<報われない>


 かれこれもう二週間になるだろうか。軽い気持ちで引き受けたこの仕事だが半端ではないほどつらい。ただの護衛だと思っていたが道理でアイナが渋ったはずだと、エステルは眠ろうとする頭で考えた。
 掲示板に張られていた、石掘りの依頼。ロレントは翠耀石が採れる鉱山が一番有名だが、その筋の人間からすると翠耀石以外にも意外な鉱脈が隠されている可能性があるらしい。詳細は会ってからということで少し胡散臭い感じはしたのだが。
「今日は収穫なし。明日はあの尾根ね!」
 疲れているエステルとは対照的な元気な声で、明日の予定もまた過酷そうだと震える。無駄だとは思いながらも一応は釘をさしておこうと口を開いた。
「あの……カンパネッラ教授? まだ続くんですか?」
 カンパネッラも教授ももうたくさんだと思うが、偶然というものは恐ろしい。
「カンパネッラなんて! ソフィアでいいわ! で、何!?」
 小憎らしい結社の人間を思い出させる苗字より名で呼ばせてくれるならそのほうがいい。本当にあまり気にせず受けた自分を叱咤したい。今度は最低限の情報は仕入れなければと誓う。
「ええとソフィア教授、まだ採掘……続けるんですか?」

「もちろん! 滅多に学校から資金が出て海外に出るなんてことないんだから! ここで一生分の資料持ち帰ってやるわ!」
「はあ……それはそうとして、もう袋にいっぱいなんですが……」
 ヨシュアが日中運んでいる数個の袋を横目に若干非難めいた愚痴が出る。置いたときの衝撃か、口から石が幾つか零れだしていた。
「そうね……近くの街におりて宅配してもらえるようにしましょう。うん、それがいい!」
 零れだしていた石を取り上げてウットリとした表情で言うソフィアにエステルは逆らわない方がいいと本能で感じた。ヨシュアは黙って二人のやりとりを見ている。というよりさすがに重量物を運んで山登りをして疲れ果てていた。何か口を挟む気力もない。そのヨシュアの隣にエステルが座り込んだ。
「……どこの国の学校か知らないけど、よくあんなのを教授になんかするわね……」
「まあ……ある意味「教授」にふさわしい人だとは思うよ」
「えー?」
 声のトーンがあがってしまったエステルは慌ててソフィアのほうを見る。彼女は今日採掘した、エステルには少しばかり綺麗な石にしか見えないそれを抱きしめて恍惚の表情をしたままだ。
「思い込んだらそれしか見えない人にしか与えられない称号よね」
 ヨシュアに寄りかかりながら目を閉じた。
 少なくとも明日か明後日には街に戻れる。石掘りに石運びの生活から開放される。アイナさんにはシェラ姉経由でちょこっと言ってもらって、少しは金額上乗せしてもらわないとちょっと割が合わない……。


「……あれぇ? ヨシュア君にエステルちゃんだぁ」
 間延びした独特の高い声にエステルは泣きついた。
「アネラスさぁぁん!」
「どうしたの、こんなところで……しばらくロレント近辺の仕事しか受けないって言ってなかったっけ?」
「……やっぱりここ、ボースなんですよね?」
 石の入った袋を背負子に山ほど乗せたヨシュアが泣きそうな笑顔。
「うんそうだよ。その荷物凄いね……手伝うよ」
「あ、いえ大丈夫です……」
 言いながらも足元が少し覚束ない。有無を言わさずアネラスはヨシュアの背から袋を二つ取った。
「一番近い街、どこですか!」
「そりゃボース市だけど……貴女は?」
「わかりました! 申し訳ないですが案内してくれますか!?」
「ええと……は、はい」
 丁寧だがどうにも大きな声で、アネラスがおされ気味だ。結局街まで案内することになった。
 それほど歩かずに街が見えてきたときには心底エステルはほっとした。だが一つ問題がある。
「あの……アネラスさん、ちょっと相談」
「なあに?」
 しばらく躊躇ったがいずれわかることだ。少なくとも、今からロレントに戻るとなれば。
「あの……関所越え出来なかったの」
「……はい?」
 少女っぽさを残した大きな目が丸く見開かれる。たっぷり20秒は沈黙しただろう。
「関所越えって……あなたたち何処から来たの?」
「はぁ……よくわかんない」
 持っていた石入りの袋を落とさなくて良かったと思うほどに先輩遊撃士が脱力したのがわかる。だがエステルもはっきりとはわからないのだ。山に入るからとコンパスを渡されていたものの、採掘してきた石の中に磁性を帯びたものがあるのか狂ってしまってほとんど使えなかった。夜になって適当な樹に登り、星の位置で方向を確かめて、こちらがロレントだとあたりをつけて出てきたところがボース。
「うっわー……関所越えずに山越えしてきたんだ……あんなムチャクチャ厳しい山を……普通しないよ?」
「ええ……僕もそう思います……ソフィアさんがよくもったなぁって正直なところ思います……」
 どう見ても運動とは無縁の学者。ヨシュアはそう思っていたのだが。
「ソフィアさんって、今リベールに来てる某国大学教授のソフィア・カンパネッラ?」
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も……有名だよ。リベール通信がこの間特集組んでたし。今確かそのときの本持ってたと思うから……はいこれ」
 渡された冊子には確かにソフィアの写真が載っている。記事を一瞥して趣味に言及した記述にたどり着く。
「釣りにジョギング武道は当たり前。体操だの水泳だのとにかく体を動かすことが趣味で、そんじょそこらの遊撃士じゃ太刀打ちできない腕前だって」
 アネラスの説明を聞きながらヨシュアはなんとなく思い当たることがあるなと溜息。であった魔獣はソフィアだけは襲わなかったが、襲っていたのかもしれない。自分たちが気がつく前に追い払うかどうにかしてしまったのかもしれない。そもそも、最初の依頼からして「石掘りの手伝い人が欲しい」だったではないか。一時よりは落ち着いたとはいえ凶暴な魔獣も山中には山ほどいるのに。それはわかっているだろうのに。
「到着。で、この荷物どうするの?」
「ロレントに送ろうと思ってます。何処を使うかはソフィア教授に聞いてからじゃないと」
 言いながら見回すも、つい先ほどまで自分たちの後ろからついてきていたソフィアの姿がない。勘弁してくれと街に入ると案外にすぐ見つかった。
「……ねえエステルちゃん。わたし、あんまり声かけたくないんだけど」
「あたしも……」
 ヨシュアは何も言わなかったが同感で、困り果てた目で教会の壁をなでているソフィアを見た。なにやら石の特性を完全に理解した人間がいたのだと一人盛り上がっている。幸いにしてマーケットの近くとはいえまだ買い物の時間帯ではないのでそれほど人は居らず、覚悟を決めた三人が教授を引き剥がしてギルドに連れ込んでも、たいした注目にはならなかった。


 きっとカミナリが落ちるだろうなと思っていた。けれどエステルが思っていたよりも早いタイミングで小言が降りかかり始めた。ルグランはエステルたちが関所で手続きせずにボースに来たということを知りカンカンだ。
「人の模範足るべき遊撃士がなんてことをしてくれたんじゃ!」
「そんなこといったって……」
 半泣きでエステルがうなだれアネラスがとりなそうと必死だ。けれど普段気さくで温厚な分一旦怒るとどうしようもない。とりあえず嵐が収まるまで待とうとヨシュアに慰められた。
 案外にすぐ冷静になり、とにかく手続きだけはどうにかしないといけないとヴェルテに連絡を入れる。その間落ち着かずに辺りを見回していたエステルだがソフィアの姿が見えないことに気がついた。
「あれ? 教授は?」
「三階に上がったみたいだよ。珍しい本があるってー」
 確かにこのギルドには稀覯本が収集されていて、必要以上に傷めなければ誰でも読んでよいことになっている。はじめて来たはずのソフィアがそれに気がついたのはさすが教授といえようか。
「そ、そう……」
 もうつかれたとばかりにカウンターに寄りかかっているとルグランが通信を終えた。遊撃士たちをみた表情はあきれている。
「お前さんがた、よくもまあ軍事演習に巻き込まれなかったもんじゃのう……」
「えっ?」
「あの付近で演習をするから、民間人は近づくなという通達が出ておったそうだ。聞いていなかったのか?」
「聞いてたら山になんか入らないわよ……」
 もし間違えて演習真っ只中に入り込んでしまったなら。ぶるると体を震わせて考えることをやめた。
「とりあえず向こうの隊長には連絡をしてある。しばらく休んでいいから、その後はすぐにヴェルテに行ってくることじゃな」
「はぁい」
「お小言も漏れなくついてくるからの」
「……それはいらない」
 ともあれ二週間山ごもりをした疲れを取りたい。風呂に入れるのならばそれが一番問題ないがそこまでの時間はないだろう。どこかで軽く食事をして少し休んで……。ヨシュアと今後の行動を話していると。
「行くわよ!」
 ものすごい勢いで階段を駆け下りてくるソフィア。なぜかグラッツも引き連れて。
「グラッツ先輩!」
 アネラスがどうしてここにと聞く。
「二階で少し休んでたところなんだけど……この人がいきなり来て雇うって……この人誰?」
「いや、その……」
 エステルがしどろもどろになって説明を試みている間ヨシュアがソフィアの話を聞きに回る。
「このボース地方にもステキな石たちが待ってる! 今すぐ! 私は行かないといけないの!」
「えっ!」
「さあ、貴方たちもまだまだ行くわよっ!」
 ヨシュアの腕を握り締め、エステルの肩を掴んでギルドから出て行こうとする。
「ちょっとちょっとちょっとソフィア教授! 石、石いっぱい! どうすんの!?」
「そこの可愛い彼女、ロレントのホテルに送っておいて! じゃ、いってきます!」
 きっとアネラスに伝えたのだろうとあたりをつけることしか出来ない。怒涛の勢いで大通りを走っていく。その後ろをなぜか申し訳なさそうにグラッツがついていった。


 結局ルーアンの関所も手続きなしで越えてしまい、その後始末に遊撃士協会の面々は相当後まで手を取られることになった。教授に同行したエステル、ヨシュア、グラッツは心底疲れ果てた上に罰金を貸されて意気消沈。依頼を出したソフィア自身もあまりの暴走加減に費用がなかなか下りなくなったという。そしてエステルは依頼を受ける時、ほんの少しだけ、用心深くなった。


  Ende.


 ネタレベルで誰も報われてないお話。そんな話書くの大好き。遊撃士の日常でありそうだし、依頼人に振り回された挙句に得した人がいないっていうやつw
 教授はイタリア語で攻めてみました。だからなんだといわれても仕方ないですが、リベールに「大学」というか「教授」という存在が見つからなかったので(アルバ氏は論外)外国から来たことに。こういうキレ気味インテリゲンチャを書くの久々。

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