彼は木漏れ日を避けるように森をさまよった。
「ここは、…なんだ」
 彼の眷属の気配が薄い。明るい。明るすぎる。
 普通の人間ならばわからない気配。
「まだこのような場所があったのか…」
 降ってくる太陽光を漆黒のマントで遮り、闇を求めて深く、深く森に入り込む。日が暮れれば彼の世界だ。今、この木漏れ日をやり過ごさなくてはならない。
 なにかに強烈に呼ばれ、何気なく入ったこの森。それは彼とは正反対の気をまとい、押しつぶしてしまおうとしてくる。何でこんなところにいるのか。ふと自問するが当然答えはない。

 最近のピサロ様は、とても怖い空気を纏っていらっしゃるのね…

 そよ風の優しさが聞こえた。

『ロザリー、ここの暮らしはどうだ?』
『はい。よくしていただいています……』
『そうか。ならば私も安心だ。安心して、お前をここに置いていける』
『でも私は、このようなところには…』
『わかってくれ。お前の身を守るには、ここにいるしかないのだ』
 深山幽谷に囲まれた、人間などがめったに入ることのない静かな森。ホビットたちの好意で彼女は暮らしていた。
『……ピサロ様…』
 エルフの少女はまっすぐに彼女の思い人を見つめた。視線に気がつき、絡ませるピサロ。
『どうした?』
『もう、行ってしまわれるのですか?』
『ああ。人間たちを守ろうとする星が、どこかで生きている。やがて我々にとって、最大の障壁となろう。災いの種は早いうちに摘むのが鉄則だ…』
『…でもピサロ様、人間だって…』
 なにかを伝えようとするロザリーを制す。
『お前は、人間に痛めつけられてなお、やつらを信じ、愛することが出来るのか?』
『………』
 彼女の脳裏に凄惨な日々が思い浮かぶ。
 エルフの中でも彼女の一族は特異だった。心根優しく、流す涙は真紅のルビーへと変じる。優しすぎるが故の血涙が、宝石へと転じるのだという者もいた。故に、心根の正しくないものが宝石に触れると、音もなく崩れ去るのだと。ただそれが正しいのかどうか、ロザリーらエルフを含め、誰も知ることはない。そんなことを知らなくても生きて行けたから。……特に、人間たちには。
 噂は噂を呼び、エルフたちは狩り出され、その居場所を失っていく。ロザリーたちの仲間も次々に連れていかれた。一人へり、二人減り。いつしか、一族は彼女だけだった。つかまればどんなことになるか、想像に難くない。人間たちは宝石が壊れてしまうことに腹を立て、仲間を惨殺した。目を覆いたくなるような惨状がずっと続いたこともあった。やがて彼女も見つかり、人間たちの前に引き出されそうになったそのとき、ピサロと出会った。
 長剣を無造作に、無表情に振るい、そこにいる人間たちを殺していく。その返り血が、美しい殺戮者を余計に際立たせる。そのとき、その瞬間。なんということか、ロザリーはその瞬間から彼を愛した。自分にないものを求めたのだ。
『どうなんだ?』
 しばらく考え込んでいたロザリーに、ピサロが声をかける。
『……』
 仲間のことを思えば、人間を愛することなどできない。けれども。
『…では、私は行く』
『ピサロ様…』
 か細い声に振りかえる。
『最近は…ピサロ様は、とても怖い空気を纏っていらっしゃる…』
『そうかも、しれぬな』
 否定せず彼は、部屋を後にした。

「ロザリー」
 不思議な娘だった。魔族の王と崇められる彼を臆せず、真っ直ぐに見つめるのは彼女だけだ。
 森に生き、風に遊ぶエルフという種族は、さまざまなことを見ぬく力に秀でている。だから彼女は、あの時、彼の本質を見たはずだ。なのに、全ての惨劇が終わった後、ロザリーは彼を真っ直ぐ見た。今も変わっていない視線。それが意外で気になり、今まだピサロは彼女を手元においている。
 彼自身も、遥か昔に、戦友を人間たちに虐殺された。魔族は人間やエルフほど情が深いわけではないが、それでもまだ幼かった彼の心に、人間への憎しみを植え付けるには十分過ぎるほどだったのだ。いってみれば、ロザリーとは似通った過去を持っている。それが、互いの心を繋ぎとめたのかもしれない。
 今では、ロザリーの視線は心地よいものだった。
「お前がこの森に来れば、幸せだろうか」
 今考えたことに少し驚いた。魔族と、エルフと。互いに相容れない血を持ちながら、それでも惹かれあっている。ロザリーにはあの狭い部屋の中ではなく、このような光のあふれる森が心地よいだろう。
「私には、少々明るすぎるが…」
 自虐的な笑いを浮かべながら下生えをなぎ払い、やはり奥へ、奥へとさまよった。

「……?」
 空気が変わった。今まで嫌というほど感じてきた、彼のもっとも嫌悪する空気。人間の気配。こんなところに集落が?
「誰だ?」
 茂みの奥から誰何の声がかかった。向こうも相当驚いたのだろう。声が少し震えている。
「道に迷った。出ようとしたら、いつのまにかここに来ていた」
 殺してもよかったが、こんな森の奥深くに集落があることのほうが驚きだった。
「人か…。旅人さん…悪いが、この村にいれるわけには行かない…掟なんでな」
「掟?」
「長い間の、掟だ。この方向に」
 と、衛兵が持っていて剣を伸ばす。
「ずっと進め。そうすれば、夜には街道に出るだろう」
「入ってはいけないのか?」
「悪いな」
 申し訳なさそうに言う衛兵。気になる。
「…せめて、水の一杯でもくれないか?」
 それぐらいならと思ったのか、少し入ったところの井戸から水をくみ上げた。木で出来たカップに注ぐとピサロに渡す。そのとき、相手の目が妖しい紫に、僅かの間光った。
「ほら。……」
「入っては、ならないのか?」
 もう一度同じ質問を繰り返す。
「……もう日も落ちるし…」
「構わないか?」
「…構…わない」
 生気のない声で衛兵は応じた。

 なぜここに執着するのか。理由などない。集落への道を進みながら、辺りを探る。別にどこにも変わったところはない…。
「?」
 天然の結界。魔術のように全ての理を歪ませるものではなく、自然を利用して作り上げる結界。それゆえ、魔術を用いた索敵、歪みを見つけるための法では見つからないのだ。
「……エルフ…」
 魔族に、魔術以外の術は扱えない。ろくに魔力もない人間に、このような芸当は出来ない。残された選択肢は神か、それの眷属か。そして彼は、このような結界を張ることを心得ている種族に心当たりがあった。
「エルフが、いるのか?」
 それにしては人間がいるのがおかしい。エルフと人間は狩られるものと狩るものの関係だったはず。
 妙だ。おかしい。この状況全てが気に食わない。激しく心臓が動機を打つ。何かがある。何かが待っている。強い予感に体が引き裂かれそうだ。
「あれっ?あなたは?」
 突然の声。まだ大人になりきっていない、少年の。
「!」
 体中に電撃が走った。まだ幼いが、しっかりとした意志を持った瞳。柔らかそうな髪は、先ほどまで彼が憎らしく思っていた、木漏れ日の翠。そして、全身に持っている空気。人間というよりは、自然の生き物の方に近い空気だ。
「旅の、方ですか?」
「……ああ」
 それだけがやっと声に出来た。
「珍しいですね。この村に他の人が来たのは、初めてだ」
 感動したように少年は笑う。その笑みがピサロの中の何かを揺さぶる。
「…泊まれるところは…ないか?」
「ええっと…。あそこです。あそこの親父さん、昔は宿をやってて、仕事やめたのにどうしても人が泊めたいって、いつもぼやいてました。きっと喜んでくれます」
「そうか」
「あの、もしよければ外の話など、聞かせてもらえますか?実は僕、この村から外に出たことがなくって…」
「…構わないが」
「よかったぁ。あ、でも今僕、お父さんにお弁当を届けないといけないんです。だからまた後で宿の方に行きますね」
 そういって少年は駆けて行った。翠のつむじ風のようだった。
 言われたとおりに宿に向かうと、少し不審そうな顔をされたものの、部屋に通された。寝台に腰掛けながら窓から外を見る。片手で数えられるぐらいの家が立ち、人影はほとんどない。
「………」
 先ほどの少年が、小高い丘で誰かと会っているのが見えた。女だ。しかも、エルフの。
「ロザリー!?」
 一瞬見間違えるほどよく似ていた。持っている気配が似ているのだ。恐らく、ロザリーの種族だろう。
「…あの結界は、あのエルフが」
 この集落を守るために。おそらく、あの少年を守るために…。
「……」
 急に何もかもが憎らしくなった。笑いあうエルフと少年が憎らしかった。だから窓からそっと視線をはずす。
「ロザリーはあんなところで暮らしているのに」
 狭い部屋の中で、哀しそうな笑顔を浮かべる姿。連れ出してやれたなら、どんなにか生き生きとするだろう。ちょうど、先ほど見たエルフの女のように。なぜロザリーが苦しい目にあっているのに、あのエルフは笑っていられるのだ?人間などの中にいて!
「見つけたぞ…」
 見た瞬間に理解した。あの少年こそ、彼が探していた人物だった。理由などない。同じ魂を持つが故の、直感だった。
 そう、少年と彼は似ていた。おそらく、出会った時代が違えば。出会う立場が違えば。生涯を通じての大親友となれるだろう。けれども今は。
「我が、好敵手…」
 あちこちの伝説や昔語りに現れる勇者。やがて世界を導き、平和をもたらすという。魔族との争いに終止符を打つ、ただ一人の存在。それが、魔族の王であるピサロが探していた人間だった。
「……今宵。全てが終わる。私の手にかかり…そして」
 美麗な顔がほほ笑んだ。室内の温度が下がる。
「人間たちに、甘美な絶望を…」
 それだけ言うと、姿を消した。

TO BIGINNING OF CHAPTER 5 in DRAGON QUEST 4


キリ番リクエストです

時間は五章開始直前から少し経ってぐらい(いい加減な…)

ピサロ様のお話ということでこういう物になりました

ピサロの、人間を憎む気持ちの片鱗でも伝えられたらなと思います

あびさん、リクエストありがとうございました

 

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