<<きおくのきれはし>>

「ここだよ。ここなら、いろんな本がある」
 つれてこられた所は果てのない書架に威圧される図書室。いや、図書室と言う規模のものではない。館だ。特有の匂いがより強く漂ってくる。
「……」
「ねえミュラー、キミが必要な本はどれだい? 言ってくれたら取ってくる。初めての人にはここはわかんないんだ」
 タイトルを告げるとしばし考え、頷いて近くの梯子に登る。ややあって戻ってきたオリビエから受け取った本は、自分の屋敷の物より古いが確かに同じものだった。
「ボクも何か本を読むね」
 少年を見送り、ミュラーは辺りを見回す。ふと目に留めた燭台には帝国章が刻印されていた。
「……ここは皇城の図書室……?」
 城の方に上っていたのは確かだが、何処をどう通ったか判らないくらいめちゃくちゃな通路を使った。城には父に付いて幾度か上がってはいたものの、図書室に来たことはない。
 豪奢な敷物が敷かれた階段に座り込む。本を開くが、いつ誰かに怒られやしないかと気もそぞろで中身が入ってこない。明日には家庭教師に試験を出されるというのに。
「ボクはこれを今日は読みきってしまうんだ」
 言いながら手に持つ本はミュラーのものより数段難解なもの。
「そんなの、読んでるのか?」
「うん。だいたいこのあたりは読んだよ」
 近くの大きな書架を指しながらさらりと言ってのけるオリビエにめまいを感じる。
「お前って……すごいな」
「そう? 他にすることがなかったから読んでただけなんだ。今はキミやディーターと一緒にいるからあんまり読み進んでないんだけど。うれしいな、ミュラーと一緒に本を読みながら遊べるなんて」
 屈託なく笑いながらオリビエも階段に座った。

「……ここ、いいのか? 俺なんかいれて」
「うん。だってボクの図書室だもん」
「えっ」
「ボクのために集められた本、なんだってさ。よくわかんないけど」
 難しい単語に当たって首をかしげる様をなんとなく眺める。何か言わなければならない気がする。けれど口が開かない。どちらかといえば体を動かすことが好きで、読書は苦手な方で、あまり身を入れてはいないせいだろうか、と心でため息。
「……ありがとう、オリビエ」
 しばし考えて出た言葉は感謝。それが正解だったと知るのは、顔を上げたオリビエがこの上もないほど幸せな笑顔を向けてきたからだった。


 常々脳内の情景をお話なりラクガキなりにするにはちと時間がかかるのですが、これは不意に飛び込んできた図。天井まであるような書架は自分の何かの欲求なのかもしれない。
 別に何の事はない、他愛のない日常、けれど違う二人。まあそんな感じ(何)。

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