「あ…あづい……」
 あまりの暑さに頭が朦朧としてきた。このまま自分はここで溶けてしまうのかと、あらぬことすら浮かび始める。
 狂ったような暑さが続く八月半ば。薄着をするにも限界がある。リリーとイングリド、ヘルミーナはそれぞれ机に突っ伏しつつも、立て続けに依頼されたガッシュの木炭を作っていた。二人いる妖精も心なしか手つきが鈍い。
「だーっ、もう、一体誰がこんな暑いときに火ぃ使う依頼なんか受けてきたのよーっ!」
「先生です先生」
 ヘルミーナの突っ込みにそうだったっけと頭を掻くリリー。
「しっかりしてくださいよリリー先生…」
 イングリドの疲れきった視線が痛い。
「あー…頭の中暴走してる…」
 そんな時、工房の扉が叩かれた。
「はい〜」
 戸を開けるとイルマが立っている。
「何ここ。ここがこの暑さの原因なの、もしかして」
「うにゃー…」
 情けない顔と声で返事をした親友を見て頭を抑えた。
「ちょっときなさいよリリー」
 久しぶりに工房から出て驚いた。外の方が涼しい。
「うーん、ちょっと生き返った」
「何やってんのよ。あんな狭いところで三人と二人いて、その上みんながみんな火を使ってるなんて」
「依頼よ依頼。立て続けにガッシュ木炭がきてね」
「受けなけりゃいいじゃない」
「だって直接工房にまできてくれたんだもん。それに、その熱ささえなければ簡単な依頼だし」
「気持ちは分からないでもないけど」
 肩をすくめるイルマ。
「で、イルマ何の用事?なんか依頼?」
「違うの。ほら、聞こえない?夏祭りなんだって」
「あ、ほんとだ。大道芸人がでてるの?」
「うん、うちのキャラバンからも出てる」
「へー」
「一緒に行かない、と思ったんだけど…」
 忙しそうだからダメよね、と続けようとしたところ、リリーに肩をつかまれた。
「な、何」
 少しびくびくしながら問う。
「行く」
「へ?」
「行くったら行く。ぜーったい行く!」
「わかったわかった。だからそんなに目を据わらせないでちょうだいよ…」
 内心、あの工房からの脱出成功とガッツポーズをとりつつリリーはイルマから手を離した。
「で、夏祭りって一体なにをするの?」
「さあ。いつもより大道芸人が多いのは確かで、なんだか出店が出るんだって」
「面白そう。さ、いきましょいきましょ」
「イングリドちゃんとヘルミーナちゃんも誘ってあげないと」
「そうね。じゃ、四人で」
 そんなわけで女四人はザールブルグの夏祭りを堪能するため、熱の坩堝と化していた工房を抜け出した。

「今年からはじめるんだって、夏祭り」
「ふーん。だからちゃんと何するのか決まってないのね」
 話ながら歩く二人の周りを、二人の少女が走り回る。よっぽどあの工房から出られたのがうれしいのだろう。
「あ、リリー先生!ハインツさんがいるよ!」
 イングリドの指した方向に、恰幅のよい男がいた。
「ハインツさーん!」
「あ、ヘルミーナずるい!」
 二人は彼の方に走っていってしまった。イルマとリリーは顔を見合わせ、すぐに二人を追う。
「おう、四人さんか。祭り見物かい?」
「うん。ハインツさんは、何やってるの?」
「わしはここで商売さ。カップ一杯の涼しさを売ってるんだ」
「私にも涼しさ、ちょうだい?」
「だめだめ、お嬢ちゃん達には早すぎるな」
「ぶー」
「ほらほら二人とも、ハインツさんを困らせないで」
 頬を膨らます少女達をたしなめながらリリーがハインツに目線で謝った。
「…ふむ。よし、お嬢ちゃんたちこっちにおいで」
『?』
 二人は怪訝そうな顔をしてハインツの出している出店の裏に回る。なんとなくリリーとイルマも付いていった。
「あ、パチパチ水だーっ!」
 イルマが目ざとくそれを見つける。
「売りモンじゃないが、こいつをあんた達にやろう。さ、リリーとイルマも」
 気のいい主人に勧められ、手にとったパチパチ水はとても冷たく、熱くなってしまった体に快く染み渡る。
「おいしい…」
「ほんとね」
 二人で笑いあっているところにシスカがやってきた。
「あら、あなた達」
「シスカさん」
「そんなところでマスターのお手伝い?」
「へへへ、違うんですよ。これ、もらっちゃって」
「あら、よかったわね。でも私はこっちの方がいいな」
「お前さんならそういうと思ったぜ」
 ハインツは心得たりと、一番強い酒をカップに注ぎ渡す。
「さすが。わかってるわ」
 それを一気にあおる。それでも顔色一つ変えないシスカを、リリーは少しうらやましく思った。
「そういえばさっきあっちの広場で、道化師がなにか出し物をするみたいに言ってたわ。行ってみない?」
「へぇ。どうイルマ、いってみようよ」
「うん、おもしろそう」
 意気投合している二人の衣服をイングリドとヘルミーナが引っ張った。
「ん?」
「先生、あたし達ここにもう少しいます」
「ハインツさんのお手伝いして、もうちょっとパチパチ水もらうの」
「はっはっは!こいつはいいや。客の入りもよくなるぞ!」
「でも…」
 豪快に笑うマスターにリリーは不安の色を隠せない。
「大丈夫よ、マスターに預けとけば?たまには開放されるのも悪くないわよ」
 シスカが耳元で囁く。
「うーん…。じゃ、ハインツさんお願いしますね」
「任せとけ!」
 どんと胸を叩いたマスターに任せ、三人は広場へと向かった。変わった出店がいくつかでており、リリーは興味深そうにその一つ一つをみている。と。
「姉さん!」
「リリーじゃねぇか」
「テオにゲルハルト!」
「また珍しい組み合わせね。あんたたちも祭り見物?」
「ああ、俺は根っからのお祭り人間だからな。さっき喉自慢のチラシ見たから、これから行こうかと思って。な、リリー、一緒にいかねぇか?」
「の、喉自慢…?」
 酢を飲んだような顔になって引きつるリリーとその一行。彼の音痴は四方1キロの生き物の鼓膜をダメにするとまで言われているのだ。知らないのは本人ばかりなり。よく見れば、隣の少年も水あめをもったまま凍り付いている。
「あ、あの私たちこれから道化師の大道芸見に行くの…」
「あ、オレも行きたい。ゲル兄貴、オレそっちに行くよ」
「そうか?」
 すこし悲しそうにテオを見たが、元来物事をあまり深く考えない性質なのでまたすぐに立ち直った。
「じゃ、俺もそっちに行こうかな。誰も来てくれないんじゃ張り合いがない」
 よし、これでザールブルグ最大の危機回避!
 その場の全員が思ったのはいうまでもない。

 特設のステージの上では道化達が器用に踊ったり跳ねたりしている。その動き一つ一つが笑いを誘い、時には涙を誘う。そこに集まった人々は暑さも忘れ、心から笑っていた。
「ふぅ。ちょっと疲れちゃったね」
「でもおもしろかったー」
 隣りではテオとゲルハルトが先ほどの道化のまねをして体を動かしているが、どうも妙なので女達は笑った。
「わらったら暑いの、どっかにとんでいっちゃった」
「もう夕方だし。そろそろあの子達迎えに行かないとね」
 ハインツの出店に戻ろうとしたとき、今度はヴェルナーに会った。
「なんか、どっかで見たような集団だよな…」
「ヴェルナーも見にきてたんだ」
 意外そうに言うイルマ。
「ああ。あんな馬鹿みたいに暑い部屋にじっといられるか。今日は臨時休業だ」
「とかなんとか言って、休みたい口実じゃねーのか?」
「だったらお前の店はどうなんだよ、ゲルハルト。武器屋も休みだったじゃないか」
「まぁな。俺も人のこといえねぇな」
 突っ込まれ、肩をすくめながら武器屋の若き店主は笑う。それに吊られてヴェルナーも少し笑った。
「そうだリリー。この先で変わった出店があったぞ。いってみねぇか?」
「どんな、どんな?」
 リリーが答えるより先にイルマが反応した。
「ああ、離れたところからうに投げて、上手く景品が転がったらそいつは投げた人間のもんになるんだ。結構いいもんが景品になってたぞ。一番離れてて狙いにくいところにコメートの首飾りが置かれてた。あれは本物だな」
「へぇ。私、ちょっと見に行ってみる。ヴェルナー、どこ?」
 シスカが乗り気だ。
「シスカさんが行くなら私もー」
 イルマは景品を取ってやろうといきまいているが、リリーはイングリドとヘルミーナのことが気になる。
「大丈夫だよ、ハインツの旦那が見ててくれるんだろ?」
「でもゲルハルト…」
 心配ないと肩を叩くゲルハルトに不安そうな目を向ける。
「お前が好きなもんとってやるからさ。ちょっとだけでもいかねぇか?みんな行く気になってるのに、お前だけ行かないってのもなんだろ?」
 珍しく優しい声をかけるヴェルナー。
「ん…じゃ、ちょっとだけ…」
「そう来なくちゃ姉さん」
 テオが勢いよく背中を叩いたのでむせこんだ。
「ちょっとテオ、痛いよっ」
「あ、ごめん」
 頭を掻きながら謝る様子は、とてもエアフォルクの魔物を倒した冒険者とは思えない。
「じゃ、さくっと行きましょ。リリーが急いでることだし」
 シスカの一言で一行はぞろぞろと歩き出す。
「それにしても」
 テオが不意に言った。
「この集団、わけわかんない集団だよな」
 錬金術師に流浪の民、騎士志望の女戦士にまだおっちょこちょいなところのある冒険者と武器屋の店主。果ては雑貨屋の主ときた。
「それだけリリーになんだか惹き付けられてるってことよ、ね」
 イルマに微笑みかけられたが、なんだかよく分からないのであいまいな笑みしか返せない。
「お、ここだ」
 人がにぎわっていてなにがその先で行われているのかわからない。だが、ヴェルナーはさっさと人ごみをかき分けていってしまった。一行は慌てて後を追う。
「ほんとだ。結構いい品物扱ってるじゃない。誰が主催したんだろ」
「聞いたところによると、王室が主催らしい。だからかなりいいものが出てる」
「王室?ほんとに?こんな他愛のないことに?」
 リリーが首をかしげているとウルリッヒが視界に入った。
「ウルリッヒ様、一体なんでこんなところに?」
「ああ、リリーか。実は私にもよく分からないのだ。ただここに立っていればいいといわれて、ずっとここにいるのだが…」
 後ろでシスカとテオ、イルマがぶっと噴出した。
「あれって絶対客寄せよね?」
「うん、オレもそう思う。だって女の人多いもん」
「ウルリッヒ様を客寄せに使うなんて、一体誰がここやってんのよ…?」
「なんかいったぁ?」
 威勢のいい声。
「カリン!」
「あ、みんなそろって見物?」
「あなたが、ここを?」
「ううん、あたしは単に遊びに来ただけ。なんとかって言う貴族の令嬢がここをやってるって聞いたけど、そんなことよりさーヴェルナー」
「なんだよ」
「ほらあれ、あのグラセン鉱石一年分って書いてるやつ。あんたの腕なら取れるだろ?頼むよ」
「なんだその一年分ってのは……」
 ゲルハルトが呆気にとられて呟く。
「あたしもよくわかんないけど、あの鉱石が一年分あったらどれだけいい武器が鍛えられるだろうって思って……」
「それは同感だな。というわけでヴェルナー兄、頼む」
「……へいへい」
 二人に見つめられて仕方なくうにを構える。一瞬だけ表情を引き締め、流れるような動作でうにを投げつけ、見事にグラセン鉱石一年分を勝ち取った。
「ざっとこんなもんだな。投擲なら負けねぇぞ」
「さすが。暇にあかせてダーツの練習ばっかしてただけのことはあるね」
「……カリン、一体だれがグラセン鉱石取ったのかな」
「だってそうじゃない」
「ちがわねぇが」
 俺はリリーのためになんか取ってやりたかったんだがな。
 無言で訴えるも、カリンは気がつかない。
「な、カリン。その鉱石俺にも少し分けてくれないか?」
「いいよー。武器屋と製鉄屋、似たようなもんだしね。じゃ、景品もらってかえろ」
「おう、俺が運んでやる」
「サンキュ」
「じゃ私もあの二人が心配だから帰るね。イルマ達はどうする?」
「私とシスカさんはコメートの首飾り狙ってみる。テオは?」
「オレはゲル兄貴手伝うよ。こういうの、苦手だし」
「じゃ、またね」
 手を振ってリリーはハインツのところに急いだ。すぐ戻るつもりだったのがすっかり押し付けてしまった。またいずれ、エーデカクテルか竜殺しでももっていかなければな、と思う。
「ハインツさん、ごめんなさい遅くなって」
「構わんよ。でもあの子達、何か思いついたみたいで工房についさっき帰っちまった」
「えっ?」
 詳しく問いただそうとしたとき、職人通りから轟音が響いてきた。
「何!?」
 ざわめきが走る。王室騎士隊がどこからともなく現れ、騒ぎの方に向かっていく。リリーも後を追った。自分の工房の方から音が聞こえたのだ。
「イングリド!ヘルミーナ!」
 人をかき分け、音の元にたどり着いて開いた口がふさがらない。原因は彼女の工房。
「……何これ」
「…氷柱、ってやつだな」
 付いて来ていたヴェルナーが返す。
「そんなもの見たら分かるわよ!私が言いたいのは何でこんなものが私の工房突き破って立ってるのかってこと!」
「そんなもん俺が知るか。しかしなんだな、こんなでかい氷柱だ、少しは涼しくなるか」
 言い終える前にリリーの回し蹴りが決まり、彼はその場にひっくり返った。
「今のはヴェルナー兄が悪いと思う…」
「うんうん、オレもそう思う」
 いつのまにかやってきていたゲルハルトとテオが突っ込む。その間リリーはいるはずの少女達の名を呼ぶ。
「イングリド、ヘルミーナ!どこ!?」
 かろうじて立っている壁の近くに二人は座っていた。
「一体どうしたの?大丈夫?」
「先生〜」
「ごめん、ごめんなさい〜」
 泣きじゃくる二人から意思疎通を図るのはなかなか難しい。が、しばらく聞いているうちにだんだん事情が飲み込めてきた。
 威力の低いレヘルンを使って、氷を一時的に作り出しそれで涼しさを得ようとしたが、工房にあったのはかなり威力の高いものばかり。
「じゃ、自分達でブレンドしたってこと?」
 泣きながら頷く二人。
「……どこをどうしたらこんな氷が出来るのよ……」
 この二人の少女の非凡さは分かっていたが、ここまでとは恐れ入った。
「でも、でも妖精さんたちが…」
「妖精さん?」
「あの氷の上に…」
「!」
 周りのざわめきに混じってか細い悲鳴が上から聞こえてくる。
「どうしよう…」
「お困りだね?リリー」
 山のようなグラセン鉱石を抱えたカリンが笑っている。
「こういうときはあたしに任せな」
 鉱石をゲルハルトに預け、にこりと笑ってテオを呼び寄せる。素直な少年は言われるまま近付く。そこに、どこからともなく取り出した縄をくくりつけ、間髪いれずに氷の上に向かって投げ飛ばした。
「それいけ!テオ一号!!」
「わーっ!」
 哀れな少年は見事な軌跡を描いて氷のてっぺんに到達した。
「テーオー!そのロープに妖精さんつかまらせて降ろしなーっ!」
「か、カリン…」
 笑っていはいけないが顔の筋肉が緩む。
「テオ一号って……」
「あ、二号もあるよ。あれ」
 むっとした顔で座っているヴェルナーを指す。
「……は、ははは…」
 力なく笑うしかない。まったく、カリンにかかるとなんでも豪快になってしまう。
「でもまあ二号の登場はなくてもよさそうだね。ほら、二人とも降りてきた」
「プニ、ピコ!よかった無事で……」
 よっぽど怖かったのか、震えている妖精達の名を呼んで抱きかかえる。その上からテオの悲鳴。
「オレはどうやって降りたらいいんだーっ!」
「自分で勝手に降りてきなー!」
「そんな殺生なーっ!!」

 そんなわけで、長い長い暑い一日もようやく暮れた。リリー、イングリド、ヘルミーナはカリンの家にお邪魔し、ドルニエは懇意の貴族の家に泊まることになった。後日、工房修繕費や器具費などの請求書を見てリリーがひっくり返ったのは言うまでもない。

ENDE


無理矢理メイン出すつもりで不可能でした

アイオロスやクルトさんは参加しなさそうですしね

ウル様とエルザの扱いが悪いこと悪いこと…

すいません、ロイヤル系は苦手です(苦笑)

この話の影の主役はカリンちゃん

私、彼女みたいなさばさばした性格大好きです

自分がそうでないからあこがれるんですよねー

 

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