遊撃士協会(ブレイサーギルド)


 パタンとノートを閉じてカウンターの脇に置く。本日の営業はそろそろ開始だ。今日は定時に仕事を開始できるらしい。いつ何があるか解らないので所属遊撃士と交代で泊まっている。基本的にいつでも開いているのだが、一応は就業時間は決められている。
「おっはよう! 今日も元気そうだね!」
「……ああ」
「暗いなぁ朝から。せっかくなんだからさ、機嫌よく行こう機嫌よく」
「……」
 だからここに朝から来るのは嫌なんだとアガットがぼやく。ジャンは気にせず笑っている。
「で、なんだい?」
「何か手ごろな仕事はないか?」
 言われて頭を軽く掻く。
「うーん……」
 カウンターの下からガサガサと紙の束を引っ張り出す。それほど緊急を要するものではない、まだ少し未整理の案件だ。しばらくそれを繰っていたが顔を上げ、アガットに手を上げてみせる。
「ダメダメ。『重剣』にふさわしい大仕事なんか今ないよ。やっぱり凄い大仕事の方がいいだろ? 何か起きるまでそれは待ってくれ」
「どこの受付が事件が起きるのを待てとか言うんだこのお調子男が!」
 カウンターに寄りかかり呆れるように顎で外を示した。
「あいつらだよ。できるだけ簡単で、でも手配魔獣退治以外の仕事を寄越せ」
 窓の外には元レイブンの三人組がいた。まだ準遊撃士になったばかりでアガットが付いて回っている。本人たちはそれを嫌がるが、アガットもジャンもまだついていたほうが良いと思っていた。
「あいにくと魔獣退治以外だとそんなに簡単な案件、ないんだよね……護衛はまだ無理だろ?」
「ああ、まだだ」
 三人とアガットがいればと一番初めに渡したのが大商人の護衛仕事だ。だが、護ろうとせず危害を成すものを三々五々探しに散ってしまい、いざ魔獣が襲い掛かってきた時にはアガット一人で護りながら戦う羽目になった。以来護衛仕事は受けないようにしている。
「重剣でも苦労するくらいだったんだよね」
「煩い。ゴチャゴチャ言うならお前が護りながら10匹以上に囲まれてみろってんだ」
 巻き込むから大技は使えないし、それ以前に護衛対象が自分にしがみ付いてくるからまともに剣も振れず。堪ったものではない。
「かといって手配魔獣なんぞはまだまだ手が出せネェ。どうしたもんだかな」
「そろそろ、「人」の仕事を受けさせてみたらどうだい?」
「「人」か」
「いずれ仕込まないといけないからね。それならこういうのがあるよ」
 と、一枚紙をよりだす。
「……」
「大丈夫さ。君だってちゃんと「人」の仕事を受けられるようになってるじゃないか。彼らだってそうなるさ。そうなる為にこの道選んだんだろ? 君も。彼らも」
「……昔を知るやつほど消したくなってきた、最近」
「まあまあ。何かと闘うだけが遊撃士の仕事じゃないんだ。こういう仕事のほうが多いって教えてあげよう」
 紙には一人暮しの老人たちの家々を訪ねて様子を聞くとある。本来ならば市長が手配をしていなければならないが、数が多く、手が回らない分が依頼として回ってきていた。
「そういえばオレもやったな。……って、この住所、アダムのクソ爺の家じゃネェか!」
「良く覚えてたね。あ、まぁあの人ならねぇ……忘れないよね、そりゃ」
 アガットが何度も何度も出かけていって、最終的に言われたのが「認めてやらんでもない」である。
「黙ってろ。そうか、でも、ああ……よし、こいつもらってくぞ」
「御武運を」
「ぶっ!」
 何言ってるんだと殴りつけるまねをしてからそのまま出て行った。外で大騒ぎしているのがわかる。それもやがて収まり、ジャンは先ほど出した紙を分類し始めていた。そろそろ情報らしい情報も出揃ってきているのでそれとあわせて掲示板に出す。持ち込まれる依頼は断片的なものも数多くあり、それだけではただ遊撃士を危険に追いやってしまう可能性もある。ある程度の情報が集まってから出なければ掲示板には出せない。
 依頼とそれにつながりそうな情報を結び付けて、解決の手助けをするのがジャンの仕事だ。一見何も関係ないようなことが意外なところでつながっているのは、それなりに長い間この業務に携わっている為よく知っている。それを見極め、見事遊撃士たちが依頼を解決してくる時ほど嬉しいものはない。だからこそ、一番大変な仕事でありながら一番没頭してしまう仕事でもある。今日もそんな風に集中していた為、来訪者にすぐ気が付かなかった。
「やってるー?」
 市庁舎に勤めている職員だ。
「あ、いらっしゃい。今日もいつもの?」
「うん、いつもの」
 もっていた鞄から書類の束を出す。
「毎日毎日よくたまるね本当に」
「やっぱり陳情は市長ってのがセオリーだからね。役に立つの有りそう?」
「ん。また見ておく。あ、そこの箱の中の、昨日のだから。もって帰ってくれて大丈夫だよ」
「ほいほい」
 カウンターの隅に置かれていた箱を抱えるとその重さに疲れた顔をする。それでも仕方がないと気合を入れなおして出て行った。
 ウインドベルの余韻が収まる頃には外から大きな音がし始めた。今度はラングラントが上がるのだ。もうそんな時間かと体を伸ばす。熱中していると昼を抜いてしまいかねないが、今までジャンはそんなことをしたことがない。ひとえにこの稼動橋のおかげだ。
「今日はどこに食べに行こうかな。それともここで食べるかな」
 ちょうど準遊撃士が上の資料室に用事があると言うので戻ってきたこともあり、留守を任せ外に出た。いい天気だ。
「よし、適当にお弁当を買って外で食べよう」
 近くの食料品店で食べ物を買い込み、足取りも軽くモニュメント広場まで歩いていくのだった。

 幸せのひと時を過ごして戻ってくるとカルナがカウンターで待っていた。
「ごめんごめん。どうしたんだい?」
「ん、報告」
「そりゃほんとにごめん。で、何やってもらってたっけ……と、迷子探しと盗難品、手配魔獣に相談役か。どれ?」
「全部だよ。ちょうどいい感じに片付けてこれた」
「へぇ、さすがだ。じゃ、手帳を見せてもらうよ」
 借りた手帳にはのびのびとした字で詳細に事のあらましが書き込まれている。こんなことになっていたのかと真相を知るのも楽しみの一つだ。ページをどんどんと繰っていくともはや残りページが少ないことに気が付いた。
「次の時期だね。でも申し訳ない、ちょうど在庫切らしてて。明後日には届くはず」
「あらそう? ならしばらく休みとしゃれ込むのもいいわね。もらった報酬でアクセサリでも見にいこうかしら」
「そうしてくれるとこちらも助かるよ。最近準遊撃士が一気に増えてなくなったのすっかり忘れてた」
「珍しいわね。貴方が忘れるなんて。そろそろ年?」
「酷いなぁ」
 悪戯っぽい笑みを残してカルナは出て行き、ジャンは軽く伸びをして午前中の続きに戻った。
 午後からちらほらと依頼を持ち込みにくる人間がいた。基本的には受けるのが原則だが、明らかに他者を蹴落とす為のものは受けないようにしている。そして今どこで何が起こっているのかを把握しておかなければならない。巧妙にカムフラージュされた依頼も多々ある為だ。破棄をするにも気をつけなければ自分に危害が及ぶ時もある。すぐには起こらないが、深夜帰宅時などは遊撃士に送ってもらうこともあった。
「ふー、こんなもんかな、今日の分は」
 カルナが一気に片付けたおかげで掲示板はずいぶんとすっきりしていた。そこに新しい依頼をぽんぽんと貼り付けていく。また一杯になってしまったのが少し寂しい。いつかずっとずっと、ここが使われることがなければと願う。
「あーっ! もう散々だった!!」
 乱暴にドアを開けながらアガットが戻ってきた。
「お帰り。どうだった?」
「どうもこうもあるか!」
 そのまま床に座り込んで天井を仰ぐ。仕方がないのでジャンも隣に座った。ジャンが聞く気になった為か、アガットの口から怒涛の如く今日あった事が流れ出していく。まず三人の説得、アダム爺と会うなりアガットが大喧嘩、ついでに三人を巻き込んで四人の壮絶なる舌戦。しゃべって疲れているだろうのに止まらないアガットの様子に段々不安になってきた。
「……破棄するかい? いや、していいよ?」
「誰がするか! あんのクソ爺、今度こそ認めさせてやる!」
「そ、そうかい?」
「リベンジだ! くっそう、やってやるやってやる!」
「今からかい? ……明日にすれば?」
「明日なんぞ遅い! 夜討ち朝駆けが基本だー!!」
 勢いよく立ち上がって夜の街に消えていってしまった。あっけに取られてそれを見送っていたジャンだが、しばらくして笑いが止まらなくなった。なんて素敵な日常だろう。そして頭の端で思う。この日常を得ることができるのが、本当は一番難しくて大変なことなんだろうなと。
「さて、そろそろ仕事終わりにしますか!」
 立ち上がって深呼吸をし、もうちょっとと気合を入れて、少しだけ残っていた帳簿整理を始めるのだった。


  Ende.


 他の支部も基本に多様な仕事をしてるという感じで。受諾する時はいいけど破棄するとき、ほんとにどうしてるんだろう。というか遊撃士協会本部どこだ。
 日常を日常として暮らせるって、凄く幸せなこと。でもそれに飽きるのも人ってもん。

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