<リベール通信>
「ハァっ!? なくした!?」
咥えていた煙草がポロリと落ちる。机を焼く臭いがしてきたので慌てて灰皿におき、少し焦げた後を乱暴に払う。
「おいおいおいおい……」
いい文章が浮かばず気分転換をしようと思っていたところではあった。が、ここまで事態が急転直下になることを期待していたわけではない。目の前のドロシーはナイアルのそんな思いを全く理解せず、いつもと同じペースで自分の鞄を探っている。
「確かにさっきまではあったんですよ〜。アイス屋さんでアイスを買うまでは〜」
傍から聞くと全く困っている口調ではない。
「アイスだと!? お前には撮ったものの選別しろって言ってあっただろう!? この建物の中で片付くはずのことが、なんでアイス屋にまで出張ることになったんだ!」
「ちょうど試薬がなくなってたんです〜」
ナイアルの口調に少しむっとした顔を返してくる。
「まだたくさん現像していないのがあったので〜、それも含めてやりたかったんです〜」
「む」
気がそがれてきた。
「で、百貨店くんだりまで出かけていったってのか!」
「いつもと違うのがいいかと思って〜、百貨店の隅っこにあるんですよ〜こういうの扱ってるお店〜」
「そりゃ俺も知っているが……」
分野が違うが隣の席がそういう情報を扱う担当だ。百貨店内の店興亡はなんとなく知っていて、その中に、一般人には用事がないだろうと思われるような店もあった。良く採算がとれているなと他人事ながらふと思う。
「だからってアイス屋に寄ってくるという話にはならんだろうが!!」
近くを歩いていた編集長がナイアルの雷に肩をすくめて通っていく。別の机で校正をしていた同僚は、ああまたいつものカミナリだと眺めていた。そんな様子をきっちりとナイアルは見ている。見ていたからといってどうなるものでもないのだが、少しでもドロシーの、事の重大さがわかっていないような口調から逃れたかった。
いや、きっと事の重大さはわかっている。わかっているだろう。お願いだ、わかっていてくれ。段々と弱気になるが、折角の大捕り物をほぼ独占で撮ったブツだ。ドロシーも『最高の表情で撮れました〜』と満面の笑顔だったではないか。
「う〜ん。どこいっちゃったのかなぁ……」
そんなことを呟くヒマがあるなら。
「とっとと、通ったところを確認して来い!!」
机へ拳を力任せに叩きつければ灰皿が僅かに浮くのだった。
犬やネコに感光クォーツを持っていかれていないかと路地裏まで足を伸ばしてみる。鉢植えの隙間に落ちていないかと通路に腹ばいになって覗き込む。
「ないなぁ……」
腹這いのままで考え込んでいると、近くに住む女に不審そうな顔で見られた。流石に露骨な視線に気が付かないほど鈍くはないので、大人しく立ち上がってその場から歩き始める。
「何してたっけ……」
百貨店まで平和に出かけていって、買い物をして出てきた時に見つけたアイスクリーム屋のワゴン。ちょうど甘いものが欲しくて、そして少し暑い日中。誘われるように近寄って買ったその時に、あ、こんなところに入れてたと思ったのは覚えている。
「それから日陰で休んで、クォーツをなんとなく手にとって」
感光用のクォーツは普通オーブメントに組むものとは違い薄く紙状に加工されている。普段は丸い筒の専用容器で保存していた。その容器を手にもっていて。
「……うーん」
とりあえず休んだ場所まで行こうと東街区へたどり着いた。
「へぇ……博物館で特別展かぁ」
先ほどは気が付かなかった看板に興味をそそられて、次の瞬間頭を横に振る。クォーツを見つけてからだ。そうでなければ会社に戻れない。空も曇ってきた。
「ええと」
先ほど平和に座ってアイスを堪能していたのが嘘みたいな気分だ。やはり怒られるのは気持ちがいいものではない。それに、次発刊分のトップに使おうとしていたものとあればナイアルの激昂ぶりもわからなくはない。少しだけ溜息をついて先ほどのように植え込みの近くへ座った。
「……ええと、確かさっきは」
見上げれば雲が出てきた空。野鳥が気ままに飛んでいた。
「そうだった、ジーク君が飛んでたんだった」
思わず立ち上がってその姿をカメラに収めようとしたのだ。が、間の悪いことにカメラの中にはクォーツは入っておらず、となると次にすることは……。
「あ……もしかして」
恐る恐る、カメラの入ったケースを開けた。嫌な予感を覚えながら蓋を開けると、そこにはクォーツが当然のように鎮座している。
「……」
もう一回入れてしまったのかと脱力した。が、紛失よりはいい。なくして出てこないならまだしも、ライバル社のところへ持ち込まれでもすればカミナリどころの騒ぎではないのだ。
「は〜。安心安心。ついでだから特別展、見てこようかな」
足取りも軽く博物館へ。いつもなら閑古鳥が鳴いている場所が賑やかで、ドロシーはその意外な人出に面食らってしまった。
「へぇ〜。特別展って看板が一つあるだけで、こんなに賑やかになるんだ〜」
改めて広告というものの偉大さを実感して、手近なケースの中を覗くと、値段など見当もつかない宝飾品があった。他にもいろいろと貴金属やアクセサリが並べられており、多分凄いんだろうなと思いながら、それ以上のことはわからないままに二階へ。そこも人がごった返していた。
「キミはリベール通信社の人だね? はて、取材の話は今日だったっけ?」
「館長さんこんにちは〜。今日は取材じゃないんですよ〜。たまたま看板を見つけたから入ってみたんです〜」
「そ、そうかね」
中年の館長が手すりを磨いたりケースの手入れをしたりとこまごまと働いているところに行き合わせた。ドロシーとは顔を合わす程度の知り合いで、確かに博物館の取材に来ることもあるのだが専らナイアルが話をしていた。
「ところでどうだね、下の展示は」
「あ、はい〜。凄すぎて、私なんかじゃすごい! ってことはわかってもそれ以上のことはわかんなかったくらい凄いです〜」
「……それは褒めてるのかな」
男は唇の端を引きつらせながらなんとか笑顔を浮かべた。すぐにそれを引っ込めて傍らのドロシーを見る。
「こういう展示をやっている時はいいのだが、普段からもっとこう、来館者が増えるようなことはないものかね?」
「そうですねぇ。やっぱりいつも、話題を作るって言うのが大事だと思います〜。ここに展示しているのも、一年前に私が見た時と同じような気がしますよ〜」
「確かに。バタバタしていて、地下収蔵庫の整理だけで終ってしまっているな。……そうか、常設も少しずつでも変えてみるべきか」
「いいと思いますよ〜。興味ある人、多いんじゃないかな〜?」
「ふむふむ、考えてみよう。いや、ありがとう。さすが天下のリベール通信社の人だ。良くわかっている」
「えへへへ、そうですかぁ?」
締まりなく笑みが零れる。ありがとうと再度肩を叩かれて、先ほどナイアルに怒られたことなどすっかり忘れてしまった。そのまま二階の常設展をじっくりと見て回り、外に出ると薄暗くなりかかっていた。
「……何か忘れていたような?」
ま、いいかとマイペースに西街区へ戻っていくと途中、誰かが道の真中で仁王立ちをしている。薄暗くなりかかった空の明かりではすぐに誰かは判別がつかず、誰かがわかったのはその人に大声で呼ばれたからだ。
「先輩〜! どうしたんですかぁ? 迎えにきてくれたんですかぁ?」
「バカヤロウ!! クォーツ一つ探すのに一体どれだけ時間かけてやがる!! 明日の朝が全部の原稿締め切りなんだぞ!? わかってるのか!」
噛み付かれそうな勢いで頭から怒鳴られた。そういえばそんな話だったような気がする。
「気がする、だぁ!? ドロシー! こんなに時間がかかったってことは、成果はあったんだろうな!?」
「もちろんですぅ! ほらこのとおり!」
カメラを取り出し蓋を開けてナイアルに突き出す。
「こんなところにかよ! さっさと気が付け!」
「そんなぁぁ」
「泣き言は後から聞くから、さっさと原稿仕上げちまうぞ! お前は現像してトップの写真を選べ!」
「はい〜!」
背中を強く押されながら会社へ戻る。現像室に入るのを確認するまで、ナイアルは怒ったままだった。
「……で、挙句がこれか」
「えへへ、不思議な写真になりましたねぇ」
魔獣の捕獲場面はしっかりと写っている。良い写真だ。その上から、博物館の外観が写っていなければ。
「なっ……いやもういい……他に無事な写真はあるのか?」
「あるにはあるんですけど、私としてはちょっとかわいそうかなぁと……いい表情じゃないんです〜」
「そんなこと知るか! 無事で、トップ記事に即したような写真をもってこいさっさと!」
慌ててドロシーが自分の机に戻り、ナイアルはどうにもならない奇妙な写真を脇に置いてまた文章を考え始める。
そうやっていつも、リベール通信は発刊されるのだった。
Ende.
そうやってリベール通信は作られるのです。ドロシーが写真を無くしたり、うっかりナイアルのインクをこぼしたりと、主にナイアルが被害者になりながら様々な修羅場伝説が生まれるのでした。