち回りをやらかしている。何事かと思って人が集まってきたが、街のごろつきと若い女が大喧嘩をしているということで、あっという間に周りは身動きが取れないぐらいいっぱいになった。
「や、止めろてめぇら!!」
 一人壁にぶつかって顔を抑えていたリーダーが手下に静止の声をかける。その声に怪訝そうに反応し、騒ぎはとりあえず収まった。
「おめぇら…。あの顔。覚えは無いか?」
「…。……!」
「まさかっ…」
「アニキが全治六ヶ月の怪我を負わされたっていう…」
 レイラに聞こえないようにひそひそ話をしていたが、そのうちに苦笑いをして、脱兎のごとく逃げていってしまった。
「……なんだ?」
 一人釈然としないレイラの後ろで、男たちが顔を見合わせてため息をついた。

「……ってことは、そのリーダーがレイラの顔を覚えてたのね?」
「状況から判断してそうだと思うよ。レイラが暴れて…半死半生の目にあわせたのがごろつきの元締めみたいな人間だったって、酒場でちらっと聞いたんだ。店のご主人が、通り向かいの店での騒ぎ、って言ったとき、嫌な予感はしたんだ」
「…そういえば、レイラが暴れた酒場に近いわよね…」
「なんだなんださっきから。まるで俺が悪いみたいじゃないか!」
 わめくレイラを見て道化が口を開いた。
「あの騒ぎ見てたご主人がさ」
 どうやら、主人の言っていた「最近幅を利かせてきた奴」というのは、レイラ自身のことを指しているらしかった。彼女は酒場で大暴れした以外にも、細かくあちこちで騒ぎを起こしている。商人たちの独自ルートからそんな無法者のことを聞いていた。
「結局、レイラのその行動がこの街で多大なる迷惑を起こしてたわけだから、そんな人にお金は払えないって言って、全部回収されたじゃないか」
 呆れ顔でフォディニーが天を仰ぐ。ヴィッターがその後ろで頭を振り、セニアスは聞く気もないとばかりに寝台に横になっていた。
「…ううう」
「結局働いた分はパー。まったく…」
 普段温厚なだけに、実はフォディニーが怒ると一番怖い。そんな彼が、確実に今は怒っている。
「…ごめん」

 後から聞くところによると、街から移動できるまで路銀がたまるまで、レイラは宿の中から出ることを許されなかったらしい。しかし、それで彼女が起こすトラブルが減ったかといえば、それはまた別の話である。

 

END


遅くなって申し訳ありませんでした、5000切番リクエストの

DQ3の方々でお話、でした

DQ3らしい話、というより、彼らの動くオリジナル話になってしまいました

ちょっと今、ゲームにのっとった話というのが

書きづらい状況なので…また落ち着いたら、考えてみたいです

彼らを動かすのはすごく好きです

時期的にはアレフガルドに朝が来て、また4人で旅立って

その途中の旅路になります

…ああ、そんなとこを選ぶからオリジナルになるんだ(苦笑)

やっぱりノベライズって難しい…

 

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B.G.M. is ゴスペラーズ勝手にベスト、Zwei!サントラ and スーパーアレンジ