<導力革命>


 七色に輝く石。少年の目の前に無造作に置かれた小さな石はただそれだけで何か素敵な宝物のような気がする。違う色のものを三つ四つ手に取り、重ねて光にかざせばまた新しい光が通ってくる。次の石はどうだろう。こう重ねてみようか。いろいろと試行錯誤をしている横から大きな手が伸びてくる。置かれていたセピスを無造作に掴んで自分の手元に持っていった職人は、違う色が混じっているのをより分けるはめになることに気が付いた。
「遊ぶのはかまわんが、色を混ぜるなと何度言った?」
 少年の頭に拳骨を一つ落として作業に戻る。その痛みが治まる頃には同じ色のセピスのみが職人の手元に置かれている。来た、と少年が作業台に寄りかかった。
 なんだかよくわからない機械にセピスを放り込む。
「僕がやる!」
「できるか。多すぎても少なすぎても駄目だ」
「できる!」
「あ、こら!」
 職人の手からセピスの山を奪い取って機械に流し込む。
「おいまて、入れ過ぎだっての」
「次はこれだよね!」
 投入口の隣にあるスイッチを押す。微かに振動を始めた。
「ああもう、無駄になって……どうするんだよ、お得意さんからの持込だってのに」
 げっそりと肩を落とす職人の横で、目をキラキラと輝かせながら少年は覗き窓にかじりつく。薄い翠色の小さな石が特定の振動と特定の温度を与えられることで液状化する。それを液体が最も安定する形、すなわち球に整形をして、より純粋な形の結晶にするのだ。かけらを同じ重さだけ集めるよりも、こうやって一つの結晶に変えてしまえば格段に値段が跳ね上がる。職人はセピスを結晶に換える技術をもち、そのセピスは危険を恐れぬ冒険者たちが、一攫千金を夢見て集めてきていた。
 魔獣がその天性の嗅覚で集めてくるセピス。採掘可能な場所もあるにはあるが、そんな場所は国家に抑えられているし、より高額になる銀、金が採れる鉱山など聞いたことがない。仕方がなく冒険者たちは敵わぬ相手に挑み、大怪我をしたり時にはそのまま死んだものもある。そんな話を聞くたびに職人は心が痛んだが、自分もそのおこぼれで暮らしている為、一概に禁止運動に参加はできなかった。
「うわー、凄い凄い。どんどん丸くなる」
「……まずいなこれは」
 職人はスイッチを止めるが振動は収まらない。嫌がる少年を抱えて部屋の隅の、物置代わりに使っている机の下に潜り込んだ。直後に部屋自体を揺るがす振動と音。恐る恐る這い出してくると、ものが散乱した机の上に機械はそのままある。
「……奇跡だ。壊れていない……うん?」
 職人が機械から結晶を取り出す。普段作るものより小さくて輝きもない結晶だが、完全な真球である。
「それでもできたのか。しかし、これでは売り物にならんな……あれだけあったセピスがたったこれだけか……」
 同じように結晶を眺めている少年をにらみつける。
「お前はしばらく工房に出入り禁止だ!」
「ええええっ!」
 セピスを集めてきた冒険者や、普通なら掌に乗る程度の大きさの結晶ができるはずのところが、小さな小さなものにしかならなかったことを考えると当然の反応だ。
「もっとそれ見せてよ!」
「勝手に見ろ!」
 少年に結晶を押し付け、そのまま部屋から追い出した。しばらく恨めしそうに扉を眺めていた少年だが、手の中の感触を思い出して握っていた掌を開く。そこには綺麗な緑がある。
「……セピスより色が濃い気がする」
 薄い翠色だったのが、深い森を思わせる緑色へ変わった。普通ならセピスと同じ色になるはずで、たまに色変わりするものができればそれは高値で売れるというのに。職人は大きさにだけ目が行き、この色変わりに気が付かなかったようだ。
「それに、ものすごい風がでてた気がする」
 職人の体に押さえ込まれて余りよく見ていなかったが、部屋の中のものが浮き上がるほど凄い風が吹いていた気がする。一瞬過ぎて本当に風だったのかはよくわからない。
「……機械、壊れてなかったし。あれだけの音がしたら壊れそうな気がするんだけどなぁ」
 首をひねるが考えても解らない。もう一度同じ事をすればいいのかもしれないが、そんなことをすれば追い出されるだけではすまない気がする。
「なんなんだろう」
 もう一度同じことが起きればなぁ。そんなことを思うと。
 指先でつまんだそれから暴風が吹き荒れた。建物がガタガタと揺れ、道行く人は振り飛ばされそうになっている。手から結晶を離さなかったのが信じられないほどに。
「うわわわわ!」
 止まれ止まれと心で必死に祈るとぴたりと止んだ。井戸端に集まっていた女たちが、凄い風だったねと言い合うのが聞こえる。
「……」
 なんだろうこれは。宝飾品なんかじゃない、それよりももっと凄いものかもしれないぞ。体中冷や汗を流しながら、心が馳せた。またその波に反応して風が吹き荒れそうだったので、ポケットから布きれを出してくるむ。
「……うん!」
 いつかこれがなんなのか解明してやると燃える少年は、若き日のエプスタインその人であった。

 それから後のことは特筆することのものでもない。彼がクォーツと名づけた小さな結晶。意志に反応して内在する力を放出する特性、そして放出しても時間を置けば改めて再利用ができる特性をもつそれを、どうにかして何かに転化しようと、ひたすらに研究を続けた。高純度であれば高純度であるほど大きな力を有し、意志伝達力も強い。思っただけで業火が噴出したり、巨大な氷柱が貫き立ったりと、決して平和とは言いがたい実験や観察を繰り返した。
 最初にクォーツを発見してから50年。クォーツの発する力を制御し、かつ的確に伝える為の器として導力器がようやく発明できた。
 最初は人々に受け入れられることはなかった。特に教会には猛反発にあったこともある。セピスは七耀に通じるものであり、それを勝手に人が使うのは女神に対する冒涜だというのが彼らの主張だった。しかし、次第にその利便性が認められ始めると、ありとあらゆるものに取って代わるようになる。人々の暮らしは一気に便利になり、教会もそのうちに導力器の存在を認めざるを得なくなってしまった。正式に認める発表をしたのはエプスタイン没後20年もかかっているが。
 死の間際、弟子たちを呼びこういったという。
「どんな力も振るうのは人。それだけは忘れるな」
 これはエプスタイン財団の基本になる理念であり、また各地に散った、A・ラッセル博士をはじめとする弟子たちもこれを基本としながら、今日の導力器発展に尽力を続けている。


「……というわけ。わかる?」
 張りのある声が部屋から余韻を残して消えて行く。見回すと、一人は興味深そうに聞いているが、一人はすやすやと夢の世界へ旅立っている。どうもかなりの時間旅に出ているようであった。
「……」
 テーブルに腰掛けていたシェラザードはもっていた本を丸め、心地よく睡眠に漂うエステルの頭を容赦なく本ではたく。起きなさいと、耳元で叱りながら。
「……はっ!」
 バッと起き上がったエステルはまだ寝ぼけているようで、隣に座るヨシュアを見つけて締まりなく笑った。
「あ……おはよ、ヨシュア」
「うん……でも」
「なーにが「おはよ」よ! 人がせっかく授業してるってのに!」
「あれ……? シェラ姉?」
 まだ寝ぼけていたが、次第に自分が今どこで何をしていたかを思い出してきた。
「……」
「……」
「……」
 奇妙な沈黙が部屋を満たす。ややあってシェラザードが深く溜息をついた。
「ほんっと、あんたどうするのよ。これから戦術オーブメントを使うってのに!」
「大丈夫よシェラ姉、そんな歴史なんか知らなくたって。使える使える」
「おばか! きちんとそのもの自体をしって行動に移る。それが遊撃士心得の一つでしょ!」
「僕もそう思うよエステル。得体の知れないものを解らないまま使うのって、気持ち悪くない?」
「そうかなぁ。使えるんだったら使って、それでいいような気もするけど」
 再びシェラザードが溜息。ヨシュアも苦笑いだ。
「え、何なに。あたしなんかヘンなこと言った?」
「主観の相違ってやつかな。僕はそう思うけど、シェラさんはそうは思わないみたいだよ」
「ん?」
 姉代わりの女に目を向ければ凄みのある笑顔だった。この笑顔が出る時には大抵酷い目に会う時だ。
「エーステルちゃん。この本、明後日の講義までにあんたなりにまとめてきなさいね。もちろん、あたしにわかるように!」
 と、まだ丸めたままだった本をそのままエステルに押し付けた。
「ちょっとシェラ姉、そりゃないよ!」
「いいからやってきなさい! ヨシュア、手伝っちゃ駄目よ!」
 怒りながら階段を下りていってしまった。
「えええ、ひどいよぉ……ヨシュア、手伝ってくれる?」
「手伝う……というか、見張りならするよ」
「……うわぁん、裏切り者ー!」
 エステルの叫び声がギルド付近に響き、いつものことかと近所の人間は笑いあうのだった。


  Ende.


 失敗と好奇心から何か新しいものができるというのは常だと思います。導力革命の父、エプスタイン博士は多分ラッセル博士よりももっともっと破天荒で、でもちゃんと人とは何かを知った人じゃないかと思ったり。こういう歴史捏造チックなお話は書いていて凄く安らぐのは何故だろうw
 教会の位置付けが作中でなんともわかっていないのであんまり妄想爆発はしないようにと思っておりますが、教会が実はアーティファクト管理してたり、リベール以上の導力技術をもっていたりするから、一般にそういう技術が流布しないようにしてそうな感じも受けますね。

戻る