珍しいことに、本当に珍しいことにレイラが熱を出して寝こんでいた。
「こいつ、この間もこんな感じで寝こんでたよな」
「ヴィッター、あれは生死にかかわる状態だったのよ?」
「わかってるけどよ。…考えてみたらあれ、こいつが無茶しなけりゃ別に回避できたよな…って!」
 レイラが起きあがり、手近にあったメモ帳をヴィッターの頭に投げつけた。
「うるせーよ。…あんま、騒がないでくれ。頭に響くんだ…」
「もう…。レイラもヴィッターも大人気ない。レイラはさっさと寝て、ヴィッターは出て行く!」
「へいへい」
 肩をすくめると酒場に向かった。

 ジパングでのごたごたが解決して、次の目的地が決まった瞬間、ヴィッターがまず熱に倒れた。続いてセニアス、フォディニーと来て、最後にレイラが熱にやられた。言ってみればヴィッターが熱のもとを引き込んだのだ。レイラは倒れた三人を看病し、看病疲れで倒れたと言って良いだろう。つまり、今回は、あるいは今回だけはとも言うが、レイラ自身に原因はない。
「ヴィッター。君が一番はじめに倒れたんだよ。それ、覚えてる?」
 フォディニーにあきれた目で見られても、動揺するような盗賊ではない。
「始まりなんか忘れちまったよ。それよりフォン、酒場で妙な話を聞いた」
「ん?」
「ここから内陸…バハラタ方面に向かった山ん中で、登れば賢者になれる、っていう塔があるらしいんだ」
「…えっ?」
「おれはあいつの熱が下がる前にちょっと行ってこようかと思う。ここからバハラタまで一日ぐらいの行程だ。なんとかなるだろ」
「そんな…。下がるまで待ってみれば?」
「あいつらと一緒に行ったらお宝壊されかねない」
「…」
 道化は黙って微妙な顔つきをした。ヴィッターの言うことは多少誇張されてはいるが、おおむね本当のことだ。レイラが絡むと小さい出来事が大事件にまで発展してしまう。
「気持ちはわかんないでもないけど…」
「じゃ、そういうことで俺は行ってくる。…おいフォン、何のマネだ」
 旅装束を引っ張り出すフォディニーに、ヴィッターは声をあげる。
「イシスの一件みたいにヴィッターを一人で行かせるとろくでもないことになるのも確かなんだ。だから僕も一緒に行く。それに…気になる。その塔」
「…釈然としねぇがまあいいや。…気になるだろうなぁ。賢者になれるっていうふれ込みだし」
 無言で頷く。
「じゃ、行くか」

「…道はどこだ?」
「思ったより山、深かったね…」
「この方向で良いのは確かだが…たまんねぇな、この暑さ」
「僕は暑いのより湿気がつらい。…あ、あそこになんか建物がある」
「おっ?ほんとだ。行ってみるか?」
「もちろん」
 一も二もなく賛成して二人は建物に近づいた。どうもその建物は何かの神殿だった。何を奉っているかは知らないが、なかなか盛況だ。
「へぇー。普通神殿っていったらもっと静かではやってないもんだけど」
「ここはバハラタとジパングの中継点ですから。おのずと人は集まります。それに封印の塔も近いので…」
 案内の神官が説明してくれた。そのなかの封印の塔、と言う単語に反応するヴィッター。
「封印の…もしかして、登ったら賢者になれるってやつか?」
「うわさでは、そういうことになっていますけれど、もうここ数百年とあの塔の封印がとかれたなんて聞きません。真相はわかりませんよ…。もしかしてあなた方、あの塔目当てで?」
「悪いか?」
「いえ、この神殿に来る半数はそういう冒険者の方ですので…」
 一通り案内してもらい、神殿に併設されるように存在している宿に部屋を取った。
「へぇ…。珍しい。神殿主催なのに酒場まであるや」
 フォディニーが酒の匂いをかぎつけた。
「そりゃ、神殿参拝者より俺らみたいなのがおおいんだろ?酒場ぐらいないとやってらんねぇよ」
 言い残して彼は酒場に言った。情報収集の名目でたらふく飲んでくる気だろう。いつものことなのでフォディニーも黙って見送った。
 賢者一族の直系として生まれた彼だったが、登るだけで賢者になれる塔の存在など聞いたことがなかった。たまに彼らとは別系統の賢者が村を訪れることもあったが、塔のことなど一言もいわなかった。
「…何年も何年も魔道の修行を続けて、賢者と呼ばれるにふさわしい魔力と知恵を身につけなきゃなれないんだけど…」
 彼自身は賢者一族の末裔ではあるものの、ちゃんとした称号として賢者であるわけではない。
「魔力だけはばかげて大きかったけど、知恵は年を重ねないと…ね」
 ため息をつき、ふと窓から下を見る。と、ヴィッターが酒場の踊り子らしき女に振られているのだった。
「相変わらずだなぁ。あの能天気さをうらやましく思うよ。僕なんかほんと、心配性なのに」
 レイラあたりが聞いたら疑惑の目を向けかねない発言をした。今レイラはそばにいないので、言いたい放題だ。
「さて、僕も酒場に行こうかな。ヴィッターに任せておくわけにもいかないしね」
 塔には一体何があるのか。封印は一体どんなものなのか。確かめた上で、その後の処遇を決めなくてはならない。
「ヴィッターには悪いけど、…もしかしたら宝物は僕がこの手で壊さなきゃいけないかもしれない」
 そして彼も酒場へと向かった。

 予想に反してかなり逗留する羽目になっている。それと言うのも、どうやっても塔の封印が解けないからだ。
「かなり古い魔法だねぇ。ルビス様とか、そんな時代じゃないかな?」
「おいフォン、解呪できねぇか?俺の魔力だと足りないんだ」
「僕だって無理だよ。こういうタイプはちゃんとした手順を踏んでこそ解けるんであって、無茶にしたら…」
「わかったわかった、塔ごとおじゃんだっていうんだろ?へいへい」
 神殿から塔までは二時間ほど山登りした、湖に囲まれた所にある。その上、何人も先に塔へ向かっているせいで、獣道のようではあるがれっきとした道があった。おかげで一日一回はここでいろいろと試してみているのだ。
「まいったなぁ。こんなに留守にする羽目になるとは。こうなったら何が何でもお宝持ってかえらねぇと、レイラにバカにされっちまう」
「……そうかもねー」
「他人事みたいに言うなよ」
 ヴィッターは埒があかないとばかりに神殿に戻ろうとする。
「どうすんの?」
「神殿になんか文書でもないか聞いてみるさ」
「そうだね。それが良いかもしれない」
 と言うわけで今は神殿の資料室に二人はいた。
「……」
「…ここの神殿って…歴史長いんだね…」
「…ははは…」
 うずたかく積み上げられた巻物に、呆けたように笑うしかない。これでは探そうという気力が萎えてしまう。
「神官がやめといた方がいいって言ってた意味、わかるね」
「ああ…でも俺はやってやる」
 鼻息荒く書架の一つに近づき、注意深く巻物を読み始めた。
 幸い、管理はきれいにされているようで、大体年代ごとに分かれている。古い年代から当たればなんとかみつかるかもしれない。
「…一番古い地図は…だめだ、古すぎて測量も何もあったもんじゃねぇや」
「でもほら、塔らしきものはあるよ。ということはそれより昔からあるんだねぇ、あの塔」
「感心してる場合か?…ここ数百年封印は解かれてないって言ってたよな。ってことはこのあたりは調べる必要はなし、と」
 最近の書架を素通りし、ヴィッターが手を伸ばした瞬間。
「こぉんなところで何してんだ?」
「ほんとよ。すぐ戻るかと思えばちっとも戻ってこないんだから」
「レイラ、セニアス!」
 入り口に影が二つ。声で旅の連れだとわかった。
「なんだよ、嫌そうな顔して」
「まだ見つかってないの、宝物」
「なんでそれを」
「あのなぁ…」
 あきれてレイラが頭を掻く。
「塔の話だろ?この辺りの伝説みたいなもんじゃないか。それぐらい耳に入るって」
「熱はもういいの?」
「うん。あなたたちがいなくなってすぐに下がった。よっぽど楽になったのね」
「なんだそりゃ」
 男達は顔を見合わせる。
「でここにあるのか?手がかり」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。僕はなければそれはそれでいいけど…」
 そっとヴィッターに視線を送る。送られた先には必死になって巻物を読みあさる姿。
「しかたねぇな。手伝ってやるか」
「本当?」
「あろうとなかろうと、全部調べないと旅にでられねぇだろ?それなら手伝って、さっさとカタをつけるに限る」
「そうね」
 というわけで全員そろって、目の前に積み上げられた、ある意味では一番の強敵に戦いを挑むことになるのだった。

「み…みつけたよ…」
 セニアスが睡眠不足でふらふらしながらページを刳っていたところ、それらしき記述を見つけた。
「なにっ!?」
 同じように疲れているはずのヴィッターだったが、その言葉に持っていた文書を放り投げてセニアスのところに行った。放り投げられた文書はかろうじてフォディニーが受け取り、なんとか破損することはなかった。
「ほら…ここ…やっと寝れる…」
 取り上げながらセニアスが指したところをみる。
「………」
 目を皿のようにして読んだが、そこに書かれているのは封印の強固さを増すため、上からもう一度呪を掛けたことだけだ。
「…なんだよーっ!単に封印が強くなっただけじゃねぇかっ!」
「落ち着けヴィッター。今思ったんだがよ、紅宝珠で魔法はらえねぇか?」
 レイラの言葉にヴィッターが詰め寄る。
「何でんなことさっさと思いつかねぇんだよ!!」
「知るか」
 めいいっぱい不機嫌に応じる。
「確かに…ありとあらゆる魔を払うんだから、いけるかもね。どうフォン?」
「…いいよ」
 少し口篭もったものの結局同意した。同意しないとヴィッターが何をしでかすかわからない、というのもあったが。
「行くよ…失敗したときのために、少し離れてて」
 いってフォディニーは宝珠を掲げ挙げる。
「すべての魔を…払え…っ」
 途端、ものすごい量の閃光。目を閉じていても強さがわかる。
「…どうだ?」
「…解けたみたい」
 入り口が出来たわけではなく、外壁をグルグルと上に登って行くための足がかりが出来ていた。
「最初からこれに気がついてたらなぁ」
「気がついててもレイラたちがこないとだめだったよ。僕、共用の道具袋の中にいれてたし」
「そんなことはどうでもいい。のぼるぜっ!」
 意気揚揚と進み始めたヴィッターに続き、三人も外壁に手を掛ける。
 数分後、四人は塔の最上階にいた。
「これだけか?他に入り口とか…」
「なさそうだね。内部に何かがあるって風でもない」
「これだけ…これだけぇ!?」
 あまりのあっけなさに盗賊はその場で倒れてしまった。
「セニアス、来て見ろよ。すげぇ眺め」
「ほんとう…」
 少女たちは最上階からの眺めに感嘆の声をあげている。真下は湖で、湖面が太陽に反射して痛いほど輝いている。少し視線を上げればどこまでも続く緑。
「あれって、世界樹?」
「そうだね。世界樹までこんな所からみえるんだ…」
「あっちは海ね」
 三人が騒いでいる間、復活したヴィッターが本当に何もないのかとあちこち点検する。
「俺は認めねぇぞ…。ん?」
 縁に何かが刻まれているのをみつけた。
「『このすべてこそ、真の宝なり。賢き者はそれを知り、愚かなる者は知らず』…」
 ヴィッターの周りに三人が集まってくる。
「…この景色こそが、宝物か。確かにそうだよな」
「人間が生きていくために切り取ったせいで、この景色はこの塔が出来たときよりも…」
 セニアスが目を伏せる。
「なるほど。近くにいればいるほど見えないものに気がつくことこそが、賢者たるもの、か」
「ちぇ。結局何の儲けにもならなかったのか」
 文句を言うヴィッターだが、何かすっきりした顔だ。
「そう言うなって。こういうのも、悪くないさ」
 レイラは笑いながら彼の肩を叩いた。ヴィッターが苦笑いを返す。
「さ、行くか」
「そうだね。最後の宝珠が待ってる」
 塔はそのまま残しておくことにした。後から来る人間がもっと賢くなれるようにと。自分の周りにある宝に、もっと気がついてくれるようにと。
「どうか、このままずっとこの塔がありますように」
 フォディニーはそう祈らずには居れなかった。
 

END


これも切り番リクエストでした

久しぶりだぁ、四人組

この辺りは一応ダーマと、ガルナの塔(でしたよね?)です

本編中ここ書かなかったので使ってみました

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