不意に目が冴えた。慣れない気候のせいかも知れない。そう思いながら天井を見つめる。砂漠地方独特の焼きレンガ造り。隙間があるのか、風が吹くと室内に砂が入り込んできた。
「…寝れん」
 起き上がり周りを見ると、カイルもジューダスもよく眠っている。
「カイルが寝れねぇなんてこと、ねぇだろうなぁ」
 そんなことを思いながら頭を掻いた。
 閉じていない窓から外が見えた。雨の心配が無いので閉じる必要は無いのだ。むしろ、開けておかなければ暑すぎて耐えられない。
「…月が、高いな」
 まだ真夜中なのだろう。寝台から立ち上がり部屋を出、外に向かった。昼間と違いそれなりに涼しいが、それはこの街だから感じること。彼の故郷なら暑い方だ。
「静かだ」
 伸びをして水広場まで歩いた。昼は子どもから年寄りまであちこちでいろいろな仕事をしているが、さすがのこんな夜中では誰もいない。明日のため、ひと時の休息を得ている。
「なのに俺はなんで寝れないんだ」
 明日にはカルビオラに行き、エルレインを止めなければならないというのに。
「……」
 月が井戸の近くの池に映る。そっと掬ってみても、月をくみ上げることはできない。ただ、意外なほど水が冷たくて気持ちが良かった。
 未来の世界。何故自分がここにいるのかなど、そんな愚直なことは思わない。答はわかりきっているからだ。カイルにくっついていればこうしたことなど日常。ただ、ほんの少し規模が大きくなっただけだ。いろいろな意味で退屈しない日常だ。
「このまま寝れなけりゃまずいよなぁ。カイルのこと言えないぞ」
 寝起きの悪い弟分を思う。歩きながら眠れるなど、奇跡に近い。とはいえ一向に眠気は訪れず、肩をすくめながら南国の樹の下に座った。ここからは墓場が見える。
「ルー…か」
 現代で出会えれば、もしかしたらまだ生きていて、救うことができるのかもしれない。
「お?」
 人影が見えた。月のせいで蒼く染まってはいるが、あれは長い赤毛だ。
「あいつ…」
 多分ナナリーだろう。彼女は自分の家があるので、そこで眠っているはずだ。仲間たちを泊めたかったものの、大勢の子どもたちと同居しているのでそうもできずに、やむを得ず残りは宿に泊まっていた。
 希望を名にもつこの街にナナリーが弟を背負ってきたのは10年前。カイルやロニが生きる現代のころ。フォルトゥナ神団を嫌い、自らの手、自らの足で生きることを望んだ結果、ルーは死んだ。
「一生答えのない後悔、……か」
 墓の一つから動こうとしない彼女を見ながら呟く。都合のいい夢から醒めるとき、壊れそうになるぐらい泣いたことは忘れられない。たとえ夢とはいえ、愛した人を消してしまうのは容易なことではないのだから。
 彼にもそんな過去がある。自分がいなければ、スタンさんは死なずに済んだかもしれないと。カイルと共にいるのは贖罪なのだ。ナナリーにとって、生き続け考えつづけることが贖罪なように。自分の行動を否定しようとする気持ちと戦いながら。よきにつけ悪きにつけ、彼とナナリーは似ている。
 池の浮島に作られた墓場は簡単なもので、数本木が刺さっているだけであった。
「珍しいねぇ。あんたが起きてるなんて」
 声をかけようとしていた矢先、先に声を掛けられて驚いた。
「気がついてたのか」
「ああ。砂を踏む音がした。人の重さだ」
 ふと、彼女が狩を生業にしていることを思い出した。気配を探るのはお手の物だろう。
「さっさと寝とかないと、明日カイルと一緒に死者の目覚めでたたき起こすよ」
「言ってろ。てめぇこそ寝坊すんじゃねー」
 手近な木に寄りかかって悪態をついていると、ナナリーがようやく墓の前から立ち上がった。高く括られている髪が今は下ろされて、白い夜着とともにわずかな夜風に揺れている。野営をしているとき幾度か見た姿だが、なぜか目が離せない。
「なんかついてるか?」
「いや別に」
 不審に思った彼女の声に、慌てて視線を上げた。と。
「…ナナリー」
「なんだよ」
「泣いてたのか?」
「ば、馬鹿。どうでもいいじゃないかそんなこと」
 そっぽを向いた顔が月明かりに照らされ、頬にある涙の後を浮かび上がらせる。
 姉御肌で、男勝りで、見事な弓さばきで、彼に対してはサブミッションで応戦し、快活明朗なナナリーは、本当は見ている人間が痛々しくなるほど繊細で優しい人間だ。未来に飛ばされてはじめて出会ったころ気がついた。だから、ロニはいつものように口説けなかったのだ。下手に手を出せば壊れる人間であることを知ったからだった。
 これにはロニ自身も驚いている。ナナリーには、壊れて欲しくない。心の底に守ってやりたい気持ちがある。ただ、はっきりと自覚しているわけではないので、それはそのまま良くわからない苛立ちとなり、悪態として出てくるのだ。
「ふん、下手な嘘つくなよ。顔ぐらい洗えってんだ」
「余計なお世話!」
 彼の前をすたすたと通り過ぎ、池で顔を勢いよく洗い始めた。照れ隠しにわざと大げさに洗っているというのもあるだろう。ロニの腕の中で大泣きに泣いたことがあるので、今更涙の痕を見られたぐらいではどうということもないだろうに。
「素直じゃねーなぁ」
 自分のことを棚に上げて忍び笑いをする。そして、池のほとりに自分も歩いていった。
「月、掬える?」
 突然聞かれて何のことかと思ったら、先ほど彼がしていたことのようだ。
「見てたのか?」
「ううん。多分そうだろうと思った。水の音がしたしね」
「おめぇ、背中に目でもあるのかよ」
 肩を竦めて舌を出す。
「悔しかったら気配感知力、磨いてみな」
 歯を見せて豪快に笑うナナリー。
「で、掬えるかい?」
「んなことできねーよ」
「ふふーん、あんたまだまだね」
 しゃがみ、両手に水を掬う。
「ほら」
 手のひらにたまった水に月が映る。
「簡単じゃないか」
「…確かに」
 手の中の月を覗いていたら、その水を顔にまともに掛けられた。
「ぶっ!て、てめぇなにしやがる!」
「あはははっ!ボケた面してたから、少しはすっきりしたろ」
「誰がボケ面だ、誰が」
 顔をぬぐいながら言い返す。すっかり日常になってしまったが、きっと全てが終わってしまったらそれもなくなる。
 ふと入り込んだ沈黙。お互いにわかっている。生きる時代が違うことは、最初からわかっていた。だから何も言わない。言えない。
「なあロニ。少し…歩かないか。あたしはまだ眠くないんだ。このまま家に戻っても、子どもたちのいびきでやっぱり寝れないしさ」
「ああ。俺もまだカイルの寝言が気になりそうだし…。お前が是非にってんなら」
「ふん、それなら結構だよ」
 軽く睨んで石階段を上がって行ってしまった。
「おい待てよ、行かないっていってねぇだろが」
 慌てて後をおう。足が速いので一瞬見失ったが、橋の上にいるのが目に入った。少し風がでてきたので、長い髪がさらさらとなびき、それを抑えるのに意識を向けているようだ。普段見られない女性的なしぐさにどきりとした。顔をおもいっきり振り自分も近づく。
「なんだよ、ついてくんな」
「お前が先に誘ったんだろ」
「それは…そうだけど」
 困った顔をして頬を染める。
「だいたいあんたが余計なこと言うから…」
「性分だ、悪かったな」
「ああ、悪いよ」
 悪態を付きながら欄干に座った。ちょうどナナリーの家の前なので、開いている窓から中の様子が見える。
「みんなよく…眠ってる」
 優しい表情で眠る子どもたちを見つめた。多分、弟を重ねているのだろう。
「……」
 少し考えたが、ロニも彼女のすぐとなりに座った。
「なんだよ」
 顔を赤くしながら逃げようとするので、それより先に肩に手を回した。
「おいロニっっ!」
「静かにしろよ、何時だと思ってる?」
 言われて声のトーンを落とした。
「…手をどけろ馬鹿。あたしに手ェだすなんて10年早い…」
「たまにはいいじゃねーか。…おとなしく、してみろよ」
「てめぇじゃなけりゃおとなしくするさ」
「おーおー、このロニ様がせっかく隣に座ってやってるってのになんだその態度」
「あんただからだよ」
「ナナリー、がんばろうな」
「…」
 自分たちの生きる場所を取り返すために。苦しみながらも、一生懸命生きるために。たった一言にこめられた意味は千差万別。ナナリーには、痛いほどわかった。そしてその一言だけを言ってくれたロニに感謝した。
「……うん」
 風が砂を流す音。水が流れるようにさらさら。蒼い光が2人を照らす。何も言わずとも気持ちは同じだった。互いに寄り添いながら、澄んだ心に少し戸惑った。今なら、蒼い魔法がかかるかもしれない。口に出したら壊れるかもしれない思いも、綺麗に伝わるのかもしれない。
 ああそうなのだ。彼らは惹かれあっていた。はじめてあったときから、互いを互いとして認めていた。それを表現する方法を知らないだけだ。
 不意に男の手のひらに力がこもった。静寂の蒼は破られ、女は頭を振る。
「…そろそろ、寝るよ」
「ああ…俺もそうする」
「お休み、ロニ」
 そのまま欄干を乗り越え、下の道に降りて振り返らずに家に戻っていった。
「……あのまま、もっと強く抱いてりゃよかったのかも…な」
 蒼光が後押ししてくれたが、生来の性分と旅の果てに待っていることを思うと、やはり何もいえなかった。言えば失うことが怖くなる。
「…言っても失うことは、怖いとは思うんだがなぁ」
 立ち上がって宿に向かって歩き始めた。こうやって過ごした時間は、どんなことが合っても失わないと確信を持ちながら。

 


なんというか、素直じゃない二人の方が燃えます(笑)

ゲームはじめた当初、まさかこの2人に落ちるとは思ってなかった…

時期的に二度目に10年後に行ってカルビオラまで行くあたりです

しかしロニ…無節操よね(笑)

男でも女でもこい、という感じですね

ビジュアル的には私が気に入るタイプじゃないんですが

戦闘時のガードが格好良いので無駄にガードさせてます(笑)

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